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第一章 第四話

「えっと。どうしますか?」


 三人だけが取り残された部屋で、サングラスの少女がふと俺に尋ねてきた。

 

 ──つーか、俺に聞かれてもな。


 あの女教師は自分の仕事も放棄してさっさと出て行ってしまったし……

 そもそも俺はこの三人と同じで、この夢の島高等学校に入学したばかりの新入生で、何をしていいのかなんて知っている訳でもないのだから。

 ただ、何か答えを期待されているようなので、ふと考えて……


「もう今日やることはないんだろ?

 だったら、寮に戻れば良いんじゃないか? えっと……」


 そこまで喋って……俺はこの少女の名前すら知らなかったことに気付く。


 ──身体測定の時に呼ばれているのを聞いている筈だけど……


 残念ながら俺はあの時、凄まじいばかりの巨峰連山に目を奪われるばかりで、こんなAAにも満たないような……言わば『六遊怪チームで戦わずして仲間に哀れな二人の名前』のような、貧しい印象のバストの持ち主なんて、覚えてもいなかったのだ。

 流石にソレを正直に言う訳にもいかなかった俺が、言葉に詰ったのに気付いたのだろう。

 サングラスの少女は礼儀正しく一礼して……


「ああ。そう言えば名乗っていませんでしたね。

 私、音無奈美って言います」


 ……と、名乗った。

 奈美ちゃんね……何となくちゃん付けが似合う感じだな、うん。


「……数奇屋奈々」


 と、いきなり会話に参加してきたのはビーナスですら敵わないだろうというおっぱい様を装備した女神様だった。

 その会話への参加のタイミングが何の脈略もなかったから、俺は彼女が一体何を言っているのかを暫く考えたのだが……三秒ほどで彼女の放った単語の意味が「名前」だったという事に気付いた。


 ──しかし、そんなに俺の視線が嫌なのだろうか?

 

 奈美ちゃんと話している俺の背後に立ち続けているなんて。

 まぁ、精神感応能力(テレパシー)で心が読まれているなら、俺の視線が敬遠されるのも仕方ない話なのだろう。

 何しろさっきからあの二つの宝玉が視界に入る度に、俺は過剰な演出のグルメ漫画の如く、その制服の下にある肢体全てを脳内で描き続けているのだから。


「あ~。俺は佐藤和人。

 ……今後とも、よろしく」


「あの、佐藤さん」


 俺がどっかの合成仲魔っぽくそう名乗った瞬間だった。

 おずおずと言った感じで奈美ちゃんが手を上げる。


「……何だ?」


「佐藤さんの『能力』って何ですか?

 ちょっと、知りたいな……なんて」


 ──え?

 ──能力?


 ……俺は暫く悩んだ後で、彼女が言っていることが『超能力』のことだと気付いた。


「この学校って、超能力者が入る学校なんですよね?

 今後のためにも、お互いの能力くらい知っておきたい、と思いまして」


 そう奈美ちゃんが首を軽く傾げながら、その小さな唇を開く……その控え目な話し方がすごく可愛い。

 まぁ、サングラスさえなければ……だけど。

 ……というか、それ以前に。


 ──俺、普通の人なんだけど!


 俺はそう叫びたくて仕方なかった。

 ほんのさっきまで……超能力が実在していることすら知らなかったのだ。

超能力なんて持っている筈がない。


 ──けど……普通の人なんて言える雰囲気じゃないっ!


 と言うか、奈美ちゃんが放ってくる期待の視線は、そう言わせて貰えそうにない。

 ……いや、サングラス越しだけど。

 それ以前に奈美ちゃんは目が見えてないらしいけど……ま、その辺りは感覚的なことで。


「……えっと」


 俺は悩む。

 ……当たり障りのない能力って何だろう?


 ──透視能力者(クレヤボヤンス)にしようか?


 今、奈美ちゃんが穿いている下着は白です……なんてセクハラすれば。

 そうすれば、超能力関係でこれ以上突っ込まれる心配はないだろう。

 ……う~ん。

 だけど、それをやると……丸三年間マイナス半日くらいの、早い話が入学初日から俺の高校生生活全てが真っ暗どころか闇色に変わってしまいそうである。


 ──いや、お色気トラブルが続くダークネスな人生なら望むところなんだけど。


 生憎と俺の歩むだろう闇色の道は、砂漠を旅し続ける初期の世紀末暗殺拳継承者並に潤いのない道のりだろうし。

 それだと、何のためにこんな遠くの高校にまで入ってきたのか分からなくなってしまう。

 そうやって俺が悩んでいた時だった。


「……彼の能力は『アッシュ』。

 効果は内緒にしないとダメっぽい」


 ふいにおっぱい様がそんな訳の分からないことを仰られたのだ。

 心当たりの欠片もない、そして正直者として生きたいと常々思っていた俺は、思わず魔法少女に随伴している白いマスコットキャラっぽく「訳が分からないよ」と口を開こうとしていた。


「へぇ。アッシュですか。

 ……何か、凄そうですね。

 これからよろしくお願いしますね、佐藤さん」


 ただ、奈美ちゃんはそれで納得してしまったようで、俺が口を開く前にそう微笑んでしまう。

 その警戒心の欠片もないような笑顔があまりにも可愛く思えたものだから、俺はつい彼女の手を取って握ってしまった。


 ──もしかしたらそれは、ただの精神感応能力者のハッタリだと嘘を吐くことに感じた、胸の痛みを誤魔化すためだったのだろうか。


 と言うか、嘘をついた所為だろう。

 彼女の手を取った途端、俺の背筋にゾッと寒気が走る始末である。


「あ、先に寮に戻っていてください。

 私は、ちょっと……」


 そんな俺の内心の葛藤や、緊張に気付いた訳ではないのだろう。

 ただ、奈美ちゃんは突然そう俺たちに断ると、俺の手を振り解いてこの部屋をさっさと出て行ってしまった。


 ──ハッタリって気付かれた?

