第十二章 第四話
「……と言うか、さ」
翌日の夜。
「普通、あり得ない、だろう?」
食事を終えて帰ってきた俺は、信じがたい光景を目の当たりにして……思わずそう呟いていた。
その信じがたい光景とは、俺の部屋にあるべきじゃない水色と白のストライプ柄のパンツであり、その持ち主というか穿いている張本人と言うか……
「ん~?」
俺のその声に、短めのTシャツ一枚で寝転がっているものだから、そのストライプの下着が丸見えになっている……亜由美のヤツが適当に声を上げる。
彼女は寝転んだまま人の部屋でゲームに興じていた。
窓から入って来たのだろう彼女は……勝手知ったる何とやらばかりに、俺の部屋のゲームを漁り、人のデータで勝手に遊んでやがる。
……だから、そのゲームは人を轢き殺して遊ぶゲームじゃない。
──ほら、警察に追いかけ回されているじゃないか。
そのいつも通りの彼女に俺はため息を一つ吐くと……
「だから、どういうつもりなんだよ?
次に俺たちが序列戦をするんだろ?」
問い正す。
……そう。
この馬鹿は、次に対戦するだろう相手の部屋に平然と潜り込んで、下着が丸見えにも関わらず某犯罪ゲームに興じてやがるのだ。
しかも、楽しみ方を完全に間違えているとしか思えないほど無茶苦茶やらかしてくれている。
「だって、和人は怪我してるじゃん。
明日明後日には無理でしょ?」
亜由美の返事はそんな……お気楽なものだった。
どうやら数日前に俺に近づこうともせず、戦い方を決めあぐねていたらしいが……彼女の中ではそれは解決したらしく、いつも通りの様子を見せている。
「……それに、最近やってなかったし」
ゲームから視線を外そうともせず、亜由美はそう呟く。
その言葉を聞いて俺は、ふと名案が浮かぶ。
──今、この足をへし折れば、楽勝で勝てるんじゃないか?
……そんな、外道極まりない作戦が。
事実、亜由美の空中に浮かぶという超能力と、奈美ちゃんに教えらえたという杖術は厄介極まりない代物で……
恐らく、『格闘家殺し』と言っても過言ではないレベルの相性の悪さだろう。
だからこそ、俺の中にそんな外道な策が浮かんだのだ。
──しかし、正当な戦術ではある。
過去、宮本武蔵は控室にいた剣士を斬り殺し、「不意打ちにも対応できないような未熟者とは戦う気にならない」と言い捨てたとか。
真偽は定かではない、又聞きの話ではあるが……
──それでも。
それでも、確実に勝利を掴むため、ならばっ!
俺はそう考え、ゆっくりとゲームに夢中になったままの亜由美の背後へと忍び寄り、そのストライプ柄の下着から伸びた、簡単にへし折れそうなその細い足へと手を伸ばし……
──ドンッ!
その次の瞬間、壁を思いっ切り叩く音が俺の部屋へと鳴り響く。
壁ドンと呼ばれる、隣室への苦情を訴える手段だろう。
その音は……おっぱい様こと数寄屋奈々の部屋から響いたもので……
──お見通し、って訳か。
俺はその事実に肩を竦め、邪まな考えを完全に放棄していた。
……ただ。
さっきの壁ドンの所為で、亜由美のヤツが俺の不審な動きに気付き……彼女の脚へと手を伸ばした俺を睨み付けているんだけど……
さぁ、これをどう誤魔化そう。
「……何?」
ほら、固まったままの俺を不審に思ったらしく、そんな冷たい声を出すし。
「いや、パンツ丸見えだからな。
ちょっと思い知らせてやろうと思って、な……」
……結局。
俺は誤魔化すことにした。
両手を握り合わせたまま、左右の人差し指を重ね合わせ、そのままの格好で突き出すような動きをしてみせる。
──カンチョー。
日本に滞在することになった外国人の小学生教師が酷く恐れるという、日本の子供に伝わる伝説の悪習である。
曰く、日本の子供は小さいころからNINJAの練習をしているに違いない。
曰く、ヤツらは小さな暗殺者だ。
曰く、俺もやられた。
……などなど。
兎に角、俺のその誤魔化しは凄まじく有効だった。
「えぇええええええぇぇぇえ~っっ、
あり得ない、あり得ない、あり得ないっ!」
亜由美は顔を真っ赤にしながら、「ぶっちゃけあり得な~い」というプリティでキュアキュアなアニメのエンディングみたいな悲鳴を上げたのだ。
その挙句、さっきまで丸見えだったストライプ柄のパンツに覆われたそのお尻を必死に両手で隠しながら、こちらを向き……
その体勢は単純に自分にパンツの前部分を見せつけていると気付いたのか、今度は必死にTシャツの裾を伸ばして下着を隠し始めたのだ。
と言うか、俺の視線が「そういう意味」を持っていることに気付いてしまったからこそ、突然視線を意識して慌て始めた、という感じだろうか。
──まぁ、誤解以外の何物でもないんだけれど。
……ぶっちゃけ、亜由美のAAに欲情なんてする訳もないし。
「……う」
そのまま、亜由美はゲームを放り出して顔を赤く染め、落ち着かない様子で左右をきょろきょろと見渡したかと思うと……
「うぁああああああああああああああああああっ!」
いきなり悲鳴を上げて窓から逃げ出していきやがった。
去り際にストライプ柄の下着が思いっきり見えたのだが……まぁ、正直、どうでも良いだろう。
残されたテレビの向こう側では、セルビア人が警察官によって車外へと引きずり出されて逮捕されていたが、そんなことはどうでも良くて……
「つーか、片付けて行けよ、おい」
俺は空いたままの窓に向かい、ただそう呟いたのだった。
そして、その二日後。
二時間目の超能力の授業において。
俺たち二人はようやく対峙することになったのである。