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第十章 第二話


 ……そう。

 そのまま行けば、ただの消化試合になる、筈だった。


「……師匠。

 この戦いで私に土をつけることが出来るのなら、前に申し込まれた交際、受けさせて頂きますわ」


 だが……雫は突如、そんなことを言い放ちやがったのだ。


「……は?」


 当然のことながら予期すらしていなかった彼女のその言葉に、俺は固まってしまう。

 記憶を辿ってみれば……確かにそんなことを雫が言っていた覚えがあったからだ。

 だけど……アレは冗談だった、筈で。


「「「えええええええええええええええええええええええええっ!」」」


 そして、俺が膠着すると同時に体育館中は怒号に包まれていた。

 ギャラリーであるクラスメイトたちが声を上げている、のだろう。

 ……正直に言って、そちらに視線を向けるような勇気はない。

 チラッと視界の隅に入るだけで甘美な気持ちになれる、あの至高の双丘へと視線を向けることすら躊躇われるのだから、俺の恐怖は分かるだろう。


「何でやっ!

 雫はアタシより小さいやんっ!」


「……理不尽」


「そんなっ!

 舞斗君はどうすつるつもりなんですかっ!」


「……う~~~ん」


「ちょ、音無さんっ?」


 声で何となく誰が何を言っているかは分かる。

 一人倒れた人間がいるらしいのも、何となく分かる。


 ──分かるんだが……分かりたくない。


 俺は内心で南無阿弥陀仏と唱えつつ、この戦いが終わった後、この騒動をどうやって鎮めるかに考えを巡らせ始めた。

 ……その時、だった。


「隙ありっ!」


 気付けばいつの間にか射程内に入っていた雫が、短槍を大きく振りかぶっている!


「ちぃっ?」


 はっきり言って、木馬に侵入した青い巨星の如く戦いの中で戦いを忘れていた俺は、その横殴りの一撃を避けるだけで精一杯だった。

 いや、反撃が放てる部位は全て氷の盾で覆われていて、反撃しても弾かれるだけだと判断し、慌てて手を引っ込めたというのが正しいか。


 ──危なかった。


 もし彼女が攻撃の瞬間に叫んでなかったら……首から上が吹っ飛んでいただろう。

 下手したら秘剣「流れ星」を喰らった美形剣士の如く両目を横一文字に切り裂かれていたかもしれない。

 何にせよ、刃物を持つ相手から注意を逸らすなんて……愚行以外の何物でもない。

 俺はそう自戒しつつ、眼前の相手へと視線を向ける。


 ──雫のヤツ……何て真似、しやがる。


 さっきのは一幕の意味を理解した俺は、背筋を冷たい汗が流れていくのを感じつつ、緊張に咽喉を鳴らしていた。


 ──俺の技法を真似やがった。


 ……そう。


 ──舌先三寸で適当なことを告げ相手を動揺させ、その隙を狙って技を決める。


 俺が、以前、鶴来舞奈先輩相手に使い勝利を収めたことのある、非道・卑怯と呼ばれるだろう唾棄すべき技法である。

 この場でそれを使ってくるとは……


「……普通、そこまで俺の真似をするか」


「ずっと師匠と呼んでいたでしょう?

