第十三章 第五話
……だけど。
戦いはそれで終わった訳じゃなかった。
あくまでも俺は二位になっただけなのだ。
「よくぞここまでたどり着いたなっ!
佐藤和人っっっ!!!」
まるで魔王の台詞のような定番の台詞を暑苦しく叫びながら、車椅子の少女がまっすぐに俺の方へと向かってくる。
──陸奥、繪菜。
この学園理事長の娘にして、この『夢の島高等学校』を創立する理由になった少女。
そして、最高のPSY指数を誇り、序列でもトップを誇る……所謂「化け物」である。
一か月ほど前に手合わせした時には、俺は何一つ反撃も出来ないまま彼女の『不可視の腕』に圧倒させられたという苦い思い出がある。
「いざ、尋常に手合わせを願おうかっ!」
相変わらず繪菜先輩は、事故によって手も足もない身でありながら……酷く好戦的だった。
身体の疼きに耐えきれないという様子の、その好戦的な叫びを聞く限り……彼女は彼女なりに序列一位で対戦相手もいないまま大人しくしているのが辛かったのだろう。
……その気持ちはまぁ、分からなくもない。
何しろ昨日まで序列二位だった鶴来舞奈先輩は、繪菜先輩と敵対しようなんて考えもしないだろう。
だから、彼女の気持ちは分からなくもないし、そのD級おっぱいが踊る姿を正面から見つめるのは非常に魅力的だった。
……だけど。
──無理、だ。
俺は身体の調子を確かめ、首を左右に振る。
昨日、亜由美のヤツにしこたまぶん殴られたダメージも癒え切っていない。
更に、土岐雀先輩の高速の一撃を喰らってから、まだ一日も経っていないのだ。
……しかも、ここ二日間で五連戦。
ようやく舞斗のヤツに割られた額からは血が止まったとは言え、脳へのダメージはまだ抜け切っていないと考えた方が無難だろう。
万全の状態でも勝ち目の薄いと思われるあの檜菜先輩と、こんなコンディションで戦うなんて……
──無謀にも、ほどがある。
……とは言え、俺との対戦を待ちわびている相手が、こちらの体調を理由に許してくれるハズもない。
「さぁ、やろうぜっ!
お前がどれだけ強くなったか自分で確かめないと、こっちも全額ベットできないんでなぁっ!」
繪菜先輩はさも自分に戦う理由があるとばかりにそう告げる。
だけど、無理なものは無理なのだ。
こんな……疲労は極限でダメージは深刻、最悪とも言えるコンディションで学園最強の相手に勝てる筈もない。
──せめて、少しだけでも休めれば……
内心でそう叫んだ俺は助けを求めて周囲を見渡し……
確実に時間を稼げるだろう相手を見つけていた。
「佐藤さん?
……何か?」
その相手……奈美ちゃんは俺の懇願の視線を受け、小首を傾げるだけだった。
相変わらず仕草が可愛らしいことこの上ない。
視力や戦闘力は兎も角、これでおっぱいがCくらいあれば、今晩にでも俺は彼女を押し倒していることだろう。
……押し倒したところで、勝てる自信もないのが実情ではあるが。
「頼む。
五分だけで構わない。
……時間を、稼いでくれ」
俺のその頼みに奈美ちゃんはちょっとだけ考える仕草を見せたかと思うと……
「貸し、一ですからね」
満面の笑みと共にそう告げると……杖を突きながらも、まっすぐに体育館の中央へと歩いて行ったのだった。
相変わらず、俺の必死の頼みだと二つ返事で頷いてくれるという、大和撫子の権化みたいな存在である。
──重ね重ね、乳がないことだけが悔やまれる。
俺はその『事実』に内心で舌打ちをしつつ、体育館の床に腰を落とす。
僅かでも体力を回復させないと……彼女が時間稼ぎを買って出てくれた意味がないだろう。
「何だ、音無。
てめぇなんざ呼んでないぞ?」
「いえ、佐藤さんの前に、私も序列戦をこなしておこうと思いまして。
せっかく全校生徒が揃っているのですから」
そう言うと奈美ちゃんはそのステッキを幽かにズラし、仕込み刀を抜いて見せた。
その仕草は戦いへの衝動に駆られているようにも……文句があるなら繪菜先輩だろうと相手をしてみせるという意思表示にも見え……
「……時間稼ぎ、か」
「ええ。そうですが?」
探るような繪菜先輩のその問いにも、奈美ちゃんはそれが当然のように頷きを返すだけだった。
ノリノリで魔王役を演じている節のあった繪菜先輩にとって、仲間のための捨て石になる名脇役を堂々と演じる奈美ちゃんは、どうも苦手な相手らしい。
「なら、お前が負けるまでは待ってやる。
見事時間を稼いでみるんだな」
「……良いのですか?
