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第十章 第四話


 とは言え、奈美ちゃんは奈美ちゃん。

 俺は俺である。

 こうしてA組の授業に顔を出しておいて……戦わずに去れるハズもない。

 ……いや。


「あの、よろしくお願いしますね」


 眼前でそう言いながらお辞儀をしている序列戦の相手……小学生並の体格にAAという発育そのものを拒否しているとしか思えない澤香蘇音という少女は、俺が戦いを拒否すれば二つ返事で頷いてくれたに違いない。

 ……だけど。

 俺がこの体育館に入ってから延々と、俺の背中に向けて殺気を飛ばし続けている芦屋颯は……俺が戦わないことを許してくれないだろう。


 ──ったく。好戦的なヤツだなぁ。


 俺は頭を掻きつつも、背後の殺気を意識からシャットアウトする。

 そうしないと眼前の相手よりも背後が気になって気になって……まともに戦闘なんて出来やしない。

 と言うか、この『夢の島高等学校』は好戦的なヤツが多過ぎる。

 せめて眼前の対戦相手……澤香蘇音くらい全員が良識と慎みを持ってくれたなら……


「あの、颯ちゃんと何かありましたか?」


「……は?」


「いえ、颯ちゃん、凄く楽しそうに笑っているものですから」


 ……訂正。

 どうやらまともなヤツはほぼゼロに等しいらしい。

 この蘇音という少女も……どうやらどこかズレているらしく、そんな頓珍漢なことを口にする始末である。


 ──ま、仕方ない、か。


 日本全土から社会不適合者の代名詞とも言える『超能力者』を集めたのがこの『夢の島高等学校』である。

 まっとうなヤツを期待する方が間違いなのだろう。

 変なサブリミナル付きCMの所為とは言え、そのど真ん中に放り込まれた俺という良識ある一般人が周りに溶け込めないのは当然だった。

 そう諦めつつも俺は対峙する少女へと視線を向ける。


 ──完全なるAA、まさに平原、か。


 それ以外には表現できないほどの幼女体型である。

 ……だけど、油断するなかれ。

 彼女の能力は『衝撃咆哮(バウンドボイス)』。

 あの雫を一撃で破った凄まじい超能力の持ち主なのだ。


 ──気は、抜けない。


 幾ら幼女としか思えない外見をしていたとしても……一撃必殺の技を有する相手に、気が抜けるハズもない。

 そもそも人間には「子供だからと気を抜いてしまう習性がある」からこそ、紛争地域では子供を使ったテロや暗殺が絶えないのである。

 そしてこの眼前の少女は、まさに爆弾を隠し持ったテロリストと言っても過言ではない戦闘力を秘めているのだ。


 ──気を抜けば、一発で負ける。


 俺はそれを心に刻み込むと……両手を胸の位置へ上げて構えた。

 腰は少し落とし気味の前傾姿勢で……かなり攻撃を意識した構えである。


「あ、えっと……」


 AAの少女は、そんな真剣な構えを取った俺を見て、慌てた声を上げている。

 それでも彼女は構える様子はない。


 ──当然だろう。


 ……声を出すだけで相手を倒せる超能力者に、格闘技の構えなんて不要なのだから。


「では、良いか?

 序列十三位決定戦、始めっ!」


 その様子を見て俺たちの前置きが終わったと判断したのだろう。

 ゴリラ教師が試合の始まりを叫ぶ。


「では……」


 そして、当然のように試合開始直前に、澤香蘇音が口を開いて息を吸い込み……一撃必殺の超能力を放とうと動く。

 ……だけど。


 ──今っ!