 貴方に勝つためなら何でも致しますわ」


 俺の言葉を聞いても、雫はただ優雅にそう微笑むだけだった。

 しかも、彼女の策はただ俺を動揺させるだけではない。


 ──俺が本気を出せば出すほど、さっきの言葉が意味を持つ。


 俺が全力で雫に勝とうとすれば、その必死になった分、俺が彼女と交際をしたがっていると思われることになり……

 後々の言い訳が酷く面倒くさくなるということだ。


 ──考えてやがる。


 恐らく……彼女は策を練り続けたのだ。

 レキや羽子のように実戦向けの超能力を持たない彼女は……知恵と策略で俺をねじ伏せようと考えたに違いない。

 そういう意味では、まさにこの雨野雫こそが俺の弟子に最も相応しい少女ということになるのだろう。

 ……そもそも俺は弟子を取ったつもりなんて欠片もないんだけど。


「さぁ、どうしますか?」


 体育館の空気が軋み、俺が動揺しているのを見越したのだろう。

 雫は優雅に笑みを浮かべながらそう尋ねてくる。

 その言葉に俺は、軽く息と共にその動揺を吐き出すと……


「悪いが、それは俺の専売特許だ。

 どうすれば崩せるかもよく分かっているさ」


 ……そう。

 蛇に蛇の毒は効かないように……


 ──俺の得意技で俺を倒すことなど出来やしないっ!


「小細工もろとも潰させて貰うっ!」


 俺はそう叫ぶと……まっすぐに雫の方へと突っ込んだ。

 脇目も振らず、ただ一直線に。


 ──小細工なしの真っ向勝負っ!


「~~~~っ!」


 俺の突撃に慌てたのは待ち伏せしていたハズの、当の雫である。

 短槍を突き出してくるが、その一撃を俺はわずかに首を傾げることで、紙一重で躱す。

 ……頬が少し切れたが、大したことじゃない。


「らぁあああっっっ!」


 その突進の勢いのまま、俺は肩から雫の盾へと突っ込む。


「~~~~~っ?」


 幾ら雫が盾を手に衝突に備えていたとしても、体重差という絶対的な要因を変えることなど出来やしない。

 元々軽量級で、しかも非力な雫では俺の突進を受け止められなかった。

 彼女はガードした腕ごと俺の突進に押し切られ体勢を崩す。


「ぐっっ!」


 とは言え、俺自身も無傷とはいかない。

 氷の塊に向けて、肩から突っ込んだのだ。

 右肩から骨を伝い脳髄まで凄まじい激痛が走る。


 ──だけどっ!


