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【完結済】π>Ψ ~おっぱいは正義~  作者: 馬頭鬼
第二部 第十四章
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第十四章 第三話


 舞斗のヤツが選んだのは、無数の剣を飛ばす遠距離戦ではなく、近距離での日本刀での斬撃だったらしい。


「てめぇは、俺がこの手で、ぶっ殺すっ!」


 舞斗のヤツが叫んだその台詞こそが、コイツが日本刀での近接戦を選んだ理由だろう。


 ──無理もない、か。


 実の姉が眼前で殴られたのだ。

 舞斗の激昂はもう仕方ないことだろう。

 ……だけど。


「シッ、ジャスゲッオーバーウィズ」


 刃物の切っ先を向けられたというのに、マイクとかいう黒人の大男は脅えも緊張もせず、相変わらずやる気なさそうに吐き捨てるだけだった。


 ──変、だな?


 幾ら軍人、幾ら超能力者と言えど、真剣を向けられて平然と出来る筈がない。

 いや、舞斗が創りだした日本刀は実は切れ味が悪い、日本刀の形をしただけの模造刀に近い代物なのだが、一見でそこまで見抜ける訳もない。

 である以上、あのマイクとかいう米兵が警戒心の欠片もないのは不自然過ぎる。

 ……どんな超能力者でも斬られれば死ぬし、激痛下では能力を使うことすら儘ならないのだから。

 そんな黒人の態度に激昂したのだろう。


「ふざけてんじゃ、ねぇっ!」


 舞斗のヤツは激昂のままに吼えると、良心の呵責など一切なく、その手に持った真剣を……マイクという大男の鎖骨へと叩き込んでいた。


 ──袈裟斬り、か。


 一応、ぶち切れているらしき舞斗も、まだ欠片の良心は残っているらしい。

 出血多量やショック死しかねない箇所とは言え、即死しかねない脳天や心臓は狙わなかったのだから。

 そして、流石の米兵だろうと、その躊躇ない斬撃に驚きを隠せないだろう、と俺は想像していた。

 ……だけど。


「ワッツァキディン?」


「なっ?」


 だけど、次の瞬間に驚きの声を上げたのは俺や舞斗……そしてその場にいた『夢の島高等学校』の生徒全員だった。

 何しろ……マイク=アイアンの身体と舞斗の日本刀が衝突した結果、敗北したのは舞斗の手の中の刀だったのだから。


「馬鹿なっ!」


 信じられないものを見たという声で、舞斗が叫ぶ。

 しかし、それも仕方ないことだろう。

 ……まさか、剣術が物理的に通じない相手がいるなんて、俺ですら想像もしていなかったのだから。


「出タっ!

 マイクの『鉄製の肉体』っ!

 どんなブリットもナイフも弾き返す技ダっ!」


 種明かしをしてくれているらしきダムドとかいう金髪の青年の叫びに、ようやく俺は我に返っていた。


「逃げろ~~~っ!」


 俺の叫びが届くのが早かったか、それとも舞斗のバックステップが早かっただろうか。

 兎に角、我に返った舞斗のヤツは敵の射程外へと逃げようとして……


「ゲッラウっ!」


 その拳の直撃を喰らっていた。

 その軌道は、ボディアッパーというかスマッシュというか、兎に角突き上げる感じの打撃で……軽い舞斗のヤツはあっさりと吹っ飛んでしまう。


「ぐ、ぐがっ」


 そして……たったのその一撃で、舞斗のヤツは沈んだまま動けない。

 ……考えてみれば、当たり前だ。

 あのマイクとかいう超能力者の能力が、日本刀すらも通さないほどの防御力を得る能力ならば……

 先ほど放たれたあの拳は、鋼鉄の塊と同じ強度を誇ることになる。


 ──無茶苦茶、だ。


 その事実に俺は……震えを隠せなかった。

 ……人間の身体ってのは全力で殴ることが出来ないようになっている。

 小さな骨の塊である拳は骨折しやすいし、殴った方も腕が痛むのだ。

 だからこそ……無意識の内に手加減してしまうものなのだ。

 だけど、この大男は違う。

 身体を刀よりも硬く出来る以上、全力で殴ることも可能なのだ。


 ──しかも、この二メートル超のガタイで、だ。


 巨体による体重、骨格からくる筋力、黒人という日本人とは根本的に異なる筋肉の質、その挙句に鋼鉄のような超能力。

 ……舞斗が殴られた打撃がどんなものなのか、想像すらしたくない。

 俺があのマイクとかいう黒人の戦力を測っていた、その時だった。


「ぐふっ」


 突如、舞斗のヤツが口から血を吐き出した。

 あの様子だと……肋骨をへし折られている、らしい。

 舞斗のヤツが誇る、「剣の防御」を貫いてあれほどのダメージを与えるなんて……常識外れにも程がある。


 ──つまり、ヤツの能力は……


 某ゲームの呪文「アスト□ン」と表現される代物では、ないのだろうか?

 そして……その事実が正しければ、それは恐ろしい事実を意味する。


 ──もしヤツが拳を放つその瞬間、身体中を鋼鉄化させることが出来たのなら?


