貴方の指先に弄ばれて……
俺は冷えつく躰で主人である男の還りを待つ。
酒飲みで暴力的な男だ。どうして俺はこんな男に尽くしているのだろう。そしてあんなごみ溜めみたいな家を守っているのだろうか。
凍てつく風は俺の身体から容赦なくすべてを奪っていく筈なのにヤツの掌の熱さ、奴の体温が残る感覚を忘れることが出来ない自分を呪ってしまう。
「うーい。帰ったぞ~」
此奴も仕事を始めたばかりは初々しい夢あふれる男だった。
男はガチャガチャと俺を回す。
激しく揺らし、舐めるように滑るガサガサの手に俺は酔う。
酒臭い息を吐きながら体温と体臭の残る鍵をキーポケットから出して寒風吹き荒れる中、俺に差し込もうとする。
やめろ。そのカギは会社の金庫の鍵だ。
「あかねえぞ。ごらー。ボロ扉」
激しく蹴られた。やめろ。
「三つも穴があらぁ」
三つとも鍵が違う。ヤツの手は何度も俺の身体を穿つ。右左の回し方すら違うのに。
「くそったれっ寒いんだよ」
俺も寒い。だがお前の帰宅は嬉しく思う。
奴が愚痴を吐きながら眠る中、俺は朝日を浴び、またヤツの掌に身体を委ねる瞬間を待つのだ。そう。私は玄関ドアだ。
焼けつく夏の日差しも凍てつく冬の風にも耐え、家人を待つのが我が勤め。
人は毎日のように泥にまみれ、唾や鼻水のついた手で我に触れる。
悪列な輩は自棄気味に我に当たる始末だ。
冬は寒い。
本当に寒い。
「寒いね。お母さん」
「でも綺麗にしないとねぇ」
「玄関と水場は家の顔だからね」
しかし、年に一度の大みそか前に家人が寒さに耐えながら私を磨いてくれるその瞬間の冷たさは。
「きれいになったよ。お母さん」
「えらいねぇ」
「よしよし。じゃ、次はボクが風呂でも洗ってくるよ」
とても、冷たい水を受けているとは思えぬほど。暖かい。




