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【完結済】π>Ψ ~おっぱいは正義~  作者: 馬頭鬼
第二部 第十四章
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第十四章 第八話



【力が、欲しいか?】


 ソレは、耳から聞こえてくる、所謂『空気の振動』ではなく、頭に直接響いてくるような、心に直接語りかけてくるかのような『声』だった。

 俺は全く動かない身体に早々に見切りをつけ、視線だけでその男っぽい低い『声』の主を探そうとする。

 だけど……頭に直接響かせるような『声』の主をどうやって探せば良いのだろう?

 そうして、俺が悩んでいる間にも『声』は続けてきた。


【今の欺瞞を取り止め、正直に行きたいの願うなら、このまま寝ていれば良い。

 それでお前は一般人(ノーマル)の生活を取り戻すだろう。

 ……今のお前は、普通の人に戻れる分岐点にあるのだから】


 俺の脳裏に響き渡ったソレは、本当に魅力的な言葉だった。

 速い話がこのまま眠っているだけで、この壁に囲われた牢獄(がっこう)から解き放たれ……自由になれるのだ。

 そして……この『声』が語るように、こここそが延々と吐き続けた俺の『嘘』を正す、分水嶺になるのも事実だろう。


 ──いや、逆か。


 最早、こうして米兵と戦うまでことが大きくなっているのだ。

 ……ここで嘘を正さなければ、「延々と嘘を吐き続けなければならなくなる」というのが正解なのだろう。

 その先には平穏なんてなく……どうしようもない喧騒と戦闘の日々が続くのだ。

 それが……「兵器」として扱われる、超能力者としての真実。


 ──だけど……


【だけど、もし、それでも諦められないのなら。

 ……このまま敗北する自分が許せないのなら】


 そんな俺の弱い心を、いやまさに急所を狙ったかのような『声』は、それでも残っていた俺の未練を指摘する。


【心の中で呟くがよい。

 たった一言、「捧げる」と……】


 その「捧げる」は、心の亀裂から魔が入り込むための一言ではなく……


【平穏な人生を捨てて、超能力者を守るために、一生を捧げる覚悟を見せよ】


 それは、制約と誓約と言っても過言ではないだろう。

 ……己の人生を制約し、自分の未来を誓約する行為。


【その一言を口にしたのなら……

 己の人生全てを捨ててでも「力」が欲しいなら……

 ……この私が、いや、私たちがくれてやるっ!】


 その『声』が何故か熱が入ったかのように、大きくなる。

 そのお蔭で……この『声』の主が誰か、俺はようやく理解していた。

 視線を『声』の主へと向ける。

 そこには……大の字に寝転がる俺に心配そうな視線を向ける、数寄屋奈々の姿があった。

 ……考えてみればどうということはない。


 ──人の心に直接話しかける精神感応者(テレパス)なんて、この『夢の島高等学校』の中でも……たった一人しかいないのだから。


 その顔を見た瞬間、いや、その顔より少し下にある素晴らしい二つの膨らみが目に入ったその瞬間。

 そして脳裏で今まで戦ってきた面々を……歯牙にかけることすらないAAから、ちょっと鑑賞するには貧しすぎるA、揉むのに手ごろなB、見てて楽しく手を伸ばしたいレベルのC、そして揉んで握って持ち上げたいD。

 更にはこうして眼前でその存在を主張している、神の宝玉とも言うべきG。

 それらの全てを脳裏に浮かべた瞬間。

 俺の心は決まっていた。

 まるで、己の野望と長年の友人とを秤にかけ、最後に友の顔を見て決断するゴッ○ハンドのように……

 ……そう。


 ──平和より自由より正しさより。

 ──乳だけが俺の望む、全てだから。


 だから、俺は口を開く。

 動かない身体を必死に起こしながら、まだ戦意が残っていることを周囲に……こうして俺が悩む間を待ってくれているダムド=ボマーに示しながら。

 それでも、勝利を掴みたいと願い、それでも力が欲しいと願い。

 その為なら、自分の一般人としての人生全てを捨てる覚悟を決め……

 たった一言……


 ──捧げる、と。


【……馬鹿】


 全てを理解した上での俺の決断が気に入らなかったのだろうか?

