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第十章 第一話


 ──思い出せ。


 クラスメイトの一方的な敗北を目にした翌日の早朝。

 またしても俺は屋上でダンスを踊っていた。

 ……いや。

 今日の俺の動きを見てダンスと思う人間なんて、誰もいやしないだろう。


 ──思い出せ。


 右に、左に、前に、後ろに。

 俺は重心を一切変えることのないまま、ステップによる高速移動を繰り返す。

 重心をズラすことないままだから両の腕はいつでも攻撃に移れる。

 動きの兆しを出さないから、対戦相手はいつ動いたかさえ分からない。

 ……言わば達人の動作とも言うべきそんな動きを、何度も何度も。


 ──思い出せっ!


 勿論、ただの高校生でしかない俺に、その道を数十年も歩んだ人間のみが可能だという、『無拍子』とも呼ばれるその動きなんて、出来る筈もない。

筈はないが……それでも俺の記憶の中では曾祖父がそんな動きを見せていた。

 まるでテレポートのように突如として姿を消し、まるで加速装置を使ったかのように凄まじい速度で動き、まるで何らかの超能力を使ったかのように防御をすり抜け、まるで魂を直接殴られたかのように身体の芯に衝撃を与える……そんな動きを。


 ──今の俺では、芦屋颯には勝てない。


 俺は歯噛みしながらも、その事実を認める。

 ……そう。

 無能力者でしかない俺がどう頑張っても……芦屋颯に勝つ術が見当たらない。


 ──だけど、曾祖父なら話は別だ。


 俺に武術を叩き込んでくれた、あの曾祖父ならば……芦屋颯がステップの最初の一歩を踏むその一瞬で、あっさりと勝負を決めているだろう。

 それほどまでに、曾祖父の古武術というのは凄まじかった。

 ……少なくとも、俺の記憶の中では。

 だから、勝てる。


 ──俺には無理でも、曾祖父ならば。

 ──万全ではなくても、五割の力が出せるのならば。


 だからこそ、俺は今、この特訓を積んでいる。

 俺を曾祖父のレベルにまで叩き上げる……万全の曾祖父は無理でも、五割くらいの曾祖父を目指すために。

 言わば究極の模倣とも言うべき訓練である。

 とは言え……


「く、そっ」


 疲労によって足がもつれた俺は、そのまま屋上の床へと倒れ込み。

 苛立ちを誤魔化すかのように毒づく。

 ……当たり前ではあるが、未熟者の俺なんかに曾祖父の真似事なんて出来る筈もない。

 最盛期の俺ですら、その実力の片鱗すら窺えないほどの、圧倒的な実力差があったのだ。


 ──ちょっとずつ、昔の俺に戻ってきている感覚はあるんだが……


 しかし、その程度では到底勝てない。

 ……あの芦屋颯という化け物には。

 だけど。


 ──勝ったところで、どうなるのだろう?


 疲労と苛立ちに侵食された俺の脳は、そんなネガティブな思考に捉われていた。

 次の対戦相手は雫である。

 その次にはA組の女子……『衝撃咆哮(バウンドボイス)』の澤香蘇音に『火炎球(ファイアーボール)』の穂邑珠子。

 そして、羽子を倒せば、ようやく芦屋颯である。

 が、彼女も序列はまだ十一位でしかないのが現実だった。

 例え彼女を倒したとしても……


 ──また次の化け物と戦わされるだけ、か。


 戦いの連続、戦って戦って戦い抜いて、それでも待っているのが次の戦いの……無間地獄とも言うべきこの状況に、俺は疲れ切っていたのかもしれない。


 ──あと四人に勝てば、もう十二位だ。

 ──そこまで上がったのなら、あとはテスト勉強をちょっと頑張れば済む話だろう?


 某黒目の女海賊のネガティブ幽霊に打撃を喰らったかのように、そんな思考ばかりが脳裏に浮かぶ。

 麦わら海賊の狙撃手じゃない俺には、そのネガティブ思考に耐えられない。


 ──あの芦屋颯なんて化け物と戦う必要なんて、何処にある?


 疲労によってマイナス方向へ加速し始めた思考は止まらない。

 戦うための動機すら失ってしまった俺は、力なく横たわったまま、何も出来ずに大きくため息を吐いた。

 ……その時、だった。


「ぁっ!

 たぁっ!」


 幽かに。

 本当に幽かにだが、俺の耳へとそんな声が転がり込んでくる。

 また舞斗のヤツかと思って俺が屋上から下を覗くと……


「……あいつら」


 眼下の光景に、俺は思わずそう呟いていた。

 そこには、羽子のヤツが……昨日喰らったダメージで、まだ身体も万全ではないだろう羽子のヤツが、走り回っていた。

 奥の方で氷の短剣らしきものを投げまわっているのは、俺が次に戦うだろう雫で。

 巨大な石の腕を振り回しているのはレキ、だろうか。

 三人娘から少し離れた場所では、舞斗のヤツが今日も剣を手に素振りを始めているところだった。


「……畜生」


 その光景に、俺は思わずそう吐き捨てる。

 俺を師と呼ぶ彼女たちが、俺を兄貴と呼ぶ舞斗が……アイツらがああして強さを求めて頑張っているのに……肝心の俺が挫けるなんて、許されるだろうか?

