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第六章 第一話


「……やべぇ」


 ……舞斗のヤツが特訓を言い出した土曜日にちょいとやる気になったのが問題だったのだろう。

 土曜日・日曜日と身体のキレを取り戻すために訓練を積んだ俺は、今日の序列戦……つまり今、月曜日の三限目には酷いコンディションだった。

 手は重いし、握力はほとんど感じられない。

 身体は重くてフットワークは使えないだろう。

 と言うか足の太股がパンパンで上段蹴りなんて出せそうにもない。

 腹筋・背筋はバランスを保つだけで鈍痛が走る有様である。

 ……とても、戦えそうにない。


 ──だけど。


「ちょっと、佐藤。

 悪いけど、私たち三人に付き合ってもらうワ」


「間宮をあんなにしておいて……彼女は自信喪失して部屋から出てこないって言うのに」


「B組の分際で、落とし前はつけて貰わないと、な」


 俺の前に立っているのは、序列十九位の針木沙帆、序列十八位の古森合歓、序列十七位の遠野彩子と……俺が次に戦うだろう相手が三人、B組の超能力授業が始まった途端に押しかけて来たのだ。

 どうやら先日の……間宮法理との一戦で俺のやらかしたピッチャー返しが気に入らないらしい。

 俺たちB組が体操服に着替えているにも関わらず、彼女たち三人は制服姿のままで押しかけて来たところを見ると……よっぽど先の一戦を腹に据えかねていると見える。


 ──アレは勝負の上でのことだと言っても……この様子じゃ納得してくれそうにないし。


 いや、まぁ、基本的に序列戦は上位から戦いを挑むことは出来ない以上、その気になれば俺は断ることは出来る。

 出来るんだけど……


「師匠、早めに頼むで?

 この後、あたしとレキとの一戦なんだし」


「ちゃちゃっと蹴散らして欲しいですわね、それくらい」


「……お願い」


 三人娘は変なプレッシャーをかけてくるし……

 当たり前だが三人娘が口を開くたび、A組から来た三人の刺客の女の子たちの目尻が徐々に吊り上ってきて……


「良かったですね、佐藤さん。

 これで一気に序列も上がります」


「昨日、扇さんたちと戦っていた人たちか~。

 和人はどうやって勝つんだろ?」


 その挙句、奈美ちゃん&亜由美のAAコンビも、既に「俺が勝利すること」を前提として話を進めている始末である。

 もう針木沙帆も古森合歓も遠野彩子もブチ切れ寸前という表情で、正直、ちょっと怖い。


 ──しかし……三連戦、か。


 筋肉痛による筋力の減少、鈍痛による動作精度の低下、疲労によって落ちたスタミナ。

 ……一体、どこまで戦えるのだろう?

 俺はそんな内心を読んで助け船を求めるべく、隣で三人の刺客とは比べるのも烏滸がましい、素晴らしい絶景を見せつけているおっぱい様の方へと視線を向けてみた。

 ……だけど。


「……ま、頑張って。

 多分、少し経ったら良い経験になったって分かるから」


 バストサイズに比例した寛大さを持ち、人々の深層心理まで見抜くおっぱい様は、この俺に向けてそんな適当な台詞を残すと、さっさとギャラリーの奥へと消えて行って見えなくなってしまった。


 ──はぁ、仕方ない、か。


 あの素晴らしいおっぱい様が言うなら、間違いなくそうなのだろう。

 俺はそう納得して覚悟を決めると、重苦しい疲労と鬱陶しい鈍痛を抱えたまま、序列戦へ……まずは十九位の針木沙帆の前へと向かうのだった。




「では、序列戦十九位、始めて下さい」


 連日連日、この序列戦によって授業が邪魔される所為か、マネキン教師の口調は相変わらずやる気が感じられなかった。


「ははっ。

 泣いて叫んでも許してやらないワっ」


 そんなやる気のないマネキン教師とは対照的に、やる気満々だったのが俺の対戦相手……針木沙帆とかいうAAしか持たない少女である。

 ちょっとだけ発音が変なところから、どうも方言を無理に標準語に直している感がある。

 が、まぁ、AAだしどうでも良いだろう。


 ──ちゃちゃっと片付けるか。


 眼前の見るに値しない平原をもう一度見つめた俺は、軽くため息を吐くと……両手を上げて構える。


「ははっ。

 穴だらけになって後悔すればいいワっ」


 針木沙帆はそう叫ぶと、右の拳を握りしめる。

 その瞬間、まるで手品か何かのように、その右拳から突如親指ほどの大きさ・長さの針が生えてきた。

 ……そればかりではない。

 露出されている脛や肘、太股からも何本も針が生えて来て……凹凸は逆だが蓮コラみたいで気持ち悪いことこの上ない。

 しかもその針の一本一本に、良く見ると逆棘のような返しがついていて、一度刺さるとなかなか抜けそうにない。


「出たっ! 針千本(ハリセンボン)

