第十四章 第二話
それから数日間、俺は授業を完全に放棄し、運足・型・剣術などの実戦的な稽古を延々と続けることとなった。
その相手には奈美ちゃんや亜由美、繪菜先輩を始めとして、一年B組ばかりではなく、A組の生徒や先輩たちまでもがその手を貸してくれることとなり……
──序列戦で知り合ったのは、無駄じゃなかったんだな。
俺はそんなことをしみじみ感じたものである。
そんな日が続き、決戦を翌日に控えた土曜日のこと。
「……兄貴はよく飯を食べる余裕あるッスね」
食堂で晩飯を食べていた俺の隣に舞斗が座ったかと思うと、そんな愚痴をこぼしてきた。
「自分はもう飯も口を通らないッス。
だって政府が選んだ人間ッスよ?
だって米兵ッスよ?
あちこちで開発された凄まじい能力者が出てくるッス。
きっと自分なんて……何も出来ず一蹴されるほどの化け物が来るッス」
悲痛な叫びを上げる舞斗の横で、俺は何も言わずただ首を傾げていた。
──本当にそうだろうか?
俺は舞斗とは反対の考えを持っていた。
超能力者が生まれるプロセスとは、俺が考える限り……『自分の力でどうしようもない願い』を持つことが重要だと思える。
手足のない繪菜先輩、その繪菜先輩を守るための力を欲した舞奈先輩。
悪臭に対抗するために空気を操る羽子や、家の湿気に対抗するための超能力を持つ委員長など……その生まれ方は様々ではあるものの、努力してもどうにもならない願いを叶えようと祈った結果、超能力を得ることになっていた。
……逆に俺や奈美ちゃんなんかは超能力を得ることが出来ない。
何故ならば、身体を鍛え技を磨き努力をすれば……その願いを叶えられると知っているからである。
……つまり。
──絶対的に強い超能力者など、存在しない。
……それが俺の出した結論だった。
叶わない願いを生み出すのが超能力ならば、その願いを叶えるために身体を鍛え技を磨いてしまう人間は超能力者に『なれない』のだ。
米軍と共同研究とか言っているが、あくまでも見つけ出した超能力者の子供に研究費を出したとか、その子供を開発したとか……まぁ、そういうレベルの話だろう。
兵隊なんてやって身体を鍛えているヤツと、願い祈ることで手に入る超能力とは性質が違い過ぎる。
である以上……筋骨隆々の米兵が出てくる筈もなく、うちの生徒に毛が生えたレベルの超能力者が出てくるに違いない。
そして……超能力者は幾ら凄まじい能力を持っていても、必ず『穴』がある。
それは俺の実戦経験も裏付けてくれていた。
──肉体を強化する能力者は『技』に頼れない。
……羽杷先輩や芦屋颯なんかがその典型だった。
である以上、付け入る隙が存在するだろう。
──何かを操る能力者は操作に集中しなければならない分、接近戦に弱い。
……芳賀徹子や御守先輩、そして印象的なのが人形を操っていた遠音麻里先輩だろう。
とは言え、羽子やレキのヤツは例外だったが……まぁ、あんな無茶苦茶な使い方をする奴らはそういないだろう。
──そして……何かを生み出す能力者は創造そのものに能力を喰われるため、PSY指数の割には妙に弱い。
舞奈先輩は殺傷力のある剣を生み出すからこそ危険極りないが、雫なんかは数値の割に能力がショボかった印象が強い。
──勿論、油断は出来ないけどな。
俺はそう自戒しつつも、明日に向けて今日は寝ることにした。
相手がどんな能力者だろうとも……睡眠をしっかりと取って身体共に疲労を癒し、万全なコンディションで戦わなければ、勝負にすらならないのだから。
──そう思っていた時期が、私にもありました。
……翌日、俺は昨日の思考を完全に後悔していた。
何しろ、体育館に集合した俺たち二人の目の前には……米軍の制服を男が三人も立っている。
一人は、二メートルを超える筋骨隆々の黒人男性。
そして中国系らしき一メートル八十ほどの、これまた身体中が無駄なく鍛え抜かれている黄色人種の男性。
残る一人は身長こそ一メートル七十ほどで俺と変わらない程度だが、金髪碧眼のヨーロッパ系らしき青年で、髪の毛を頭の上で結んでいる。
その変な髪形以外はなかなかハンサムな……ハリウッド映画に出てくる俳優のような、細身ながらも鍛えられた痕跡のある男性である。
……そう。
俺の目の前にいた三人は、俺が脳裏で浮かべるような『強靭な米兵』そのものである。
周囲を幾ら見渡しても、ひょろ細く実戦慣れしていない傲岸不遜な『超能力者』なんて影も形もありはしない。
