第十四章 第十話
「HMだっ……って、俺はどこの鬼畜王だっ!」
俺は自分の叫びのあり得なさに、思わず自分で突っ込みを入れていた。
──いや、それはまだ構わない。
最大の問題なのは……
……繪菜先輩の祖父の前で、堂々と「自分はハーレムを持っている人間だ」と宣言してしまったことだろう。
その上、俺は先ほど『不可視の腕』を利用していた。
六本の腕を再現するなんて出来る訳もなく、その劣化版……僅か一本だけではあるが……あの能力を知る人からすれば、俺の使った技がどういうモノかは一目で分かるだろう。
──つまり、それは……陸奥繪菜その人が俺のハーレム要員だと叫んだに他ならない訳で……
俺は恐る恐る隣の老人……陸奥議員の方へと視線を向ける。
だが当の本人は俺の発言に激怒することもなく、ただ静かに俺の顔をマジマジと見つめるだけだった。
「ちょ、爺さん、もう良いだろ?」
「……貴様、佐藤和人と言ったな?」
繪菜先輩が制しようとしたその時、陸奥議員は俺の顔を睨みつつ口を開いた。
嘘を吐いている後ろめたさもあったことから、俺は素直に頷きを返す。
「曾祖父とやらは、どういう人だったのだ?
少しの情報でも構わない」
「……え?
あ、曾祖父は何とかって流派の古武術の使い手だと……
大戦では大陸で便衣兵に悩まされたとか」
ハーレムへの突っ込みが確実に飛んで来ると覚悟していた俺は、全く見当違いのその質問に一瞬だけ戸惑ってしまう。
それでも何とかその質問に正直な答えを返そうとした俺は、不意に気付く。
……自分自身が師であり身内でもある曾祖父についてろくに知らなかったことを。
実際……身内だからこそ過去の話には興味が持てなかった訳だけど、まぁ、それも言い訳にしか過ぎないのだろう。
……だけど。
どうやら繪菜先輩の祖父にとってはそうではなかったらしい。
「さっきの技……『片閂逆落とし』を何処で覚えた?
あんな古流の外道技、もはや知る者もいないだろうと思っていたが……」
「……へぇ。
アレってそんな名前の技なのか」
俺の正直なその答えは……どうやら老人の気には召さない答えだったらしい。
奇妙なモノを見るような視線を向けられてしまう。
──まぁ、それも仕方ないのだろうけれど。
……俺自身、技名すら習っていない技を、見様見真似だけで使ったのだから。
ただあの瞬間、敵の反撃を避けつつも体幹だけで投げる技がアレしか思い浮かばなかっただけで。
「いや、名前を知らない方が逆にソレらしいか。
しかし、先生の技をまさか再び目の当たりにするとは……
あの時、交わした約束が、まさか叶う日が来るとは、な」
「……あの、陸奥議員?」
痴呆が始まった訳でもあるまいに、突如ブツブツ呟き出した繪菜の祖父に、政府関係者らしき男性が恐る恐る様子を窺う。
それが切っ掛けだったらしい。
陸奥老人が再び顔を上げた時には、その表情は意思が固まった頑固爺のソレと化していて……
「よし、貴様」
「……あ、はい」
「貴様、繪菜の婿になれ。
そして子をなせ。
そう、出来る限り多くなっ!」
突如、その老人は認知に支障を来たしたのか、そんな訳の分からないことを叫びだしたのだ。
「……は?」
当然のことながら、全く予期していなかったその叫びに……俺の思考は追い付かない。
ただ心臓にコークスクリューブローを喰らってしまったかのように、身体が硬直してしまい、声一つ出せない有様だったのだ。
「貴様の曾祖父だろう人物と、大昔に戦地で約束したことがあってな。
まぁ、能力者同士、しかも顔見知りなら丁度良い。
繪菜もあの身体で……そもそも能力者はこの学校から出すことは叶わないのだ」
老人が車椅子の上の孫に向けた視線は、身内を憐れむのと慈しむのがほぼ均等に混ざっていた。
つまりこの爺さんは……昔の約束を果たすことと、ただの親切心と、身内可愛さの三つを成立させようと、今、喋っている。
──このままじゃ、ヤバい。
「勝手に人の妻を決めるな」とか「そんな昔の話、時代錯誤も甚だしい」とか「能力者が出られないってのはどういうことだ」とか「出来る限り多く子供をってどういうことだ」とか、まぁ、俺は言いたいことが山ほどあった。
だけど……俺は必死に声を出そうとするものの、人魚姫と同じ呪いをかけられたかのように、俺の咽喉は言葉を発せない。
まだ驚きが抜け切っていないのだろう。
そうして俺が声を出そうと内心で焦る間にも、老人の声は続く。
「……赤子の研究も兼ねれば良いだろう?
