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第八章 第三話


「では、序列十六位戦、始めっ!」


 マネキン教師の声が響き渡っても、レキは微動だにしなかった。

 ただその巨大な石の剣を肩に担いだまま、俺の出方を窺っているらしい。

 防御主体の古武術を使う俺としては、動かないレキに出鼻をくじかれた形となってしまった訳だ。


「さて、と」


 だが、こうして見合っていても始まらない。

 俺は無雑作にレキに近寄る。

 今までの対戦で見切っていた、レキが扱う大剣の間合いギリギリのところまで。


「……えいっ!」


 その直後。

 近づこうとする俺を牽制するかのように、レキは石の大剣を大きく振るっていた。


「──よしっ」


 ……速度、タイミング、間合い。

 それらの全て、俺が今までの試合で見切った予想通りだった。

 レキの大剣は風切り音を唸らせながら、俺の眼前数センチのところを通り過ぎていく。

 当たらないと予想した通りの場所を、しっかりと見切れる速度で、だ。


 ──これならば躱せる。

 ──これならば大振りした直後の隙へ飛び込んで、あの大剣を無効化できる。


 そう。

 ……今ならば。

 そう直感した瞬間、俺は体育館の床を踏み砕くほど強く蹴り、身体を前傾させると、レキ目がけて突進をかける。


 ──だと言うのに。


 何故か俺と彼女の距離は……開いていた。


「なん……だと?」


 俺は自分の眼を疑い、次に正気を疑っていた。


 ──ありのまま、今起こったことを話すぜ?