私は佐藤さん以外に負ける気はありませんよ?」
結局、それが合図だった。
「では、序列二〇位決定戦、始めて下さい」
そうして時間稼ぎを公言する奈美ちゃんの前に立ちはだかったのは針木沙帆。
『針千本』の能力者である。
「ふっふっふ。
生憎と以前の私と同じだと思って貰っては困るワ」
針木沙帆はそう微笑みながら歩く。
「針の高速出し入れを覚えた私に、死角などないワっ!」
叫びながら大きく踏み込み、奈美ちゃんの側頭部をその右腕で狙おうと……
「ん」
その刹那。
奈美ちゃんのステッキが、針木沙帆の踏み込んだ左足の、臨泣というツボを貫く。
「ぴぃっ?」
その激痛には例え超能力者とは言え耐えらず、針木沙帆はヒヨコみたいな悲鳴を上げて一瞬動きが止まってしまう。
「ふっ」
その隙だらけの瞬間を、奈美ちゃんが見逃すハズもなく。
跳ね上がったステッキによって顎を打たれ、針木沙帆はあっさりと床へと伏していた。
「勝者、音無奈美っ!」
その光景を見ても、誰も口を開かなかった。
盲人の、歩くだけでも苦労しているような無能力者の奈美ちゃんが、僅か十数秒で超能力者を下したのである。
「……十八秒」
親切にも時間を測ってくれていたらしいおっぱい様がボソッとそう告げる。
やはり彼女はそのバスト質量と比例して人格もまた豊かなのだろう。
「で、では次……」
「ふん。針木の阿呆がっ!
真の強者の狩りを、その眼に焼き付けるが良いっ!」
次に突っ込みどころ満載の台詞を吐きながら出て来たのは古森合歓……『催眠誘導』の能力者である。
「喰らい、やが……」
古森合歓はその催眠ガスを両腕に纏わせ、包帯だらけの剣豪の使う『終の秘剣』のような体勢を取っていた。
……だけど。
「隙だらけ」
そんな大振り、奈美ちゃんに通じる訳もない。
奈美ちゃんが突き出したステッキの先は、まっすぐに古森合歓の咽喉元へと吸い込まれ……そして戦いは終わっていた。
どんな超能力者と言えど、鍛えようのない咽喉を突かれれば息が出来ずに崩れ落ちるのは道理である。
「……九秒」
おっぱい様があっさりとそう告げる。
「くそっ!
お前ら、情けないところを見せやがっ!」
次に立ち上がったのは遠野彩子だった。
『念動力』という能力を誇る彼女は、遠距離戦に徹すれば奈美ちゃんには勝ち目がないようにも思えるほどの使い手ではあるが……
「どうせ貴様もあの佐藤と同じく、近づかなければ何も出来ないんだろうがっ!」
遠野彩子はそう叫ぶと、奈美ちゃんとの距離を保ったままで念動力を放つ。
……そして、その認識がある以上、奈美ちゃんに勝てる筈もなかった。
「あ?」
次の瞬間、遠野彩子は何かを喰らって大の字で床へと寝転んでいた。
「……凄まじい、な」
その光景に、俺は冷や汗を流しながらそう呟くことしか出来なかった。
この場に、奈美ちゃんが何をしたのか、理解した人間が果たして何人いただろう?