 それは……単純に『剛体術』と呼ばれる、身体の関節を固定することにより打撃力を増すという、日本拳法の奥義を使いこなせることを意味する。

 その威力は……舞斗が身体をもって示した通りだ。

 つまり、その時点で筋力と超能力を持つこの巨漢に対して、『技』という大きなアドバンテージを失ったことを意味する。


 ──絶望的、じゃねぇか。


 相手に体格で負け、筋力で負けているにも関わらず、相手は超能力を持っていて、技までも習得している。


 ──勝ち目が、ねぇ。


 俺は冷や汗をかきながら、その結論に達してしまう。

 ……だからだろう。

 俺は知らず知らずの内に、「どうやって上手く負けるか」を頭の中で思案し始めていた。

 だと言うのに……


「まだ、まだぁっ!」


 肋骨をへし折られ、血を吐きながら……舞斗はまだ諦めてはいなかった。

 流石にあの硬さを目の当たりにして近接戦は諦めたのか、手にしていた日本刀を解除し、その周囲に無数の剣を生み出し続ける。


「負けてなる、ものかぁああああああああああああああっ!」


 渾身の力で舞斗が吼え、その無数の剣がマイク=アイアン目がけて襲い掛かる。

 ……だけど。


「馬鹿野郎っっっ!」


 俺は思わず叫んでいた。


 ──それは、下策なのだ。


 こういう、凄まじい防御能力を持つ相手にとっては。

 ……事実、マイク=アイアンはその無数に襲い掛かる剣を前に、防御すらしていない。


「喰らい、やがれぇええええええええええええええええええええええっ!」


 そして、舞斗が叫ぶと同時に、無数の剣が黒人米兵へと襲い掛かる。

 ……だけど。


「……HAHAHAHAッ」


 その無数の剣は、マイク=アイアンの鋼鉄と化した皮膚を貫くことすら出来なかった。

 ……ただ飛んで行っては弾かれ落ちる。

 金属同士の凄まじい音が体育館に響き渡るものの、ダメージを与えている様子は欠片もない。

 そして、舞斗が剣を飛ばせば飛ばすほど、ただその繰り返しが延々と続けられるだけだったのだ。


「まさか、そんな……」


 舞斗は自分の最高の技が、相手に何の痛痒も与えていないというその理不尽極まりない光景に、動揺を隠せない。

 ……当たり前だ。

 必勝法や必殺技は、いざというときに縋るほどの、言わば「心の支え」というべき技である。

 だからこそどんなダメージにも劣勢にも、最後の望みを抱くことで耐えられるのだ。

 大ダメージを受けた舞斗が使ったのはそういう技で、そしてこのマイクという相手には、その技をもってしても一切のダメージすら当たられなかったのだ。


 ──動揺しない筈がない。


 ましてや、序列戦で数度の戦闘をくぐってきたとは言え、本気で追い込まれた経験もない鶴来舞斗が、この状況に耐えられる訳もない。


「ぐ、くそっ!」


 ……それでも。

 それでも、敵に背を向けなかったのは、男としての矜持故だろうか?

 結局、舞斗はマイク=アイアンの鉄拳を鳩尾に受け、そのまま直下に沈んでしまう。

 ……もう戦う気力も、抗う根性も残っていないだろう。

 何しろ、自身の最強の技を破られてしまったのだから。

 俺がそう考えていた、その時だった。


「ファッコフ、シット」


 マイク=アイアンは、そんな名前の黒人米兵は……もう戦意を喪失していて戦闘不能に陥った筈の舞斗を、その顔面を……


 ──容赦なく、踏みつけやがったのだ。


「てめぇっ!」


「幾らなんでもっ!」


 その光景を見たギャラリーが叫ぶ。

 特に一年A組の女子たちは今にも米兵相手に襲い掛かりそうだった。


「てめぇっ!

 日本人を舐めくさりやがっ!」


「ちょ、陸奥さん、コンベンション中ですってっ!」


 この試合を見ていた政府関係者にも一人熱い老人がいるらしい。

 その陸奥と呼ばれた年寄りは米兵相手に殴りかかろうと立ち上がり、隣の青年によって抑え込まれていた。

 どうやら研究者や政府関係者と言えど、外道ばかりではないらしい。

 そして、そんな中、俺は……

 ……酷く冷静にその光景を見つめていた。

 怒りも何も感じない、明鏡止水の極致のような、言うならばハイパーモードと化した俺は、まっすぐにマイクとやらの眼前へと歩く。


「ファッっ!」


 黒人米兵は罵りながら右拳を突き出してきたが、今の俺はにはそんなもの、通じる訳もない。

 俺は首だけでその拳を躱すと、倒れたままの舞斗を担ぎ……


「てめぇ、二十分待ってろ。

 ……首を洗ってな」


 そうマイクに告げて、体育館の外へと歩き出す。

 言葉が通じたのかどうかは分からない。

 ……分からないが、追撃はなかった。


「兄貴、済まないッス。

 俺、何の役にも……」


 ただ、肩を貸している舞斗のヤツが、いつの間にか意識を取り戻しくそう告げるのを、ただ聞き流しつつ、保健室へと向かって行ったのだった。


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