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第四章 第五話


 俺の策は狙い通りだった。

 間宮法理の能力である『軌跡誘導(ホーミングスロー)』と、彼女が羽子と戦った時に武器として使ったソフトボールと、その投球を見た時から分かっていたのだ。

 ……彼女が、ソフトボールをやっていたのは間違いないと。

 だからこそ、この策は完璧だった。


「では、ルールをもう一度確認するぞ?

 佐藤がバッターで、3アウトすれば負け。

 間宮がピッチャーで、一点取られれば負け。

 守備要員が足りないから野球盤方式で、凡その進塁を決める、だな?」


「ああ」


「ええ。それで構いません」


 ゴリラ教師の確認に頷く俺と間宮。

 彼女は打たれないと確信しているらしく、自信満々の笑みを浮かべ、グラブとボールの感触を確かめていた。


 ──ここまでは、良し。


 俺は体育館の床に適当に置いたホームベースの左へと立つ。

 向かい合う先では「十八メートル」ほど離れたところに置いた投球板を蹴りつつ、間宮錘がアンダースローの投球モーションを確認している。

 俺の後ろにはキャッチャー兼審判であるゴリラ教師がキャッチャーミットを手にしゃがみ込んでいた。


「ああ、キャッチャー後逸はなしにしてくれ。

 悪いが、取る自信がない」


 ゴリラ教師がそのガタイに似合わず不安げな声で放ったその言葉に、俺は頷いていた。

 このゴリラが素人キャッチャーである以上、俺と間宮錘の勝負を左右しかねない要素を外すのは、まぁ、仕方ないことだろう。


 ──ここまでは問題ない。


 ギャラリーたちも興味深そうに俺たち二人の対戦を見つめていて、勝負方法についてはそう文句を言うつもりもなさそうだった。


「スポーツという手段もあるんスね」


「……面白い」


 見物客である舞斗やレキがそう呟き、A組の面々も感心したかのように頷いている。


 ──と言うか、それくらい思いつけって……


 ギャラリーを半眼で見つめながら俺は内心でそう呟くが、外野にばかり構ってはいられない。


「さぁ、来いっ!」


 俺はバットを構え、気迫を込め叫ぶ。


「ふふっ。打てるものですかっ!」


 間宮も同じだったらしい。

 俺の叫びに答えるかのように大声を張り上げると、モーションを大きく取って……

 アンダースローでボールを放つ。


 ──ドンピシャっ!


 その投球は俺の読み通り、低めの『直球』だった。

 剣術をかじったお蔭でそれなりの速度が出た俺のバットは、見事に彼女の投球を真芯で捉え、見事に大きく弧を描き間宮の背後へと飛んでいく。


「「しまったっ!」」


 間宮は打たれたことに悲鳴を上げ、俺は弾道が思ったよりも低かったことに悲鳴を上げていた。

 飛んで行ったボールは速度を落とすことなく、体育館の側壁に当たって凄まじい音を立てる。

 ……が、しかし。


「あの角度なら外野フェンス直撃。

 ……二塁打、だな」


 ゴリラ教師がもっともらしく頷くのを、俺は歯ぎしりしながら聞いていた。

 ノーアウト、二塁。

 得点圏内に走者がいて……もとい、いることになっていて、凄まじく攻撃側に有利なこの状況ではあるが……


 ──しくじった。


 俺はこの状況に焦りを隠せなかった。

 ……ここまでは上手くいっていたのだ。

 俺が間宮法理に仕掛けた策は三つある。

 野球というルールある戦いを挑むことで「手裏剣などの危険な投擲武器を封じた」のがまず一つ。

 ソフトボールを持たせつつも「野球の距離で投球させた」のが二つ目……実のところソフトボールの女子だと投手と打者間の距離は十三メートルで、それは俺にとっては有利な条件だった。