 ──それとも突然手を握ってしまったから嫌がられたか?


「……大丈夫。トイレに行っただけ」


 視界の外から俺の内心の憂慮を杞憂だとそう教えてくれたのは、凄まじいおっぱい様の持ち主様だった。

 勝手に人の心を読むのは止めて欲しい……と一瞬考えてしまうものの、俺はすぐに「それも仕方ない」と受け入れる。

 

 ──だって、そうだろう?


 この少女は、あの至高の芸術を二つも所持しているのだ。

 それだけで、世界中の誰だろうと彼女に意見するなどおこがましい。

 少なくとも俺は、あの二つの膨らみが視界に入っただけで、印籠を見せられた江戸時代町民のように平伏したくなるくらいである。


 ──というか、トイレって。


 ちょっとだけその光景を想像してしまい……慌てて俺はその妄想を打ち消す。

 精神感応能力者の目の前で、同級生の小用の姿を想像する訳にもいかないし。

 ……それは、かなりディープな趣味だ。

 少なくとも俺の趣味じゃない。


「というか、えっと……」


 おっぱい様の持ち主に向けて声を出そうとして、俺は口ごもる。

 

 ──彼女を、何と呼べば良いのだろう?


 流石に『おっぱい様』と呼ぶのは躊躇われる。

 と言うか、俺如きがこの素晴らしい神の創りし芸術品に声をかけて良いのだろうか?

 手を触れるどころか、俺の言葉が空気を震わすくらいで崩れるような、それほどまでにギリギリに張り詰めている、危うい美しさなのだ、この双つの聖杯は。


「……奈々で良い」


 何故かぶっきらぼうに言葉を放つ精神感応能力者様。

 俺としては、もう脳内で取り繕うのはさっさと放棄したから、さっきまでの思考がだだ漏れなのだろう。

 それでも言葉を交わしてくれるのだから、このおっぱい様は良いおっぱい様だ。うん。

 ……中学時代なんて、クラスで一番のバストの持ち主に『正直に』告白したら、女子全員を敵に回して……

 いや、あの暗黒時代を思い出すのは止そう。

 とりあえず、彼女はその至高の芸術の持ち主に相応しい寛容の持ち主でもあるのだから。


「あ、ああ。えっと……奈々様」


「……奈々で良い」


「……奈々」


 俺は最後まで躊躇ったのだが、おっぱい様は呼び捨てにされることを望まれている。

 俺としては恐れ多いのだが、仕方なく『奈々』と呼ぶことにした。

 ……ま、それはそれで置いておいて。

 それよりも今はさっきの奈々の発言を尋ねないと……

 俺が超能力の持ち主だなんて、そんな嘘をどうして吐いたのかと。


「……アッシュ。どっかの文字でHと書く」


 ん? エイチ?


「……和人にぴったり」


 ちょっとお待ちください、おっぱい様。

 俺の脳内がピンク色の妄想……特に二つの膨らみ部分に直結しやすいからって、それは超能力とは何の関係もないので御座います。

 大体、健全な男子高校生なら、この程度のエロ発想は普通の筈だ。

 少なくとも、幽霊掃除人に出てくる時給255円の助手に比べれば、俺なんて大人しいものだろう。

 そんな俺の内心の叫びを聞きつけたかの如く……というか、彼女には普通に聞けるのか……おっぱい様は俺に軽く微笑むと、それ以上の弁解を聞こうともせず、そのまま教室から出て行った。

 ソレが視界から外れると、俺はまるで絶対遵守のギアスが解けたかのように我に返る。


 ──お、俺は今までどうしてあそこまでアレに忠誠を誓っていたのだ?


 確かに、俺はアレが大好きだ。

 アレに目が眩んで告白をしたくらいである。

 ……その所為で中学時代は暗黒時代だった。

 尤も、中学生レベルでは俺のストライクゾーンまで成長した娘なんて一人くらいしかいなかったが。

 ……だから、アレの目の当たりにした俺は、規格外の大型肉食獣に出会ってしまった哀れな小動物の如く、思考が硬直してしまうのだろう。


 ──自然の摂理だ、仕方ない、か。


 結局、俺が出した結論は、そんな……諦めの極致でしかなかった。

 所詮本能には抗えるハズもない。

 明日から寝るなと言われても俺は眠くなる、喰うなと言われても腹は減る。

 ……俺に出来ることなど何もないのだ。


 ──それでも、せめて人間として接するくらいの、それくらいの分別は持ちたいけどな。


 なんて、俺が達観しつつ考えていると、立ち去った筈のドアから、奈々が影から顔だけ出して……


「……あ、それと。

 奈美ちゃんにセクハラしても、彼女には下着の色なんて分からないから、意味なんてない。

 ちなみに、下着の模様は上下ともに薔薇のレース地」


 そんな言葉を残して行きやがった。


 ──そりゃそうなんだが。


 ……わざわざ俺の頭が如何に悪いかをいちいち教えてくれなくても。


 下着の模様を教えてくれたのは……ちょっとだけ感謝するが、あの奈美ちゃんの残念なスタイルじゃ感謝のレベルもやっぱりちょっとだけしかないのも事実である。


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