 ……許される、訳がない。

 例え誰かが許したとしても、俺自身がそれを許さないだろう。


「ああ、畜生。

 ……負けられ、ねぇじゃねぇか」


 諦めるという、一番簡単な筈の逃げ道を、あの四人によって塞がれてしまった俺は、そう呟くと大きく息を吐き出す。

 ……無力感、倦怠、疲労、弱気など、そういうネガティブなものも一緒に吐き出すかのように。

 そして、特訓の続きをするべく、もう一度構え直す。

 ……まだ、朝食が始まる時間まで、若干の余裕があるのだから。



 その日の放課後。

 俺は誰に言われた訳でもないまま、便所を済ませ、軽く口内をゆすいで身体を整え……体育館へと向かう。


 ──予感があった。


 授業中、休み時間中、そして昼休みの間にも。

 延々と『彼女』から送られてくるラブコールが、俺をそうさせていたのだろう。

 制服姿のままの俺は、毎朝教室のドアを開くほどの気安さで体育館のドアを開く。

 ガラガラガラという軽い音と共に築一年の、まだ新築と言っても過言ではないそのドアは抵抗なく開き。

 その直後、十を軽く超える視線が俺に向けて放たれる。

 羽子、レキ、亜由美、おっぱい様、結、雷香、光、委員長。

 視線を放っている訳ではないマネキン先生と、奈美ちゃんも立っていて、どうやらこの戦いにB組の全員が揃っているらしい。


「……思ったよりも遅かったですわね」


 そして、その眼前には。

 白装束に身を包んだ、雫の姿があった。

 何故か、額には鉢巻きを結び、両肩には襷をかけ……まるで戦国ドラマなどの、決死の覚悟を決めた奥方のような恰好をしている。


「その、恰好は?」


「師匠に合わせてみました。

 ここ一番という、恰好なのでしょう?」


 そう笑う雫の視線を辿ってみると、慌てて着替えたらしき制服が体育館の片隅に転がっていた。


 ──そりゃ、そうだ。


 俺がここへ来るまでに寄り道したのは、小のトイレと口をゆすぐ程度。

 その間に着替えたのだから……熱湯コマーシャルも驚きの速度で着替える必要があった筈である。

 ……だから、だろう。

 スカートの上に水色の……小さな布切れが転がっていたのは。


 ──って、ちょっと待て!


 和服というものを根本から誤解している外国人みたいなその『行動』に、俺は慌てて雫を問い詰めようと口を開く。


「ちょ、ちょっと待て!

 おいっ!」


 ……だけど。


「これ以上は、もう待てませんわ。

 早く始めましょう?」


 もう雫の中では戦闘態勢は整ってしまっているらしい。

 彼女はそう笑うと……右手に短槍を、左手に氷の盾を出現させ、俺に向かって構える。

 それが合図だったらしい。


「では、序列十四位決定戦。

 雨野雫VS佐藤和人、始めっ!」


 直後、マネキン教師の戦闘を開始する叫びが体育館中に響き渡る。



 その合図に俺は、腰を軽く落としながら雫を見据える。

 俺の眼前で彼女は若干左半身になり、その手に持った氷で出来たティンベーと呼ばれる丸盾で身を守りつつ、右手にはローチンと呼ばれる形状の短槍を持ち、いつでも突き刺せるような構えを取っている。


 ──意外と、攻めにくいぞ、コレ。


 ゆっくりと右へ回りつつも、俺は突撃のタイミングを掴めずにいた。

 彼女が手に持っているのが氷の槍……刃物であることも俺を躊躇させる一因であった。

 だけど……それよりもあの盾が鬱陶しい。

 どっかの空手団体じゃあるまいし、氷を殴って叩き割るような稽古を積んだ経験もない俺は、アレを突破する手段が見当たらないのだ。

 回り込もうにも……あの盾はさほど重さを感じないらしく、雫の細腕でも扱いに苦労している様子はない。

 そうして俺が雫の周りを90度ほど回った、その時だった。


「では、行きますわっ!」


 雫がそう叫んだかと思うと、突如として右手の槍を投げつけてきやがったっ!


「~~~っ?」


 てっきり雫のヤツは、あの氷の盾で身を守るというガード主体のカウンター戦法……言わば待ちガイルのような戦法を取って来ると思っていた俺は、その突然の攻撃に一瞬だけ反応が遅れる。

 だが、遅れたと言っても所詮は素人。

 雫の細腕で放たれた投擲なんて、そう怖いものではない。

 ……単発、ならば。

 槍を躱した俺の眼前に……気付けば氷で作られた盾が迫って来ているっ!