 それとも延々と脳内で考えた内容がバレまくっている所為だろうか?

 数寄屋奈々の返してきた『声』は、そんな素の一言だった。

 ……そして。


【……時間がないから、簡単に説明する。

 起き上がりながら聞いて】


 そう言葉を続けてくれている。

 俺はダメージによって動かない身体をそれでも必死に動かしつつ、何とか上体だけを引き起こす。


【……私の『精神感応(テレパス)』を使って、貴方に超能力を一時的に植え付ける。

 いや、「借す」と言った方が正しいかも】


 俺が身体を起こしている間にも『声』は続く。

 そうしている間にも、見事に一〇カウントはとっくに終わっている。

だけど……金髪碧眼の米兵はサムライのヤマトダマシイを期待しているのか、それとも俺が超能力を持っていないことを意地でも証明したいのか、親切にも俺が立ち上がるのを待ってくれている。

 そのことに感謝しつつ、俺は必死に力の入らない足で立ち上がろうと強く踏ん張る。


【……先日から、ずっとこの時のために私たちは説得を続けていた。

 その結果、七名の協力が得られることになった】


 先日というのは……もしかして、いつぞやに見た、おっぱい様の部屋に繪菜先輩がいた時の……学園二大おっぱいが並んでいたあの時だろうか?

 てっきり大きいサイズに合うブラジャーの話をしていたと思い込んでいたが……

 ……いや、それよりも。


 ──七名?


 俺は震える足でそれでも身体を立ち上がらせつつ、心の中で『声』の続きを促す。

 声に出さない声であっても、『精神感応者(テレパス)』相手には、それで十分だった。


【扇羽子、雨野雫、吉良光、由布結、布施円佳、鶴来舞奈、陸奥繪菜。

 ……石井レキと芦屋颯は承諾を得たけれど、その能力故に貸与が難しく断念した。

 亜由美は、その、この戦いそのものに反対していたから……】


 奈々の『声』を聞く限り……どうやら何でも借りられる訳じゃないらしい。


 ──確かに、石なんて手元にある訳がない。

 ──そして……芦屋颯の能力は、自分の脚力強化だから人に貸すには向いていない、と。


 だけど……俺は数寄屋奈々の意図をようやく理解していた。

 彼女たちに能力を借りることで、俺を一時的に『超能力者に仕立て上げる』訳だ。

 たった一日限りのパチものではあるが……それでも超能力者には違いない。


【心の中で力を借りる人の名前を呼べば、後はそのイメージ通りに力が発動される。

 ……でも、注意して。

 恐らく、私が中継する分……能力は少しだけ劣化する】


 それが……奈々の「策」だった。


 ──言われてみれば、この場所に来る前、亜由美のヤツにそんなことを言われていたっけ。


 今の今までそのことを忘れている俺も俺だったが。

 その事実に俺は軽く笑うと……顔を上げる。

 ようやく起き上がったそこには、ボクサーっぽく構えたままのダムドが立っていた。


「悪い、な。

 待たせてしまって……」


 俺はそう笑いかけると……肩を一つ竦める。

 金髪碧眼の米兵は俺の笑みを見て警戒を一段階上げたらしく……まっすぐに俺を見据えてステップを踏み始めた。

 この男、ここまでボロボロの俺に対しても油断の一つもしてくれないらしい。

 だから……その性格を逆手に取らせて貰う。


「……どうやら俺は、お前には勝てないらしい。

 だから、見せてやるよ、俺の能力(ちから)を」


 俺は自信満々にそう笑うと……右手を突出し、イメージしつつ心の中で叫ぶ。


 ──鶴来、舞奈っ、キミに決めたっ!


 ……その瞬間だった。

 俺の手の中に、俺が想像した通りの……鞘に入ったままの日本刀が現れたのは。


「~~~サムライソードッッ!

