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【完結済】π>Ψ ~おっぱいは正義~  作者: 馬頭鬼
第二部 第十一章
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第十一章 第六話



「剣、飛んで来なかったやん」


「全く、試合を必死に見守っていたのが馬鹿みたいでしたわ」


「……無駄足」


 舞斗の戦いが終わった直後。

 俺は、防御を依頼していた羽子・雫・レキの三人に責められていた。


 ──まぁ、仕方ないんだけど。


 舞斗と羽杷先輩との戦いは、俺が思っていた展開と大きく異なっていたのだ。

 俺の予想では、前回舞斗のヤツが見せたような……大量の剣を投擲する舞斗と、それを防ぐ羽杷先輩という、距離を奪い合う戦闘になる筈だったのだが。

 まさか舞斗のヤツがあんな無茶を仕出かすとは……


「すまん。

 予想が外れた」


 だから、俺はただそれだけしか言えない。

 そして、それ以上の弁解をするつもりも時間もない。

 何しろ……俺の対戦相手である遠音麻里先輩は、既に体育館中心に立っているのだから。


「さて、と」


 俺は軽く首を鳴らすと、今日二度目になる序列戦の舞台へと足を向ける。

 相変わらず、周囲からの視線が突き刺さるように痛い。

 羽子・雫・レキのスポーツを見るような楽しげな視線、B組の勝利を期待するような視線、舞斗のヤツのドラマのヒーローを見つめるようなキラキラした視線、手合わせしたことのあるA組生徒の、俺の実力を測るかのような視線。

 そして、痛む足を堪えてこの場に残ったままの、俺の勝利を確信しているような芦屋颯の視線。

 それらの視線を受けながら、俺は対戦相手である遠音麻里先輩の前へと立っていた。


「悪いけど、三連敗は出来ない。

 こちらも、二年としての面子がある」


「……大丈夫さ。

 俺も、負ける気はしないんで」


 遠音先輩の挑発に、俺も笑みを返す。

 ……そう。

 俺には、負ける気なんて欠片もない。

 何しろ、先ほどの舞斗のヤツが見せてくれた戦いで……俺は久々に気合が入っている。

 テストの点のために戦うんじゃなく、挑まれたから火の粉を払うためでもなく、男としての面子のためでもなく。

 ……ただ純粋に、武術家として会得した技を振るってみたいという、そんな原初とも言うべき衝動によって。


「では、序列……えっと、序列九位決定戦、始めて下さいっ!」


 そして、戦いが始まった。


「では、行くわっ!」


 『人形操作マリオネット・マスター』である遠音麻里先輩が叫ぶと同時に、キャリーバッグの中からレ○ーフェイス……不気味な皮のマスクを被った殺人鬼が現れた。

 その手には血まみれのの大ナタを持ち……見るからに異様極まりない。

 ……だけど。


 ──隙、だらけなんだよな。


 こうして人形が立ち上がるまでの間に、俺は彼女を三度はKO出来ただろう。

 ……流石にやらなかったけど。


 ──ヒーローモノのお約束、だよな。


 変身中のヒーローや魔法少女は殴らない、という。

 ロボットモノでも合体シーンや変形シーンは殴ってはいけないのだ。

 まぁ、正直なところを言うと、それでKOしてしまうのは、ちょっとばかり惜しい相手なのだ、彼女は。

 ……この身体の奥底から湧き上がる、衝動をぶつける相手としては。


「お行きなさいっ!」


 遠音先輩の叫びと同時に、レザーフェイスがその大ナタを俺目がけて振るってくる。


「済みません、先輩。

 ……壊します」


 眼前に凶器が迫ろうとしているにも関わらず、俺はそう口先だけで謝罪すると。

 視線を正面の人形へと向ける。


 ──やはり、遅いっ!


 レザーフェイスの動きはやはり人形で、ちょっとぎこちない。

 その上……。


 ──人間そっくりだからこそ、俺には動きが読めるっ!


