間章 その二
昨日の連戦から一夜が明けて。
『夢の島高等学校』はまたしても土曜・日曜の連休に入り、俺は暇になっていた。
ベッドに寝転がったまま時計を眺める。
……十一時四五分。
朝飯には遅すぎ、昼飯にはちょっと早いという微妙な時間帯である。
目覚めるのがこれだけ遅くなったのは、毎日のように行われる序列戦で疲れていた所為もあるのだろう。
──連戦に次ぐ連戦だからなぁ。
戦わない日は相手との都合がつかないか、俺が怪我している時のみ。
その上、ダブルヘッダーなどの無茶もやらかしている。
どっかのボクシングジムの会長が語る戦後すぐの拳闘試合並のスケジュールである。
……疲れが溜まるのも当然だろう。
だからこそ俺はこうしてベッドから起き上がることもなく、ゴロゴロと寝転がることで休日を過ごしていたのである。
と言うか……起きてもやることがないから寝たままなのは当然だろう。
──そもそも、だ。
冷静になって考えてみれば、俺には趣味らしい趣味がない。
亜由美が持ち込んでいる格闘ゲームがあるにはあるが、一人で遊んでも面白くないし……テンションが異様に高い亜由美のヤツをわざわざ呼ぶのも疲れた身には堪えるものがある。
──所詮はAAだしなぁ。
もしくは雫のようにレトロゲームを一人でプレイして日々を過ごせれば、それはそれで楽しいのだろうが……前に貸して貰ったが、何が楽しいかすらさっぱり分からなかった。
妙な中国拳法をモチーフにした格闘ゲームだったが、人間の身長の何倍も飛んでまともに蹴りが当てられないという、訳の分からない代物だったし。
俺は目を閉じて自分の趣味について考えを巡らせる。
「趣味は何ですか?」
「おっぱい鑑賞です」
……考察のついでに『将来を見据えた面接官ごっこ』をしてみたが、はっきり言って空しいだけだった。
「さて、と」
俺は目を開くと体を起こす。
そろそろ腹も減ってきたところである。
首を左右に振って鳴らしながら、食堂へ行こうと俺はドアを開いた。
「あ」
「お?」
ドアを開いたところで、繪菜先輩と目が合った。
俺に用がある……という訳ではなく、俺の隣の部屋……数寄屋奈々ことおっぱい様に用があったらしい。
──ちっ。知ってりゃ部屋に乱入したのに。
G級という国宝レベルのおっぱい様と、D級国指定の天然記念物。
言うならば法隆寺の天守閣に朱鷺が止まっているような、美しい光景だっただろうに……惜しいことをしたものだ。
それにしても。
G級に比べれば少し劣るD級とは言え……相変わらず凄まじいボリュームである。
彼女自身には手足がなく……その所為で身体が小さく見える。
だからこそその二つの膨らみが大きく見える、のかも知れないが。
もしくは、規格外の一言しかないG級おっぱい様を除けば、我が級友はほぼ膨らみがないに等しい状況だから、かもしれない。
──そもそも、最近、まともなの見た覚えがないぞ?
考えてみれば、ここ二週間ほどの間に対峙したA組の生徒は、それはもう悲惨なモノだった。
AA、A、A、B(偽)、AA、Aという有様で、メンタルとタイムのルームほどに何もない平坦なあの世界は……思い出す必要すら感じられない悲惨な状況だった。
……その所為だろう。
俺の視線が自然と……その二つの膨らみへと向けられていたのは。
「今頃起きてるのか?
ったく。
健全な肉体は規則正しい生活から生まれるんだぞ?」
俺の視線を知ってか知らずか、繪菜先輩はそんな小言を口にする。
「……無茶言うな。
この二週間で何戦したと思ってるんだ」
まるで教師である従姉のような繪菜先輩の小言に、気付けば俺は唇をとがらせて反論していた。
正直なところ「そもそもの元凶が何を言う」という感情よりも、いつも口うるさい従姉による上から目線への反発心の方が強かった訳だが。
そんな俺の声に繪菜先輩は軽く肩を竦めると……
「で、もうちょっとで十位になるらしいな。
……勝てるのか?」
そう尋ねてきた。
ちょっと不安そうなその問いは、もしかして俺の機嫌を損ねたとでも思った所為、だろうか?
それとも……俺が勝たなければ何か困ることがあるのだろうか?
「勝てる、じゃなく勝つんだよ。
……留年なんて御免だからな」
とは言え、俺は別に彼女の思惑に乗せられて戦っている訳じゃない。
初志を貫徹するため……超能力のテストで赤点を取りそうだから、テスト免除の特権を得るために戦っているのだ。
そのために授業を何度もサボり、ますます授業には置いて行かれる一方……即ち『勝たなければもうどうしようもない』ところまで追い込まれているのが現実だったが。
──正直、割に合わない気もしてきている。
……しかし、既に俺には他に道なんかない。
勉強が出来ない以上、一芸による成績向上を目指すのは当然のことである。
何と言うか、博打で借金を重ねたアホが借金を返すために博打にのめり込むという、黙示録から破戒録を経て堕天録へと向かっている感じの生き方をしている気が……
俺は自分の生き方がこれで良いのか……少しだけ疑問を抱いてしまう。
「そうか、なら良い。
上手く勝ち進んでくれ」
そんな俺の葛藤に気付くことなく繪菜先輩はそう笑うと……車椅子を操ってそのままエレベーターの方へと進んで行った。
その車椅子の上で揺れる二つのD級おっぱいを見た俺は、先ほどの人生についての疑問など一瞬で放棄し、もっと深刻な疑問を抱いていた。
「……一体、何の、用事だったんだ?」
繪菜先輩とおっぱい様……特に接点のありそうにない二人が、一体何を話していたのだろう?
俺は首を傾げて……すぐに思い当たる。
「ああ、巨乳専用のブラの話とかだな、うん」
二人の共通点とは言えば、そんなものだろう。
俺はそう結論付けると食堂へと足を向ける。
……起きた所為だろう、どんどん腹が空いてきたのだ。
──この時点で先ほど抱いた疑問をもう少し追及していれば……俺は冒頭で描写していた『米軍特殊部隊』と戦うような事態を招かずに済んだかもしれなかったが。
この時の俺は……『俺』という彼女たち二人の共通点に思い当たることもなく、ただ二人がつけるブラジャーのデザインを頭に浮かべながら、食堂へとのんびり歩いて行ったのである。