彼女は遠野彩子が念動力を放ったその瞬間、床に目がけて何かを……球状の何かを放っていたのだ。
──恐らくは……スーパーボール。
昭和の中旬頃にアメリカから導入された、非常に弾力のあるゴムボールの総称である。
最近では、某○庭学園の十三組の最若者にして風紀委員長が使っていたのが記憶に新しいだろうか。
兎に角、それが真下からワンバウンドで放たれたのだ。
……人間の動体視力は左右への速度には対応できても、上下には対応できない。
人体の骨格がそういう構造をしている以上、それは避けようのない事実である。
しかも……離れて一方的に打撃を与えられると思っていた遠野彩子に、攻撃に意識を向けたその隙を狙われたその一撃を、避けられる筈もなく……恐らく彼女は何が起こったかすら分からなかっただろう。
完全なタイミングで意識の外から脳を揺らされた遠野彩子は……完全に意識を失い、ピクリとも動かない。
「しょ、勝者……音無奈美」
「……三秒」
その静まり返った中、おっぱい様はそれが仕事とばかりに時間を告げる。
……しかしながら。
三人抜きをして、未だに奈美ちゃんがかけた時間は三十秒というこの事実を、超能力者たちはどう思ったのだろう。
「次、レキ、行けぇっ!」
「……行ってくる」
奈美ちゃんの次の相手はレキらしい。
とは言え、レキも今日の戦いを予期してはいなかったのだろう。
あの巨大な石の剣も、巨大ゴーレムすらも持っていない。
「……行く」
……それでも、勝ち目がないと思える相手にも堂々と正面から戦いを挑む辺り、負けん気が強いのか、それとも勝つ自信があったのだろうか?
実際、武装を持たないレキは両手を交差させるや否や、その袖口か三節棍が凄まじい速度で飛び出し、奈美ちゃんに左右から襲い掛かる。
眼前で行われたら俺でも惑わされるだろう、フェイントから暗器、更に腕の動きと三節棍の動きに時間差を設けているという、言わば三段重ねの奇襲である。
その技は近接格闘を主体とする人間には凄まじく効果的で……恐らくは俺を打倒することを目的とした技と思われる。
……だけど。
「技は見事ですが、相手が悪かったですね」
そんな目晦まし、盲目の奈美ちゃんに通じる訳もない。
左右からの攻撃を仕掛けるため、両腕が開いたその瞬間。
「……あっ?」
奈美ちゃんのステッキは凄まじい速度で彼女の顎先を捉えていた。
その一撃によって、あっさりとレキは倒れ込んでしまう。
俺の渾身のアッパーよりは軽いのだろうが、それでも視界の外から飛んで来た一撃に格闘慣れしていないレキが耐えられる筈もない。
「……七秒」
静まり返った体育館内に、おっぱい様の涼しげな声が響き渡る。
──戦い方の違い、か。
俺が酷い苦戦をしたレキをあっさりと下した奈美ちゃんの戦闘力に、俺は内心でそう言い訳をしていた。
防御型であり相手の出方を見極めた上でダメージ重視の打撃を叩き込む俺と、攻撃型であり相手の一瞬の隙を狙い意識を刈り取るための一撃を叩き込む奈美ちゃん。
戦闘力はほぼ互角……いや、俺の方が少し劣っている程度の差しかない筈の俺たちの差は、戦う相手次第ではここまで致命的な差へと広がってしまうらしい。
「……そういう戦い方をすれば良いのに」
おっぱい様がポツリとそう呟いた気がしたが……まぁ、そういう戦い方が出来ないからこそ俺でもある。
と言うか、こんなにあっさり戦闘を終わらせたら、相手の見せ場も何もないじゃないか。
某擂○賽において、たったの二発で相手をダウンさせた某格闘漫画じゃないのだ。
ものの数秒で全ての試合を終わらせるなんて、主人公失格だろう。
「では、次は私で御座いますわね」
次に前へと現れたのは芳賀徹子……『鋼鉄変化』の能力者だった。
俺自身もあの形を自在に変える鞭に酷く苦しんだ覚えがある。
「では、序列十六位決定戦、開始っ!」
……だけど。
「行きますわよっ!」
「……ふっ」
芳賀徹子の鞭が走ったその瞬間、奈美ちゃんのステッキが二つに分かれていた。
……仕込み杖。
奈美ちゃんのメイン武装とも言っても良いその武器を、彼女は今日初めて引き抜くと……自分に向けて振るわれた鋼鉄の鞭へと叩きつける。