 俺はまっすぐレキに向かって突進していたと思ったら、いつの間にか彼女から離れていた。

 何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたか分からない。

 頭がどうにかなりそうだった。

 超スピードだとか催眠術だとか、そんなチャチなものじゃ断じてねぇ。


 ──もっと恐ろしいモノの片鱗を味わったぜ。


「……アホ」


 混乱している俺の脳内に突っ込みを入れて下さったのは、外野からこの試合を見物していた数寄屋奈々だろう。

 背後から静かに告げられたその声に俺は現実逃避を止め、目の前のレキに向き直る。

 ……その時だった。


「何やってるんだ、和人~~。

 逃げてどうする~~っ!」


 そんな亜由美の叫びが耳に入った俺は、ようやく何が起こったかを理解する。


 ──知らず知らずの内に、俺は逃げたのだ。


 ……あの、巨大な石の剣から。


「……ギブアップ、するの?」


「うっ……ぐっ」


 俺の脅えを見抜いたレキによる挑発に、俺は歯噛みする。

 だが、身体の奥底に根付いたこの恐怖という感情はどうしようもなかった。


 ──改めて対峙してみると、こうも凄まじいのか。


 こうして向けられる立場になると分かる。

 ……レキが担いでいるのはただ剣の形をした石などではない。


 ──これは質量と言う名の……圧倒的な脅威そのものだ。


 直撃すれば、骨が折れるじゃ済まないだろう。

 受け止めるなんて……考えすら浮かばない。

 学んだ武術を使って避けようにも……その全てを無視して突っ切って来るような、そんな圧迫感まで感じられる。

 だから俺は、俺の身体は……逃げたのだ。


 ──勝てないと、判断したからこそ。


「……なら、私から」


 かかって来ない俺を不審に思ったのだろう。

 いや、このままでは埒が明かないと判断したのか。

 レキが正面から突進してきたかと思うと、その巨大な大剣を大きく振るう。


「───っ?」


 その一撃を、俺は軽々と避ける。

 ……そう。


 ──軌道は見えている。

 ──速度は掴めている。 

 ──タイミングも読めている。


 ……だけど。

 俺の身体は、どうしても前へと踏み込めない。

 レキとの距離を詰め大剣を封じれば、安全になると言うのに、身体が命令を受け付けないのだ。

 逃げる俺目がけて、レキが振るう石の大剣はまるで焦れているかのように襲い掛かる。

 その全ての打撃を、俺は大きく距離を取りながらも、何とか躱し続けていた。

 躱し続けながらも、焦りを隠せない。


 ──このままじゃ、ヤバい。


 俺のスタミナも永久に続く訳じゃない。

 レキの超能力もどれだけ保つかは分からないが……そんな先の見えない根気比べを挑むには少しばかり分が悪いだろう。


 ──だったら、突っ込むしかない、んだけど。


 身体は未だに恐怖を拭えない。

 強張ったままの身体でこのまま突っ込んでも、あの凄まじい一撃を喰らって一撃でKOされてしまうだろう。

 完全に手詰まりの状況に、俺の心が一瞬萎えかけた……その時だった。


【がんばれっ!】


 突然そんな……耳元で突然囁かれたような声が、俺の脳裏へと走る。

 その声に聞き覚えはなかった。

 なかったけれど……まるで何かに導かれるかのように、背後を振り向いてしまう。

 ……戦闘中にも関わらず、眼前には俺を一撃で屠りかねない巨大な大剣を振るうレキが迫っているにも関わらず、だ。

 だけど。


 ──振り向いた甲斐は、あった。


 振り向いた俺の視線の先には、毎日のように拝んでも慣れない、未だに神々しい質量と弾力と曲線と高貴さと優雅さと偉大さを見せつけている、凄まじいG級のおっぱい様がおられたのである。


 ──ああ、そうだった。


 その圧倒的な質量に、俺は我を取り戻す。

 振り向いた先には巨大な大剣が迫っていたが、それを予想していた俺はその一撃を避けると……


「っしゃぁっ!」


 某機動戦士のコマーシャル入りみたいな奇声を上げ、気合を入れ直す。


「……何が、あったの?」


 一瞬で俺の眼から恐怖が消えたのを、レキは訝しげな視線で見つめてくる。


「ふふ。

 ……乳神様のお告げがあったのさ」


「……恐怖で血迷ったのね」


 韜晦するかのような俺の答えを、レキは真実とは受け取らなかったらしい。

 そのまま止めを刺そうと、俺に向けてその巨大な剣を振り下ろし……


「甘いっ!」


 だが、生憎と……今の俺にその大剣は通じない。

 タイミング、速度、間合い。

 全てを見切った俺は、サイドステップであっさりと大剣を避けると、そのまま彼女の腕を掴むと逆に捻り、石の剣を強引に手放させる。

 そのまま俺はお告げに導かれるがまま、予備動作なしに体を入れ替えると、そのがら空きのBサイズの胸部に向かって手を刺しのばそうと……


「……くっ?」


 それでも、レキはまだ勝負を捨てようとはしなかった。

 右腕を捻られながらも、左手で石の三節棍を振るってくる。


「っとと」


 勿論、今の俺にそんなのが通用するハズもなく、バストへと向けた右手の軌道を変えることで、その三節棍を俺はあっさりと手のひらで受け止めてみせる。

 尤も、ガードするために手を離した所為で、レキは俺から離れて行ってしまったが。


「……いきなり、何が起こったの?」


「だから、言ったじゃないか。

 乳神様のお告げがあった、とな」


 右手の感覚を確かめながらのレキの言葉に、俺は肩を竦めて先ほどと同じ言葉を口にする。

 ……そう。

 俺は別に嘘を言っている訳ではない。


 ──乳語翻訳《パイリン○ル》


 俺の新たな技を名づけるなら、そう名付けるべきだろうか?

