第十一章 第五話
「じゃ、次は俺が行くッス」
亜由美の序列戦が終わったのを見届けるや否や、舞斗のヤツはそう宣言すると体育館中央へと歩いて行った。
……俺の返事を聞こうともせずに。
──ま、いいか。
正直、俺の身体にはさっきの戦いのダメージがまだ残っている。
軽い疲労と胸骨への打撃くらいで、戦いに支障が出るとは思わないが……それでも、回復時間は長ければ長いほど良いだろう。
俺がそう考えている間に、舞斗のヤツは羽杷先輩と向き合っていた。
「……じゃあ、リベンジ、させて貰うッス」
「ああ。
挑戦はいつでも受けると言ったよな?」
舞斗の表情は激情を必死に抑え込んでいるような、余裕のない顔だったが、羽杷先輩の表情は特に気負った様子もなくいつも通りで、戦い慣れた様子を窺わせていた。
「……羽子、雫、レキ。
あと、間宮に遠音、それから芳賀さん」
二人が睨み合っている間に、俺はギャラリーに声をかける。
「何やねん、師匠?」
「いつ始まってもおかしくないのですけれど」
「……何」
三人娘は突然の俺の呼びかけに、五月蠅そうな声を上げつつも……それでも俺の方へと顔を向けてくれた。
『軌道操作』の間宮法理、『念動力』の遠音彩子、そして『鋼鉄操作』の芳賀徹子も、俺が何故声をかけたかを理解できないらしく、首を傾げている。
「この戦いでは、恐らくギャラリーの身に危険が迫ると思う。
みんなを、守ってやってくれ。
……お前らの能力なら、出来ると思う」
「ああ、了解」
「……そういうことなら、仕方ないよなぁ」
「言われるまでもありませんわ。
同じA組なのですから、舞斗さんのフォローは私たちの仕事です」
俺の意図を理解したのかどうかは分からないが……六人の超能力者は一まず頷くと、俺の指示通り、六人ばらばらに散らばりギャラリーの中へと紛れて行った。
──さて、俺は……
俺は六人に自分のポジションと定めていた、二つの至高の国宝であるおっぱい様を守ろうと顔を向ける。
そこには手にステッキを持った奈美ちゃんが小さくお辞儀をしていた。
彼女の向こう側には……最強にして最美であり最高のおっぱい様が隠れていらっしゃる。
──畜生っ!
──先を越されたっ!
その事実に、気付けば俺は歯ぎしりをしていた。
正直、身体を張ってでも飛んで来るだろう剣を防ぐことで、好感度を少しでも稼いでやろうと策略していたのだが……
──ま、仕方ないか。
正直なところ、俺よりも仕込み刀を手にしている奈美ちゃんの方が、遥かに防御力は高いだろう。
それに……次戦のことを考えたら、誰か他の人を庇うよりも、まず自分の体力を回復させる方を優先すべきなのは間違いないのだから。
「では、序列五位決定戦、開始してくださいっ!」
俺がそう諦めた直後、マネキン教師の叫びが体育館に響き渡る。
それとほぼ同時に。
「はははっ!」
羽杷海里先輩の身体が突如、膨れ上がった。
「おおっ、何じゃこりゃぁあああ」
「は、ハル○かっ?」
彼女の能力『剛腕』を初めて見たらしきギャラリーからは驚きの声が上がっていた。
──ま、そりゃそうか。
彼女の能力はこの『夢の島高等学校』において、唯一『変身』とも言うべき凄まじいものである。
そして、姿形が変わるほどに、その能力は凄まじく強力である。
──流石にあと二回の変身は残していないよな?
ふと不安に思った俺は、内心でそう呟き……首を左右に振ってその不安を振り払う。
言うならば彼女はザー○ンさんクラスであり……流石のフ○ーザ様までの凄まじさはないのだろう。
それに対する舞斗は……
ただ剣を一本だけ正眼に構えるだけ、だった。
「何だい、そりゃ?
