第十四章 第七話
「な、何を馬鹿な……」
金髪碧眼の米兵が何気なく放った一言に、俺は思わず動揺を隠せなかった。
事実……俺には超能力なんてない。
そして……その事実こそ、「正直に生きる」ことをもっとうとしている俺が、この『夢の島高等学校』において唯一吐いている『嘘』そのものなのだから。
……その所為、だろう。
──失敗した、か?
どうやら俺の演技はあまり上手くなかったらしい。
政府のお偉いさんたちは何やら顔を見合わせ始めている。
視線をギャラリーの方へ向けると、舞奈先輩は大きなため息を吐いていたし、繪菜先輩は拙いことになったとばかりに頭を押さえている。
……B組の級友たちに至っては、偽証に加担していないことを示すためか、俺から必死に視線を逸らす有様だった。
その間にもダムドはリチャードの身体を壁際へ……マイク=アイアンの隣に並べると、俺の方へと歩みつつ口を開く。
「貴方のコトは調べさせて貰いマシタ。
能力名『H(』」……内容は未だ不明だソウデ」
ダムド=ボマーという名の米兵は、そのハリウッド俳優としても通用しそうなハンサムな顔に笑みを浮かべつつ、言葉を続ける。
「H」……なかなか上手い能力名デス。
フランス語で、『無音』ヲ意味するイレギュラーな文字を使うトハ」
三人目の米兵の言葉を聞いた俺は、思わずおっぱい様の方へと振り返る。
視線の先ではおっぱい様が相変わらずたわわに……いや、奈々がちょっとだけ照れ臭そうにそっぽを向いていた。
──そう、か。
その言葉を聞いて、俺はようやく彼女の心遣いを理解する。
今の今まで、俺は『H』を「エッチ」という意味だと思っていたが、アレは無発音のアッシュ、音の存在しないアッシュ……つまり、「超能力なんて持っていない」という暗喩だったのだろう。
──恐らくは、俺が嘘を吐くことが嫌いだと知っていたために。
──せめてもの慰めとして、そんな能力名にしてくれたに違いない。
何か視線の先では奈々が首を左右に振って、その所為でおっぱいが左右に揺れているが……多分、それは照れ隠しだと思われる。
少なくとも俺はそう納得すると、最後の対戦相手であるダムドへと振り返る。
……だけど。
「しかし、それだけに残念デス。
貴方はボロボロで、しかも一般人ダとスると……もうソチラには戦う相手、存在しまセン」
三人目の米兵は、ナイフ傷だらけでボロボロの俺を見つめながら、そんなことを呟いていた。
「確かに、彼が一般人である以上……」
「これはあくまで強力な超能力者育成のためのコンベンション」
「そうすると、ダムドの勝ちという扱いで……」
米兵の声に便乗するかのように、政府関係者たちからはそんな……俺を不戦敗として扱うような声が上がっている。
政府関係者の囁きを聞いた瞬間、俺は心を決めていた。
──彼女の吐いてくれた嘘を、俺を庇ってくれた事実を、何とかして守ってみせる。
……と。
「はっ。
今までの二人じゃ、物足りなくてな。
……能力を出す必要すらなかっただけさ」
だからこそ、俺は……嘘が嫌いな自分をねじ伏せると、一世一代の嘘を吐いた。
もう限界ギリギリだと言うのに、身体中がボロボロだと言うのに、そしてこの最後の一人であるダムドという青年に勝てるかどうかも分からないと言うのに、そんな……大言壮語を吐き、胸を張って見せる。
「……なるほど」
「つまり、能力はあくまでも存在すると言い張る訳ですな」
「嘘を吐いている可能性は?」
「我々にはESPを見抜く技術がありません。
である以上、彼の言葉が嘘か真かはまだ……」
俺の嘘は少なくともギャラリーには……政府関係者には通じたらしい。
幸いにして、悩むような様子を見せ始めている。
だけど……俺の嘘を暴いた張本人は、俺の虚勢をどう見たのだろう。
ただ楽しそうに笑みを浮かべると……
「なら……その化けの皮、剥がしてみせマス。
ボロボロの貴方を痛めつケルのは気が進みまセンが……
覚悟して下サイ」
そう告げるや否や左半身になり、両手を握り肩の位置へと構えていた。
──ボクシング、スタイルか。
俺はその構えを見て、そう看過する。
ボクサーとは戦ったことはないが……この構えを見る限り、かなり『出来る』ってことだけは確からしい。
……だが、何とかなる、だろう。
マイク=アイアンのように二メートル超の筋骨隆々の巨漢って訳でもなければ、リチャード=オーバーのようにナイフを持っている訳でもない。
俺と身長は変わらず、俺よりも遥かに細身の優男なのだ。
──勝てるかどうかは分からないが……今までの二人よりはマシだろう。
俺はそう推測をして、首を左右に軽く鳴らし……
「へっ。出来るものなら、やってみな」
……身体の各パーツが上げ続ける悲鳴を無視するかのようにそう吐き捨てると、構える。
いつもの通り……胸の前まで手のひらを上げ、左半身の構えである。
「言っただろう?