 尤も、某ハーレム王を目指す転生悪魔のように、俺は女性の胸の内が聞ける訳じゃない。


 ──俺が読んだのはおっぱいの揺れ、張り、形。

 ──乳房という名の脂肪を支える、その直下の筋肉の動きである。


 既存の格闘術で語るならば、聴剄という中国拳法の技に近いだろう。

 ……いや、もうこれは俺のオリジナル。


 ──強いて言うならば『乳剄』って名前でも良いかもしれない。


 これはBというサイズを有する、若干ながらも身体の動きに合わせて『揺れる』レキ相手だからこそ出来た芸当だった。

 そうしておっぱいの揺れ張り形を見つめるのに必死だからこそ、巨大な石の大剣が迫りくる恐怖から、俺は逃れることが出来たのだから。


「……最低」


 さっきの一連の動きで俺の真正面に位置するようになったおっっぱい様が、左右に振れた首に連動してたわわに弾んでいる。

 その動きに一瞬気を取られた俺だったが、生憎と今はそれどころじゃない。

 俺はレキを、いやその胸部にあるBをまっすぐに見つめると、両手を上げて構える。

 一切の隙を見せないように、そして相手の筋肉の動き一つさえも見落とさない集中力をもって、ジリジリとBとの距離を詰めていく。

 ……油断はしない。

 例えレキが虎の子の大剣を失ったとしても、まだ三節棍を始めとする幾つかの凶器を持っているに違いないのだ。

 そうして俺が少しずつ距離を詰め、レキが気圧されたかのようにジリジリと下がる。

 さっきまでと逆の展開になった、その時だった。


「……この戦いは、負け、ね」


 レキが突然、某ブランドモノバッグと同名のMAに乗るニュータイプみたいな声を上げたかと思うと……

 両手から二つの三節棍を取り出し、そのまま床へと投げ落とす。

 そして懐から石で出来た流星錘、ブーメラン、黒曜石のナイフと幾つもの武器を取り出しては手放すのを繰り返すのだ。


「……どういう、つもりだ?」


 その降参としか思えない態度に、思わず俺はレキに向かって意図を尋ねていた。

 何しろ……レキのその眼は、戦いを放棄した人間が放つとは思えないほど、好戦的で自信に溢れた光を放っていたのだ

 ……どう見ても、戦いを放棄したようには思えない。


「どういう、つもりだ?」


「……もし」


 俺の問いに返ってきたのは、そんな仮定の言葉だった。


「……もし許してくれるなら」


 レキは自信満々の表情でBほどしかない胸を突き出しながら、堂々とそう問いかけてきた。


「……一度外へ出る。

 ……そうすれば、絶対に負けない」


 それは、口下手なレキにとっての精いっぱいの挑発なのだろう。

 ……『自分の超能力で俺を倒せる』という絶対の自信があるからこその。

 そして、俺がそれを呑むと分かっているからこそ……いや、さっきから好奇心一杯の視線を注いでいるB組の面々によって、俺がそれを呑まざるを得ない空気を醸し出すと分かっているからこそ……

 彼女はこうして逃げも隠れもせず、手の内を全て曝け出し、「挑発」という手段に出やがったのだ。


「……今なら、私は無防備」


 レキは挑発を重ねるようにそう笑う。

 両手を軽く振りながら、何の武器も持ってないことをアピールしつつ。

 正直な話、Gサイズの至宝と比べると如何にもボリューム不足なそのBであっても、こうして至近距離で誘惑するように見せつけられると、その胸に飛び込みたい気持ちでいっぱいの俺だったのだが。

 ……だけど、ここでソレは流石に出来ない。


 ──何しろここは人目がある。

 ──周囲には一か月以上育んだ友情がある。


 そして何より……B程度で理性を失うようでは、これから先、あのG級おっぱい様を直視できなくなるが故に。


「……ああ。

 挑発に乗ってやるよ」


 だから、俺はそう告げると、一休みとばかりに座り込む。


「……後悔、させてあげるから」


 座り込んだ俺に向かって、レキは挑発的にそう告げると……体育館から外へと出て行ったのだった。




 ──ズシンッ!


 ……そして。

 俺は彼女の言葉通り、思いっきり後悔することになってしまっていた。


「何なんだよ、それはっ!」


 体育館から入ってきたレキを見た俺の叫びを咎める者は誰一人としていなかった。

 何しろB組の誰もが……俺と同じく、驚愕に目を見開いていたのだから。


 ──ズシンッ!