 俺はその瞬間を逃さない。


「……ぇ?」


 少女の口が何か意味を紡ぐより、俺の右手が少女の口を塞ぐ方が早かった。

 そして、口を塞ぐ右手に意識を向けた少女の隙を突き、残された俺の左手が彼女の鳩尾へと突きこまれる。


 ──山突き。


 そう呼ばれる空手の技法の、亜種である。

 普通に殴っただけでも勝てた気はするが……まぁ、小学生と見紛う少女の顔面を拳で殴り抜くほどに、俺は非道になり切れないということだろう。


「……っ」


 俺の一撃を鳩尾に受けた少女は、結局何一つ言葉を放てずに倒れ込んでいた。

 時代劇で良くあるアレなのだが……まぁ、顔面に意識を集中したところで鳩尾を強打したのだ。

 澤香蘇音は痛みを感じる暇すらなかったに違いない。


「流石は、兄貴。

 楽勝、っスね」


 俺の鮮やかな勝利を見てそんな声を上げたのは、舞斗のヤツだった。

 ……だけど。


 ──何が、鮮やかなものか……


 別に俺は、少女が隙だらけだったから先手を取った訳『じゃない』のだ。

 『あの瞬間を狙うしか俺が勝つタイミングがなかった』から、死ぬ物狂いで超能力を発動させる一瞬を、ロックオンして狙い撃っただけに過ぎない。

 あの刹那より遅ければ、少女の超能力によって俺は昏倒していただろう。

 そして、もし早ければ……俺の突進を見た少女は背後に下がりながら超能力を発動させて、やはり俺は負けていただろう。

 超能力の発動に意識が向いたその一瞬だからこそ、俺は鮮やかに澤香蘇音を下せたのだ。


「……ふぅ」


 その紙一重の勝利をようやく実感した俺は、安堵のため息を吐き出していた。

 正直、あまりにギリギリの戦いだったため……序列戦の最中、俺は全く息を出来なかったのだ。


「……はぁ」


 と。

 俺のため息とほぼ同時に息を吐き出す声がする。

 そちらに視線を向けると、奈美ちゃんがその平らなAAの胸に手を置き、安堵のため息を吐き出しているところだった。

 ……どうやら彼女だけはこの戦いの真価を理解していたらしい。


「では、勝者……っ?」


 勝負が終わったのを見計らって、ゴリラ教師が声を上げようと口を開く。

 だけど、その声は最後まで発せられることはなかった。

 突如としてバスケットボールほどの大きさの、大きな火の玉が俺目がけて飛んで来たのだからっ!


「ちぃっ!」


 慌てて俺は身体を沈み込ませることで、その一撃を躱す。

 俺が攻撃の出所へ視線を移したその先には、穂邑珠子という名のAサイズが……もとい『火炎球(ファイアーボール)』という超能力を有する少女が立っていた。

 その距離……凡そ十メートル。


「悪いが、もうちょっと遊んで行ってくれよなぁ?」


 赤毛の少女は、そのカラーイメージ相応の好戦的な笑みを浮かべつつ、俺にそう問いかける。


「けっ。

 拒否権なんてくれない癖に、よく言うぜ」


 だが、俺もこういう挨拶は嫌いじゃない。

 穂邑珠子に向けて好戦的な笑みを返す。

 それが、合図になった。


「お前らっ!

 まだ、序列戦は……っ?」


 ゴリラ教師が叫んでいるのも意に介さず、俺は前傾姿勢を取りながらパイロキネシスへと突進をかける。


「そう来る、よなぁっ!」


 勿論、穂邑珠子も近づくしか出来ない俺のそんな行動は計算づくだった。

 彼女は再びバスケットボールほどの火の球を生み出すと俺へと放り投げてくる。

 ……その速度は女子が投げるにしてはなかなかの速度だった。

 どうやらこの穂邑珠子は身体能力もそう悪くはないらしい。

 ただ……それでも女子一般よりはマシ、程度である。


「甘いっ!」


 俺は斜め前へと大きく踏み込むことで上体を傾け、その一撃をやり過ごす。

 あくまで自分の突進速度を殺さないままで。

 ……あと、七メートル。


「これなら、どうだぁっ!」


 自分の一撃を避けられた穂邑珠子は、必倒よりも必中を目指したらしく……ゴルフボールほどの小さな火炎球を腕の周りに作ると、俺目がけて放り投げてきた。

 ……だけど。


「散弾ではなぁっ!」


 俺は飛行型変形MSを乗りこなす地球連邦の少佐のように叫びながら、両腕を身体の前で固めることで火炎球をガードする。


 ──っ!


 無茶苦茶熱い。

 肌を差すような熱による刺激が伝わってくる。

 とは言え、所詮は大道芸……羽子の言うところの「実体のない攻撃」に過ぎない。

 手のひらでライターのガスを燃やしたような……肌が熱い程度のダメージしかない。


 ──所詮は、この程度っ!


 俺は両腕の痛みを、歯を食いしばって耐えながら身体を前へと運ぶ。

 その犠牲を伴う強引な突進によって……俺は三歩ほど距離を詰めることに成功した。

 だが、穂邑珠子も馬鹿じゃない。


「無茶苦茶、しやがるなぁ、おいっ!」


 そう楽しそうに笑っている癖にちゃっかり後ろへ一歩下がっている。

 ……あと四メートル。

 そうして下がりながらもさっきと同じゴルフボールほどの大きさの、だけど今度は円錐形をした火炎弾を放ってきた。


 ──これは、防げないっ!


 回転を突進力に変換する形の……まさしく弾丸の性質を持った火炎球だ。

 もしガードをすれば……さっきのように「熱い」だけじゃ済まないだろう。


「ちぃっ!」


 俺はその一撃を放たれる刹那、身体を強引に沈み込ませる。


 ──ダッキング。


 ボクシングではインファイターがよく使う防御手段で、突進力を保ちながら上体の回避が出来る技法の一つである。

 事実、穂邑珠子が放った炎の散弾は俺の上体ばかりを狙って来ていたため、ダッキングでそれら全てを回避することが出来た。


「……くっ」


 とは言え、無理に大きく踏み込んで上体を下げた所為で、足首に大きな負担が走る。

 激痛とは言わないが……若干の違和感は隠せない。

 それでも……俺の突進は止まらない。


「ぐ、くぅっ!」


 そうしてあと一メートルというところまで来てようやく、穂邑珠子の表情に焦りの色が見え始め、距離を保とうと必死に背後へと下がり始める。


 ──だが、もう遅いっ!