つまり……昨夜俺が予想した全ての考察と、それからくる余裕の全ては……全くの見当外れだったのだ。
しかも、体育館の中には政府関係者や米軍の研究者らしき人たちが十二名、椅子に座ってこの戦いを見届けようとしている。
……これではイカサマや死んだふり、暗器やだまし討ちなど……数々の特技が封じられた形となってしまう。
──かなり、厳しい戦いになりそうだな。
……と、そうして俺たちが睨み合っている最中だった。
「ちょ、アレ、幾らなんでも反則やないか」
「あんなのをどうやって倒せば良いのですかっ」
「……無理ゲー」
流石に自分たちの去就がかかっているかもしれないこの大一番が気になるのだろう。
さっきから徐々にうちの生徒たちが体育館へと入ってきては、邪魔にならないよう壁際で観客と化している。
その中でも羽子・雫・レキの、うちのクラスでも最も姦しい三人の声が俺の耳へと届いていた。
──ま、仕方ないか。
俺と舞斗が負ければ、あの連中と自分たちが結婚させられるかもしれない。
いや、結婚なんて言葉では生ぬるい……半強制的に子作りをさせられた上の、交配実験が行われるのである。
そういう大一番の結果を自分の目で確かめられないなんて、耐えられないのだろう。
──これはそういう、負けられない戦いなのだ。
だと言うのに……
「あ、兄貴、こんなの……」
舞斗のヤツは相手の体格だけでビビったのか……さっきから涙目になって俺の方に視線を向けてきてやがる。
俺はそんな舞斗のヤツに肘鉄砲を叩き込んで、喝を一つ入れてやることにする。
──ま、気持ちは、分かるんだが……
……舞斗を窘めはしたものの……俺もビビッて逃げたい気持ちで一杯だった。
そんな弱気の色が出ていたのだろうか?
繪菜先輩と舞奈先輩の二人は、一喝するかのように俺たちを睨み付けたかと思うと、三人の米兵の方へと向き直った。
「えっと、彼ら二人が……我が校が誇る能力者です。
『無限の剣造』の鶴来舞斗。
そして、『H』の佐藤和人」
繪菜先輩に紹介された俺は、軽く会釈を返す。
……舞斗のヤツは礼をする余裕すらないらしく、完全に固まっているが。
──つーか。
舞斗のヤツは、自分の能力名をいつの間にやら変えたらしい。
「さて、こちらの男性がマイク=アイアン。
能力名は……『鉄製の肉体』……って、え?」
繪菜先輩の紹介の後を継いで、舞奈先輩が彼らを俺に紹介してくれる。
一人目は一番体格の大きな、黒人男性だった。
……だけど、何故か先輩はその能力名を読み上げるところで首を傾げていた。
何か気になることでもあったのだろうか?
「……シッ。
ハリィアッ」
マイク=アイアンとかいう黒人男性は俺たちと交流する気なんて欠片もないらしい。
こちらに見下すような視線を向けつつ、そう舌打ちするばかりだった。
どうやらコイツは、この場所に自分が立っていることそのものが面倒で面倒で仕方ないと思っているらしい。
「そして、こちらの男性がリチャード=オーバー。
能力名が……ど、『どこにもドア』?」
舞奈先輩はその訳の分からない能力名に必死に吹くのを堪えているらしい。
「ハイ。ヨロシクお願いシマス」
だけど、そのリチャードという中国系らしき男性は、舞奈先輩の様子を気にすることもなく、妙な日本語のイントネーションで深々とお辞儀をしてきた。
舞斗のヤツは釣られたのかお辞儀を返していたが……
──コイツもか。
俺はその視線の奥に、こちらを完璧に見下した色を見つけ出していた。
……どうやらさっきのマイクとかいう大男と同じく、コイツも『ろくでもない人間』らしい。
舞奈先輩の様子がおかしいことを意に介さないのも、彼女の存在自体を気にもしていない証拠だろう。
事実……コイツの視線を辿ってみれば、さっきから繪菜先輩の日本人らしからぬDカップの胸元ばかりに向いてやがる。
いや、ギャラリーの中にいたあの俺が未だに指一本すら届かなかった、国宝の如きG級おっぱい様の方にも厭らしい視線を向けてやがる。
──気に入らねぇっ!
俺は歯を食いしばることで、その顔面に拳を叩きつけたい衝動を必死に堪えていた。
だけど……流石に政府関係者が見ている交流試合で、試合前にぶん殴って勝ったという宮本武蔵の逸話を実現するのは拙いだろう。
「そして、最後の一人。
彼が……ダムド=ボマー。
能力名は……『紅蓮の腕』ってこれ……」
「ハイっ!