俺一人で十分だ、ってな」
その一言が、俺たち二人の戦闘の合図だった。
目の前のダムドという名の青年は、さっきまでの友好的な笑みをかなぐり捨て、戦士と言っても過言ではない殺意と敵意をこちらに向けて来ている。
まだ射程に入っていないというのにその圧力は今まで戦ってきた誰よりも……日本刀を持った曾祖父以外の誰よりも圧倒的だった。。
軽いステップ、自然体の構え方、放つ気配……それら全てが、俺の脳裏に警鐘を鳴らし続けている。
──コレは、洒落にならない。
どうやら俺が立てたさっきの予想は思いっきり的外れらしく……このダムド=ボマーという金髪碧眼の米兵は、他の二人とは格が違うようだった。
──コレは……もう一段レベルが上の相手、だ。
一瞬で相手の力量を読んだ俺は、手のひらを顔の高さまで上げ……防御主体の構えへと移行する。
その瞬間、だった。
ドンっという海賊王の漫画的な効果音が鳴り響いたと思うと、ダムドという名の米兵の姿が消え……
その姿はいつの間にか凄まじく近くに迫ってきている。
そしてその左手がブレた。
「……あ?」
次の瞬間……
気付けば俺の視界から相手の姿は消え……何故か天井が映っていた。
──何が、起こった?
その事実に気付いた途端、俺は慌てて飛び起きようと身体を起こす。
……いや、起こそうとした。
だと言うのに、俺の手は痺れ、足には力が入らない。
「……何だ、これ、は?」
立ち上がろうにも立ち上がれない。
身体中が痺れてしまい、俺の脳が発する命令を何一つ受けつけようとしなかったのだ。
そんな俺を見下ろすのは……金髪碧眼の米兵だった。
──殴られた、のか?
今、自分の身体を蝕んでいるものがダメージである……そう気付いた時に俺がようやく導き出したのは、そんな結論だった。
「く、くそっ」
指の先まで痺れて感覚のない身体を、必死に鞭打って俺は起き上がろうともがく。
……余裕からかそれとも信念からか、ダムド=ボマーというボクサースタイルの戦士は俺に追撃をして来なかった。
そのお蔭で俺はようやく身体を反転させ、四肢に力を込めて四つん這いの恰好を取る。
──痛いのは、頬、か。
その段になってようやく、俺は頬に残った痛みに気付くことが出来た。
……そう。
俺はコイツの拳に気付くことさえ出来ないまま、頬を殴られたのだ。
──これが、ボクサー。
……なら、喰らったのはジャブ、だろう。
俺はダメージの残る身体を必死に動かして起き上がりつつ、そう推測をする。
全く見ることも予兆を察知することすら出来なかったが、全格闘技において最速の技というのは伊達じゃないらしい。
──だと言うのに、ダメージは正拳突きの直撃を喰らった時以上、か。
俺は自身の身体に蓄積しているダメージは、ただのジャブを喰らっただけではありえない。
確かジャブというのは木を揺らして落ちてきた葉っぱを掴む動きで人を殴る技の筈。
である以上……拳を固めて殴る類の技ではなく、速度で『脳を揺らす』系統の技と考えられる。
なのに、俺の身体はまるで渾身の突きを喰らったかのように、身体の芯にダメージが残っているのだ。
その材料から推測する限り……コイツの能力は未だに不明ながらも、ジャブをストレート級のダメージに変換する超能力を持ち合わせているらしい。
そこまで考えたところで、俺の身体はようやく立ち上がることが出来ていた。
そのまま俺は、ダメージに震える手足を叱咤し、何とか構える。
とは言え……
──拙い、な。
身体に蓄積したダメージの重大さに、俺は内心でそう呟いていた。
──足が、効かない。
……痛みは、我慢できる。
疲労も歯を食いしばれば、何とか誤魔化せると思う。
だけど……幾ら頑張ってもこのダメージは……動かない身体は、どうしようもない。
そう俺が内心で呟いた弱音が聞こえたのだろうか?