 師匠にとってはキツイ相手やないか?」


「確かに、アレでは投げ技、絞め技も使いにくいですわね」


「……刺さったら痛い」


 羽子・雫・レキの声が無遠慮に外野から上がる。


 ──確かに。


 その外野の言葉通り、俺は少しばかり攻めあぐねていた。

 彼女の身体能力がどれほどかは分からないが……下手に突っ込むと穴だらけになりかねない。

 そもそも槍のようにとがった先端を向けられるだけで、そちらへ進もうという意思そのものが削られる。

 ……刺突武器ってのは、そういうものだ。

 遥か昔から戦場ではそういう心理を利用し、槍衾を『向ける』ことで、圧倒的な突破力を持つ騎兵の突撃に対抗してきたのだから。


「来ないのか?

 なら、こっちから行くワっ!」


 そうして躊躇している俺に痺れを切らしたらしい。

 真っ先に動いてきたのは針木沙帆の方だった。

 その針の生えた拳をまっすぐに俺の顔面へと突出し……


「……はぁ」


 俺は自分の躊躇が、全てただの杞憂でしかなかったと理解し、大きくため息を吐いていた。

 何しろ……


 ──遅い。


 女の子、どう見ても格闘経験のない少女の突きに、俺は少しだけ落胆を感じつつ……

 顔面に迫って来ていた某魔軍司令みたいな針の突き出た拳を、少し余裕を持って避ける。

 それと同時に、眼前を通り過ぎようとしていたその袖を掴み。


「よっ」


 ……グイッと後ろへ引く。

 と同時に、踝を引っ掛けるように足払い。


「きゃっ」


 ただでさえ素人の突きでバランスは無茶苦茶だった上に、良いタイミングで脚を払われた少女は、あっさりとひっくり返っていた。


 ──意外と上手くいったな。


 本来なら腕を掴むんだけど、あんな能力を持っている以上、直接肌に触れるのは危険すぎる。

 それに疲労の所為で握る力が入らないから袖を掴むのではなく、引っ掛ける形で。

 足払いも棘を警戒したため、足の甲ではなくシューズの底を使うなど、普通の投げとは色々と勝手が違ったのだが……


 ──ま、結果オーライってことで。


 もしも彼女が亜由美のような格闘技の心得でもあれば、苦戦は必至だっただろう。

 だけど……生憎と針木沙帆というAAの少女は、格闘どころかスポーツで身体を鍛えた経験すらなかったらしい。


「……な、なななななな」


 肘と膝から針が突き出ていた針木沙帆は、ただそれだけで針が床に突き刺さり……足掻いても足掻いても起き上がれなくなっていた。

 いや、ただ能力を解除すれば良いんだろうけれど……転ばされたことすら想定外だった彼女にはそんなことすら考えが及ばないらしい。


「沙帆っ! 能力を解除……」


 っと。

 A組二人の方から、アドバイスの声が放たれたその瞬間。

 俺の唐竹割りが絶妙な角度で針木沙帆の延髄へと叩き込まれ、あっさりと彼女は意識を失って倒れ込んでいた。


「うわ、うわぁ。

 和人ってば、あんな時代劇みたいなこと、出来るんだ」


「……鮮やか、ですね」


 外野から妙に楽しそうな声を上げているのは亜由美のヤツで、感心したような声は奈美ちゃんだった。


 ──まぁ、上手くいった方だな。


 フットワークや筋力をそう使わずに倒せたことに安堵のため息を吐く俺。

 ただ……これで戦いが終わった訳じゃない。


「次はオレの番だな」


 大きく深呼吸をして気合を入れ直した俺の眼前には次の相手……古森合歓が立っていたのだった。




「序列十八位戦、開始っ!」


 マネキンが高らかに上げた声で、俺の二連戦が始まった。

 眼前に立つのは序列十八位の古森合歓。

 辛うじてAがあるかないかという体型で、まぁ、見事に相対するだけ無駄な相手である。

 睨み合った現在の間合いは三メートルほどで、一足一刀とはいかない距離だった。


「へへっ。

 次に目覚めたときは保健室のベッドの上だ。

 王子様のキスが必要かもしれないがなっ!」


「……あ~」


 今初めて知ったんだが、古森合歓という少女はこういう系統の人らしい。

 何というか、思いっきり間違えた方向へ恰好をつけている感じ。


 ──そう言えば、羽子と戦った時も何か訳の分からないことを叫んでいたっけ。


 今も『奇妙な』立ち方……詳しく言えば第四部の主人公が指を差したポーズみたいな立ち方をしていて……何と言うか、中学生の精神のままで高校に突入したような印象を受ける。