 彼女が歩くたびに、いや、彼女の『乗り物』が動くたびに轟音が体育館中に響き渡る。

 ……それもそのハズだ。

 今のレキの体重は、『乗り物』を含めると……恐らく1t近いだろう。


「何なんだよ、それはっ?」


 答えないレキに向かって、俺は再び叫んでいた。

 いや、叫ぶことによって身体の奥底から湧き上がる『この理不尽な存在』への恐怖を必死に発散させていただけに過ぎなかった。

 それほどまでに、今のレキの姿は……洒落になっていなかったのだ。


「……ストーンゴーレム」


 レキは若干辛そうな声で、そう答える。

 ……そう。

 彼女が載っているのは、三メートルほどの石で出来た人間型のナニカだった。

 何しろ『ソレ』は……石で出来た太い二本の脚に、不恰好なまでに石の大きな腕が二つ、生えていたのだから。


 ──人間型……と言うよりは、二本脚の重機か。


 それらの関節を結んでいるのは、やっぱりレキが操っている石、なのだろう。

 複雑に絡み合い、何が何やら分からないまでに幾つもの石を絡み合わせた『ソレ』は、もはや石のゴーレムというよりは、石で出来たロボットという有様で。

 ……外観だけを言うならば、コロニー建造用のモ○ルワーカーという感じだった。

 その胴にくりぬかれた穴にレキが入り込み、ロボットの頭部のようにその石の人形を動かしている……らしい。


 ──そんなの、ありかよ。


 呆気に取られた俺は……戦いの最中だといういのに、その人間よりも遥かに大きな石の塊を、ただ呆然と見つめることしか出来なかった。


「……くっ」


 だが、俺の現実逃避は、ゴーレムの右腕によってあっさりと破壊されてしまう。

 レキがその巨大な石の拳を振るってきたのだ。

 その拳はレキの大剣と同じく……そう速い訳ではない。

 ……だけど。


 ──くそ、動けっ!

 ──俺の身体よ、何故、動かんっ!


 まるで木星帰りの天才みたいな叫びを上げつつも、俺は慌てふためいていた。

 ……迫りくる拳は見えている。

 なのに、足がスネアの魔法でも使われたかのように、床に張り付いて動かないのだ。


 ──俺の脚を縛っていたのは、まぎれもなく恐怖という感情。


 石の大剣の時はおっぱいを、おっぱいを支える筋肉を眺めていたからこそ、大剣の恐怖を意識せずに済んだ。

 しかし、今の俺は……


 ──この拳を防ぐ術がないっ!


 そのまままっすぐに迫ってくる巨大な拳を、俺はなす術もなく見つめていた。


 ──おわっ、た。


 「アレに当たれば痛いんだろうな~」とか、「期末試験をどうしよう」とか、取り留めのない言葉の羅列が俺の脳裏に浮かんでは消えていく。

 ……まるで、走馬灯のように。

 だけど……その拳は、俺を捉えることはなかった。


「……え?」


 そう呟いたのはレキだったが、彼女が声に出さなければ俺が同じ言葉を呟いていただろう。

 俺は諦めていたのに。

 俺は挫けていたのに。

 ……恐怖に萎えていたハズの俺の身体は。


 ──まだ諦めていなかったのだ。


 迫りくる拳を前に、右足を半歩引いて身体を半身に構え、上体を残したまま左足を内股に傾げつつ身体の後ろ外へと置く。

 その直後に左足へと重心を移動させ、迫りくる拳から一気に上体を躱す。

 その動き自体は初歩的な運足だったが……全身の力を抜いていた所為か、今の鈍り切った俺じゃなく、曾祖父に鍛えられていた頃の最盛期の動きである。

 格闘技を知らないレキから見れば、突然消えたと思っても仕方ないだろう。


 ──そうかっ!


 よくよく考えてみれば、ストーンゴーレムだろうとモビルワー○ーだろうと人型をしているのに違いはない。

 である以上、その動き自体はガタイの大きな人間のそれと大差なく。


 ──人間相手の技だろうと十分に通用するということだ!


 そして俺の目の前にあるのは……標的を見失いがら空きの右サイド!


「今っ!」


 レキ本体を狙おうにも高くて狙えない。

 そういう場合のセオリーとして、俺はレキの操るゴーレムの膝の裏目がけて、渾身の蹴りを放つ。

 こうすれば、膝が落ちて頭部を狙えるっ!


 ──ガツッ!


