第十一章 第四話
と、俺が戦いを終えて一息ついた、その時だった。
「兄貴、疲れているところ済まないッスが……もうちょっと付き合って貰えるッスか?」
いつの間にか俺の隣へと歩いて来ていた舞斗のヤツがそう告げてくる。
その表情は真剣そのもので……
だけど……流石の委員長も今度は鼻血を出してはいなかった。
……そう。
腐り切っている筈の委員長でさえも、BLっぽい邪推すら出来ないほど……舞斗のヤツは真剣そのものだったのだ。
「これから、客を待たせているんスよ。
出来れば、立ち会って貰いたいッス」
そういう舞斗の視線の先には、亜由美のヤツが棍を手に立っていた。
こちらに向かって軽く笑みを浮かべつつも、その棍を軽く一回転させる。
どうやら……俺が戦っている間に示し合わせたらしい。
そんな二人に興味津々だったのだろう。
放課後だというのに、メインイベントだった筈の俺と芦屋颯との一戦が終わったというのに、体育館中にいる誰もが立ち去ろうとしない。
いや、一人だけはそんな空気を読むことなく立ち上がると……
「悪いが、こっちも忙しいんだ。
後は頼みます」
そうマネキンに告げて体育館を去って行った。
どうやらこのエロゴリラ……舞斗のヤツには興味がないらしい。
「大丈夫ですよ、立会人は私がやっておきますから」
後の試合は、残されたマネキン教師が審判を務めてくれるようで、序列戦そのものには支障はないようだったが……
研究者らしからぬそのゴリラ教師の態度に、俺はふと首を傾げてしまう。
──女の子専門、なのか、アイツ?
それとも特定の生徒に対してだけ、もしくは特定の分野だけ研究対象となっているのだろうか?
ゴリラ教師の意図はよく分からないが……ちょうど彼が立ち去ったのとほぼ同時に体育館の扉が再び開き……
「お、いたいた。
ラブレター、確かに受け取ったぜ?」
「ふふ。
……私の獲物、何処?」
「ったく。先々行くなっての。
お前らは荷物がないから楽だろうけどよっ!」
『三人』の女生徒が入ってきた。
「さて、順番はどうするんだ?」
一年ばかりが揃った体育館へと足を踏み入れたにも関わらず、全く怖じることなくそう吠えたのは鋼鉄の小手でその両腕を覆った、細身の女性。
身長は高く、その身体を覆うのはレスリング用のシングレットのみという姿で、その胸から突き出た双球のサイズはC。
序列五位にして『剛腕』の能力者、羽杷海里先輩である。
「ふふ。
……私は、いつでも」
細くかすれた声でそう不気味に笑う制服姿の女性は初めて見る顔だったが……彼女もCというなかなか立派なものだった。
前髪が長くて顔は窺えないが……まぁ、Cもあるってことは良い女ってことで間違いないだろう。
「来てくれたんですね、御守風香先輩」
「ええ。
……折角の御招待、だし」
亜由美の声に揺れるCサイズのバストが二つ。
どうやら彼女は亜由美の次の対戦相手……序列七位という高位能力者である、『超荷重』の御守風香先輩、らしい。
どんな能力を有しているのか今一つ不明ではあるが……俺は早くも彼女と戦う時が楽しみになってきた。
「で、次はアタシが相手だろ?」
そう俺に問いかけてきたのは、大きなキャリーバッグを手にした制服姿の女性……遠音麻里先輩である。
Bサイズという彼女は、この三者の中では少しばかり劣る存在と言えなくはないが、その趣味に反比例するかのように乳房の形状はなかなか素晴らしいものがある。
──とは言え、他の二人と比べると、ボリューム不足は否めない、か。
俺は内心でそう評価を下すと、ふと気付く。
「……え、相手?」
「ああ、楽しみにしてるぜ?」
俺がその意味を理解した時にはもう、麻里先輩は俺から離れてしまっていた。
──冗談、だろう?
さっき芦屋颯を下したばかりの、今のこのコンディションで?
あの先輩と……『人形操作』という能力を誇る彼女と戦えと?
「どういう、つもりだ、おいっ!」
仕方なく俺は隣に立っていた舞斗のヤツを問い詰める。
「知らないっスよ?
俺は羽杷先輩だけを呼んだっス!」
「アタシも呼んでないんだけどなぁ」
舞斗のヤツは首を横に振っていたし、亜由美のヤツもそう答えていた。
──くっ!
──しらばっくれやがってっ!
俺はちょっとばかり厳しい声で二人を問いただそうと、口を開こうとした。
……その時、だった。
俺が常に視界に収めていた、素晴らしき国宝の如きおっぱい様……アレに比べれば羽杷海里先輩や御守風香先輩のCなんざ、その辺りで吼えている雑魚肉食獣としか思えないほどの、遥かに格上にして最強のG級おっぱい様が、ふと揺れる。
そちらに視線を向けてみると……
「~~~ふふっ」
携帯電話を手にしたおっぱい様こと、数寄屋奈々様その人が、まるで俺に見せびらかすように携帯電話をちらつかせているではないか。
──嘘だと言ってよ、バー○ィっ!
俺は思わず内心で訳の分からないことを叫んでいた。
いや、数寄屋奈々様のあのスタイルならバニーガールの恰好をしてくれたら凄まじいだろうと考えていたとか、そういうことじゃなくて。
兎に角、あり得ない犯人に俺は思わず心の中で叫んでいたのだ。
……だけど。
おっぱい様は俺の内心の叫びにも動き揺れることもなく、その二つの膨らみの上に乗っている美少女の顔も笑みの形を崩すことがない。
つまりは、そういうこと、らしい。
──しかし、何故だ?
