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第六章 第二話


「さて、次はあたしたちの番やな?」


「……分かってる」


 俺の戦いが終わった途端に、戦場へと歩き出したのは二人の少女だった。

 序列十六位の扇羽子と序列十五位の石井レキ。

 同じB組同士の、そして友人同士の序列戦。

 だけど、二人の間には友情の欠片も感じられず……代わりに真剣にぶつかり合う者同士が放つ、殺気にも似た緊張感が漂っていた。

 B組の面々はその意味をよく知っているらしく、さっきからざわめき一つ上げようとせずに二人を見守る。


「じゃ、始めよっか?」


「……いつでも、良い」


 二人はただ一言そう言葉を交わすと、構える。

 羽子は自分の能力に絶対的な自信を持っているらしく、少し全体を右に傾け、両手を胸の前へと突き出す構え……手技を中心とした「触れるだけ」という攻撃主体の構え。

 対するレキはあの巨大な石の大剣を背負った、これまた攻撃主体の構え。

 二人はそのまま睨み合うと、マネキン教師が手を上げた瞬間に跳びかかれるような、そんな体勢を取っていた。

 そうして、二人の圧力に圧されたかのようにマネキンが右手を……


「あ、ちょっと待った」


 その流れに水を差したのは俺だった。


「ちょい師匠。

 幾らなんでも今のは……」


「……空気、読んで」


 実際に非難の声を出したのは序列戦を控えた二人だったが、周囲の視線は完璧に俺を悪者としているらしく、俺は完全に悪者である。

 針のむしろとはこのことを言うのだろう。


「まぁ、ちょっと、な」


 俺はそのB組全員の非難の視線に肩を一つ竦めると……


「こいつらにも、この戦いは見せてやりたくってな」


 そう呟きながら、未だに意識を取り戻さないA組の少女たちへと歩み寄る。


「……な、に、を……」


 ただ一人、脳震盪を起こしただけで意識を保っていた古森合歓が上半身を起こしながら警戒した声を上げるが、俺は取り合わず……


「よっと」


 気を失ったままの二人の頬を引っ叩く。


「お、おい~~っ!」


 古森合歓が慌てた声を上げるが、知ったことか。

 そもそも針木沙帆に対してはそれほど強い打撃を加えた訳じゃないし、遠野彩子に至っては自分の能力を使い過ぎてブレーカーが落ちた程度だ。

 俺の数度のビンタであっさりと二人は目を覚ましていた。


「て、てめぇっ!」


「くそ、不覚を……」


 幸いにして二人は意識を取り戻した途端に敗北を受け入れてくれたらしい。

 自分たちの不甲斐なさに歯噛みする二人に俺は背を向けると……


「……お前たち、強くなりたいなら、この勝負を見ておけ。

 お前らよりPSY指数の低い二人が、どういう戦い方をするかをな」


 せめてものアドバイスとばかりに、そう告げていた。


「なっ?」


「お前、それは……」


「一体、どういうつもりだ?」


 A組女子たちの問いかけを無視した俺は、そのままいつもの定位置……うちのクラスの最強にして最高のおっぱいを真正面に捉えられる位置に立つ。


「待たせたな」


 どんな理由であれ二人の勝負に水を差したことに若干ながら罪悪感のあった俺は、軽く手を上げてそう詫びる。

 だけど、当の二人が浮かべている表情からは、怒りを欠片も感じない。


「いや、そういうことなら別に異論はないわ」


「……褒められた」


 逆に、そう言って笑みを浮かべている始末なのだ。


 ──何というか、薄気味悪い。


 というのが、俺の正直な感想だった。

 俺としてはただ素直に、思ったことを正喰に伝えただけに過ぎないのだが。


