第十四章 第一話
戦いの後。
俺たち『夢の島高等学校』の生徒全てが食堂へと移動した。
あのまま体育館で話すには、話が長過ぎると言うのと……いつまでも立ったままだと辛いだろういう配慮からである。
そして、さっきの戦いの治療も終えた。
俺は額に包帯を巻いているし、舞斗のヤツも身体に包帯を巻いたらしい。
ついでに寮で安静にしていた亜由美も、首にでかいギプスみたいなものをつけたまま出てきている。
そうして全員が飲み物と各自気に入った席……俺と舞斗のヤツは必然的に最前列になったが……、各々が席に腰を下ろす。
ついでに言うと、教師はその「超能力研究者」としての立場から、そして政府機関の胃一員としての立場から、この話し合いの席にはつかないことで先輩と合意している。
そして話が始まった、その直後だった。
「……ネクスト計画?」
俺は、繪菜先輩の口から出た言葉を鸚鵡返しのように口にしていた。
「ああ。
それが全ての原因と考えてもおかしくない」
繪菜先輩は忌々しい口ぶりでそう吐き捨てる。
彼女の背後に控えている舞奈先輩も、車椅子の友人と同じ表情を隠そうともしていない。
「……それは、どういう計画ッスか?」
「一言で言ってしまえば、超能力者の量産計画よ」
舞斗の質問には、その姉が答えを返していた。
実の弟が思わずビビるほどのその険悪な声は、赤の他人である俺が聞いても十分に怖い代物で……
さっきはよく彼女と正面から殴り合ったものだと、自分自身に感心してしまう。
「ちょ、ちょっと待って。
超能力者って人工的に作り出せる訳?」
そんな空気を読まずに口を出したのは、亜由美のヤツだった。
けど……そのバストサイズと比較する程度の脳みそしか使っていない雰囲気の彼女にしてみれば、その質問は的を射ていたように思う。
実際……舞奈先輩と舞斗という一例以外、ここにいる超能力者の接点なんてありはしない。
つまり……超能力が何故発現するかなんて、まだ「何も分かってない」のである。
である以上……人工的に超能力者を『造る』なんて夢のまた夢である。
某学園都市みたく投薬や脳への電気刺激などの処置を行おうにも何の薬を使えば良いかすら分かっていないし、二万体のクローンを作る計画を立てようにも、今の科学技術ではクローンを作ることすら至難の業なのだ。
早い話が、現代科学による超能力開発なんて……形にすらなっていないのが実情である。
「ああ、そうだ。
今の科学では無理だ。
だから、一つ一つ試すことになったんだ」
繪菜先輩の言葉は、何の感情も込められていない、冷たい響きを放っていた。
そして、そこに感情が込められていないからこそ、俺は背筋が凍りつく。
──試す?
脳内への電気刺激を?
投薬を?
もしくは、催眠暗示などの……人体実験を?