オレを舐めてんのか?」
能力を隠しているとしか思えないその舞斗の姿に、羽杷先輩は眉を吊り上げたかと思うと……右腕を大きく振りかぶると、渾身の力でまっすぐに拳を叩きつける。
それに対して舞斗の行動は、凄まじく男気溢れるものだった。
防御も回避も無視して、羽杷先輩に対して正面からその剣を振り下ろしたのだ。
当たり前だが、片方の手が空いていた羽杷先輩は、その残った左手でその剣を防ぐ。
そして……彼女の右拳は、回避も防御をも捨てた舞斗の顔面を当然のように捉えていた。
体重差もあり、何よりも膂力が全く違う。
一撃を喰らった舞斗は思いっきり吹っ飛び……ギャラリーに突っ込む寸前に遠野彩子の念動力によって受け止められる。
「馬鹿か、アイツっ!」
それを見た俺は、思わず叫んでいた。
あのバカは、真面目に……本当に真面目に俺の言ったことをただ純粋に守ったのだ。
──振り上げ、振り下ろす。
……ただ、それだけを。
当たり前だが……単純馬鹿の思い込みは凄まじいものだった。
「ってぇ。
……ハッタリじゃ、なかったってことかよ」
舞斗の一撃は、羽杷先輩の鋼鉄の籠手を叩き割っていたのだ。
流石にその下にあった分厚い筋肉によって斬撃は阻まれてしまったらしいが……それでも今までの貧弱で腑抜けたイメージを払拭するに相応しい、凄まじい一撃だった。
──もし、あの剣が鋭かったのなら。
あんな能力で作りだした剣の形をした鉄の棒じゃなくて、ちゃんとした日本刀だったなら……舞斗の斬撃は彼女の腕を切断し、その脳天を砕いていたことだろう。
「……おい、舞斗っ!」
「鶴来くんっ!」
吹っ飛ばされた舞斗の姿に、A組の少女たちが悲鳴を上げる。
それは悲鳴なのか、その身を案じる祈りなのか、それとも勝ってほしいという応援なのか、俺には分からなかった。
分からなかったが……舞斗のヤツは分かっていたらしい。
「……ってぇ、流石は、羽杷先輩」
そうぼやきながら、ふらふらと立ち上がると……またしても剣を正眼に構える。
その顔面には……殴られた跡が大きく残っているし、身体もダメージを隠せないものの……まだその視線は戦意を失っていない。
「くそっ。
腕一本も届かなかったか。
……ああ、くそ。
咄嗟に守ろうとしたから、剣速が鈍った、のか」
構えながらも舞斗はそう呟く。
その一言で、俺は何故舞斗が無事だったかを理解した。
──防いだ、のか。
──あの一撃を、剣の防御で。
……前回のような『剣を生み出して攻撃を防ぐ術』を、どうやら舞斗は完全に習得したらしい。
ただ、舞斗のヤツはその防御が発動したことそのものに納得がいかない様子を見せていたが。
「……先輩。
悪いけどもう一度……付き合って貰うッスよ?
次は、退屈させませんから」
「……てめぇ」
左腕の籠手を叩き割られ、腕から血を流していた羽杷先輩は……その舞斗の気迫に完全に押されていた。
……いや、仕方ないのだろう。
防御した籠手が叩き割られているのだ。
そんな一撃を……もし筋肉の無い脳天に直撃されたら。
あの腕には先ほどの激痛がまだ残っているだろう状態で……相打ち覚悟の等価交換をもう一度出来るような度胸のある人間なんて、そういる訳もない。
──むしろ、舞斗の方が異常だった。
あの羽杷先輩の怪力でぶん殴られているのだ。
それでも怯まず、むしろもっと防御を無視して攻撃を重視するようなことを口にする有様である。
……明らかに、頭がおかしい。
──と言うか、訓練の成果を知りたいんだろうな。
俺が適当に教えたにしろ、剣術の成果は確実にあったのだ。
少なくとも前回、剣を砕かれへし折られ、次から次へと吹っ飛ばされたあの鋼鉄の籠手を叩き割る程度には。
だからこそ……今の舞斗の脳裏にあるのは「自分の剣が何処まで強くなったのか」、ただそれだけなのだろう。
「さぁ、さぁっ、さぁっっ!」
舞斗のヤツはただ無邪気に、剣術の成果を試したがっている。
……殴られた痛みを忘れるほどに。
「……ぐ、くっ、うぐ」
そしてそれは、迫られる方……つまり、羽杷先輩にとっては凄まじいプレッシャーだった。
……当たり前だ。
対戦相手が正面から嬉々として一発一発の等価交換を迫ってくるのである。
そしてその一発は、お互いに致命傷になりかねないとてつもなく危険な一撃なのだ。
──勝負、あったな、こりゃ。
今までは羽杷先輩は自身の怪力故に、自分が常に上位であると確信して強気の姿勢を崩せなかった。
──だが、もしその優位が崩れたら?
──相手が自分と同等の能力を持っていると理解してしまったら?
そうなれば、当然のことながら『素』が出てくるだろう。
……ただひたすらに『単純な力』を願う、非力な少女の姿が。
結局。
舞斗が欠片の躊躇もなく前へと三歩歩き、あと一歩でお互いの制空圏が重なり合うだろうというところで……
「……オレの、負け、だ」
羽杷先輩のその声が体育館に響き渡ったのである。