もし貴方にもう一度出会えるならば
「お前に猶予をやろう。一八歳になるまでに妻を連れて来い。さもなくば家に従ってもらう」
理不尽極まりない話だが私はこうして実家を追い出された。僅かな路銀と共に都会に出てきた礼儀知らずな小童の私に対して仲間たちは暖かかったのだと今ではいえる。
私の地元ではどういうわけか女性が生まれにくく、たとえ長子であろうと外から嫁を連れてこなければ相続権を失ってしまう。兄にどうやって嫁を見つけたのか問うたが『向うから』と言う返事を頂けた。全然参考にならない。
「まぁお前は美男子だし、問題ないだろう」
兄は私の好きな朗らかな笑みを浮かべ、妻である女性の肩を抱き寄せて見せた。兄と義姉はとても仲が良い。
三歳になる甥っ子はにいちゃんにぃちゃんと私を慕ってくれる。正直甥っ子と別れたくないのだが。
旅立ちの日、甥っこは最後まで泣いていた。
都会での私は傲慢で未熟な性格が災いしトラブルに事欠かない困り者だったが、職場の皆は優しく、フォローをしてくれた。その大きな理由は店長にある。
「まぁ若い頃はよくある。俺もそのうち草葉の陰で『相馬君も成長したな』とか、俺の若い頃は~』というのが楽しみなんだ」
店長はまだ二十代だ。少々気が早くないか。
「彼女おらんのか彼女」
「ワシが若い頃はもっとモテたぞ」
そういって絡んでくる先輩方は皆還暦すぎで温厚である。
しかし、彼らは少々誤解している。私は男性が好きなのだ。初恋は兄であり、私は恋破れて都会に出てきたのが真相である。
お客様の中には私に関心を持ってくれる娘もおり、時々メールアドレスや携帯の電話番号を貰ったのだが結局馴染めなかった。
先輩方と肩を並べて仕事しているとき、動悸が止まらず、喉の渇きを感じる。
唇が渇いたような飢えた感触に、時々想いが止められなくなる。この職場を選んで良かったと思う。
そうして帰宅して一人、部屋で妄想に励むのである。
しかし幸せな日々はあっという間に過ぎる。
私は店長と先輩たちに頭を下げ、その店を後にした。
私は、結局彼らに想いを伝えることはできなかった。気持ち悪いだろうし。
「見つけられなかっただと」
父は呆れかえる。
「言っておくが、家の指示に従ってもらうぞ」
「はい」
父は言う。地元では数少ない女性を守るために若い男同士で擬似的に結婚するのだと。
私は唯々諾々と父の指示に従い、かの『婚約者』と引き合わされたのだが。
「よっ! 相馬君」
「店長じゃないですか?!」
お前ら知り合いだったのかと笑う父の前で俺たちは婚約の儀式を上げた。
店長は地元の慣習が嫌で嫌で仕方なかったというのだが。
「じゃ、なんで彼女無しで戻ってきたんですか」
「君が俺の地元って知ってたから」
髭に覆われた頬を染める彼はちょっと可愛らしかった。




