第五章 第三話
……だが、脅えないことと勝てるかどうかはまた別の問題らしい。
「……確かに、強ぇ」
俺は眼前で行われる戦いを見ながら、そう呟いていた。
舞斗の使っているのは相変わらずの剣作成。
二本の剣を両手にそれぞれ持ち、それ以外の二本の鉄剣を宙に浮かべ、敵を切り刻むといういつもの戦法だ。
──『無限四刀流』とでも名付けるべきか?
俺は某ハンター漫画であっさりやられた試験官を思い浮かべ、そんな名前を勝手につけてみる。
相対する羽杷海里先輩の武器は鋼鉄製の小手だった。
無敵流とかって名前をつけても良さそうな、鉄板を張り合わせたゴツい感じの、肘まで腕を覆うタイプの鋼鉄製の小手である。
……どう見ても両手が使えそうにないほど重い、適当に見積もっても数十キロはあるだろうその二つの小手を、先輩は格闘技の心得も何もなく、『ただ力任せに振り回す』。
そんな無茶苦茶な戦い方でも戦法として成立する秘訣は、彼女の能力にあった。
何しろ、突然羽杷海里先輩の身体が、異物が混入されている某コンソメスープを飲んだかのように膨れ上がったかと思うと、超人ハ○クみたいな筋肉質へと変貌したのだ。
──バストサイズに変更はないが。
それでも周囲が膨れ上がった分、魅力は低下しているなと俺は内心で呟く。
「無茶苦茶やなぁ」
「流石は剛腕の二つ名を持つ先輩ですわね」
「……けど、強い」
ギャラリーとしてついてきた三人娘がそう呟くのも無理はない。
さっきから舞斗が斬りつける度に、その剛腕によって剣が一本一本と圧し折られ捻じ曲げられ弾き飛ばされ……もう既にアイツの手に持った剣は一本しか残っていない。
「これでっ!」
そして、羽杷先輩の次の横薙ぎの一撃で、舞斗が手にしていた最後の一本も大きく弾き飛ばされる。
「終わりだっ!」
「……がっ?」
武器を全て失い非武装となった舞斗を見逃してくれるほど、先輩は優しい筈もなく……
次の一撃をあっさりと胴に受けた舞斗は、まるでアニメの格闘のように真横へ吹っ飛ばされていった。
「ちょ、舞斗君、あれ、死んだんじゃないの?」
「……いや、死んではないな」
亜由美の呆然とした声に俺は首を横に振る。
……あの一瞬。
鋼鉄製の小手を胴に喰らうその僅か一瞬前。
──舞斗のヤツ、自分の身体の前に鋼鉄製の剣を生み出していた。
恐らくは無意識の内の防衛本能なのだろう。
無想の内に生み出された舞斗の剣は、羽杷先輩の拳によってあっさりと砕かれ霧散したものの、彼自身へのダメージは恐らく半減している。
ただ、半減したとしても……恐らく戦闘不能のダメージは免れないだろうが……
その俺の予想は、半分当たり、半分は外れていた。
「まだだっ!
