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第五章 第二話


「では、序列戦二〇位。

 レディ、ゴーーーーっ!」


 マネキン教師の声がそう響いた瞬間に、俺は前へと大きく踏み込んでいた。


 ──先手、必勝っ!


 と言うよりは、正直、この布施円佳という『女の子』相手に何かしらの危害を加えるのは良心の呵責に耐えかねるというのが正解だろう。


「悪いが、さっさと眠ってもらうっ!」


 俺は雄叫びを上げつつも、彼女が身構えるよりも早く、その襟元へと指を伸ばし……


 ──グキッ。


「……は?」


 自分の手元から響いたその鈍い音と、さっきまで確実に何もなかった筈の空間に『ほぼ透明な円形のガラス板のようなもの』が浮かんでいるという事実に、俺は一瞬だけ思考が完全に停止していた。


 ──何が、起こった?


 俺がその不可解な事態に思考停止して一秒後。

 右手の人差し指と中指にじんわりとした痛み、と言うか熱さに近い感覚がゆっくりと脳に伝わってきた。

 俺は混乱しつつも、痛み始めた右手を左手で包み、ダメージを確かめる。


 ──突き指、だな、こりゃ。


 幸いなことに突き指程度であり、骨折はしてないらしい。


「師匠~、そいつの能力、円盾(ラウンドシールド)は防御型やで?」


「レキも突破するのに色々と苦労したのですよ?」


「……硬い」


 外野からの声に俺は舌打ちを隠せない。


 ──小学生みたいな外見に騙されたっ!


 この『夢の島高等学校』に在籍している連中全て、超能力者だったのを今更ながらに思い出す。

 正直、ここの学生が使う超能力自体はそう凄まじいものではない。

 ただ、それでも……外観から強さが測れない、「常識の範囲外」から襲い掛かってくる超能力というものの恐ろしさを失念していた。


「正面からは無理やっ!」


「回り込めば何とかなるそうですわ!」


「……無敵じゃない」


 ──アイツらで慣れ過ぎたかな。


 外野からの応援というか助言に俺は一つため息と、そして口や態度には出さないものの心の中で軽く一礼をして……

 対戦相手に向き直る。


「あの、大丈夫、ですか?」


 対戦相手の布施円佳という小学生に見紛う先輩は、俺の指に痛ましげな視線を向けつつ、そう尋ねてきた。


「ああ、お蔭様、でなっ!」


 その態度に少しだけカチンと来た俺は、左足を大きく上げてハイキックを放ってみる。


 ──ガツンっ!


 その蹴りも、彼女の側頭部へと届く前に見えない何かに弾かれる。

 今度は予想していた分、そう痛くはなかったが……鉄骨を蹴とばしたような衝撃に左足が痺れてしまう。


「ナイスキックナイスキック!

 目指せハットトリック~~!」


「あ~、後輩。

 そんなんじゃ無理無理、諦めちまえ~」

 