 ソレが、貴方の能力デスかっ!」


 俺の手の中に現れた日本刀に、ダムドが警戒の声を上げる。

 ……当たり前だろう。

 百万層にも及ぶ折りたたまれた鉄の層により、凄まじい切れ味を誇る、日本に伝わる神秘の剣。

 その芸術品のような造形とは裏腹に、その刃物はカミソリのような切れ味と、鉈の重量を兼ね備えた必殺の兵器なのだ。

 ……日本文化を間違って覚えた人間にとっては、日本刀というのはまさに恐怖の存在だろう。

 俺はその日本刀の鞘を左手で掴むと……


 ──これ、は?


 その手に伝わる感覚に、先ほどおっぱい様の告げられた「劣化する」という能力を理解し……

 鞘から刀を抜くことなく、右手をその柄に添える。

 そのままゆっくりと腰を落とす。


「……イアイっ!」


 俺の姿勢を見たダムドが叫んだ通り、俺の取ったのは居合いの姿勢だった。

 俺が全身から放つ殺気に当てられたのか、米兵のボクサーは先ほどよりも数歩後退り、俺の様子を窺っている。


「……っ!」


「~~~っ!」


「───ぅ」


 そのまま間合いを詰めようと近づく度に、俺は僅かに柄を鳴らす。

 たったのそれだけで金髪碧眼の米兵は脅えたかのように後退り、右へ回り、左へ回り近づき後退りと……必死に突破口を見つけようとしているものの、間合いも読めない『真剣』の恐怖に近づくことすら儘ならないようだった。

 ……無理もない。

 この『夢の島高等学校』へ着いてから延々と、日本のコミックやアニメへの造詣を口にしていたコイツの中には、恐らく……向こうで流行ったらしきアニメーション『サム○イX』という存在が根付いている。

 だからこそもともと間合いが掴み辛い「居合い」という技を「神がかった万能の技」だと誤解し……恐怖の所為で踏み込んで来れないのだ。

 そしてそれを自分でも理解しているからこそ……さっきから何度も何度も距離を詰めようと近づき、そして脅えによって後退を繰り返しているのである。


「……流石の彼も、攻めあぐねてます、ね」


「無理もない、か」


 外野から見守るギャラリーからそんな呟きが零れるが、だからと言って白刃の中へと飛び込めとは言い辛いらしい。

 そうして、数分間その睨み合いが続いた頃。

 覚悟が決まったらしきダムド=ボマーはついに決死の表情を浮かべていた。

 ……どうやら突っ込んでくるつもりらしい。

 その覚悟の表情を見た俺は、そろそろ限界を悟っていた。


 ──お蔭で、助かった。


 俺はそう内心で呟くと……居合いの構えを解く。


「……は?」


 そして、その日本刀を見せつけるように大上段で鞘から抜く。


「お、おいおい。

 何やそりゃ」


「こんな場面で……嘘でしょう?」


「……凄い」


 鞘から引き抜かれた日本刀を見た途端、周囲をそんなざわめきが満たす。


「……ワッッァヘル?」


 事実、対戦相手であるダムドですら、大口を開いたまま、日本語すら忘れたらしく呆然と呟いていた。

 まぁ、彼にとっても信じがたいのだろう。

 ……柄の先には、刀身が「存在していなかった」のだから。


 ──確かに、劣化コピーだな、こりゃ。


 刀と鞘を放り捨てながら、俺は肩を竦める。

 ……そう。

 せめてリーチ差を克服しようと日本刀を手にした途端、刀身の重さがない『事実』に気付いた俺は、咄嗟に作戦を変更したのだ。

 真剣によるリーチで相手を追い詰めて行く戦法から……

 ……ハッタリによる体力回復へと。

 ダムド=ボマーが慎重の上に慎重を重ねる性格だったお蔭か、効果は絶大で……思っていた以上に体力を回復することが出来た。

 後は、どうやってこのボクサーを下すか、だろう。


「……シットっ!」


 騙された所為だろう。

 あれだけ紳士の仮面を被っていた筈のダムド=ボマーが口汚い言葉を放つと、真正面から飛び込んでいた。

 いや、右へ左へとステップして的を絞らせないようにしている辺り、少し苛立ってはいてもまだまだ冷静さは残しているらしい。


「たかが、イミテーションを作るダケの能力っ!」


 ダムドはそう叫ぶと、俺目がけて一気に飛び込んでくる。

 そこが、狙い目だった。


「力を借りるぜっ!」


 俺はそう告げると……両手のひらを顔の両側に持ってきて……


 ──吉良光っ!


