変身
お袋は女の子が欲しかったらしい。
家族が男ばかりだと女心が解らない人間ばかりになる。俺が家を出てから付き合い始めた娘にも言われた。
トイレの蓋を上げたままにするな。トイレットペーパーは何枚か予備を置いておいてくれ等々。
だからと言う訳ではないだろうが俺が子供の頃、彼女は時々ひらひらした女の子用の服を持ってきては俺を女装させて化粧まで施して遊んでいたことがあった。男所帯で唯々諾々と夫や舅に従い続ける彼女なりのストレス発散だったのだろう。
男らしくなれと口うるさく厳しく時々暴力を振う爺さんや親父達と違ってお袋は優しかった。
だからとても気持ち悪いけど、彼女にしては珍しく笑いながら、俺に甘ったれた声を上げつつ娘のように振る舞う様子を甘受した。当時の俺は意外と健気だったらしい。
そういったお袋の秘密の癖は俺が歳を取って可愛らしさとは無縁の容貌になっていくにつれて鳴りを潜めたものの、実家には今でも無駄に多い刺繍や縫いぐるみが残っている。流石に親父も彼是言えなかったらしい。
角ばった頬を隠すような長い髪のつけ毛を被り髪の毛と馴染ませる感覚。かさかさの唇に触れて潤す紅の色と水気。腫れぼったい瞼を覆う薄いシャドウにつけまつげ。
それらをつけて鏡の中の地味な少年は変わっていく。
そんな記憶を思い出していると化粧中だった彼女が振り返った。化粧途中な娘の顔なんて見れたモノじゃない。吹き出す俺に可愛らしく膨れる彼女。
地味でこれといったとりえもなかったと自称する彼女が玉砕覚悟で告白した相手はなんとこの俺だった。
何が良かったのだと聞けば『地味で優しい処』と言われた。少々ガックリ来たが同類故の親近感だったのだろう。
「そうじゃないよ。こうこう」
「なんで勇ちゃんってそんなに化粧に詳しいのよ」
さぁ。なぜでしょう。
「お袋が化粧の販売員やっていたからじゃね?」
「女の子より詳しいし」
あはは。
「というか、減り早いよね」
そういって彼女はウインク。ひょっとしてばれているかもね。
「ねぇ。待ったかしら? 優」
「遅いわよ。貴美子」
豪奢な衣装に抑えた気品のある顔立ちの美女はいつもの彼女とは思えないほどだ。
俺、ではなく『私』は勤めて優しく微笑み、彼女をエスコートして前に。
「さぁ。お姫様。こちらへ」
「もう。勇ちゃんたらっ。お尻触らないでよ」
ぷりぷりと頬を膨らませる顔は『私たち』にしか見せない彼女の素顔。
化粧をしたその時しか彼女が見せない彼女の『素顔』。
「そうそう。あの時優ちゃんがさ。女の子なのに悪い男の人ぶっとばして」
「その話は禁止」
ニコニコ微笑む彼女の指先がティースプーンを弄び、白いミルクを紅色にかきまぜていく。
つっと舌でそれを舐めて微笑む彼女に汚いといって笑う『私』。
「でも、勇ちゃんも好き。地味だけど優しくて強くて頼りになるの」
「解りにくいわね。どっちの私が好きなの?」
ふざけあう私たちは腕を組み合って夜の街に繰り出していく。
男たちが向ける厭らしい瞳が逆にゾクゾクするほど背徳的で気持ちよい。
「全部好き。ゆうちゃんの事は全部」
「奇遇だな。貴美子は普段の貴美子も今の貴美子も好きだ」
これ、BLなのかなぁ(汗)。