 そんな、ちょっとイタい感じの言動に俺が頭を抱えている間に、彼女は能力を使う準備が出来たらしい。


「さぁ、敗北という覚めない悪夢に苛まれなっ!」


 古森合歓はそう叫ぶと、両手から真っ白な煙を周囲にまき散らし始めた。

 ……が。

 俺は、その能力を『もう見ている』。


「……てめぇがな」


 俺はガスが充満するよりも早く、最短距離でまっすぐに古森合歓の方へと走り出す。

 三メートルなら二度蹴るだけでもう間合いだ。


「なっ?」


 武術の心得もなく、そして勝利を確信していたらしき彼女は、真っ白な煙から突如現れた俺の動きに……

 ……反応すら出来ていなかった。

 俺はそのまま右手のひらをまっすぐに彼女の額へと押し当てると。

 床を両足で噛み、腰を思いっきり回転させる。

 そして足腰の瞬発力から生まれた力全てを、全身を使って彼女の額へと押し当てた右腕へと全て叩き込む。


 ──徹しっ!


 ……ただし、擬き、ではあるが。

 達人でもない俺に古武術の奥義なんかが使える訳もなく、ただ瞬発力で相手の脳を「揺する」くらいの技でしかない。

 前に使った『心停止』と原理は同じで……正直、相手の心配をしなくても済む分、こちらの方がまだ使いやすかった。


「……あっ?」


 とは言え、素人相手には効果十分だったらしく、脳震盪を起こした古森合歓は腰からストンと直下に落ちていた。

 立ち上がろうともがくが、足腰に力が入らないらしくじたばたと手足で床を掻くのが精いっぱいらしい。


 ──舐め切ってスカートで来るから……


 そうして古森合歓がじたばたと足掻く所為で……スカートの裾が乱れ、血の色で描かれた魔方陣が描かれている、凄まじく前衛的なデザインの下着が丸見えだった。

 まぁ……個人の趣味だから、それについては何も言うまい。

 所詮はA程度の持ち主だし、そんな布切れ、見えたところで何の意味もありゃしない。


「ぉおおおおっ! すげぇ!