おっぱい様と俺との関係が良好かと言われると、俺は首を傾げざるを得ないのが実情ではある。
……この序列戦が始まって以来、こっちに意識が向けられることが増えて、彼女との会話も減ってしまっているのだ。
とは言え、そう大きな喧嘩をした訳でも、思いっきり嫌われるようなことをした記憶もない。
──胸を見ているのはいつものことだしなぁ。
それで嫌われたというのなら、それこそ今さら、だろう。
だから俺は釈然としない思いを抱きつつも、彼女のその二つの膨らみの奥に隠されている筈の、その動機に思いを馳せていた。
そうして俺が悩んでいる間にも、舞斗と亜由美の間では何らかの合意があったらしい。
「じゃ、最初はアタシから行くねっ」
亜由美がそう笑うと、棍を手に前へ出る。
対する相手は……『超荷重』の御守風香先輩だった。
「ふふ。
……覚悟、出来た?」
「ええ。
先輩を叩きのめす覚悟は、ねっ!」
その二人の挑発が、戦闘開始の合図になった。
「ちょ、まだ始めの合図はっ?」
マネキン教師の困惑の声にも関わらず、亜由美は軽やかに跳ぶ。
まるで空を駆けるかのように前進しながら、御守風香先輩の頭上身長二つ分ほどの高さへと駆け上がったかと思うと、そのまま手にしていた棍を振りかぶりながら、上空から急襲をかけるべく身体を前傾させていた。
「……へぇ」
常人ではあり得ない亜由美の跳躍を見た先輩は、特に慌てる様子もなく、ただその機動力を褒めるかのような声を上げていた。
どう考えても頭上を取られて不利になっただろう御守先輩は、その事実に眉一つ動かすこともなく、上空にいる亜由美へと手をまっすぐに突き出したかと思うと……
「落ちろっ!」
そう叫ぶ。
……いや、本当に彼女はただそう叫んだだけにしか見えなかった。
だけど……その効果は絶大だった。
「えっ?」
突如、亜由美の身体が階段を踏み外したかのように、前のめりになったかと思うと……次の瞬間に直下に落ち始めたのだ。
──何を、した?
ただ手を向けるだけで、亜由美の能力を消し去った?
……いや。
彼女の能力名から察するに……
「亜由美の身体を、重くした、のか?」
常識外れのその能力に、俺はそう呆然と呟いていた。
……そう。
俺は、完全に驚いていたのだ。
御守風香先輩のその能力と、そしてその「愚行」に。
──勝負、ありだな。
俺は内心でそう呟いていた。
亜由美は彼女の頭上へと登っていたのだ。
そこへ重しが加わればどうなるだろう?
……考えるまでもない。
見事、『直下に』落ちる。
……先輩の上にいた亜由美は、その超能力で重量を増したまま。
御守先輩へと直下に落ちていた。
「そげぶっ?」
「ぶぎゅるっ!」
どっかの幻想殺し短縮形みたいな悲鳴を上げたのが上側に落ちてダメージが少なかった亜由美のヤツで。
マリオ○ートの岩の塊に潰された悲鳴を上げたのが、上側から自分の能力で増した荷重を喰らい、洒落にならないダメージを喰らった御守先輩である。
……まさに、愚行だった。
──ま、仕方ない、のかもな。
御守先輩は、自分の『超荷重』の能力で戦意を喪失させさえすれば勝てると思っていたのだろう。
だから、亜由美に自分の頭上を取られた時に、『そこで能力を使えばどういう事態になるのか』ということを想像出来なかったのだ。
──典型的な、超能力者だよなぁ。
俺は内心で呟く。
……そう。
基本的に、うちの学校の超能力者ってのはこういうタイプの連中が多い。
能力は凄くても、それを使えばどういう結末を迎えるのかを理解していない、想像力に欠ける……能力に『使われている』人間が多いのである。
「つつつっ」
俺が考察している間に、真下にクッションがあったお蔭でダメージが小さかったらしき亜由美のヤツが立ち上がっていた。
逆にクッションになってしまった御守先輩は……見事に目を回している。
体重の軽い亜由美を自分の能力で重くした結果、ダメージが大きくなったのだから……まぁ、自業自得以外の何物でもないのだが。
──けど、意外と強い能力じゃないのか?
彼女の頭脳には問題があるものの、射程や重量を増加させる幅によっては、かなり凶悪な能力になりそうな予感がある。
俺は彼女と相対する場面を想像し、少しだけ気を引き締める。
……しかし。
──思ったよりもダメージが少ない。
こうして見る限り……亜由美の下敷きになった御守先輩は目を回してはいたが、大怪我をしているような様子はない。
先輩の身長の倍……つまり高さ三メートルから物体が落ちてきたのだ。
もし百キロほどの物体が直撃したとすると……普通なら大怪我じゃ済まないだろう。
──亜由美の体重が三五キロくらいだとして……
五十キロくらいなら、まぁ、耐えられないことも……いや、それでもダメージは大きいだろう。
骨の一・二本くらいは逝かれてもおかしくない。
──咄嗟に、オフにしたのかも、な。
だから、先輩は三メートルから亜由美の体重に潰されても大怪我をせずに済んだ。
……そっちの方がまだ説得力があると思われる。
俺はそう結論付けると、気を失ったまま体育館外へと運ばれていく御守先輩を眺め、ため息を吐いた。
……どっちにしろ、攻略し辛い能力であることに違いはないのだから。
兎に角。
こうして序列七位決定戦は亜由美の勝利で終わったのである。