 歯を食いしばってその痛みを脳から追いやると、俺は体勢を崩したままの雫へと跳びかかる。


「まだだっ!」


「きゃっ?」


 俺は身体ごと少女の細い身体を押し潰しつつ、左足で足払いをかけて転がせる。

 雫は拙いながらも短槍で抵抗してきたが、身体が傾いだ状態で放たれたその一撃なんて、所詮は体重も載らないような、「軽い」攻撃でしかない。

 左腕で弾き飛ばすだけで済んだ。

 勿論、刃物を弾き飛ばした訳だから、左腕に鋭い痛みが走ったが……たかが皮一枚程度、知ったことではない。


「くっ、あっ?」


 押し倒された雫は必死に抵抗をしようとしているが、右腕の短槍は弾かれて吹っ飛び、右腕さえも頭上に跳ね上げられたままである。

 引き戻した左手の盾で何とか顔面を守ってはいるものの……彼女に出来ることはただそれだけだった。

 転んだまま俺に圧し掛かれた状態だから、足による抵抗も出来やしない。

 俺は……怪我を厭わない特攻により、彼女の能力を完全に封じ込めることに成功したのだ。

 雫の身体に圧し掛かったままの俺は素早く上体を起こす。


 ──マウントポジション。


 格闘技の試合では、この体勢を取ればもう相手は抵抗も出来ずに一方的に殴られるだけ、という……ほぼ勝負がついた状況である。

 だけど、雫は顔の前に氷の盾をかざすことで、拳によるKOだけは防いでいる、つもりなのだろう。


「ギブアップ、するか?」


「……誰がっ!」


 俺としては「せめてもの情け」としてかけた言葉だったのだが……雫は自分が不利なことを知りつつもそう叫びやがった。

 ……負けず嫌いにもほどがある。

 と言うか。


 ──実質、もう勝負はついているんだけどなぁ。


 彼女の抵抗をへし折るのは簡単だ。

 ……今から尻の穴もしくはその周辺に指を突っ込めば、ただそれだけで勝負は終わるだろう。

 亜由美相手に『使った』経験から推測すると……尻の穴に指を突っ込まれると、その激痛で超能力を維持出来なくなるから、後は無防備な雫を始末するだけで終わる。

 ……だけど。


 ──おっぱい様が睨んでいるし。


 この手の技はお天道様が許しても、おっぱい様は許してくれないらしい。


 ──なら、後は……


 鳩尾を潰すか、あばらをへし折るか、腕をへし折るか……

 俺は色々と雫を潰す手段を考えてはいたが……俺の弟子を勝手に名乗っている女の子に、そういう技法は流石に躊躇われた。

 結局は、俺が選んだ手段は、少しだけ腰を浮かせると……


「悪いが、これで終わりだ」


 手を、少女の薄いAAの胸の上に乗せる。


「……え?」


 自分が何をされたかを理解できないらしく、雫がそんな間抜けな声を上げた、その時。


「はぁっ!」


 ──奥義・心停止。


 どちらかと言うと上から体重をかけて潰す訳だから、心臓マッサージに近いだろう。

 ちなみに当たり前だが、健康な人間に対して心臓マッサージを行うのは非常に危険である。

 何しろ……心臓が止まりかねないのだ。


「ぁ、あ?」


 勿論、俺は雫を殺めるつもりはない。

 ただ人体の性質上、心臓を強打されると僅かな間ではあるが、身体が弛緩して動かなくなる、らしい。

 ……某ボクシング漫画で読んだから間違いじゃないだろう。

 事実、俺の下にあった雫の身体から力がふっと抜ける。


 ──それで、十分。


 その隙に俺は雫の、顔面を庇っていたその氷の盾を引っぺがすと、そのまま白装束の両襟を掴み。


「……悪いな」


 そのまま、絞める。

 雫の抵抗は一切なかった。

 そのまま少女の身体は力なく崩れ落ちる。

 ……失神したのだろう。


「……ふぅ」


 倒れて意識を失った雫から身体を離すと、俺はため息を一つ吐き出す。


「あ」


 ふと視線を落とすと、気を失ったままの雫が目に入った。

 具体的に言うと、さっき絞め技を敢行した所為で乱れた襟元と、その奥にあった……白装束を着ている所為でノーブラ状態の彼女の胸元が。

 ……だけど。


 ──所詮はAA、か。


 そのはだけた胸を見た俺は……戦いが終わった後よりも大きなため息を一つ吐き出す。

 何しろ、膨らみらしい膨らみすら見て取れないのだ。

 ……胸元を見て喜ぶとか興奮するとかそういう以前の問題だった。

 むしろ……憐みしか感じない。

 ついでに言えば、押し倒した時に暴れた所為だろう、白装束の裾が乱れ、雫の細い太股がかなりキワどいところまで見えていたが……


 ──所詮はAA、なんだよなぁ。


 俺はそちらに視線を向けることもなく、ため息をもう一度吐き出すと天を仰ぐ。

 確かに戦いは終わった。


 ──だけど……まだ面倒な後始末が残っている、か。


 その後始末の大変さは……さっきから首筋がゾクゾクするほど無数の殺気を浴び続けているから良く分かっている。


「……さて」


 いつまでも問題を先送りにする訳にもいかないだろう。

 張本人である雫のヤツはまだ気を失ったままで助けを望めやしない。


「で、言い訳、聞かせて貰えるんやろうな?」


 後始末の先陣を切ったのは、羽子のヤツだった。


 それから後は……もう語るのも嫌になるほどの拷問だった。

 羽子に詰られ、レキに責められ、亜由美に蹴とばされ結に絞められ、光に揺さぶられ、雷香に電撃を喰らい……

 事情を理解しているらしきおっぱい様が仲裁に入ったのは、それぞれの少女がある程度気が済んだ頃だったのである。


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