超能力者とは言え……素人同然の少女が扱った、液状化させることで重さと速度を両立させていた鋼鉄の鞭と。
剣の摂理を知る者が振るった、ただ斬ることに特化した鋼鉄の刀。
ぶつかり合った結果なんて、見る前から分かり切っている。
「……参り、ました」
そして、己の最高の武器をあっさりと切り裂かれた芳賀徹子はすんなりと負けを認める言葉を吐いていた。
「……十びょ……」
「貴女たちには任せてはおけませんわ。
本当の強者の戦い方を見せて上げます」
不遜にもおっぱい様の宣言を遮ってしゃしゃり出てきたのは、AAしかない雑兵の雫のヤツだった。
両腕に既に氷の盾と槍を持っていることから、本気でぶつかるつもりなのだろう。
ちなみにさっきから奈美ちゃんに撃破された連中は大きな怪我すらないことから、体育館の隅で意気消沈したように座り込んでいる。
それはそれで構わないのだが、一様に制服姿で体育座りをしているものだから、スカートの中身が丸見えである。
──まぁ、そんな布切れ如き、見えたところでどうとも思わないんだけど。
ただ、序列順に白の安物・真紅に黒のチェック柄・白地に水色のストライプ、ピンク、黒とカラフルな分、見応えはある。
……と言うか。
今から始まる字列戦の、AAの奈美ちゃんとAAの雫が争う姿って……俺としてはあんまり見る気がしないのだが。
「常在戦場こそが真の強者ということをお見せ致しますわっ!」
そんな俺の内心の呟きを知らず、雫は大きくそう叫ぶ。
叫びつつも……その盾を身体の前面に構えてどっしりと足で床を噛む姿勢を取っていて、どうやら徹底的に待つ構えらしい。
まるで某ボクサー三兄弟の長男のように……挑発的な態度とその守りを固める戦闘スタイルに違和感を覚えるが……まぁ、戦術としては有効だろう。
「……来ないのですか?」
「ふふ。その手には乗りませんわ。
貴女はどうやら相手の後の先に攻撃を合せるのが得意な様子ですもの。
下手に動けばカウンターを喰らうのは明白です」
……どうやら雫も伊達に戦いを続けて来てはいないらしい。
奈美ちゃんの戦術が、その聴力によって相手の動き出す予兆を捉えることで、相手の意識の隙を突く、言わばカウンター戦法だと気付いたらしい。
……考え方そのものは悪くない。
とは言え……その程度の小細工で、奈美ちゃんが倒せるなんて思ったのが雫の敗因だった。
「いえ、それ以外の戦い方が出来ない訳じゃないんですよ?」
奈美ちゃんはそう呟くと、ステッキを抜き放つや否や、右手一本でその刃を頭上へと掲げ……まるで俺と舞斗との戦いのように一撃で斬り殺そうとする、所謂大上段の構えを取って見せた。
「~~っ!」
真剣を向けられることに慣れていない雫は、あっさりとその切っ先へと視線を移す。
その刹那。
奈美ちゃんは、急に沈み込むと同時に、左手に持っていた鞘になっているステッキを横薙ぎに払う。
──足払いっ!
「うぁっ?」
頭上の刃物に意識が向いていた雫は、奈美ちゃんのその足払いを避けることすら出来なかった。
あっさりと床へと転がってしまう。
そして、その隙を逃す奈美ちゃんではない。
奈美ちゃんは倒れ込んだ雫の氷の盾を蹴り剥がすと、その身体の上へと圧し掛かる。
……格闘技で言うところのマウントポジションである。
「ぐ、くっ!」
雫も必死に手にした短槍を突き出そうとするものの、そんな破れかぶれの攻撃が奈美ちゃんに通じる訳もない。
あっさりと左手の鞘によって、その短槍は明後日の方角へ逸らされてしまう。
「さて、どうしますか?」
そんな雫に向けて、奈美ちゃんは静かにそう告げていた。
その手には……いつの間にか逆手に持ち直していた刃を手にしたまま。
「……くっ」
そして、雫はその刃の鈍い輝きに抵抗できない。
……出来る筈もない。
多少超能力が使えるとは言え、雫もただの女子高生にしか過ぎないのだ。
そんな少女が、抗えば確実にその刃が突き刺さってくると分かっているこの状況で……抵抗なんて出来る筈もない。
「……参り、ました」
結局、雫は一瞬だけ躊躇した後、目を閉じて負けを受け入れるかのようにそう告げていた。
「……三十七秒」
G級の凄まじいおっぱい様がそう告げた一言が、貧乳極まりない二人の間に舞い降り……二人の戦いの終わりを告げたのだった。