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第二章 第二話


「で、では。今日から一年二組のお友達となります、佐藤和人君です」


「……何故、転校生扱い?」


 まだ放り投げられたショックが抜け切れていないのだろうか? 

 マネキン教師は俺をそんな風に紹介しやがった。

 と言うか、この教師……ふざけたことに、名前がマネキンらしい。

 どこぞの人革連の艦長じゃあるまいし……と軽く突っ込みを入れつつ。


 ──ただでさえこの学校でやっていけるかどうか不安なんだがなぁ。


 俺は、そう内心でぼやく。

 学校内で超能力者じゃない俺は異物でしかない。

 だと言うのに、こういう扱いされると孤立感が鮮明に感じられて、とっとと逃げ出したくなる。


 ──やっぱ、この学校でやっていくの、無理かもしれない。


 教壇の上で、クラスメイト全員の視線を浴びながら俺は、平然とした顔を装いつつも内心で弱音を吐いていた。


「では、佐藤君の席はあちらです」


 だが、そんな俺の内心の不安など欠片も意に介すことなく、このマネキン教師はどうやら俺の突っ込みを無視して進める気らしい。


 ──結構強引だな、このドール。


 Cくらいはありそうなバストサイズに、均整の取れたプロポーションと……普通ならそのくらいの欠陥は許せそうなものではあるが……


 ──偽乳には興味ない。


 結局、俺がこの+チックのお姉さんを許せないのは、単にその一つの事実なのだろう。

 そう気付いた俺は、軽く肩を竦めることで怒りを鎮め……言われた席に向かう。

 俺の席は二列目の真ん中だった。


 ──まぁ、最前列よりはマシか。


 ……と言っても、十人しか居ない教室だからあまり差はないんだが。

 というか、この教室、どう考えても五十人くらい入れる筈の面積がある。


 ──二〇人しかいない一年をわざわざ二クラスに分けて、何を考えているんだこの学校。


 そんなことを考えながら俺が自分の机を見ると、教科書の束が置いてあった。

 ……誰かが運んでくれたらしい。

 そして、席までの道中は安全だった。

 こういう転校生役やらされるなら、足をかけられるくらいは覚悟していたのだが。

 ……流石に教師投げた生徒に足をかける馬鹿はいないらしい。

 そもそも俺の前の席は奈美ちゃんで、足を引っ掛けるとは思えないけれど。


「やっ。和人。奇遇だね」


 と、俺が席に着いた途端、隣から声がかかる。

 あ〜。昨日話しかけてきた……中空亜由美だったかな?

 彼女は相変わらず特徴らしき特徴がない平坦な少女で、お陰で名前を思い出すのに時間がかかってしまった。


「さっきのアレ、何? 超能力?」


 興味津々という感じで、亜由美が身を乗り出してくる。

 俺はその言葉に肩を竦め……


「……古武術だよ。

 曽祖父がどっかの道場の免許皆伝だったらしくてさ」


 そう答える。

 ちなみにこれは嘘じゃない。

 俺が小学生の頃、百歳を目前に控えた曽祖父が教えてくれたのだ。

 俺に幾つか技を授けて……九十九で逝っちまったけれど。


 ──しかし、最期まで俺のことを和乃進と呼びやがったんだよな、あの曽祖父。


 尤も、和乃進という名の俺の爺さんも、ついでに俺の親父も、武術的な才能は欠片もなかったらしいから……そういう意味じゃ、俺が孝行したことにはなるかもしれない。


「へぇ。ボクも空手やってたんだ。

 今度手合わせしよ?」


 その少女の言葉に、俺は思わず目を見開いていた。

 ……こんな学校でそんな言葉が聞けるとは思ってもいなかったからである。

 体格・性別・体重・筋肉の付き方から、まともに組み手出来るとも思えないが、それでも話が合う人間がいるのはありがたい。

 なんて、ついつい話が合う相手がいたから油断してしまったのだろうか?


「んじゃ、超能力は?

 確か、『アッシュ』ってんでしょ?

 ……どんなん? どんなん?」


「……っ!」


 突如出てきたその単語に、俺は調べていた教科書を撒き散らしてしまう。

 

 ──何で、その言葉が普通になってるんだよ。


 周囲のクラスメートも似たように興味津々でこちらを向いているし。

 正直者でいようと心がけている俺が吐き続けなければならない嘘は、知らず知らずの内に既にクラス中で周知の事実になっているらしい。


 ──あ〜。もうっ!


 少しだけイラついた俺は、睨みながらこの事態を招いた原因を探す。

 ……いた。

 亜由美の斜め前の席で申し訳なさそうに頭を下げている奈美ちゃんと。

 その亜由美の反対側。

 机に突っ伏した格好で顔だけ上げて悪戯っぽそうに笑っている、諸悪の根源にして……おお、机と重力の狭間で形を変える芸術が……やっぱ凄いな〜。


 ──あ、うん。いいや、もう。


 どうやらさっきまで俯いていたから、腕の影に隠れたあの二つの神器に気付かなかったんだな。


 ──俺としたことが、不覚だった。


「ねぇってば。和人。聞いてる?」


 ……っと。

 幾らサイズが乏しいからって、亜由美を放置する訳にもいかない。


「……秘密だ」


 取り合えず、そう言いつつ、俺は愛想笑いを浮かべていた。

 と言うか、笑って誤魔化すしかなかったと言うか。

 正直な話、嘘を吐くなんて慣れてないから……とてつもなく引き攣りまくった笑みになっていた自覚はある。


「え? あ、うん。そう」


 思いっきり引かれてしまったのは亜由美の表情を見れば分かったが、他に答える術を持たない俺にはどうしようもない。

 ちょっとだけ亜由美の反応に怯んだ俺の脳裏に、不意に打開策が浮かんでくる。


 ──実戦のみ使える能力とかにしておくかな?


