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【完結済】π>Ψ ~おっぱいは正義~  作者: 馬頭鬼
第二部 第十一章
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第十一章 第二話


 先日の勝利で序列十一位になってしまった俺を待っていたのは、当然のように芦屋颯という小柄でAAの少女だった。


「さぁ、やっとこの時が来たな、佐藤和人っ!」


 突然教室に押しかけてきた彼女は、その小さいどころか存在が確認し難いレベルの胸を張りながら、勇ましくもそう叫ぶ。

 ……だけど。


「無茶言うな。

 せめて一日くらい休ませろ」


 未だに傷心の癒えていなかった俺は素気無くそうあしらうだけだった。

 いや、別に俺が冷たい訳ではない。

 方法は兎も角、羽子をKOしたのが三時限目で……今はまだ昼休み。

 ……つまりあの戦いからたったの一時間ちょいしか経っていないのだ。

 勝負そのものは一方的だったから体力的にはまだ余裕があるにしても、精神的にはそうはいかない。

 女の子を一方的にボコったあの戦闘でまたしても俺の評価は失墜したのか……いや、恐らくそれよりも最後の『アレ』の所為が大きいのだろう。

 級友たちからは冷たい視線が注がれるばかりである。

 ……肝心の羽子も精神的なダメージが大きいらしく、さっきからこちらに視線すら向けようとしない。

 前回のDARKNESSなダメージによる俺の精神的被害は……計り知れないほど大きかった。

 正直、月一のペースで『アレ』をやらかしている結城〇トの精神力を逆に尊敬したくなるほどである。


「そうか、一日だな。

 分かった分かった」


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、芦屋颯は俺の言葉に一つ頷くと、相変わらず人間とは思えない速度でB組の教室から走り去って行く。


「お~、も~れぇつっ!」


 芦屋颯が走り去ったときに出来た疾風の所為だろう。

 丁度教室に入ろうとしていたマネキン教師のスカートが見事に跳ね上げられていた。

 紫色のレース下着は、確かに女教師という大人のキャラクターに相応しい色気のあるもの、なのだろう。

 ……本体がプラスティック細工でなかったならば。

 と言うか。


 ──いつのネタだ、そりゃ。


 その黄色い悲鳴を聞いた俺は嘆息ともに、ただ一つ決意する。

 ……このプラスティック人形を操っている『中身』について、考察の一切を放棄することを。

 何しろそのCMが流れたのは一九六九年……つまり五十年近く前なのだから。




 幾ら同級生からの視線が冷たくても、強敵との戦いに気が進まなくても……時間だけは平等に過ぎていくらしい。

 疲れを取るために早めの就寝をした所為か、丸一日なんてあっさりと過ぎ去り。

 ……翌日の放課後。

 俺は級友たちの無言の視線に背を押される形で、体育館へと足を運ぶ。


 ──しかし、なぁ。


 体育館へと向かいながらも、俺は背中を押すような大勢の足音に、内心でため息を吐いていた。

 この試合を見届けるつもりなのか、放課後になったというのに、B組の面々は誰一人として寮に帰ろうともせず、俺の後ろについて来ていた。

 しかも、審判役を買って出たのか、マネキン教師までその行列に並んでいる有様である。

 そんな彼女たちの視線に圧される形で、俺は逃げることも許されずに足を前へ運ぶ。


 ──まるで処刑台へ向かわされる、十字架を背負った聖人っぽいな。


 ……なんて要らぬことを考えて気を紛らわせつつも、俺はただただ体育館へと足を運び続ける。

 そうして扉を開けると、そこには制服姿の芦屋颯が立っていた。

 よほどこの戦いに気合が入っているのか、愉しそうな笑みを浮かべながら屈伸運動なんてしてやがる。

 ミニスカートでそんな動きをするものだから……見事に色気のない純白の下着が丸見えだったんだが……まぁ、所詮はAAしかない小娘である。

 その上俺は、かなりしんどくなりそうな戦闘を目前に控えているのだ。


 ──心の底からどうでも良い。


 色気のない下着を見たところで、ただそれだけの感想しか湧き上がらなかった。

 そして……やる気満々の様子を見せる彼女の周囲には、A組の面々が一人も欠けることなく並んでいる。

 生徒ばかりか、ゴリラ教師までもその列に並んでいて……どうやら暇なのはB組だけではないらしい。


「やっと、この日が来たなぁ、おい」


「……しかも気合十分かよ、くそったれ」


 そんなギャラリーの中心に立っていた芦屋颯が好戦的な笑みを浮かべているのを見て、俺はため息を隠せない。


「ふふふ。

 やる気がない様子を見せる作戦?