……それとも、顔に弱音が出ていたのかもしれない。
金髪碧眼のダムドという青年が再び距離を詰めてきたのは、その次の瞬間だったのだから。
「~~~っ!」
ドンという轟音が響き渡った途端、俺が選んだ選択は痺れが残る足を無理やり動かして、「ただ距離を取る」というそれだけだった。
……情けないことこの上ないが、その選択肢は間違いではなかったのだろう。
俺の眼前コンマ数センチのところを、米兵の拳が通り過ぎる。
──無理、だ。
その打撃に、俺は思わず冷や汗を隠せなかった。
今の一撃は反射的に飛びのいたお蔭で躱せた。
だけど……拳どころか、その拳が放たれる兆しすらも見えなかったのだ。
──どうすりゃ、良いんだ、こんなのっ!
あのおざなりに振るわれた、ただの左フックにも……俺を一撃で打倒するほどの威力が秘められているのだろう。
──やべぇ。
その事実に気付いた瞬間、俺は一つの事実を理解していた。
──勝ち目が、ない。
プロのボクサー同士でさえ、ジャブという技は完全に封じることが出来ない……ジャブというのは、それほど速度に優れた技なのだ。
そのジャブにストレート並の、いや、それ以上の威力を与えられる超能力者が、今相対している敵である。
事実、このダムドという名の米兵は、次から次へと踏み込みジャブを放ってきて……俺は痺れる足を使って、それらの射程外へと不恰好に逃げ惑うのが精いっぱいだった。
──当たらなければ、どうということは……
俺の脳裏に浮かんだのは、そんな真っ赤なMSを狩る仮面の男みたいな台詞だった。
そして……そんな要らぬことを考える時間が隙になったのだろう。
「ボディが、がら空き、ダゼ?」
「……ぐっ?」
どっかの炎使いの格ゲーキャラみたいな言葉が、ダムドの口から放たれた瞬間。
ドンという炸裂音と共に、俺の眼前にはその米兵の姿が迫っていた。
──つまり、これは……
その刹那、俺は米兵の足の裏で爆発が起こる瞬間をこの目で捉えていた。
とは言え、その事実を理解する間に、俺の腹は米兵の左拳で打たれていたが。
「ぐ、ふっ」
知らず知らずの内に俺の口からは、某近接専用MSのような呻きが上がっていた。
腹が爆発したかのような衝撃が走り、俺の身体は再び大の字で床へと転がってしまう。
それでも……喰らうと意識していた分、さっきよりはまだマシだった。
直撃を喰らう瞬間に腹筋を締めたお蔭で一発目を喰らった時よりもダメージは少なかったらしい。
ダメージでもうボロボロの身体を動かし、俺は何とか立ち上がろうともがく。
──相変わらず、追撃はない、か。
どうやらこのダムドという米兵は、骨の髄までボクサーらしい。
ダウンした相手は狙わないつもりだろう。
……その時、だった。
「オい! 遊んでナイデ、さっさとそのガキにトドメ刺しやがレっ!」
外野から突如凄まじい怒号が聞こえてきた。
あまりの怒声にそちらに視線を向けてみると、さっきKOした筈のリチャードが早くも目を覚ましたらしく無茶苦茶に捻じ曲がった右手を押さえつつ唾を飛ばしている。
勝てば良いという雰囲気のリチャードにしてみれば同僚であるダムドの戦い方は、遊んでいるように思えたのだろう。
「顔面を潰シテ、息の根を止めヤガレ!