 中途半端に人間を模しているからこそ、ぎこちないにしろその動きは人間そっくりだからこそ、人体の動きと同じように、その一撃が来るのを俺は予期出来る。

 俺はその大振りの斬撃の内側に飛び込むと……


「はっ!」


 水月に肘を叩き込む。


 ──外門頂肘。


 曾祖父が大陸で学んできたらしき中国拳法の一つである。

 人形とは言え人体を模しているらしきレザーフェイスは、その水月の衝撃に前のめりに傾ぐ。

 その次の瞬間。

 俺は鉈を振るってきた人形の右腕を引き、その右肘の関節をまっすぐに『伸ばす』。

と同時に、その肘に自分の肘を叩きつける。

 まっすぐに伸びた関節というのは、外側からの力に対して驚くほどに脆いという、人体の欠陥を突いた技は……人間を模した人形にもやはり有効だった。


 ──ベキ。


 そんな乾いた音を立てて、レザーフェイスの右腕は見事にへし折れていた。


「そんなっ!」


 自分の人形を壊されたことを嘆く、遠音先輩の叫びが聞こえてきた。

 ……だけど。

 俺はまだ手を休めない。

 まだまだ試したい技はある。

 その直後、操者が動揺しているらしく動きが止まったままの人形の右ひざを外側から踏み砕く。


「……ひっ」


 本来なら芦屋颯に効果的だっただろうその一撃に、ギャラリーから悲鳴が上がる。

 ……当の本人が放ったかもしれないその悲鳴が耳に入っても、俺はまだ手を止めなかった。

 いや、止められなかった。

 そのまま、レザーフェイスの残された足を払うと同時に、その趣味の悪いマスクから覗く、その眼球に指を突っ込む。


 ──取眼。


 よほどの緊急時以外、人間には使えないだろう、そのまさに『殺法』の一撃は、反射神経などを持ち合わせていない人形相手にはあっけないほどに決まり、その眼球……を模した『何か』を突き破る。

 その眼球を貫いたまま指を突っ込む動作が頭蓋を押す動作となり……先の足払いと同時に相手を転ばせるための布石になる。

 巨漢であるハズのその人形は、俺の予期していた通りの軌道で床へと転がっていた。

 そして。

 人形が転がっている間に、俺はその人形の顔面目がけて跳んでいた。


「トドメっ!」


 そのまま、寝転がっている人形の頭蓋が地面に落ちるのとほぼ同時に、俺は膝に体重を載せてその頭蓋を叩き潰す。

 相手の転ぶタイミングと合わせ、自らの体重を膝一点にかけた蹴りを合せることで、相手と俺の体重を合わせた膝蹴りにより、その頭蓋を床に叩きつける……まさに『殺法』と呼ばれるべき一撃である。

 グチャとかいう潰れた音を立てて、そのレザーマスクを被った頭蓋はあっさりと俺の膝の前に屈していた。


「……ふぅ」


 以上が曾祖父から伝授されたものの、対人戦相手では使えなかった技の『極一部』である。

 どれもこれも禁じ手と言うべき凄まじい威力で、覚えたのは良いけど使う場すら与えられなかった可哀想な技の数々だったのだ。


 ──そういう技を思いっ切り使うというのも、たまには悪くない。


 人間相手だと、やはり加減をしてしまうし、あんな痛そうな技、使う気にもなれなかったが、幸いにして今日の相手は人形である。

 ……やりたい放題、させてもらった、という訳だ。


「……先輩の人形には悪いことをしたな」


 俺はそう呟き……そして、気付く。

 俺に向けられている視線が、さっきまで色々と向けられていた好意的な視線が全て、恐怖一色に染まっていることに。


 ──もしかして、やり過ぎたか?


 事実、自分の人形を壊された遠音先輩は俺に怒りの視線を向けることすらせず、ただただ恐怖に固まっているのだ。

 次にあの技の数々を向けられるのが自分自身だと思っているかのように。


「い、いや、あれは……」


「参りましたっ!

 負けです、負けで良いですっ!

 だから、だから……許してくださいっっっ!」


 弁解しようと口を開いた俺に向けられたのは……そんな遠音先輩の恐怖の叫びだった。

 その声を聞いて、俺は理解する。

 ……正真正銘、『やり過ぎた』ということを。

 武術は殺人術であり、それは何を言い繕うが人体の破壊のための技術に他ならない。

 逆刃刀を手に活人剣などと謳うのは所詮「甘っちょろい戯言」に過ぎず……武術とは即ち、先人の血と肉と数多の犠牲が作りだした屍の山の上にある、人類史上において最も血塗られた技術の一つである。

 ……だからこそ。

 だからこそ、曾祖父は己の力を誇示せず、あくまでもただの老人であろうと生きていたのだ。

 勿論、たまには身体が疼くのか、他流との立ち合いもしていたし、俺が褒めれば調子に乗って色々な殺法を教えてもくれたのだけど。


 ──うっかりしてた。


 俺は自分の失態を悔やむ。

 例え人形とは言え、人体を模したその形を破壊するということが、見る人間に一体どれだけの恐怖を与えるか。

 そんな簡単なことに思い当たらなかった三分前の俺自身をぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。


「ひでぇ」


「あんなの、向けられたら、私なんて……」


「……無理」


 今まで延々と「遠慮や配慮なんて言葉すら知らないじゃないか」と感じていた羽子・雫・レキの三人までもが、俺に対してちょっと及び腰になっていた。


「し、ししょ……」


「ちょっと、鶴来くんっ!」


 舞斗は脅えつつも俺に声をかけようとして……A組の女子たちに抑え込まれている。

 救いを求めた俺は、無意識の内にもおっぱい様を探すべく周囲を見渡していた。

 だけど……俺の望むあの豊満な乳房はいつの間にか体育館から消えてしまったらしく、見つけることが出来なかった。

 ……そして。


「流石です、佐藤さん。

 見事な連携でした」


 そんな俺を手放しで称賛してくれるのは、一年全員が集まっている体育館でただ一人……音無奈美ちゃんただ一人だったのだ。


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