第十二章 第一話
針のむしろ、とはこういう状況を指すのだろう。
遠音麻里を、いや、彼女の人形を相手に『禁じ手』を使って勝利して以来、一年B組は酷く険悪な空気に包まれていた。
……原因は言うまでもなく俺である。
あの序列戦から、五日も経過したと言うのに、あれほど親しくやっていたハズのB組の級友たちは腫物を扱うかのように俺を遠巻きに眺めるばかりで未だに近寄って来ず、俺は孤独極りない生活を余儀なくされていた。
「さぁ、佐藤さん。
昼休みもそろそ終わりですから……次は超能力の時間ですね」
……いや、違う。
あの序列戦の前後で一切態度が変わらなかった奈美ちゃんだけは相変わらず俺に優しく接してくれている。
暗殺一家で育ったという彼女にとっては、あの程度の殺法は日常茶飯事……とは言わないものの、脅えるほどのこともないらしい。
だけど、他の級友……あれだけ喧しかった筈の羽子・雫・レキすらも俺に話すのを躊躇っている有様なのだ。
──流石にやり過ぎた、よなぁ。
別に人形を壊したのが悪かった訳じゃない。
ましてや、人形に対する過度の破壊が悪かった訳じゃない。
ただ……俺がその気になれば『あの破壊を彼女たちにも向けられる』という、その事実こそが問題なのだろう。
「……自業自得」
背後で呟かれたそのボソッとした声に俺は振り向く。
振り向いた先では……教室の殺伐とした空気も、俺に対する畏怖さえも我関せずという雰囲気で、体育館へと向かっているらしき数寄屋奈々が背中を向けていた。
──変わらないのは、二人だけ、か。
一人は俺の殺法程度、ただの技程度にしか思っていない暗殺術の使い手。
もう一人は元々我関せずの、『精神感応者』、か。
結局、以前PSY指数ゼロがバレた時と同じように……俺を敵視しないのは、彼女たち二人だけ、らしい。
……いや、違うか。
「……どう、攻略する?
あの技、触れたら……。
でも、羽杷先輩と同じ……、先輩は、何とかなった。
つまり、上手く『頭上』を取れば……、……」
亜由美のヤツは、俺に脅えるでもなく避けるでもなく、あの日以来、ブツブツと呟くばかりで俺に絡んで来なかった。
──やる気、だな。
どうやら、亜由美の様子を見る限り……『アレ』を見ても彼女は俺の挑戦を受けるつもりらしい。
ただ、覚悟を決めるのと戦法を練るのに酷く悩んでいる、という感じではあるが。
──まぁ、俺に寄って来なくなった、という意味では亜由美のヤツも同じか。
ただ、その呟きを聞く限り、亜由美のヤツはいつのまにやら二年の羽杷先輩に挑み、そしてあの怪力無双の先輩を下したらしい。
……兎に角、そういう訳で。
あの日以来……木・金の授業と土・日の休みの間、俺は孤立を余儀なくされていたのだった。
……だけど。
棄てる神あれば拾う神ありとか言う諺はどうやら嘘じゃないらしい。
「良いですか?
超能力とはこのように、外部世界を意思によって変えることに他なりません。
具体的に分類すると、斥力付加、単純強化、形質変化、幻想具現、隔離制御……など、幾つもの項目が存在しており……」
翌日の三時限目……超能力の授業中、俺は体育館で床に座りながらも、呼吸や身動ぎの度に揺れるおっぱい様の動きにさり気なく視線を向け、のんびりとマネキン教師の座学を聞き流している途中のことだった。
「頼もうっ!」
突然、体育館のドアが開かれたかと思うと、二人の女性が入ってきたのだ。
一人は……鋼鉄の籠手を身に付けた、シングレットを着てCのバストを強調している先輩。
──羽杷、海里先輩。
そしてもう一人は、無手のまま平然と一年の教室にそのCのバストを誇示するかのように胸を張って歩いて来た。
──御守風香先輩。
二人のCサイズによる突然の来襲に、B組の雑魚どもが騒ぎ始める。
「嘘やろっ! 何で彼女たちからっ?」
「もしかして、痺れを切らした、のかもしれませんが」
「……無謀」
その中でも特に騒ぎが耳に響いたのは、A、AA、Bという、発売されたばかりのウィン○ウズ並に脆弱極まりない羽子、雫、レキの三人娘だった。
「……ああ、ついに」
驚いた様子が欠片もない、度量に比例するかのようなG級のおっぱい様はそんな、この事態を予告しているような呟きを発し。
「やっぱり……先輩が?」
度量や優しさなどの人間性とバストが比例するという、俺の中の絶対公式を否定し続けている奈美ちゃんは、何かを隣のG級おっぱいに尋ねている最中だった。
──っと、よそ見をしている場合じゃない、か。
あの二人の先輩の視線は……間違いようもないほど、俺へとまっすぐに注がれているのだから。
そのまま彼女たち二人は眉を吊り上げながら、俺の座り込んだままの俺の前に立つと。
「てめぇ、何故、すぐに挑戦して来ないっ!」
そう叫ぶ。
「……は?」
その叫びの意味が全く理解出来なかった俺の口は、ただそんな間抜けな音を発するのが精いっぱいだったらしい。
……そして。
彼女たちはそんな俺の態度も気に入らないのだろう。
「は、じゃねぇってんだよっ!