 ──完全に虚を突かれた短槍の一撃を、何とか躱した直後である。


 その気の緩みを完全に狙われていた。


「ぐ、くっ?」


 その氷の盾を、俺は両腕で弾き飛ばすだけで精一杯だった。

 ……いや、弾いただけでも僥倖だろう。

 今のは敵ながら絶妙なタイミングの一撃だった。

 俺の反応があとコンマ一秒でも遅かったら……あの氷の鈍器を顔面で受け止めることになっていたとしても不思議ではない。

 ……だけど。

 雫の攻撃はその二段構えで終わりではなかったのだ。

 いつの間に作ったのか、彼女の右手のそれぞれの指に、四本の氷で作られた短剣が握られていて……

 彼女は今まさに、それを振りかぶっているところだった。


「うぉおおおおおおおおっ!」


 特に何処を狙うということもなく、大雑把に放たれたその四本の短剣を前に、俺は恥も外聞もなく床へと身体を投げ出す。

 ……紙一重で避けて反撃とか、体勢を崩さないように防ぐとか……そんなことを考える余裕なんて欠片もない。

 刺されば一撃で戦闘不能間違いないという刃物が、一度に四本。

 しかも両腕が痺れている上に、特定の部位を狙った訳でもない、ただ適当に放り投げた刃物がこちらへ飛んできているのだ。

 視線から軌道を読むことも出来ず、腕で弾くことも儘ならなかった俺は、ただ必死に身体を投げ出して身の安全を図るだけで背一杯だったのだ。

 そのお蔭で……放たれた四本の短剣は俺の身体に触れることもなく、虚空を切り裂き……


「おわっ、今の、マジでヤバかったわ」


「……死ぬかと思った」


 背後にいた羽子とレキに『刺さって』いた。

 ……文字通り。

 とは言え、羽子はエア・ジャケットか何かで短剣を受け止めたらしく、その短剣は羽子の眼前の空間に刺さっていたし……

 レキはモロに短剣が腹に刺さっているんだが、血も出てないし痛がってもないところを見ると……アレは恐らく石で出来た鎧でも着込んでいるのだろう。

 身を守る術のない、国宝として扱っても過不足ないおっぱい様の方へは飛んでいってないようで、俺は安堵のため息を吐く。

 ……しかしながら。


「ててっ。

 ……畜生、いきなり無茶苦茶しやがる」


 身体を起こしながら俺はそうぼやいていた。

 いきなりの連続攻撃を無茶な体勢で何とか回避した俺は、思いっきり床に身体を打ちつけていて素早く起き上がることも叶わず……盾と短槍を投げ捨てた無防備極まりない雫に攻め込むことも出来やしない。

 そんな俺が身体を起こしている間にも、雫の右手には短槍が、左手には盾が形作られている。

 ……これでまた振り出しに戻ったという訳だ。


「……さっきのでも、無傷ですか」


 だが、収穫がなかった訳じゃない。

 雫はその額に汗を浮かべ、少し辛そうな表情を浮かべている。


 ──スタミナ不足、か。


 彼女の様子を見た俺は、すぐにその原因を見抜く。

 雫のヤツは水を生み出す能力を有し、それを凍らせたり温めたり形状を変えたりと、超能力をかなり複雑に操作できるらしいのだが……生憎とその能力の持続力が致命的なほどに少なかった。


 ──なら、もうあの手の攻撃は出来ないだろう。


 早い話が、さっきのアレは短期決戦のためのなりふり構わぬ特攻だったのだ。

 長期戦になれば不利だと悟っていた雫が、一瞬で決めようと全力で全ての力を使い攻め込んできた、言うならば開始間際のラストスパート。

 ……確かに狙いは悪くないだろう。

 戦闘経験では俺の方が圧倒的に上、しかも接近戦も古武術というアドバンテージがある分、俺の方が有。

 ……そう考えた彼女が飛び道具による短期決戦を選択するのは別段不思議でもなんでもない。

 そもそも水を生み出す超能力を持つ雫ではあるが、その能力はあまり戦闘の役に立つとは思えないものなのだから。


 ──災害時とか砂漠での活動なんかじゃ、あの能力はもの凄く有意義なんだけどな。


 ……まぁ、そんなことを言い始めたら、俺の古武術なんて日常生活では何の役にも立たない、無用の長物そのものなのだが。

 そんなことを考えつつも、俺は息を軽く吐き出し……構える。

 対する雫は、氷の盾と短槍を構えたまま動かない。

 俺が最初に推測した通り、待つ戦法を選んだのだろう。

 ……だけど。


 ──甘い。


 半透明の盾によりガードしつつこちらの動きが見え、しかも超能力で作られた短槍だから重さをあまり感じることなく操れる。

 それほど雫にとって有利な条件が揃っていながら、この戦い、俺は負ける気が全くしなかった。

 近接格闘で戦うに限り……武術を学んだ者と学んでいない者の間には、それほどまでに決定的な差が広がっている。


 ……だからこそこの戦い、残りはもう雫の抵抗を抑え込むだけの消化試合になるだろう。


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