お前ナラ出来るだロウっ!」
リチャードは憎悪に顔を歪めながら、拙い日本語で下卑た言葉を叫ぶ。
……だけど。
──場違いなクズはすぐに消える。
どっかの妖怪兄弟の兄ではないが、それが世界の摂理である。
「……黙ってなサイ。
コンベンションでの殺害は認めラレていナイ」
ダムドがそう囁いた瞬間、その身体が一瞬でブレたかと思うと……壁際で叫んでいたリチャードの眼前に迫っていて。
しかも、その右手はまっすぐにリチャードの顔面へ突き出される寸前だった。
「あべしっっ?」
下卑た中国系米兵は、まるで秘孔を突かれた雑魚みたいな叫びを上げたかと思うと、顔面を壁にめり込んだ形で意識を失っていた。
全身が突如力を失いダランと崩れたのは意識を失ったからで……生命反応が無くなったからではないと信じたい。
凄まじいそのストレートの一撃に、俺は手が震えるのを隠せなかった。
……だと言うのに。
「それに、パンチで意識を断っテも、このサムライは負けを認めナイ。
意識を取り戻シタ途端、襲い掛かってくるダロウ。
……ジャ○プの主人公は皆そうでシタ」
「……買い被り過ぎだ」
当の対戦相手……ダムド本人が俺を、いや、日本人の根性を高く買ってくれているらしい。
その参考資料の信ぴょう性は兎も角としても……
──これじゃ、諦める訳にもいかない、な。
その事実に俺はため息を一つ吐くと……呼気と一緒に自分の中の弱気を全て吐き出し、再び構える。
そんな俺の眼光を見て、金髪碧眼の米兵は満足げな笑みを浮かべたかと思うと……
「ダカラ、コレは……身体ではなく。
……心を抓む戦い!」
まるで某島で殺戮を行っていた爆弾魔のようにそんな言葉を宣告してくる。
その剥き出しの殺意、さっき目の当たりにしたストレートの威力と踏み込みの速度、そして圧倒的優位にも関わらず全く油断の欠片もないその面構え。
その絶望的な相手を前に、俺の身体は知らず知らずの内に震えを隠せない。
……だけど。
──だけどもう、手の内は見た。
さっきリチャード=オーバーが下卑た叫びを上げてくれたお蔭で、金髪の米兵がその制裁を科してくれたお蔭で、一つだけ大きな収穫があった。
第三者の視点でダムド=ボマーの能力を観察出来たのだ。
あの凄まじい踏み込みの瞬間、そして拳がリチャードの顔面を貫くその瞬間……どちらも小さな爆発が起こっていた。
──つまり……
……『爆裂の能力』。
それがコイツの能力の正体らしい。
拳が着弾するその瞬間に爆発力を使うことでジャブをストレート並の一撃に変え、また羽子のジェット気流を使った特攻のように、爆発を踏み台にしてあの凄まじい踏み込みを可能にしているらしい。
──無茶苦茶、だな。
その事実に俺は眼前の相手が如何に絶望的な相手かを再認識させられる。
……能力自体は問題ではない。
爆発一つ一つの威力はそう大きくなく……ぶん殴られた程度のダメージしか喰らわない上に、火傷しない程度の火力しかないのだから。
──問題は、練度の方だ。
こちらへと戻ってきたダムドを睨み付けつつ、俺は考察を続けていた。
拳が相手を捉える瞬間、爆発で衝撃をプラスする。
踏み込む瞬間に爆発で加速し、直後に相手を正確に殴りつける。
……言うは易し、行うは難し。
その二つのどちらも、付け焼刃で出来る技じゃない。
恐らく……凄まじい修練が必要だろう。
つまり……
──やはりコイツは、桁違いに、強い。
格闘技能だけでも俺を上回り、しかもその上超能力を持ち、その超能力も使いこなすために相当の修練を積んでいる。
──守ったら、負ける。
──攻めろっっっ!
結局、俺が出した結論は、○8小隊の隊長が出したのと同じ、そんな結論だった。
動かない足を必死に前に出し、壊れたバランス感覚の所為で傾ぐ身体を前へと倒し、必死に前に出る。
「うぉああああああああああああっ!」
吠えながら、左の掌底を突き出す。
「はっ!」
……とは言え、相手はボクサー。
何の小細工もなしに放ったそんな掌底など、あっさりとサイドステップで躱される。
そして同時に彼はカウンターを放つモーションに入っているのが見える。
だけど……
──それは囮っ!
俺は必死に足先に神経を集中し、身体中を強引に捻って向きを変えると、サイドステップで射程外へと離れて行ったダムドの身体へと頭から無理矢理突っ込む。
「おぉっ?」
ボクシングでは反則でしかない「頭突き」が飛んで来るなんて、ボクサーである彼にとっては予想外だったのだろう。
鮮やかなフットワークからカウンターへと繋ぐ動作を見せていたダムドの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
その躊躇に乗じて、俺は倒れ込むふりをして米兵に強引に身体を預ける。
……俺の本当の狙いは、その刹那。
「喰らい、やがれっ!」
拳も出せないほど接近したダムドの身体に……その心臓に俺は手を置く。
──奥義『心停止』。
この近距離で俺が出せる唯一の技、そしてボロボロの状態であっても一撃で相手を倒せる……所謂「一撃必殺」の奥義である。
──躱されるなら、躱せないほどの近距離で。
──相手が倒れないほどの一撃を喰らわせてればっ!
某バーニング(B)ブラッド(B)なボクサーが出したのと同じ結論が、俺がコイツに対して選んだ選択肢だった。
俺の足が大地を噛み、つま先、脹脛、太股、腰へと加速した力を、掌に集中して一気に解き放つ。
そして……その瞬発力による打撃によって心臓を止める、まさに『必殺』の一撃である。
──この一撃は鉄製の……いや、「鋼鉄の肉体」がなければ耐えられまいっ!