 その回避行動に突き従うように、俺は突進を緩めない。


「離れ、やがれぇっ!」


 そんな至近距離まで近づいた俺に向けて、穂邑珠子はまたしても火炎球を放とうと手を伸ばす。


「無駄だっ!」


 だが、この距離でそんな攻撃なんて意味をなさない。

 俺が突き出された彼女の腕を払いのけただけで、あっさりと火炎球は明後日の方角へと吹っ飛んで行った。

 その隙を狙い、俺はトドメの一撃を放とうと大きく足を踏み込もうとして……


 ──くっ!


 ……足の違和感の所為で、思いっきり踏み込めない。

 穂邑珠子が下がった分の距離を縮めるのが精いっぱいだった。

 その隙にパイロキネシスはまたしても下がりながら次々に攻撃を仕掛けてくる。

 炎の手、火の剣、火炎の鞭、炎の散弾、火の槍、火炎球……

 そして俺は脚の違和感から踏み込めないものの必死に彼女の至近距離に食らいついたまま、それら全てを発動させる彼女の手をモーション前に払いのける。

 ……幾ら攻撃にバリエーションがあろうとも、それを放つ彼女の手は二本きりなのだ。

 である以上……格闘技能を持つ俺にとっては、素人の彼女から後の先を取るなんて赤子の手を捻るようなものである。

 某ホテル内において、死刑囚が何をするよりも早く、紐切り空手家の一撃に潰されていたあの戦いのまさに再現であった。


「ぐ、く、ち、く、しょ……」


 どの攻撃を試みてもそれら全てが技となる前に叩き潰される屈辱と、どんなに頑張っても俺から逃れられない焦りに、穂邑珠子の顔が徐々に歪み始める。


「畜生がぁあああっ!」


 そしてその苛立ちと焦りが……彼女の敗因だった。


「レーヴァティンっっっ!」


 そんな叫びと共に彼女の手からは巨大な炎の剣が現れる。

 ……人間を丸焼きにしそうなそんな巨大な剣の威力なら、俺を薙ぎ払えると思ったのだろうか?

 だけど。


「下策だ、馬鹿が」


 その一撃を見た俺はそう呟くと、左手一本で大剣を振るおうとした彼女の手を押さえつける。

 ただそれだけで……穂邑珠子の恐らく超必殺技とも言うべき最終奥義は意味をなさなくなっていた。


「~~~っ?」


 そして……そんな大技を出す硬直は、足を痛めた俺でも簡単に間合いを縮められるほどに大きかったのだ。

 そして俺はパイロキネシスの腕を左手で掴んだまま、右手で彼女の後ろ襟を掴み……


「はっ!」


 そのまま足払いと共に彼女の身体を後ろへと転がす。


「ぐ、ふっ?」


 格闘技の経験もなかったらしき少女は、俺の投げによってあっさりと床へと叩きつけられていた。

 受け身も取れなかったらしき彼女は息を詰まらせている。

 ……そして。


「トドメっ!」


 そんな彼女に対して、俺は冷静に右掌底をその鳩尾へと叩き込む。

 息を吸おうと腹筋の力が緩んでいた少女に……その一撃が耐えられる訳もない。

 あっさりとそのまま穂邑珠子は力尽き、意識を失っていた。


「……ちっ」


 その結果を見て舌打ちをしたのはゴリラ教師である。

 俺の勝利を認めたくないのか、それともこの唐突に始まった試合を認めたくないのかは分からなかったが……

 それでも、この序列戦はなかったことにはならなかったらしい。

 もしかしたら、いつのまにかゴリラの背後に控えている舞斗のヤツか、もしくはゴリラ教師の隣に立っている芦屋颯のどちらかが彼に対して何かを語ったのかもしれない。

 ゴリラは悔しそうにもう一度舌打ちをすると。


「……序列は、入れ替えておく」


 そう、ボソッと呟いたのだった。




「あの、足、大丈夫でした?」


 試合後。

 体育館を出た俺に奈美ちゃんはそう尋ねてきた。


「……ああ、まぁ、一日休めば問題ないだろう」


 俺は歩きながらも、そう答える。

 別に強がっている訳じゃない。

 少し違和感がある程度で、痛い訳でも熱い訳でもないのだから。


「そうですか?

 あまり無理はしないで下さいね」


 心配そうな奈美ちゃんの声に俺は頷きを返す。

 事実、古武術や運足しか取り得の無い俺にしてみれば、足を痛めるというのは翼を捥がれるにも等しいダメージである。

 この二本の足が機動力の全てである以上、「足なんて飾りです」なんて、とてもじゃないが口に出来ないのだ。


「では、次の序列戦も楽しみに待ってますね」


「……そう、だな」


 本当に楽しそうな声色でそう告げてきた奈美ちゃんの声に、俺は次の対戦相手へと思いを馳せる。


 ──扇羽子。


 超能力に胡坐をかいた今までの対戦相手とは違う。

 PSY値では二十二位だった程度の微弱な超能力を使いこなすことで、序列十一位を獲得した少女。

 恐らく……今までとは一線を画した戦いになるだろうその予感に、俺はもう一度静かに覚悟を決めたのだった。


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