「太陽○っっっ!」


 思いっきり、叫ぶ。


「ウォワ~~~っ!

 目が、目がァァアアアアッ!」


 ──超能力者は二つの能力を有しない。


 ……その常識に捉われていた所為だろう。

 吉良光の能力『光発生(ライト)』は、眼前まで迫っていた金髪碧眼の米兵相手に、ものの見事に決まっていた。

 その隙だらけの状態こそ、俺が狙っていたものである。


「ちぃぃぃぃっ!」


 それでも見えない目でパニックを起こしつつも、ダムドは冷静にバックステップして距離を取ろうとしていた。

 やはり対能力者戦に向けて凄まじい訓練を積んでいるのだろう。

 ……だけど。


「遅いっ!」


 前もってこの展開に備えていた、俺の方が、早い。

 俺が放った右足の蹴りは、ダムドの左足太ももを見事に捉えていた。


「ぐ、がっ?」


 その激痛に怯んだ一瞬を狙い、ダメ押しの左足蹴りを左足の内腿へと叩き込む。

 その二発で、身長は俺と同じながらも俺よりも軽いダムドはあっさりと床へと倒れ込んでいた。

 ……ボクシングの階級制を重んじるが故に、軽量化を突き詰めた弊害、なのだろう。

 あとボクサーが蹴りに弱いという弱点を突いたことも、コイツがたったの二発で地に伏した原因かもしれない。

 とは言え、部位破壊を目的とした蹴りである。

 彼に与えたダメージそのものはそう深くない。

 ついでに俺の劣化コピーした『光発生(ライト)』はそう大した光量がある訳もなく……早くも視力を取り戻したらしきダムドは、すぐに起き上がってくる。


 ──芦屋颯の能力を借りていたら、今ので終わっていたんだが……


 俺は自分自身の蹴りの威力の無さを嘆き、ため息を一つ吐いていた。

 事実……俺は古武術がメインであり、空手やムエタイの蹴りなんかは担当外である。

 ……だけど、狙った効果は確実に得られていた。


「ぐ、足、を?」


 ……そう。

 別にさっきの蹴りは一発KOを狙った訳ではない。

 ダムド=ボマーというボクサーから機動力を奪うことを目的としていたのだ。


「……貴様っ!」


 その事実に気付いたダムドが叫び、片足を庇いながらも構える。

 ……だけど。

 生憎と左半身のその構えで左足を庇うということは、突進力を失うということを意味していた。


「ぐ、くそっ!」


 金髪碧眼のボクサーは、それでも必死に踏み込もうとして……躊躇う。


 ──だからこそ……今のダムドは怖くない。


 その躊躇いを狙い、俺は真正面からの特攻をかける。


「~~~っ!」


 そして、ボクシングのようにステップに頼らない、地を蹴らない俺の動きにダムドの反応が一瞬だけ鈍っていた。

 そのお蔭で見えるようになった、振り払うように放たれた左フックを、俺は身を低くして躱しつつ……


「破っ!」


 腰を低くして身体ごとぶち当たるような肘打ちをブチ当てる。


 ──外門頂肘。


 曾祖父が大陸でゲリラから学んだという八極門の一手である。


 ──手応え、ありっ!


 叩き込んだ肘の先から、何かがへし折れるような感触が伝わってくる。

 ……だと言うのに。


「ぐがぁっ!」


「……うぉぁふっ!」


 次の瞬間、宙を舞っていたのは俺の方だった。


 ──痛むのは……脇腹かっ!


 ダムドというボクサーはあの瞬間、肋骨をへし折られながらも、肘打ちを放ったその硬直を狙い、ボディアッパーを放ってきやがったのだ。


「が、がはっ?」


 ……いや、ただのボディアッパーではない。

 それにしては俺の身体が一メートルほど吹っ飛んだことが説明できないし、何よりも俺の身体全体に響くようなこのダメージは……ただの拳によるダメージとは程遠い。


 ──あの一瞬で爆発まで使いこなす、かよっ!