俺が勝利を確信して手のひらを突き出した、その瞬間だった。
俺の掌底が突き出したのと、ほぼ同時に……俺の左側頭部に凄まじい衝撃が走ったのだ。
──カウンターっ?
予期せぬその一撃に俺の意識は霧散しかかる。
「この程度っ!」
……だが、浅い。
どうやらその凄まじい練度を誇るダムド=ボマーであっても、あれほど咄嗟に出したカウンターには爆発を載せられなかったらしい。
今、俺の側頭部に走っているのは、ただの殴られた衝撃と痛みだけだった。
──なら、耐えられるっ!
俺は歯を食いしばって傾ぐ身体を必死に立て直すと、左手を握って大きく振るう。
……俺が放った奥義『心停止』のダメージも、さっきのカウンターで半減しているだろうと予測を立てた故に。
……だけど。
その必死の左拳が届くよりも早く……
「がっ?」
必死の追撃に全神経を費やしていた所為で、俺のがら空きだった腹に、ほぼ同時に金髪碧眼の米兵が放った左拳が突き刺さっていたのだ。
──馬鹿、な。
爆発はなく……ダムド=ボマーも必死に突き出したボディブローだったのだろう。
だけど、全く予期していなかったその一撃の痛みに、息が出来ず、痛みは脳髄まで突き抜け……その所為か、俺の身体は一瞬ではあるが硬直してしまっていた。
……そしてその隙を、この米兵が逃す筈もない。
「正直、今のハ、死ぬカト思いまシタ。
だけど……コレで、終わりデス」
「……あ?」
腹の衝撃によって硬直していた俺は抵抗すら出来ず、その金髪碧眼の米兵に胸倉を掴まれていた。
その次の瞬間だった。
「喰らエ、『紅蓮の腕』っ!」
ダムドのその叫びと共に、俺の身体中に凄まじい衝撃が走り……
「ぐ、あ……」
俺の視界に映るのは、ただ天井だけという有様になっていた。
──今、の、は……
さっきまでの小さな爆発どころではない。
全身を叩きつけるような凄まじい爆発が、胸の上数センチのところで起こったのだ。
俺の放つ『心停止』どころじゃない衝撃が心臓どころか身体中を襲い……痛みすらも感じない有様だった。
それでも必死に起き上がろうと俺は身体を起こそうとするが……
──身体が、動きやしない。
曾祖父直伝の古武術のお蔭で防御能力に自信があった俺だが、流石に限界が来たらしい。
もう四肢に力が入らない。
──くそ、勝てねぇ。
その事実に気付いた俺は、思わずそう呟いていた。
……力量で劣っているのは認めよう。
俺は頭上にあるその金髪碧眼のハンサムな米兵の顔を睨み付けながら、歯を食いしばっていた。
無我夢中で特攻をかけ、ボクサーの死角である頭突きを投入し、身体を預けてクリンチに見せかけるというぶくさーの心の隙を突き、俺の渾身の奥義まで投入したというのに……
──俺の古武術では……コイツに、勝てなかった。
それは認めるしかない。
……だけど。
例え武術の力量で負けてはいても……それでも俺は負ける訳には、いかないのだ。
この戦いには、俺の去就どころではない。
級友たち、いや、B組の面々だけではなく、A組の少女たちや、手合わせをした二年の先輩たち全員の将来が……彼女たちの恋愛や出産までもをモルモットにさせられるかどうかがかかっているのだ。
──負けてなる、ものか。
そう分かっているのに。
そう念じつつ身体を動かそうと思っているのに……
俺の身体は、もうピクリとも動きやしない。
……いや、違う。
──勝ち目がないって、分かっている所為だろう。
立ち上がって戦わなければならないと分かっているのに。
……このまま寝ていても、何も解決しないと分かっているというのに。
身体に圧し掛かる諦観は、身体に蓄積したダメージ以上に俺の身体を蝕んでいたらしい。
──力が、あれば……
……だから、だろう。
その圧倒的な敗北感と、身体が動かない絶望、そして……全身を覆うダメージとどうしようもない疲労感。
それらの圧力を前に、俺は思わず内心でそう呟いていた。
──力が、あれば……
それは、俺の抱いた、生まれて初めての弱音だったのかもしれない。
ただ絶望的な敗北感を認めなくなかった俺は、そう心の中で叫んでいた。
……その所為、だろうか?
【力が、欲しいか?】
突然俺の頭に、そんな声が響き渡っていたのだ。