「では、序列十五位争奪戦、始めます!」


 二人の気迫に影響されたのか、マネキン教師が珍しく気合の入った号令を上げる。

 ……だけど。

 この場の誰よりもこの序列戦に入れ込んでいた筈の二人は……そのまま見つめ合って動かない。

 そんな二人の睨み合いを最初に崩したのは、羽子の声だった。


「レキ、分かってるな?」


「……ん。勝った方が上へ行く。」


「ああ。負けた方はその序列で師匠を迎え撃つ。

 あたしら三人の約束、や」


 二人は確認するかのようにそう言葉を交わすと、二人とも息を大きく吸いこみ、そして吐き出す。

 その直後……動いたのは、レキの方だった。


「……てぃっ!」


 声こそ気合が入ってないものの、その横薙ぎに振るわれた石塊の大剣は、まさに殺傷兵器以外の何物でもない。

 凄まじい風切音を上げ、羽子の眼前の空を切る。


「ちっ」


 その凄まじい威力を前にした羽子は、軽く舌打ちをして半歩だけ後ずさる。


「……何よ、あんな凄い一撃でも、当たらなきゃ意味ないじゃない」


 突然、俺の背後からそんな呆れた声が上がる。

 振り向いてみると、A組から来た刺客三人組がいつの間にやら俺の後ろへと並んでいたらしい。


「違うな、間違っているぞ、彩子」


 大きな勘違いをしているらしき彼女の声に、俺はどっかの変な仮面を被ったテロリストの如く、そう告げながら首を横に振っていた。


「あれは、懐へ跳び込もうとした羽子を牽制するための一撃だ。

 当てるための一撃じゃない」


 ついでに、そう解説を交えてやる。


「……牽制?」


 さっき振るわれた横薙ぎの一撃を目の当たりにした針木沙帆が呆然と呟くが、あんな当たらないことが分かっている一撃、牽制以外の何だというのだろう。

 事実、さっきの牽制の一撃によって、羽子は近距離へ飛び込むのを躊躇っている。


 ──ま、キツいわな。


 あの巨大な石塊が圧し掛かってくる圧力は、正直、よほどの胆力がないと耐えられないだろう。

 今呆然と眼前の戦いを眺めている針木沙帆は、あの圧力を前にして何一つ出来ずに敗北したのだから。

 本当の命のやり取り……即ち、実戦経験のない女子高生でしかない羽子に、果たして『この圧力を克服できるかどうか』が、この序列戦の見どころだろう。


「……来ないのなら、こっちから」


 そんな羽子を見たレキは、そう告げると大剣から左手を離し、体操服の中へと手を入れ……何やら長い紐を二本ほど引っ張り出していた。

 紐の先に括りつけられているのは……単一電池ほどの石塊!


「アレは、流星鎚っ!」


「ああ。

 俺と間宮法理との戦いを見て、使えると思ったのだろうな」


 古森合歓の叫びに、俺は頷きを返す。


「……そんな、あっさりと?」


「あの二人は、お前らと違ってパクリ上等だからな。

 強くなるためなら……使えるものは、何でも使えるつもりだろう」


 俺がそう告げる先で、レキの操る二つの流星鎚は妙な軌道を描きながら棒立ちだった羽子へと直撃していた。

 だけど、二つの石塊は羽子に当たる前にあらぬ方向へと弾かれる。


「ははっ。

 その程度、あたしの『エア・ジャケット』にゃ通じやしねぇ」


 レキの小細工を笑う羽子。

 だが、レキはまだまだ小細工を続ける気らしく、流星鎚を引き戻し、振り回し、再び投げつける。

 その二つの石塊の飛ぶ速度はさっきよりも遥かに早かったが……またしても羽子には触れることも出来ず、虚空で跳ねる。


「何、あの動きと速さ……あの娘のPSY指数っておかしくない?」


「まぁ、レキのヤツも石を操作する能力だからな。

 筋力と遠心力と超能力を上手く融合させているんだろう」


「~~~っ?