 生憎、アタシにはそんなの、通用しないけどな」


「……いや、本当にやる気がないんだが……」


 ……そう。

 俺は思いっきり今度の序列戦に乗り気ではなかったのだ。

 何しろ……。


 ──必勝の策が、ない。


 芦屋颯の特技はその超能力を生かした足技である。

 そして一般人である俺も、やはり近接格闘しか出来ない人間だ。

 である以上、勝負は必然的に近接戦、しかも打撃戦となるだろう。


 ──つまり、戦闘領域が重なってしまう。


 だからこそ、この芦屋颯を相手にしたならば、今までのように『近づけば勝てる』ような戦いではない。

 端っから接近戦が前提、お互いに打撃戦が前提なのだ。

 である以上……策を練る暇もない。

 策を巡らす余裕もない。

 ……ただ、どっちの身体に致命打がぶつかるのが早いか、そういう紙一重の戦いになってしまう。


 ──痛いんだろうなぁ、畜生。


 その事実が気乗りしない俺は、ため息を一つ吐くと……構える。

 いつもよりも少しだけ手を上に上げた、ガード主体の、そして腰もいつもより少しだけ低くすることで、避けることよりも耐えることを重視する構えである。


「「では、序列戦十位決定戦、開始っ!」」


 マネキン教師の高めの声とゴリラ教師の低い声がハモった、その瞬間だった。


「じゃ、行く、ぜぇっ!」


 そんな叫びと共に、芦屋颯の身体が右へ傾いだかと思うと……


 ──左ハイキックっ!


 そう読んだ俺は、咄嗟にガードよりもスウェーバックを選択、頭部を背後へと逸らしていた。

 直後、凄まじい勢いの脚が俺の眼前を通り過ぎていく。


 ──隙、だらけっ!


 ハイキック直後の、隙だらけの背中へと一撃を加えようと、俺はスウェーで後ろに傾いだ重心を前に戻す。

 そして、大きく踏み込んで右拳を叩きつけようと……

 ……だけど。

 芦屋颯にとって、ハイキック後の硬直程度は隙とは言えないらしい。


「っ、やっ!」


 そう叫んだ彼女が軽く跳ねるだけで、その背中はあっさりと射程外へと離れて行った。


「……何だ、そりゃ」


 俺は思わずそう呟いていたが……彼女が何をやったかは理解出来ていた。

 芦屋颯は、ただ『軸足で跳んだ』だけだ。

 ……そう。

 彼女はハイキックを空振った直後の、伸びきった軸足の『足先だけ』を使って軽いジャンプをしたのだ。

 普通の人間なら十センチも跳べないだろう、その小さなジャンプも『跳躍強化(ガゼルフット)』の能力を有する芦屋颯が使えば、バックステップとして十分活用できる、という訳である。


「……何や、アレ」


「……無茶苦茶ですわ」


 外野から羽子と雫が呆然と呟くのも無理はない。

 俺自身も自分の目で見たその光景が信じられなかったくらいである。


 ──正直、やってられない。


 と、俺が眼前で見せつけられた超能力者の尋常ならざる身体能力にため息を吐いた、その瞬間だった。


「佐藤さんっ!

 前っっ!」


 珍しい奈美ちゃんの叫びに意識を戻してみれば……たったの一呼気の間に、高速の運足によって芦屋颯が、既に戻ってきている。

 しかも背中をこちらに向けるようにして……純白の下着が丸見えになるほどその短いスカートが翻っていて……


「ちぃっ!」


 俺は咄嗟にバックステップすることで、彼女の放ってきた後ろ回し蹴りの射程から逃れる。

 ……服を掠めて行ったその一撃に、俺は冷や汗を隠せない。

 何しろ先ほどの一撃は、奈美ちゃんの叫びがなければ……そして芦屋颯が『スカートが翻る』ほど身体を捻じっていなければ、躱すことは出来なかっただろう。


「もうちょっと、もうちょっと!」


「颯ちゃん、続けてっ!

 このままなら勝てるっっ!」


 外野からA組少女の勝利を確信したかのような声が聞こえている。

 だが……生憎と俺はそこまで悲観していなかった。


 何しろ……俺はこの数度のやり取りに冷や汗をかきながらも、早くも芦屋颯との戦いに勝機を見出していたのだから。


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