 ……俺の思考錯誤に対して放たれる、外野の先輩たちからの野次が五月蠅い。

 羽子・雫・レキの三人と違い、布施円佳の防御能力を確信した上でこっちをあざ笑ってやがる。


 ──性格、悪い奴らだな~。


 俺はその野次で先輩に向けるハズの敬意をあっさりと紛失してしまい……心の中でそう毒づく。

 と言うか、そうして野次ってくる姿は某中学生卓球部を彷彿とさせる厭らしさで、俺は苛立ちを隠せない。

 だけど。


「あの、あまり無茶しないで下さいね?」


 当の対戦相手からは蹴りが弾かれた俺に向かって、そんな気遣うような声がかけられる。


 ──ホント、やり辛い……。


 外野の先輩たちみたいに嘲るような態度だと、容赦なく蹴とばせるんだが……

 この少女極まりない外見の布施円佳という先輩は、人の良さそうな気弱そうな外見そのままの性格をしているらしい。


 ──ただ、まぁ、攻略法はもう分かった。


 レキが正面から打ち破れた相手だ。


 ──そう難しくはないだろう。


 俺は軽く右踵を床板に叩きつけ、フットワークを確かめると……


「ほい、行くぞ?」


 身体を右に傾ると同時に、右手を彼女の顔面目がけてまっすぐに突き出す。


「わわっ?」


 少女はただそれだけの俺の挙動に驚いた声を上げるが、生憎と掌底が目的じゃない。

 右手で視界を遮った瞬間に、右足の親指の付け根からふくらはぎまで渾身の力を込め、下半身を左へと持って行き、最後に右へと傾いでいた上半身を一気に左へと運ぶ。

 フェイントをかけ、視界を塞ぎ、運足と体捌きで「全身を相手の視界から消す」という、まぁ、理屈を知っていれば、大したことのない技である。


「あははははははは」


「何だ、ありゃ。

 踊りかっ!」


 そして、外野から見ても踊っているようにしか見えないだろう。

 相変わらず意地の悪い野次が飛んできやがる。

 ……だけど。


「……え?」


 やられた相手にとって、その踊りはただの踊り以上の脅威のハズである。


 ──何しろ……対戦相手が、一瞬で視界から完全に消え失せるのだから。


 そうして俺の姿を見失った少女に向けて、俺が放った渾身の左ハイキックは、見事彼女の死角側から大きな弧を描き、彼女の無防備な側頭部へと……


「……っ」


 ……決まろうという、その瞬間。

 俺は紙一重のところで、つい、止めてしまう。


 ──だって、その、なんだ。


 渾身の力で側頭部を蹴り抜くには、彼女は外見がその……少女過ぎた。

 ……いや、勿論サイズがAAということもあるんだけど。

 とある雑誌のキャッチコピーに「Yesロリータ、Noタッチ」なんてのがあるらしいが、その気分に近いのだろうか?

 こう少女少女した外見だと、蹴り入れるのも躊躇われると言うか、まぁ、少なくとも危害を加えるなんて考えられない。


 ──同じAAでも、亜由美や雫は平気で蹴られるんだがなぁ……


 痩せぎすで小柄な癖に好戦的な亜由美や、日本人形みたいな外見とお嬢様口調の割にやることが単純で雑な雫相手だと、殴る蹴るにもあまり抵抗ないんだけど……。

 ついでに言うとさっきから向こう側から野次ってくる性格の悪い先輩が相手だと、もう渾身の力と体重を込めて蹴り抜いてやるんだが。


「……ぴっ」


 ……だけど。

 振り向いた先に俺のハイキックが眼前にあったことそのものが、小柄な少女にとっては驚くべき事態だったようだ。

 布施円佳という女の子は可愛らしいヒヨコのような悲鳴を上げて、そのまま尻餅を突いてしまう。

 ……どうやら腰が抜けたらしい。


 ──こう脅えられると、やっぱりやり難いな~。


 そのパンツ丸見えのまま脅えて固まっている少女を一瞥すると、俺はさっさと視線を逸らしていた。

 何しろ、こんな少女のを見たところで、何の得にもならない。

 と言うか、自分が蹴り入れようとした所為で彼女が脅えていると分かっている以上、罪悪感が酷いのだ。

 そのまま俺はマネキン教師へと視線を向け、無言の圧力をかける。

 ……彼女はもう戦闘不能だろうと。


「ええと、では、佐藤君の勝利ということで」


 俺の視線を理解したらしきマネキン先生は、そのまま俺の勝利宣言を行ってくれた。


 ──まぁ、正直なところ。

 ──これ以上、この娘に危害を加えろと言われても、俺の方が無理だったんだけどな。


 兎にも角にも、こうして俺は序列二〇位へとようやく上ったのである。





「さて、次はボクの番だね~」


 俺と布施円佳が体育館中央から離れるや否や、すぐにそう叫んだのは亜由美のヤツだった。

 相変わらずAAの貧相な身体で、短いスカートや手にした棍を気にした様子もなく柔軟体操を行っている。


「ったく。円佳のヤツ。

 じゃあワタシが、ちったぁ上級生の怖さってヤツを教えてあげますか」


 対する遠音麻里は自信ありげにそう笑いながら運んできたキャリーバッグを開き、そしてその十指に銀色の指輪をはめたかと思うと……

 その指を動かす。


「……なに、それ?」


 遠音麻里の指の動きに連動するかのようにバッグの中から出て来た『モノ』を見た亜由美が呆然とそう呟いたのも……まぁ、無理はないだろう。

 そのバッグの中から出てきたのは、レザー○ェイス……凄まじく有名なトム=○ーパー作のホラー映画の、人の皮で作られたマスクを被る異様な殺人鬼そのものだった。

 血まみれの手斧を手にしたその殺人鬼は、ゆっくりとバランス悪く立ち上がり……


 ──なんだ、ありゃ?