まだ終わらんよっ!」
吹っ飛ばされた先で舞斗はダメージを隠せないながらも、絶体絶命に追い込まれた金色のモビルスーツ乗りっぽく己を奮起させるようにそう叫ぶと……
……ふらつきながらも立ち上がったのだ。
その身体はどう見ても満身創痍でありながらも……その眼の戦意はまだ衰えてはいない。
「……へぇ。
ガキかと思えば、いっぱしの漢の眼をしてるじゃねぇか」
その最後の足掻きとも言うべき姿勢に感心した声を上げたのは当の対戦相手である羽杷先輩だった。
そのまま彼女は身体の具合を確かめるかのように首を鳴らし、拳を打ちつけると獰猛な肉食獣そのものの笑みを浮かべ……
「なら、手は抜けねぇなぁっ!」
そう叫んで舞斗へと襲い掛かる。
「舞斗君っ! 早く逃げないとっ!」
「ちょ、ヤバいだろ、あれっ!」
その最早一方的な蹂躙が行われるだろう光景に外野から悲鳴とも助言ともつかない叫びが響き渡る。
幸いにして筋肉質が過ぎる先輩の足は遅いものの……舞斗のダメージは深刻で、外野からの助言通りに逃げることすら叶わない。
そのまま迫りくる先輩の右フックをただ立ち尽くしたまま、見つめることしか出来なかった。
「──がっ」
その一撃をまともに顔面に喰らった舞斗は、今度もあっさりと横合いに吹っ飛ばされていた。
……だが、倒れはしない。
どうやら今度も無意識の内に、一瞬だけ生み出した剣によって防御していたらしい。
「もう幾らなんでも、無理やろ、これ」
「流石に、これ以上はちょっと……」
「……師匠」
しかしながら羽子・雫・レキの三人が俺に向けてそう呟いたように……直撃を防いだとしても、もはや舞斗のダメージは立つだけで精一杯という有様だった。
そのボロボロの舞斗へ向けて、羽杷先輩の鋼鉄の腕が今にも襲い掛かろうと……
「……負けてなる、ものかっ~~~!」
その絶体絶命を前に、魂から繰り出したような悲壮な叫びを上げつつ、舞斗は恐らくこれがこの戦い最後になるだろう超能力を発動させる。
「……嘘」
「何だ、こりゃぁ」
その舞斗の最後の能力に誰も彼もが目を奪われていた。
……外野で見ていたギャラリーばかりか、対戦相手であるハズの羽杷海里先輩でさえも。
──凄まじい、な。
……そして、この俺も同様に。
舞斗が生み出したのは、相変わらずの形の、いつもの鉄製の剣だった。
ただ、その数が凄まじい。
百を超える剣がただただ一面に、舞斗の背後から羽杷先輩を狙うかのようにそれらの切っ先を向けて浮かんでいたのである。
──どうやら、舞斗の能力はこちら側に特化しているらしいな。
姉である舞奈先輩は様々な形の五本の剣を、意のままに操るという凄まじい能力で、舞斗のヤツもそれに影響されて『同じような能力』を発動させていた。
……だけど。
──それが、間違いだったのか。
舞斗の能力は姉と違い、『精密に剣を操作する』ことよりも、その製造する『数』に特化していたらしい。
……細々と剣を操るよりも、ただ数をもって相手を制圧する。
その分、操る精度が落ちるが……元々、生み出した剣を細かく動し続けようとすれば、どうしても操れる本数が限られてくる。
……その限界が、さっきまで操っていた四本だった、という訳だ。
だが、今は……細かく操るのを放棄した今ならば、舞斗はこの通りの数を生み出すことが出来る。
──なるほど、な。
どうやら舞斗がPSY指数の割に弱かったのは……姉に対するコンプレックスによって、姉の後を追うような能力を開発した所為だったらしい。
だからこそ、姉の真似を辞め……土壇場で自分の特性を最大限に発揮する能力を使えば……
この通り、PSY指数通りの……桁外れの能力を発揮する、という訳だ。
「これが、最後の技だ。
……いく、ぞっ!」
舞斗のヤツは現状を理解しているのか、いないのか……俯いたままでそう呟くと……
その浮かんでいる剣に指示を出した、らしい。
恐らくは単純明快な一つの指示……『ただまっすぐに、敵を射抜け』という指示を。
「……うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
対する羽杷先輩も負けてはいない。
次々と襲い掛かってくる剣の雨を、両手の小手で次から次へと弾き飛ばす。
舞斗が『浮かんでいる全ての剣を同時に操れない』という制限があったからこそ、その防御は可能だったのだろう。
舞斗が操れる本数は……今までと同じように四本同時が限界で……飛んで来る剣は一秒間に四本程度だった。
その一秒間に放たれる四本の剣に、羽杷先輩はその両の拳で立ち向かう。
弾く薙ぐ防ぐ撃ち落とす跳ね上げる叩き潰す防ぐ逸らす弾く防ぐ打ち落とす防ぐ薙ぎ払う防ぐ逸らす防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ跳ね上げる防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ……
ただ……それも限界がある。
二本の手で、次から次へと襲い掛かってくる剣を、どうして止められるだろう。
「く、くそっ!