 そして、三つ目。

 彼女が『ソフトボールの訓練を積んでいた』という勝機があったのだ。


 ──初球は必ず「自分自身の力で」挑んでくる。


 球技に対して自信満々だった彼女は俺の予想通りの行動を行い、そして俺は予想通りに初球を狙い撃った。

 ……彼女の超能力の根底には、彼女自身のコントロール、もしくは球質の軽さに難があると読んでいた。

 そしてそれも正解だったらしく、バッティングについては素人の俺でも、見事にバックフェンス直撃しただろう飛距離を出せたのだから。


 ──ただ、ここから先は、厳しいぞ。


 こうして向かい合うだけでも、間宮法理の顔から余裕が消えているのが分かる。

 これからは超能力者として……『軌跡誘導(ホーミングスロー)』の能力を使って投げ込んでくるに違いない。


「───っ。

 次、行くわよ?」


「……ああ、来やがれ」


 俺は内心の焦りを隠せないまま、間宮の声に答える。

 彼女の声もさっきまでの余裕が見られないのは、打たれて動揺している所為だろうか。

 そして、動揺を抱えたままの間宮が投球フォームに入り、俺は内心の不安を隠せないままに彼女の魔球へと挑む。


 ──ズドンっ!


 俺のバットは見事に空を切り、背後のミットが乾いた音を立てる。


「ストライクっ!」


 ゴリラ教師の声が静まり返った体育館に無情にも響き渡る。


 ──あんなの、打てるかっ!