俺の懸念は……いや、俺を始めとする全校生徒の懸念が顔に出ていたのだろう。
繪菜先輩は安心させるように少しだけ笑うと、首を左右に振る。
「流石に人道的問題からそういうのは却下された。
ただ一つだけ……その……」
「……遺伝的な能力の継承が行われるかどうかを確認する実験は、継続されることになったのです」
繪菜先輩が言いよどんだその言葉を、やはり感情を感じさせない声で舞奈先輩が引き継ぐ。
「遺伝的?」
「一言で言ってしまうと、超能力者の子供には超能力者が生まれるかどうかを試すんだそうだ」
──ああ、だからネクスト、ね。
舞奈先輩の答えでそう納得した俺は軽く頷いていた。
事実、その考え方は別に不思議なことでもなんでもない。
人類の歴史上、動物の交配を制限することで、特定の動物を自分たちの好みの形に向けて進化させていった例はいくつも存在する。
……稲然り、肉牛然り、そしてサラブレッド然り。
雫のヤツがやっていたダービース○リオンなんてその典型だろう。
「……まどろっこしいなぁ。
結局、どういうことなんや、それは?」
話についていけなかったのだろう。
羽子のヤツは、彼女が言葉を濁していることに気付かずに直球で尋ねやがった。
……ダービースタリオンという実例を知っているらしき雫は、真っ赤な顔をして俯いているというのに。
「要は、政府の連中は、その、子供を作れと言ってきたのさ。
近い能力の人間同士だと、その効果を実証しやすいと……その……
えっと……恥知らずにも、この舞奈と舞斗の二人に」
「「「「ええええぇえええええええええええぇえぇぇぇぇぇっ!」」」」」
躊躇いつつの繪菜先輩の言葉に、その計画を知らなかった全校生徒全てが悲鳴を上げていた。
特に……一年A組の、舞斗のクラスメイトが座っている左後方から他よりも遥かに凄まじい悲鳴が聞こえてきたように思える。
俺の隣では舞斗のヤツが、もう声も出せないほどに驚いた顔になっているのが見える。
──なるほど。
ちなみに俺はその繪菜先輩の言葉を……政府が推し進める案に、ちょっとだけ納得してしまっていた。
「……道理には叶っていますわね」
事実、雫のヤツも『ソレ』に気付いたらしい。
インブリードやら何やらの話を俺に教えてくれた彼女だからこそ、その政府案とやらに一理あることが理解できたらしい。
「無茶苦茶よ、そんなのっ!」
「ええ、断固反対するべきだワ」
「納得できませんっ!」
とは言え、一理しかないのもまた事実であり……一年A組の生徒たちが立ち上がり大声で抗議を始める。
繪菜先輩はそれを手振りで……肘から先のない右手を上げることで制すると……
「勿論、流石に断った。
……道徳的にも倫理的にも問題がある、とな」
そう告げ、彼女たちを黙らせる。
「だけど、政府は諦めてはくれなかったのです。
ならこちらで強い能力者を用意するとまで言いまして……」
舞奈先輩が言葉を引き継いで告げる。
その声には何処となく憂いが秘められていて……彼女がその政府案に随分と抵抗をした様子が窺えた。
「何故、その要求を断れなかったのでしょう?
先輩の政治的立場を利用すれば……」
そう尋ねたのは委員長だった。
事実、この『夢の島高等学校』はかなり高度な自治を手に入れている。
生徒たちを教育という名目で幽閉するのが目的ではあるが……それでも俺たちは外に出る以外の自由はほぼ手に入れていると言っても過言ではない。
「確かに、そう言えばそうよね?」
「我々だって権力に立ち向かうための自由の翼を失うほど愚かではあるまい」
「大人たちにはもうちょっと頑張ってもらわないと……」
他の生徒たちもそう思っているらしく、あちこちから賛同の声が上がる。
……だけど。
「この赤字だらけの学園経営で、どうやって反対しろってんだ?
……えぇ?