追いつか、ねぇっ!」
徐々にガードだけで精一杯になってきた羽杷先輩が、ついにミスをする。
右手で打ち落とし、左手で薙ぎ払った直後……防戦一方の状況に苛立ったのか『両腕を大きく振るってしまう』というミスを。
「~~~っ!
……しまっ?」
両腕が身体の前から離れた以上、次に襲い掛かるその剣を羽杷先輩は防ぐことが出来ない。
羽杷先輩の無防備の身体目がけ、四本の剣が一斉に踊りかかる。
その、瞬間、だった。
「……あ?」
……彼女の身体に突き刺さる寸前だったその剣が、突如として全て消え失せていたのは。
その事実に俺たちが慌てて剣の持ち主……舞斗の方へと視線を向けると、そこには力尽きたかのように前のめりに倒れ込んだ少年の姿があった。
「……力、尽きた、みたい、ね」
亜由美が呆然と呟いたその一言が、勝負の結果を表していた。
新技に目覚めた舞斗は羽杷先輩を極限まで追い詰めながらも……残念ながらあと一歩のところで能力の限界を迎え、力尽きたのだろう。
いや、羽杷先輩を追い詰めたが故に、彼女の隙を見出したが故に、勝利を確信し……その一瞬の気の緩みこそが、舞斗の意識を刈り取ったに違いない。
「では、この序列戦は羽杷さんの勝利、ということで……
羽杷さん?」
ふと見れば、羽杷海里先輩はこの戦いの結果に納得がいかないのか、倒れたままの舞斗を見下ろし、右の拳を震わせていて……
──ヤバいっ!
直感的にそう思った俺は、気付けば前へと飛び出していた。
倒れ込んでいる舞斗に向けて渾身の力で繰り出されたらしきその先輩の右拳を……
「───や、めろっ!」
叫びながらも俺は、彼女の繰り出そうとしたその拳の前へと強引に身体を滑り込ませる。
「……あ?」
羽杷先輩は俺が飛び込んできたことに気付いたらしき声を漏らすが、もう遅い。
そのまま俺は、彼女が繰り出した鋼鉄製の右拳を担ぐと、その拳の勢いを利用して渾身の力で真下へと投げつける。
ものすごく鈍い轟音と共に、羽杷海里先輩は体育館の床へと背中を叩きつけられ……
……そのまま白目を剥いて動かなくなっていた。
どうやら筋力が増した分、体重も凄まじく増えている、らしい。
「あちゃ~」
──手加減、忘れてたな……
俺はひっくり返って動かなくなっている羽杷先輩を見つめて後悔混じりにそう呟く。
──渾身の投げなんて、久々にだったから、つい。
逆を言えば、状況が状況だけに手加減する余裕すらなかったのが正しいのだが。
そんな俺に向かって周囲からは、称賛の視線が……
「うわぁ、流石にそれは……」
「幾ら、助けるためでも、ちょっと」
「……酷過ぎやろ」
……ある筈もなかった。
幾ら舞斗を助けるためとは言え『横合いから首を突っ込んで彼の死闘を台無しにした』という表現が正しいのだろうか。
「……ま、まぁ、これで二年にも宣戦布告出来たんだしっ!」
俺を慰めてくれるのは無節操に前向きな亜由美と……
「素晴らしい投げ技でした。
投げた後に体重を込めた肘を叩き込んで肋骨をへし折れば、もっと効果的だったと思いますけれど……」
殺人技を基本と考える、暗殺者一家出身らしい奈美ちゃんのアドバイスだった。
──何の慰めにもなりゃしねぇ。
……兎に角。
こうしてこの日の戦いは幕を下ろし。
その場に居た堪れなくなった俺は、まるで逃げ帰るかのように体育館を後にしたのである。