 そのボールを空振った俺は、内心で悲鳴を上げていた。

 何しろ、間宮錘の放ったソフトボールは、地面すれすれから斜め上に跳ね上がるという、本来ならぶっちゃけあり得ないマーブルスクリューな軌跡を辿って来たのだ。


「ワンストライク。

 じゃ、二球目、行くわよ?」


 俺のバットがボールから数十センチも離れたところを振ったことに落ち着きを取り戻したのだろう。

 間宮の声からは余裕が感じられる。


「ちぃっ?」


 そして、二球目が飛んで来る。

 次は直下に落ちるフォークボールだった。

 普通のフォークボールのように直下に落ちたように「感じられた」訳じゃなく、『文字通り』『直下に』『落ちた』のだ。

 ……当然のことながら俺のバットは空を切る。

 キャッチャーであるゴリラもそのフォークボールが取れず、身体を張って何とか後逸を防ぐのが精いっぱいだったが。

 そして、三球目も似たようなものだった。

 顔面へとまっすぐに向かってきたボールが、斜め下へと滑落してストライクゾーンを通り過ぎていく。


「じゃ、これでワンアウトね」


「くっ」


 バットすら振れなかった俺は、余裕綽々の間宮の笑みに呻く。

 だが、これは自分から挑んだルールであり……これでも俺にとっては有利なのだ。

 もし今のが棒手裏剣だったら、今頃俺は体育館の床に流れ落ちた血溜まりでスケッチを描いて楽しんでいる頃だろう。


 ──流血で絵画を描くなんて、見た目は子供頭脳は大人とかって某名探偵も吃驚のダイイングメッセージだよな。


 内心でアホなことを呟くが、実際はそんなに呑気な話でもない。

 何しろ、打てない、いや、打てる見込みすらないのだ。


「ほら、次、行くわよ?」


「畜生っ!」


 またしても俺のバットは空を切る。

 真横に流れるスライダーという、「超能力を使っていない」まっとうな球種ではある。

 とは言え、何が来るか分からないこの状況で、そんなの打てるはずもなく。

 背後にいたゴリラ教師はまたしても球を受けることが出来ず、慌てて背後へと走って行った。

 つまり、彼女の投球がおかしいのであって、別に俺が劣っている訳じゃないのが唯一の救いと言えば救いだったが……


「次はフォークね?」


「黙りやがれっ!」


 そう告げた間宮の球は……ストレート。

 見事に騙された俺のバットはボールの遥か下を通り過ぎ、後ろからミットの音が体育館中へと響く。


「兄貴、ヤバくないっすか?」


「……あれは、キツい」


 今頃になって舞斗やレキ、いや、A組の面々がざわつき始めるが、そりゃそうである。

 そもそもこの不利な勝負、俺が勝てるのは「初球をバックスタンドまで運ぶこと」……ただそれだけだったのだ。


「はい、これで三振」


「ぐっ」


 何の変哲もないスローボールに対しても……俺のバットは空を切るだけだった。

 あの凄まじい変化球を見て打つなんてどう足掻いても無理だから、俺は読みだけでバットを振っているのだが……それが仇になった形である。


「ツーアウトだけど、大丈夫?」


「……まだ策はあるさ」


 余裕のあまり気遣う様子を見せる間宮の声に、俺はそう強がる。

 いや、実際に策はある。


 ──このバットを間宮目がけて叩きつけりゃ……


 スポーツに気を取られる今の彼女は隙だらけで、完全に不意を突けるだろうから間違いなく一発でKOを奪える。

 ……確実に勝てるのは間違いないだろう。


 ──しかし、それは……


 流石に、その、人として、やってはいけない部類の策である。

 どんなボールを投げるにしても、彼女の身体はそこから動かないにしても……


 ──待てよ?

 ──そもそも……野球素人のこの俺が、相手の土俵で勝てる筈もないんだよな。


 そんな当たり前のことと共に、不意に必勝の策が浮かんだ気がして、俺は一瞬動きが止まる。

 その次の瞬間。


 ──気付けば凄まじい勢いのボールが俺の方へと向かって来ているっ!


「ちぃっっ?」


 要らぬを考えていた所為で、ボールを完全に失念していた。

 完全に出遅れた俺はバットを振ることも出来ないまま、そのボールを見送り……


「ボールっ!」


 ──へ?


 背後から聞こえてきたゴリラの声は、俺の予想を裏切る声だった。


「……何?

 見てくる作戦に変更した訳?」


 間宮が感心したような声を上げるが、実際はただ呆けていただけだ。

 ……しかし、その偶然が俺にとっては救いとなった。


 ──他に策はない、か。


 俺の選球眼に彼女が感心し、自らの慢心を戒めるように息を整えてくれたお蔭で、覚悟は決まっていた。


 ──と言うより、他に打てる策が思いつかない。


「あと、二球、打てるものなら打ってみなさいっ!」


「応っ!」


 彼女の挑発に答えるかのように、俺は大きく叫ぶ。

 そして、間宮がいつもより大きな投球フォームで渾身のボールを放った瞬間……

 俺は思いっきり前へと大きく踏み込むと、バットを大きく振り上げ……


「ちぇすと~~~~っ!」


「え?」


 身体の前の方で、その大きなボールへとバットを思いっきり叩きつける。


 ──大根斬りっ!


 むしろ大上段からの兜割りに近い俺の一撃は、彼女の放ったボールが『変化する前』を見事に捉え、狙い違わず床へとボールを叩きつけていた。

 ……そればかりではない。

 その跳ね返ったボールは、投球を終えて前傾姿勢のままの彼女へとまっすぐに向かって行き……


「……あっ」


 自分の球が打たれることを予想していなかった間宮は、投球フォームのまま硬直していて、反応すら出来なかったらしい。

 ……もしくは超能力を扱うことに集中していた弊害、だろうか?


 ──ゴンっ!


 ソフトボールは見事彼女の額を捉え、彼女はそのまま真後ろへとひっくり返る。

 かなり当たりが良かったらしく、彼女は大の字で倒れたまま……指一つ動かそうともしない。

 その光景に……誰もが予想しなかった決着に体育館中が静まり返り、彼女に直撃したソフトボールが床を叩く小さな音だけが響き渡る。


「……KOっすね」


「……一撃必殺」


 そんな静まり返った空気を打ち払ったのは、舞斗とレキのそんな呟きだった。

 俺の背後でゴリラが何か言いたそうな空気を発していたが、彼はそれを歯ぎしりと共に飲み込むと……


「この戦いの勝者、佐藤和人っ!」


 そう叫び、俺の勝利が確定した。

 ……だけど。


 ──こんな勝ち方を、望んでいた訳じゃないんだが……


 俺はその勝利にどうも釈然としないものを感じていた。

 実際、舞斗を除くA組の面々は酷く険悪な視線を俺の方へと向けていたし。


 ──これから、苦労しそうだな。


 ……そんなA組の彼女たちに背を向けながら、俺は内心でそう嘆息するしかなかったのだった。


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