 全身を襲う衝撃に歯を食いしばりながらも、俺はその事実に称賛を禁じ得なかった。

 ただしその称賛も、自分のダメージを再確認した瞬間、すぐに吹っ飛んでしまっていたが……。


 ──ヤバい。


 今喰らった一撃は洒落抜きでヤバかった。

 何がヤバいって……ハッタリで回復させて動けるようにしたとは言え、ダメージは芯に残ったままだったのだ。

 それを思い出させるような、ボディへの痛打は……恐らく今の俺が一番喰らってはならない類の一撃だったのだろう。

 頭の天辺から足の先までが痺れて、感覚が鈍い。


 ──動か、ない。


 ヤバいヤバいと思いつつも、全身から疲労とダメージが吹き出してきて、もう戦えないと身体が叫ぶ。

 そして……


「バーン……」


 脇腹の痛みに脂汗を掻きつつも、ダムドのヤツは大きくその拳を振りかぶっている。

 ……しかもその拳は爆炎を纏っているのか、赤く燃えるかのようだった。


 ──来るっ!


 ヤツの狙いは……その視線が向かう先は……がら空きの顔面っ!

 しかし、俺の身体は動けない。

 ……だから、こそ。


「ナッ○ルゥゥゥッッ!」


 ──布施円佳ぁぁああああっ!


 ダムドがとある格ゲーの突進技のように、大きく踏み込んで突っ込んできたのと、心の中で俺が悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。

 ……ガキィィィィンっ!

 ダムドの拳と、布施円佳の『円盾(ラウンドシールド)』がぶつかりあった結果……そんな凄まじい音が体育館中に鳴り響く。


 ──やはり、劣化するかっ!


 恐らくさっきの音は、どうあっても破れない筈の『円盾』が砕け散った音らしい。

 とは言え、その防御に特化した能力は凄まじいものがあった。


「……貴様、一体、幾ツの能力ヲ……」


 皮膚がズタズタに弾けた右腕を抱えながら、ダムドが呻く。

 どうやら爆裂の能力が『円盾』によって跳ね返り……その拳を砕いてしまったらしい。


「あと、四つだよっ!」


 俺は相手の問いに正直に返事を返しつつも、その絶好の隙に……


 ──動け、おいっ!


 追撃を……加えられない。

 ……握力が、なくて拳が握れないのだ。

 とは言え……立つだけでも苦しいこのダメージで蹴り技なんぞを出そうものなら、ただ倒れて動けなくなるのは必至だった。

 その所為で俺の必死の追撃は……ただ一歩を踏み込んだだけに過ぎなかった。


「ちぃっ!」


 ──雨野、雫っ!


 仕方なく俺は、握力を要しない……氷の塊を手のひらで撃ち出すことで、何とか追撃としたが……


「っと?」


 拳を痛めた硬直から、既にこのボクサーは回復してやがるっ!

 あっさりとウィービングによって氷の塊をあっさりと回避し……


「これでっ!」


「がぁっ!」


 その返す刀で俺のボディに左拳が突き刺さる。

 ……爆発はない。

 激痛の所為か、それともさっきの『円盾』によるダメージの所為か、拳に爆発を載せられなかったらしい。

 ……だけど。

 そのボディブローだけで、俺はもう限界だった。

 もう俺の両足は身体を支えられず……そもまま俺は前に沈み込む。


「オッと」


 ……そして。

 一度『ソレ』で痛打を喰らった米兵は、俺の身体が倒れ込むことを許さない。

 そのまま俺の胸倉を左手で掴むと……


「これで、終わりダァぁああああああああっ!」


 そのまま左手に力を込める。

 あの至近距離からの爆裂技を使うつもりだろう。

 俺の今の体力であの爆発に耐えられる訳もなく……俺の手足にはこの米兵の腕を引き剥がすだけの力も入らない。


 ……絶体絶命、というやつだった。


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