日本のみなさん。よろしくお願いします。
ヤマトダマシイ、見せて下さいっ!」
最後の一人……ダムドとかいう金髪の青年は、心底嬉しそうな笑みを浮かべたかと思うと、その場で正座をするや否や、両手をついて頭を下げてきた。
……そう。
土下座である。
「……あの、何を?」
流石の舞奈さんもダムドという青年の奇行には完全に目を回すばかりだったらしい。
その彼女の問いに、彼は立ち上がって満身の笑みを浮かべたかと思うと。
「正しい作法の、お辞儀デス。
ジダイゲキで見まシタ」
自信満々にそう告げる。
……どうやら、日本文化を思いっ切り間違って覚えているヤツらしい。
何故か髪の毛を頭の上で結んでいると思っていたが……アレはちょんまげのつもりか何かなのだろう。
「彼ラのスキルネーム、私が日本語に翻訳しまシタ。
完璧、デショウっ!」
落語長寿番組の中の、ピンク色の着物の人に勝るとも劣らないドヤ顔で、そのダムドという青年は親指を上へと突き出していた。
……何と言うか、間違って日本文化を覚えた挙句、アニメや漫画に毒され過ぎて……逆に『イタい』人になっている。
──コイツ、古森合歓辺りと気が合うんじゃないか?
と言うか、もしこれが交流試合じゃなくお見合いみたいな……自由恋愛を推奨するものであれば、そうやって誰かを紹介するだけで話が済んだのだろうけれど。
──いや、無理か。
ダムドという金髪碧眼のアホ以外……黒人の大男であるマイクと中国系のリチャードは俺たちを完全に見下してやがる。
……そんなヤツらと、平和的に話が通じる、訳がない。
「で、どうしましょう?
同数の人たちが揃うと思っていたのですけれど……」
舞奈先輩が俺たちと米兵とを見比べて、口ごもる。
どうやら二対三では勝ち負けを競うことすら出来ないと今更ながらに思い当たったらしい。
──それくらい、先に決めておけよ。
政府関係者の不手際か、それとも学校側の不手際か。
もしくは不手際を装って俺たち『夢の島高等学校』の生徒が万が一にも勝つ機会を潰すという策略があったのかもしれない。
実際、こちらを見ている研究者らしき人たちからは何の指示も得られなかった。
彼らはこの戦いがどういう形であろうと……そのデータさえ取れれば良いのかもしれない。
「……シット。
ジャスゲッオーヴァーウィズ」
「……あの、ですが」
話が進まないことに苛立ったらしく、マイクという黒人米兵が大声で何やら叫び始めた。
言葉が分かるのか、それとも雰囲気だけは分かるのか……舞奈先輩が彼を宥めようとその前に立ち塞がっていた。
……それが、いけなかったのだろう。
「ファッコフ!」
苛立ちに任せたような、マイクの右拳が舞奈先輩の頬にぶつかり、先輩はあっさりと吹っ飛んでいた。
「て、てめぇっ!」
その光景に激昂した俺が前へと踏み出そうとした、その直後。
──っっっ!
俺は『ソレ』に気付き、慌てて後ずさる。
何しろいつの間にか俺の眼前には『ソレ』……俺の首の数センチ手前に日本刀が浮かんでいたのだ。
あと一歩でも怒りに我を忘れて踏み込んでいれば……下手すれば、首が飛んでいたかもしれない。
そして……生憎と、俺はこんなことを仕出かす人間なんざ、一人しか思い当たらない。
「……舞斗、てめぇ」
「済みません、兄貴。
ですが、アレは俺にやらせて下さい」
……だけど。
俺の激昂はあっさりと鎮められていた。
何しろ、俺の眼前には、俺の怒りよりも遥かに激しい、殺気と激昂を露わにした……言うならば殺意の波動に目覚めた舞斗が存在していたのだから。
よくよく見てみれば、政府関係者らしきギャラリーの一人……結構な歳の日本人らしき男性が周囲に制止されている。
っと、今は外野を気にしている場合じゃない。
舞斗のヤツが……今にもブチ切れそうな表情を浮かべたままなのだから。
「……死ぬ、なよ?」
結局、俺が舞斗のヤツにかけた言葉はただそれだけだった。
そして……コイツにとってもそれで十分だったらしい。
「……ええ。
殺すなとは言わないんですね」
「当たり前だ。
こういう場合、ただの事故さ」
そんな俺の軽口も、少しは効果があったのだろうか?
さっきまで殺意に我を忘れていたらしき舞斗は少しだけ笑みを浮かべると……まっすぐにマイク=アイアン……二メートルを超える黒人の米兵へと歩み寄って行く。
……そして。
戦いが、始まったのだ。