 ……ハズ、だったんだが。


「いってぇっっ!」


 渾身の蹴りがあっさりと硬質な感触に弾かれ、俺はその激痛に叫ぶしかない。

 ……そう。

 調子に乗って蹴りを放ったのは良いんだが、レキの操っているのは石で出来た人形だ。

 関節の造りは人間と非常に似ているようでも……所詮は石造りの人形。

 人間と同じようにひざ裏を狙えば転んでくれると思ったのが間違いだった。


「ちぃっ!」


 レキがゆっくりと振り返ってくるのを見て、俺は慌てて彼女から距離を取る。


 ──何を、どうすりゃ良いんだ、こんなの。


 再度構えようとした俺は、そう考えて固まってしまう。

 その腕は、街に攻めてきた3メートル級の巨人くらいの大きさがあるのだ。

 はっきり言って立体機動装置もない俺に、太刀打ちできる相手ではない。


 ──体重が違う。

 ──硬度が違う。

 ──関節の造りが違う。


 投げ技、打撃技、関節技……古武術で培ってきた全ての攻撃技術が通じないだろう。


「……まだ抵抗する?」


「ふざけんなよ、お前っ!

 こんなの、どうしろってんだ!」


 俺は叫ぶ。

 いや、叫ぶしかない。

 ……もはや手も足も出ないのが分かり切っているから。


「……後悔した?」


「ああ。

 こんな隠し玉があるんだったら、とっととトドメ刺すべきだったな」


 レキの言葉に、俺は一も二もなく頷いていた。


 ──もう恥も外聞もない。


 ……どう足掻いても勝てないのは分かり切っている。

 モビル○ーツを強奪した少年が「一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやろうか」と笑いながら叫んでいたが……


 ──確かにどう足掻いても人間はモ○ルスーツには勝てない。


 まさに、そういう世界の話なのだ。

 ……東の方で不敗の人とか、ああいう例外を除けば、だけど。


「……なら、良かった」


 そうして半ば諦めかかった俺を見下ろしたレキは、そう微笑むと。

 ふわっと、その小さな身体を傾がせ……

 石の巨人ごと、床へと崩れ落ちる。


「────あ?」


 その光景を眼前で見せつけられていながらも、俺は自分の眼が信じられなかった。

 あれだけ絶望的で、あれだけ圧倒的な超能力を使いこなしたレキが、急に崩れ落ちたのだから。

 絶望的な戦いのまま何ターンも諦めきれずに耐えていたら、突然アポ□ンが崩れ落ちたような、初見でそんな体験を受けた気分なのだ。

 ……まさに「何が何だか分からない」というヤツだ。

 ただ、可能な限り推測するとしたら……


「どうやら、ガス欠、みたいね」


 俺が答えを導き出す前にそう呟いたのは、亜由美のヤツだった。

 ……恐らく、超能力を使い慣れている分、俺よりもその答えに至るのが早かったのだろう。

 ……そう。

 恐らく……レキは無茶をしたのだ。

 俺の度肝を抜くためだけに、勝ちを捨て策を捨て武器を捨て……


 ──たった一撃に全てを賭けたのだ。


 そこまで無茶をしたレキの必殺技は、確かに俺の度肝を抜いていた。

 ……正直、負けを認めざるを得ないほどに。

 その事実に俺は息を静かに吐き出すと、勝利宣言する余裕もないまま、その場に腰を落とす。

 以前、奈美ちゃんと戦ってさえいなければ、「生まれて初めて立ち合いというものに、超能力者というものに畏怖した……」って台詞を語ってやっても良かったんだが、正直、今の俺にはそんな余力すら残っていない有様だし。


「えっと。この序列者の勝者……佐藤和人!」


 マネキン教師がそう叫んでいるのが聞こえたが……俺にはもう、指一本を動かす余力すらない。

 ただ序列戦が本当に終わったことに、大きく安堵の息を吐き出しただけだった。


「和人! 今の動きはっ!」


「私と戦ったときとはまるで違っていました。

 あんな動きが出来るのでしたら……」


「二人とも、本当に凄いよねっ!」


 さっきまでギャラリーをやっていたB組の面々が騒ぐのを横目に見つつ……俺は一つの事実に気付き、愕然としていた。

 そう。

 ……今日の序列戦は、まだ十六位でしかない、という事実に。


 ──だったら……残る十五人は、一体どれほどの……


 俺はこれから始まる後半戦に思いを馳せると……その険しい道のりに最後の気力を奪われ……


 重力に抗う気力すらなくした俺は、そのまま床に大の字で倒れ込んだのだった。


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