 ……何よ、それっ!」


 俺としては当たり前のことを……B組の連中と戦っている内に当たり前になったことを口にしただけだったが、A組の彼女たちからすれば、それは当たり前のことではなかったらしい。

 針木沙帆も古森合歓も遠野彩子も、三人揃って初めてゴム人間を見た酒場の連中みたいな顔をしてやがる。

 そんなこと、考えたこともなかったという顔のA組連中に、俺は逆に呆れて軽く肩を竦めた、その時だった。

 さっきまで延々とレキの流星鎚を避けも防ぎもせずに棒立ちのままだった羽子が、突如として前傾姿勢を取ったのだ。


「おっ?」


 と思いきや、レキが突如として流星鎚を操っていた右手を引き上げ、担いだままの大剣の柄を握る。


「……くそっ。

 いける思うたんやけどな」


「……危ない」


 どうやら、羽子が流星鎚を投げつける瞬間の隙を突いて突撃を敢行しようとしたが、レキがそれを見切って大剣を構え直したらしい。


「……こりゃ、長引くな」


 そうして二人の戦いは……羽子は近づけず、レキの攻撃は通用しないという、一種の膠着状態へと陥っていた。


「お前は……この戦いをどう見る?」


 そう尋ねてきたのは彩子だった。

 最もB組を侮っていた筈の彼女の声からは……もう羽子やレキを侮る色は感じられない。

 その心意気を買った、訳でもないが……俺は彼女の問いに素直に答える。


「俺の見る限り……レキ、有利だな」


「……その心は?」


「羽子はあのエア・ジャケットで防御能力に優れている。

 が、攻撃は接近しての一撃必殺しかない」


 事実、羽子は今もレキの放つ流星鎚を無傷のまま弾き返しているものの、近づく機を見出せず焦っているようだった。

 そして羽子が近づこうとあの手この手を弄しながらも遠距離からの攻撃を一切行っていないことこそ、羽子が遠距離攻撃を持っていない証拠でもある。


「逆にレキの方は……あの大剣が当たれば、防御無視で羽子を吹っ飛ばすだろう。

 そしてあの流星鎚がある以上、レキは安全圏から一方的に攻撃が出来る。

 しかも流星鎚が足に絡めば、羽子は機動力も奪われることになるだろう」


 俺が告げる通り、レキの方にはまだ余裕があった。

 大剣を手に羽子を牽制しつつ、流星鎚で羽子のエア・ジャケットを……超能力を徐々に削り続けている。

 ただ、流星鎚で足を奪うという作戦は俺が語るまで気付かなかったらしく、レキは突如として流星鎚で羽子の足を狙い始める。


「師匠~~~っ!