 必殺技だ、必殺技っ!」


「アレは古武術か何かでしょうか。

 額に手を当てただけで、ストッと真下に」


「……凄い」


 羽子・雫・レキの三人は当然のことながら古森合歓の下着のデザインよりも俺の出した技の方に興味があるらしい。

 ただ、彼女たちの叫び声がやかましくてマネキン教師の勝利宣言が耳に入らない。


「けど、何で和人にはあのガスみたいなのが通用しなかったんだろ?」


 そんな中、亜由美のヤツが首を傾げていたが……


「それは、和人さん、息を止めていましたから」


 隣の奈美ちゃんがあっさりと彼女の疑問に答えを出してくれていた。

 その声に亜由美は期待外れと言わんばかりの表情を見せていたが……

 ……そう。

 実際のところ俺は、そんな拍子抜けする程度のことしかしていないのだ。


 ──ガス性の超能力なら、吸い込まなければ問題ない。


 自由の女神を破壊した死刑囚みたく五分間の無呼吸運動とまではいかないが、俺も多少は鍛えているお蔭で一〇秒程度なら軽く息を止めて動ける。


 ──暗殺や誘拐なら凄まじい能力なんだけどな。


 戦闘不能と見做され体育館の隅へと運ばれていく古森合歓を見ながら、俺は軽く肩を竦めてみせる。

 知らないなら凶悪な能力でも、知ってしまえば対処法くらいは思いつくものだ。


 ──ただ、無傷とはいかなかったな……


 俺はズキズキと痛む腰に眉を顰めていた。

 筋肉痛の身体で慣れない技を放ったから、さっきから痛みが引かない。

 後々までダメージが残るような重症ではないものの、ああいう上体から放つ瞬発力系の技は、今日はもう放てないだろう。


「ったく。B組の連中に、しかもPSY指数ゼロのヤツに好き放題やられやがって」


 仲間が……同級生がやられたというのに、そんな余裕ぶった態度で歩いて来たのは三人目の刺客、序列十七位の遠野彩子だった。

 Aしかない胸を大きく張りながら、俺に不敵な笑いを向けてくる。


「だが、私を連中と一緒にしてもらっちゃ困るぜ?」


「……ああ、あんたは別格だよ」


 その自信満々な態度に、俺は同意せざるを得ない。

 彼女の能力は『念動力(サイコキネシス)』。

 形は不定形、発動は彼女の意思次第、射程は三メートル余りと……格闘技しか持たない俺にとって不利な条件が並び過ぎている。


「では、序列十七位戦、始めっ!」


 ──兎に角、距離を詰めないとっ!


 マネキン教師の言葉と同時に俺は突っ込もうと身体を前傾させた。

 だが、それを読んでいたらしき遠野彩子は、俺が前へと踏み出すよりも早く、背後へ大きくバックステップして距離を取ってきた。

 疲労と筋肉痛の影響か、思っていたよりも動作開始が遅れたのが仇になった形である。


「……ちっ」


「当たり前だろ?

 古武術か何からしいが、近づかなけりゃ何も出来やしねぇ」


 彩子の言葉は紛れもない真実で、そして自分の長所をしっかりと理解している上での台詞だった。


「じゃあ、行くぜっ!」


 そう言って平手打ちの動作と共に、念動力を放ってくる遠野彩子。


「ちぃっ」


 彼女が狙っているらしき右側頭部を、右腕を上げてガードする。

 その直後、俺の右腕に何かがぶつかったような感触と衝撃が走る。


 ──こんな、ものか。


 その一撃は俺が予想していたほどの威力はなく、女の子が布を巻いた金属バットをフルスイングしてきたくらいの衝撃だった。

 これなら……不意を打たれて急所に喰らわない限り、そう大したダメージにはならないだろう。

 ……だけど。


「はははっ。上手く防ぎやがったな。

 しかし、その距離で何が出来るってんだ?」


「くっ!」


 三メートル以上離れている今、俺がリーチ差から一方的にぶん殴られ続けるという事実に変わりはない。

 右から左からと何度も打撃を飛ばしてくる遠野彩子に、俺は防戦一方だった。


「くそっ。

 性質の悪いっ!」


 しかもリーチ差が自分の長所と理解しているらしく、俺が踏み込む度にそれ以上の距離を開けて、俺との距離を徹底的に保つ戦法を取ってきやがる。


 ──雫・レキ・羽子に負けた所為、だな。


 自分の長所・短所をよく理解している遠野彩子に、俺は舌打ちを隠せない。

 序列戦が始まってからの俺の戦闘は全て超接近戦……『相手の短所に自分の長所をぶつける』という、弱点狙いで基本的に勝ってきた。

 だからこそ、こういう……『射程が長い』という自分の長所を心得た上で、それを生かす形で能力を使てくる相手は苦戦を強いられてしまう。


 ──ただでさえ、超能力って厄介なモノ、持ち合わせてやがるし。


 次は腹へと飛んできた打撃を、腹筋だけで押し返す。


 ──つぅ。


 筋肉痛の腹筋には、それだけで結構響く。

 が、内臓にダメージが蓄積するほどでも、腹筋を貫通して悶絶するほどのダメージでもない。

 所詮は、急所に貰わなければそう大したことない程度のダメージだ。

 そうして数分間、俺が必死にガードを固め、延々と耐え続けた甲斐が今ようやく表れていた。


「……てめぇ。

 どんだけ頑丈なんだよ……」


 そう呻く遠野彩子の膝は震え、身体はふらふらと傾ぎ、焦点もろくに合ってない。

 それでも彼女が立っているのは、A組という矜持からだろうか?

 尤も……ただ気力で持ちこたえているだけ、という様子だったが。

 勿論、俺も無傷とはいかず、あちこちに痣が出来ているだろう実感はあるし、そろそろダメージも蓄積してきて足が重い。

 だが、その程度のダメージで済んでいるのは……遠野彩子が攻撃の際に大きなモーションを取る所為でガードのタイミングを掴みやすいお蔭と、彼女の能力があくまでも鈍器であるお蔭だった。


「何故倒れないっ!