 その動きの不自然さに、俺は首を傾げていた。

 何と言うか……間違いなく『人間の動きじゃない』のだ。

 筋肉の使い方が明らかにおかしい。

 軸を全く無視したような引き攣った動きで姿勢をようやく保っている。

 ……そもそもあんな大男があのキャリーバッグに入り切る訳もなく。


「アレが遠音麻里の能力『人形操作マリオネット・マスター』か。

 ……聞いていた通り」


 俺の隣でそう呟いたのは舞斗のヤツだった。

 その声を聞いて、俺はようやく理解する。

 確かにあの殺人鬼の動きはどうも変だと思っていたが、どうやら人形だったらしい。

 しかし、人間大のサイズの人形をああやって動かすなんて……上手く使えば要人暗殺なんて軽々と行えるだろう。

 某「私リ○ちゃん、今あなたのマンションの」……などという手順を踏む必要すらなく、ただ人形に爆弾持たせて要人の傍で起動させれば良いのだから。


「先生のとはどう違うんだ?」


 俺はふと疑問を一つ口にしていた。


「私のは憑依……こちらを仮の肉体とする超能力です。

 遠音さんのは操作……指で操る人形遣いですね」


 マネキン先生はその常識外れの外見とは裏腹に、実に先生らしく丁寧な回答で俺の疑問に答えてくれた。

 それにしても……


「どうや、ワタシのババちゃんはっ!

 格好良いやろう!

 生憎、クラスのみんなにゃ、持ち歩くな言われてんだけどねぇ」


 遠音麻里先輩は人間大の殺人鬼を自信満々に動かし、自慢げにCカップのバストを突き出しながら、楽しげに語る。

 自信満々のその笑みは、本当にあの殺人鬼人形を気に入っているのを窺わせていた。

 窺わせていたのだが……


「うわ、趣味悪っ!」


 その先輩に向かって、亜由美は正直に、そして恐らくは言ってはならぬ一言を大声で平然と叫んでいた。

 ……恐らく誰もが思っていて、だけど誰もが口にしなかったその一言を。


「……あちゃ~~」


「あ、あの、麻里ちゃん、ね、落ち着いて、ねぇっ」


 その叫びを聞いて反応したのは、遠音麻里の同級生である二年生の二人だった。

 羽杷海里先輩は気の毒そうに、だけど楽しそうな見世物を心待ちにするような声色で。

 さっきまで俺と戦っていた布施円佳先輩は同級生を宥めるような声を必死に上げつつ。

 ……だけど、二人の努力は何の効果も見せなかった。


「てめぇの血は何色だぁあああああああああああ!」


 遠音麻里先輩は同級生二人の声すらも耳に入っていない様子で、そんなヒステリックな声を張り上げたかと思うと、身体の前で腕を交差させ、指を複雑な形へと捻じ曲げる。


「ちょ、遠音さん。

 まだ序列戦開始の合図は……」


 慌ててマネキン教師が制止の叫びを上げるが、もう遅い。

 『LES ARTS MA○TIAUX!』や戦いのアートとでも言うべき彼女のそのポーズの指の動きに連動するかのように、人皮の仮面を被った殺人鬼の人形は立ち上がり、どすどすと鈍い音を立てながら亜由美の方へと走り始める。

 その殺人鬼が手に持っているのは、亜由美の身体を一薙ぎで両断出来そうな血まみれの手斧で、正直、見るだけで恐ろしくなってくるような代物だった。

……だけど。


「ははっ。先輩はこういう、タイプか」


 亜由美はその眼前のホラー映画さながらの光景にも軽く笑うと、手に持っていた棍を床へと突き立て……


「よっ」


 そのまま、気軽な感じに『跳んだ』。

 いや、『飛んだ』と表現した方が正解かもしれない。

 床を、空を、空を、リズムよく踏み台に跳ねていった亜由美は、二メートル近くありそうな殺人鬼の、振り上げた手斧の更に上空をピョンと、ゲームか何かのように空中二段跳び、いや三段跳びであさりと乗り越え。