 幾ら乳が大きいからってレキの味方すんなっ!」


 足を掬われるのは、エア・ジャケットでの防御を誇る羽子でも流石に困るらしく、大声で抗議しつつも、彼女は慌ててフットワークを使い始めていた。


 ──いや、そういうつもりは微塵もなかったのだが。


 身に覚えのないその叫びに、俺は肩を一つ竦めると、そのまま解説を続ける。


「……何より、PSY指数や超能力を維持する能力は圧倒的にレキの方が上だった」


「つまり、このままスタミナ勝負を続ければ……レキが祝福された勝利の美酒を手にするって訳だな」


「……ああ。

 羽子が一瞬でレキの懐に飛び込む術でもない限り、戦いは一方的だろう」


 古森合歓が俺の言葉を引き継いで、何やら妙な形容しつつも現状を語っていた。

 ……そう。

 このままいけば、レキが勝利するだろう。


 ──勿論……このままいけば、だが。


 それを一番よく理解していたのは、不利な状況に立たされている当の本人だった。


「へへっ。流石はレキや。

 あたしも奥の手を出さなきゃあかんなこりゃ」


 ふと羽子は足を止めると、羽子は自信満々の笑みを浮かべながらそう告げる。


「……やっぱり、そうなる」


 レキも羽子がそう判断するのを分かっていたかのように、流星鎚を捨てるとその大剣を両手に掴み、振りかぶる構えを取っていた。


「何でアレを捨てるのよ、完封出来るんじゃないの?」


「……覚悟を決めて飛び込んでくる相手には、武器を持ち替える一瞬が命取りになりかねない……レキはそう判断したんだろう」


 遠野彩子の疑問に、俺はそう答えつつも二人の戦いから目が離せなかった。

 二人の決着はもうすぐで、そして勝負を決めるものは簡単だ。

 レキの大剣が当たればレキの勝ち。

 大剣を掻い潜って接近出来れば羽子の勝ち。

 単純明快な勝負を挑むために先に動いたのは、羽子の方だった。


「じゃ、いくで?」


「……うん」


 わざわざ羽子はそう告げると、両手を床に突いてクラウチングスタートの姿勢を取る。


 ──特攻、か。


 ……いや、羽子には他に手段がないのも事実なのだろう。

 対するレキは大剣を担いだまま、左半身に構えている。


 ──ただ、迎え撃ってぶん殴るつもりだな、ありゃ。


 俺は戦況をそう見る。

 そして……決着の時はもう間もなく訪れるだろうことも。


 ──そんな俺の予想通り、勝負は一瞬だった。


「JETっ!」


 羽子がそう告げた瞬間。

 ドンッという凄まじい爆音が響き渡ったかと思うと、彼女の身体は突如、背後で何かが爆発したかのような凄まじい速度で吹っ飛んでいく。


「~~~~っ?」


 レキが慌てて大剣を振るうが、予期せぬ羽子の速度にその巨大な剣が間に合うハズもない。

 一瞬で懐を取った羽子は、そのままレキを押し倒して大剣を封じつつ、その右手でレキの口を塞ぐ。

 その次の瞬間に、レキの身体は力を失い、そのまま体育館の床へと大の字を描いたまま動かなくなっていた。


「……ちびったわ、流石に」


 レキの上から起き上がった羽子は、大きくため息を一つ吐くと、そんな品の無いことを呟く。

 まぁ、彼女の下着が本当にやらかした状態かどうかは兎も角。


 ──何をしたんだ、あれは?


 レキに勝利したあの手のひらの一撃、アレはこの前見せられたから知っている。


 ──だけど、さっきの爆音と、あの凄まじい速度の特攻は……


「さっきのは空気の爆発、ですね?」


 首を傾げていた俺は、背後から聞こえてきた奈美ちゃんの声に振り向く。


「……爆発?」


「圧縮した空気を、足の裏で指向性を持たせて炸裂させたのでしょう。

 文字通り、ジェット機と同じ原理です。

 ……風の音で、分かりました」


 俺にはただの爆音にしか聞こえなったが、奈美ちゃんにはしっかりと風の音を聞き分けられたらしい。

 何気ない表情でそう告げる彼女だったが、その何気ない表情こそが、彼女の暗殺者としての高い技量を窺わせていた。


「ちぇっ。

 せっかくの奥の手、師匠を驚かそうと思ってたのにな」


 当の羽子は、奥の手をバラされたというのに、そう気落ちした様子もなく肩を竦めるだけだった。


 ──そりゃそうだ。

 ──あの凄まじい速度での突撃を知ったところで何が出来る?


 あれだけの速度……例え警戒していたとしても、見てから反応したのでは間に合わない。

 ……逆にあの突撃があると知っているからこそ、羽子の一挙一動を延々と警戒し続けなければならなくなる。


 ──強敵だな。


 一番PSY指数も低く、一番考えが足りないハズの扇羽子が、まさかここまで凄まじい強敵に変わるとは……

 俺は数日後に当たるだろう彼女との戦いを予感し、拳を強く握り込んでいた。


「確かに、勉強になったワ」


「ええ、B組とは言え侮れないってことだな」


「勝利の女神に横っ面を引っ叩かれた気分さ。

 ああ、明日から能力開発をもう少し頑張らないとか」


 A組の女の子たちも、良い教訓になったらしく、殴り込んできた時とは表情が全く違っていた。

 ……それだけでも、彼女たちを起こした俺のお節介は意味があったらしい。

 B組全員に一礼して体育館から去って行く彼女たちの背中を見つめながら、俺は何となく良いことをした気分に浸っていたのだった。


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