 その身体は一体何で出来ているんだよ、畜生っっ!」


 攻撃が通じないという理不尽さに顔を歪めながら、遠野彩子はそう叫ぶ。

 俺は徐々に溜まってきたダメージを意識しながらも、全くダメージを感じさせない笑みを浮かべ……


「水、炭素、アンモニア、石灰、リン、塩分、以下略だな」


 限界寸前らしき遠野彩子の問いにそう返す。

 実際は鋼鉄の義手義足の錬金術師みたいにグラム数まで語りたいところだが、俺の頭脳では生憎とこれが限界だった。

 ……が、幸いにして挑発としてはこの程度で十分だったらしい。


「ふざけ、やがって~~~~っ!」


 遠野彩子は叫びながら、そのAのバストを大きく突出し……もとい、両手を左右に大きく広げ、力を溜め始めた。


 ──来るっ!


 ……俺の挑発によって能力の限界値を考えない、特大のヤツが。

 俺はその隙だらけの体勢を狙おうと考えて重心を前に傾けるが、すぐに訪れた身体の鈍痛に諦める。

 そうしている間にも、彼女の準備は整ったらしい。

 彼女の顔に、勝利を確信した笑みが浮かぶ。


「来やがれっ!」


「行くさっ!」


 俺の叫びに、遠野彩子の叫びが重なり……

 彼女の、渾身の一撃が放たれた。


 ──上段っ!


 そのモーションを見て、彼女の狙いを悟った俺は……

 背後に僅かに跳ぶと同時に、両腕を十字受けの体勢に取り顔面を防ぐ。

それと同時に、身体を思い切り後方へと逸らす。


「ぐっ、がっっっ?」


 直後に衝撃が来た。

 すっ飛んできたダンプトラックの直撃を喰らったら『こうなるだろう』という衝撃に、俺の十字受けごと上半身に凄まじい衝撃が走り、踏ん張ろうと考える間もなく、俺の身体は背後へと持って行かれる。

 直後に走る、意識を吹っ飛ばすほどの衝撃。

 どうやら俺はそのまま後方へと数メートル以上吹っ飛ばされたらしく、身体が見事に体育館の壁に突っ込んでしまっている。


 ──くそ、ヤバい。


 俺が気を失ったのは一瞬だけらしいが……今の衝撃で、俺の身体は指先一つ動かせない。

 ……いや、意識を保っているだけで精一杯という有様だった。

 もし今、追撃を喰らうと……何一つ抵抗も出来ないままKOされるという、絶体絶命の状況だ。

 ……だけど。


「……ざまぁ、みやがれっ」


 幸運にも遠野彩子は壁にめり込んだ俺を見てそう笑うと、力尽きたのか膝を突いて前へと倒れ込んでいた。


「師匠っ?

 何なんだよ、あの力ぁ……」


「あんな一撃を以前出されていたら……私たちの誰一人として防げませんよ」


「……凄まじい」


 ……いてぇ。

 羽子・雫・レキの甲高い叫びが気付けになった俺は、さっきより少しはマシになった身体を必死に持ち上げ、壁に手を突きながら何とか立ち上がる。


「和人、無事だったんだっ?」


 訂正。

 亜由美の甲高い声の方が、三人娘の声よりも遥かに脳を揺さぶりやがる。

 ……正直、今聞かされると気持ち悪いくらいに。


「流石は和人さん。

 ……作戦通り、というところですか?」


 そう呟いたのは奈美ちゃんだった。

 彼女の言うとおり、この結末は俺の作戦通りとも言える。

 筋肉痛に疲労、そして三連戦の直後という、万全とは言い難い大量の俺が、圧倒的なリーチを誇り、極端に相性の悪い遠野彩子という相手に選んだ作戦は……

 ……羽子のヤツが勝ちを拾ったのと同じ戦法だった。

 即ち……


 ──消耗戦。


 彼女の能力はかなり強力だが、その分、連続使用が効かないのは先日見た通りである。

 だからこそ、俺は下手に彼女を追い続けるリスクを避け、この戦法を取ってガードを固め、挑発で底力まで引き出したのだ。

 その結果として、それほどの一撃を放った遠野彩子は超能力の使い過ぎで意識を失っている。


 ──だけど。


 とは言え、思っていた以上に遠野彩子の潜在能力は高かったらしく、洒落にならないダメージを貰ってしまった。

 不甲斐ないこと、この上ない。


「……だけど、勝ちは勝ち、だな」


 ボロボロになった身体をそれでも必死に動かし、俺は勝利を宣言するかのように右腕を高く突き上げる。


「で、では。

 序列戦十八位決定戦は、佐藤和人の勝利ということで」


 俺の掲げた右腕を見たマネキン教師が大きな声でそう告げたことで……

 俺の三連戦はようやく終わりを告げたのだった。


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