 そのまま、棍を置いてけぼりにして中空をまっすぐに軽々と駆け抜ける。


「……え?」


 本体である遠音麻里先輩が何か反応を見せるよりも早く、亜由美はあっさりと先輩の真後ろへと飛び降りていた。


 ──いや、違う。


 幾ら亜由美が軽いと言っても、二メートル超の高さから飛び降りて無事でいられる訳もない。

 着地するまでの間、亜由美は何やら足をバタバタしていたから、虚空を『踏む』ことで階段を駆け下りるように衝撃を緩和させているのだろう。

 兎に角、そうやって背後を取ってしまえば、遠音麻里先輩にはもう何一つすることなんてなかった。


「さて、受け身取ってよね?」


「……は?」


 亜由美はそう告げると、未だに何が起こったか分からないと言った表情を浮かべている先輩の腰へとギュッと抱きつく。


「そりゃっ!」


 そして、そのまま背後へと放り投げる。


 ──バックドロップ。


 当たり前だが、人形を操作する能力の、しかも格闘技とは縁のなさそうだった遠音麻里先輩にバックドロップを防ぐ術なんてありはしなかった。

 あっさりとそのまま背後へと叩きつけられ、動かなくなる。


「……哀れ」


 背後でレキがボソッと呟いたが、まさにその言葉がぴったりだろう。

 何しろ、二人は制服姿である。

 そんな姿でバックドロップなんて決められたら、スカートは凄まじいことになるに決まっている。


 ──先輩は赤で、亜由美は水色か。


 別に見るつもりはなかったんだが、勝負の一部始終を捉えようとしていた俺の動体視力はその小さな布切れまで見逃さなかった。

 ……まぁ、どうでも良い話ではあるが。

 そういうパンツ丸見えという醜態を除いたとしても、先輩のダメージは深刻なものだろう。

 何せ……バックドロップで後頭部を強打されたのだ。

 亜由美の細腕じゃそうダメージは大きくないのだろうが……白目を剥いて完璧に気を失ってやがる。


「……鮮やか、ですわね」


「と言うか、ありゃ麻里のヤツが油断し過ぎだ。

 ったく。同じ手で繪菜にも舞奈にも負けやがったのに……

 人形の外観を弄るばっかりで学習しやしねぇ」


 感心したような雫の呟きを聞いて、二年生最後の一人である海里先輩が吐き捨てる。

 同じ手と言うのは、本体を狙われたということだろう。


 ──確かに、あの二人なら問題にならないわな。


 俺は少し前に苦戦を強いられた二人の先輩の超能力を思い出し、内心でため息を吐く。

 ……繪菜先輩なら直接本体を叩けるし、舞奈先輩なら人形を切り刻むのも本体を切り刻むのも自由なのだから。

 そうしている間にも気を失ったらしき遠音麻里先輩の身体を、マネキン教師は意外に軽々と担いで体育館の隅へと運んで行く。

 さて、これで亜由美の方は心配なく勝利した訳だが……


「つ、次は、お、俺の番、っスね」


 震えながらそう呟く舞斗のヤツは……果たして大丈夫なんだろうか?


「おい、大丈夫か?」


「え、ええ。兄貴。

 俺は、無敵、っスから」


 俺の問いかけに舞斗は震えながらも笑みを浮かべていた。


 ──大丈夫、には見えないんだがな。


 どう見ても脅え切って、序列戦を挑むことを後悔し尽くしているその顔に、俺はため息を軽く吐くものの……


「じゃ、じゃあ。

 行って、くるっス」


 この世の終わりを迎えるような青褪めた顔で、それでも笑顔を作りながらそう虚勢を張り、震えながらも前に歩こうとする友人の姿を……俺は止めることなんて出来なかった。

 だから。


「よし、行って来いっ!」


 俺はそう叫ぶと、舞斗の背中を力強く引っ叩く。

 ……せめて、一歩だけでも勇気を捻り出せるようにと。


「次、頑張れっ!」


 丁度戻ってきた亜由美も俺の意図を組んでくれたらしい。

 亜由美のヤツは正面から舞斗の肩を思いっきり平手で引っ叩いたらしく、凄まじい音が体育館中に響き渡る。


「よ、よっしゃっ!」


 少しは俺たちの激励の甲斐があったのだろうか?

 ……前へと歩く舞斗のヤツの足取りからは、いつの間にか震えは消え去っていたのだった。


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