 それは考えれば考えるほど、素晴らしい名案に思えてきた。

 何しろ……学校生活でそうそう実戦なんてないだろうし……


「……あるわよ」


 と、突然声をかけてきたのは、身体を起こし、その姿を顕現されたおっぱい様だった。


 ──おおおぉぉぉおおっっ!


 ……どうやら一日くらいじゃこの感動は薄れないらしい。

 この立体でありながらなだらかな曲線を保ち、それでいて質量感を失わないという、人間の肉体の一部とはとても思えない、まさに神の創りし神秘と以外に語りようのないその芸術を目の当たりにして俺は……


「~~~~っ!

 ……正気に返りなさいっ!」


「っと。実戦があるのか?」


 その素晴らしいおっぱいの持ち主にして数寄屋奈々の殺気を浴びた俺は、ようやく我に返り、さっきの会話の続きへと帰還する。


「……時間割、見なさい」


 ようやく我に返った俺に対し、その至玉の如きおっぱいの持ち主様は冷たい視線を向けてくる。

 ま、精神感応者の眼前で、あの双丘を褒め称える言葉を脳内で羅列していたのだから、自業自得と言えばそれまでなんだけど。

 言われたとおりに時間割が書かれたプリントを捜し出し……見てみる。

 どうやらそこには今週の時間割が書かれているらしい。

 今日の時間は、ロングホームルームに、数学。

 んで、さっきからやっている物理……全く耳に入ってこなかった訳だが、その次が……


「……超能力〜〜?」


 その時間割を見た瞬間、俺はつい叫んでいた。

 しかも、その訳の分からない時間割は……ほぼ毎日ありやがる。


「あ〜。やっぱりそうなりますか」


 俺の叫びをすぐに理解したのだろう。

 マネキン教師は授業妨害を咎めることもなく、微笑みを浮かべ……いや、浮かべたような気がする動作をしつつ、説明してくれる。


「それは、超能力開発の授業です。

 未だ解析出来ていないところの多い超能力というものに対し、その能力を高める授業を行うのですよ」


 ……これ、何もしなくても単位貰えるのだろうか?


「……大丈夫。

 ESP能力者は未だに能力解析すら出来ていないから、普通の体育と同じ扱いで良いらしいわ」


 俺の内心の疑問を読み取ってくれたのだろう。

 慈悲深い慈母の如きおっぱい様が、そんな素晴らしい言葉を投げかけてくれる。

 古武術なんてやっていたから、体力にはちょっとばかり自信があるし……これなら、卒業できないってことはなさそうだ。


「私は、運動、苦手なんですけどね」


 俺たちの会話を聞いていたらしき前の席の奈美ちゃんが、気弱そうに笑う。


 ──まぁ、目が見えない活発な人ってあんまり聞かないからな。


 そう言えば、教科書も点字なのだろうか。

 とは言え……こういうことは下手に詮索するのも悪い。

 何てことをやっていたら、チャイムの音が教室中に響き渡っていた。

 って、さっきの物理の授業、先生の話の一単語すら頭の中に入ってこなかったぞ?


「あら。今日はこの辺りで終わります。

 では、次は超能力の授業ですので、体操服に着替えたら、体育館に集合して下さいね」


 マネキン教師はそう告げると、教室を出て行った。

 俺としては、さっきの授業は耳には入っていたのに脳裏には一切入っておらず……遅刻した挙句に教師を投げ飛ばし、更には授業中に叫びだす始末で。

 ただ授業妨害をしただけみたいな感じだったので、少しだけ罪悪感が。

 ま、物理なんて聞いていたとしてもさっぱり分からないんだろうけど。


「しかし、体育か。

 俺、体操服なんて持ってきてないぞ?」


「あはははは。

 ……昨日、寮で配っていたんだけどねぇ」


 俺の独白に笑顔で混ざってきたのは亜由美だった。

 どうやら昨日寝過ごした俺が全面的に悪いらしい。

 ……否定のしようもないが。


「はい。これ。貰っておきました。

 ……これからは注意して下さいね」


 そう言って笑顔で話しかけてきたのは奈美ちゃんだった。


 ──おお。気が利く。


 嫁にするならこういう娘が良いなと素直に思える配慮だった。

 生憎と、個人的にこのくらいの……手のひらサイズ以下のバストなんて全く好みじゃないのだけど。


「ああ。ありがとう」


「は、はい。では私、着替えるの、遅いですのでっ!」


 笑顔で俺が礼を言うと……奈美ちゃんは走って教室を出て行った。

 ……体操服を受け取ったときに手がちょっと触れ合ったから……照れたのだろうか?

 でも、思ったよりもその手のひらは硬く……女の子の手という柔らかい感じじゃなかったけど、やっぱり杖を毎日持つ所為だろうか?

 しかし、走り出した彼女、足はかなり速かった。


 ──彼女、本当に運動苦手なのだろうか?


 ついついそんな疑問まで浮かんでくる始末である。


「和人、いこ?」


「……ああ」


 呆けているとまた遅刻してしまうだろう。

 亜由美の言葉に頷いた俺は、彼女の後ろを歩いて体育館に向かうことにした。


 ……何しろ、昨日盛大に寝過ごしてしまった俺は、まだ体育館への順路や更衣室の場所すら分からないのだから。


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