散々施設をぶち壊してくれやがってっ!」
声に出して抗議をしていた全ての生徒は、その繪菜先輩の怒声によってあっさりと黙り込むことになってしまう。
……当然のことながら俺も、だった。
実際、この『夢の島高等学校』は超能力者の通う学校だけあって、その施設が破壊されることは多い。
序列戦でも体育館を何度も何度も破壊されていたし、いつぞやの我慢比べの時には風呂をとてつもない温度まで沸かして光熱費を無駄にした挙句、風呂場のタイルを引き剥がすなど、まぁ、無茶苦茶をやったものだ。
そういう実績がある以上、黙らざるを得ないだろう。
そして……その『実績』は、どうやらこの場に座っている全校生徒に思い当たる節があったらしい。
食堂内は一気に静まり返ってしまう。
その沈黙を見計らったように、繪菜先輩は口を再び開く。
「それに、我が政府だけならまぁ、何とかなったのだろう。
しかし、どこぞのアホな政治家が、ご丁寧にも超能力の共同開発を名目に、米軍にまで声までかけやがったんだよ」
繪菜先輩の視線が、ふと俺の方へと向く。
……どうやら本題に入ったらしい。
「当然のことながら、その案に私たちは抵抗しました。
我が校にも強い能力者は存在する、と」
そこでようやく納得がいった。
──だからこそ、俺に白羽の矢が立ったのか。
どうやら先輩はこの俺を、ネクスト計画を断るための番犬にしようと考えているらしい。
この『夢の島高等学校』の一生徒でしかない俺が、政府が用意したとかいう能力者を撃破すれば……政府が用意した超能力者なんかは何の役にも立たず、ネクスト計画はこの学校内で解決できる問題へとすり替わる。
……まぁ、あと二年くらいはあるのだ。
それだけあれば、舞斗のヤツに恋人くらい出来るだろう。
同じ寮内で暮らすのだから、下手に当たれば子供も出来るかもしれない……なんてのを期待しているのかもしれないが……
「……相変わらず、鈍い」
視界の外でそんな小さな囁きが聞こえたものの、俺の意識は今話している相手……眼前のDサイズの膨らみへと向けられていた。
「それが、俺への頼みって訳、か」
「ああ。
……これが、テストを受けずに赤点を回避するための、対価、だ」
俺の問いに、繪菜先輩は笑みを浮かべてそう答える。
……である以上、俺はもう逆らえない。
曾祖父の教えである「正直者であれ」は今も俺の中に根付いている。
──その俺が、以前に交わした契約の対価を払わないなんて卑怯な真似、どうして出来るというのだろう?
「序列戦のルールをああいう形にしたのは?」
「お前が一位になるための戦闘訓練と……」
「……後は実績作りです。
PSY指数が低くても我が校で最も強い能力者という、実績が必要でしたから」
俺の質問に、繪菜先輩と舞奈先輩、二人の二年生が続けて答えてくれる。
そして……その時、俺はふと理解していた。
──あの、五月十五日。
本日六月十五日のちょうど一か月前。
……アホな、熱湯勝負をした、あの日。
──あの日に、全ての伏線があったのか。
……そう。
勝手な通販や風呂場を自由に変えられる学校の放漫経営が、ネクスト計画を断れない弱みとなり、この計画が実行される運びとなった。
繪菜先輩が携帯に向けて怒鳴りつけていたのは、その辺りの事情があった所為だろう。
ついでに言うと、そこで俺の点数が悪かった所為で……さっきまで行われていた『序列戦』なんて企みを先輩が思いついてしまったのだ。
丁度あの日、我慢大会なんてやらかして先輩に見つかってしまったのも、その理由の一端となったかもしれない。
そしてそのネクスト計画の内容こそ……まさか、雫の買った攻略本のタイトルと内容がほぼ似通っていた……もう強引過ぎるにもほどがある。
「じゃ、来週の日曜日に決闘の場を設ける。
……お前に、全てを任せる」
「舞斗……その決闘には貴方も出なさい。
私や、先輩や、クラスメイトたち。
そして何よりこの繪菜ちゃんを何処の馬の骨とも分からない男に差し出すなんて真似、許す気はないでしょう?
死ぬ気で戦いなさいっ!」
俺に向けられた信頼とは打って変わって、舞斗のヤツには酷いプレッシャーがかけられているらしい。
A組の級友たちからも無言の視線を向けられ、舞斗のヤツは顔を真っ青にしている。
──哀れな。
俺は弟子擬きであり肩を並べて戦うだろう戦友に憐みの視線を向ける。
そんな俺の背後では……
「ま、アタシたちには関係ないやろ」
「ええ、B組は落ちこぼれですからねぇ」
「……あっちは大変」
PSY指数に優れていないクラスメイトたちが他人事のような声を上げていた。
──負ける訳にはいかない戦い、か。
俺はその事実を胸に刻み込むと……身体が資本とばかりにキッチンへ今日の晩飯を取りに向かったのだった。