てめぇが来ない所為で、オレは、オレはなぁっ!」
「ふふふ。
その所為で海里は、繪菜のヤツからチキン呼ばわりされてるのさ。
後輩に負けるのがイヤで逃げ回っている、チキンってね」
激高して叫ぶ羽杷先輩と、相変わらず皮肉そうな笑みを浮かべたままの御守先輩の、二人とも話す勢いこそ対照的ではあったが、何を言っているかを理解することはそう難しくなかった。
要は……繪菜先輩が彼女たち二人を唆して、この乱入を生み出したらしい。
気の短そうな羽杷先輩のことだから、繪菜先輩がちょっと口を開いて焚き付けるだけで、あっさりと延焼したことだろう。
──でも、何故?
確かにここ五日間、俺は序列戦を行わなかった。
ただ、それは怖気づいたとか勝ち目がなかったとかじゃなくて……
──周囲から孤立してまで、勝ったとして……その先に何があるのだろう?
……という根源的な疑問を抱いてしまったからである。
そもそも、もう俺は序列九位なのだ。
もうここまで来れば、恐らく……超能力のテストに対する加算点は凄まじく大きいモノになっている筈である。
それこそ……ちょっとだけでも勉強すれば赤点を免れるほどに。
である以上……
──ここから先の……ますます激しく厳しくなっていく戦いを抜ける意味があるのだろうか?
そんな疑問を抱いてしまうのだ。
……ましてや俺の古武術は殺人技。
その真髄を見せれば見せるほど、超能力が使えるだけの一般人でしかない級友たちはどんどん脅え慄き……離れていくことになる、のだから。
「あ~あ。あの先輩、無茶すんな~」
「でもあの二人、あの時は体育館から運び出されていましたよ?
もしかして、知らないのでは?」
「……誰か、止めないと」
事実、俺の背後ではそんな……先輩たちの身を気遣う声が上がっているくらいである。
そう思ったからこそ、俺は今までのように無闇矢鱈と序列戦を挑むことをせず、大人しく学生生活を過ごしていたのだが……
どうやら、繪菜先輩はそれが気に入らない、らしい。
──でも、何故だ?
確かに序列戦というシステムを築き上げたのは彼女である。
そして、そのシステムを活用することで、俺は地球に降り立ったガン○ムファイターたちのように、戦って戦って戦い抜いた、その自負がある。
──だけど……
だけど、それはあくまで俺が古武術という、超能力者を圧倒する技術を持ち、そしてテストの点数という人参に飛びついたからに過ぎない。
彼女の目的……超能力者に超能力を使わせて超能力者を鍛え上げるという目的にはそぐわない、筈だ。
──いや、違うか。
超能力者を鍛えるというのは、学校側の目的だろう。
つまり……この序列戦を決めた繪菜先輩の本来の意図は、超能力者育成以外に、何らかの意味が……
「で、どうするんだ?
先輩たちがわざわざこうして……デートしようって誘っているんだがな?」
この事態を引き追い越した原因の糸口を見い出しかかっていた俺の思索は……羽杷先輩のそんな、好戦的なお誘いによって遮られた。
俺は頭を切り替えながら、目の前で俺を睨み付けている二人へと視線を逸らす。
──実際、これ以上戦う意味なんてないんだよなぁ。
これ以上級友たちに嫌われても仕方ない訳だし、そもそも俺の古武術が危ないと思われたからこそ、彼女たちは近づいてこなくなったのだ。
──だと言うのに、ここで更なる強さを見せつけて何かが解決する訳でも……
そこまで考えた、その瞬間だった。
「……あ」
ふと顔を上げた俺の視界に、この世界全ての解が映っていた。
その瞬間に、俺は全てを悟っていた。
──何を、馬鹿なことを悩んでいたのだろう。
……ああ、そうだ。
怖がられるとか、嫌われるとか、生きるとか死ぬとか、そんな小さいコトで悩んでいたなんて、バカバカしいこと、この上ない。
その真実を理解した俺は、肩を一つ竦めため息を吐くと……立ち上がる。
そして……
「ああ、ヤろう」
その言葉を一切の躊躇なく口にしていた。
その最中も、俺の視線は彼女たちをまっすぐに……彼女たちがその胸に実らせた四つの『C』という果実をまっすぐに見つめたままで。
……そう。
おっぱい以上にこの世界に大切なものなんて、ある筈がない。
──この四つの膨らみと、今日一日で戯れることが出来るのだ。
多少の危険も、多少の批難も、多少の孤立も、大したことじゃないだろう。
俺はそう決意を新たにすると……拳を静かに握っていた。
視界の外では、G級を誇るおっぱい様が何故か頭痛に耐えるかのように、頭を押さえながら固まっていたのだが、まぁ、今は目先のおっぱいを優先することにしよう。
……だって、『触れ得ざる者』とも言える国宝級のG級おっぱい様二つと比べ……あっちは手の届きそうなCの果実が四つも並んでいるのだから。