サンプルは多い方が良い。
変な施設費と違い、養育費など大した額でもないからな」
「ええ、我々としても異論はありません」
陸奥繪菜の祖父は、その気配通り、やり手の議員なのだろう。
顔に「異議あり」と書いてあった政府関係者を、その僅か一言で頷かせていた。
……と言うか、まぁ、最先端の研究施設って宝くじの一等を百回単位で当てないと買えないレベルの費用を必要とする。
あのアホの集団に思いっきり予算を削られた小惑星探査船の計画でさえ、年間三〇億円という額を要するのだ。
それに比べれば、宝くじ一等一つで人生が変わると言われるレベルの、庶民の養育費なんて……彼らにとっては端金に過ぎないのだろう。
「ちょ、爺さん。
幾らなんでも無茶苦茶だっ!」
その時になってようやく硬直が解けたのだろう。
車椅子から落ちそうなほど乗り出し、繪菜先輩が抗議の声を上げる。
……だけど。
「ん? お前も異存はあるまい。
こうして……ヤツが勝つために、色々と手を尽くしたのを知っているぞ?
序列とやらのシステムが通ったのは、一体誰のお蔭だ、あぁ?」
「う、ぐっ?」
あれだけ俺を手玉に取った繪菜先輩であっても、国政を担う議員でもある祖父とは流石に格が違うらしい。
車椅子の先輩は、あっさりとあしらわれて撃沈する。
「ちょ、ちょい、待ちや」
「人一人の去就をそんなに簡単に決められてたまるものですか」
「……横暴」
次に抗議の声を上げたのは、羽子・雫・レキの三人だった。
相変わらず場違いで無遠慮、考えなしの三拍子が揃った連中だが……この場合は心強い援軍とも言える。
……だけど。
「……あぁ? 考えてもみろよ。
お前らにも悪い話じゃないだろうが。
言っただろ?
……サンプルは多い方が良いってな」
陸奥議員が軽く放ったその言葉に、羽子・雫・レキの三人は……いや、この体育館に集まっていた超能力者たち全員が顔を見合わせていた。
──いや、違う。
舞奈先輩を始めとする頭の良い少女たち数人はその意味を理解したらしく顔を真っ赤にし始めていた。
……俺?
俺はもう思考回路がぶっ飛んでしまっていて、この状況を頭脳で理解はしていても感覚がついて行っていない有様である。
「頭の悪い連中だな。
つまり……お前ら超能力者の子供が生まれたら、政府が養育費は面倒を見てやるって言ってんだよ。
だから、好き放題子供を作れ。
それに関しては強制をするつもりはない。
……ただし、相手は超能力者に限らせて貰うがな」
繪菜先輩の曾祖父の声で、少女たちは悲鳴を上げていた。
それが嬉しい悲鳴なのか、それとも別の意味の悲鳴なのかは分からなかったが……
察しの悪い羽子・雫・レキの三人組でさえ、顔を真っ赤に染めたまま俯き……隣にいる友人たちと顔を見合わせることすら出来ない有様だった。
──だって、そうだろう?
相手は超能力者に限るって言っても……この『夢の島高等学校』の中じゃ、男性の超能力者はたったの二人しかないのだ。
つまり、それは……
「おいおいおいおい、それって……」
俺の口から飛び出て来たのは、そんな意味にもならないただの単語の羅列だった。
言っている本人がこの事態を未だに理解していないのだから、どうしようもないだろう。
「ま、後は当事者同士で話をしろ。
こちらも暇じゃないんでな」
硬直した俺を放置したまま、陸奥議員は政府関係者や米軍関係者らしき人たちを連れて……あとは三名の負傷した米兵を連れて出て行ってしまう。
残された俺は未だに硬直したまま動けない。
──いや、俺ではなく、俺たち全員が、だった。
戦いに勝ったことすら、モルモットの運命から逃れたことすら信じられないのに、新たな問題が噴出してきたのだ。
……誰だって固まって動けないだろう。
そうして誰一人動くこともなく、誰一人言葉を発することもなく数分が経過した頃。
「投げっぱなしか、こらぁああああああああっ!」
ようやく状況を理解した俺は、思わず大声で叫んでいた。
──あの爺さん、幾らなんでも無茶苦茶過ぎる。
超能力者をモルモットとして観察し、道具として管理し、兵器として量産させようとしていて……その上、それを明言するほど無茶苦茶な人物なのに。
だと言うのにその扱いに誰も文句を口にしない。
することすら出来やしない。
結構な年齢を重ねている、まさに大人物という風格だった。
……だから、だろう。
俺はこれ以上の抗議の言葉すら浮かばず、ただただ立ち尽くすことしか出来なかったのだった。




