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第四章 第一話

 結論から言って、放課後から始まった委員長との序列戦は今までのどの相手よりも長く、今までのどの相手よりも過酷な戦いとなった。


「お手伝い、ありがとう御座いました、佐藤さん」



「……こんなの、ありかよ」


「ええ、先生に問い合わせたら、勝負の方法は問わないとのことでしたので」


 戦わないまま序列戦が終わってしまったことに未だに納得のいかない俺はぼやくが、委員長から戻ってきたのは満面の笑みだった。


「……冗談だろ?」


「いえいえ。

 秘蔵のレアモノ三冊で手を打ってくれました。

 同好の志とは、ありがたいものですね」


 幾らなんでも……と疑りつつの俺の問いへの委員長の答えは、そんな……この序列戦が如何にいい加減かを教えてくれる答えだった。


 ──いや、違うか。


 学校側は点数を加算するなど、この序列戦に本腰を入れる様子を見せている。

 が、そんな学校側の姿勢に反し……あのマネキン教師はどうも、この「序列戦という授業妨害」に対し、良い感情を抱いていなかった節がある。

 だからこそ……委員長の買収にも応じたのだろう。

 勿論、委員長自身が序列やテストの追加点などに一切の興味を示していないことも大きいんだろうけれど。


 ──そういう意味じゃ、この委員長もぼったくられた、のかも。


 教師としてあまり気の進まない、だけどスポンサーには逆らえず渋々導入した序列戦で、レアもの同人誌を三冊も掠め取ったのだ。

 そう考えると……この委員長でさえも、あのマネキン教師とは格が一つ落ちるらしい。


「……何か?」


 俺の憐れむような視線に気付いたのだろう。

 自分の取引が正当だと信じている委員長は、笑みを浮かべたままでそう問いかけて来るが……生憎と俺は、『ソレ』を指摘するほど非道にはなれない。


「いや、別に」


 ただ首を左右に振るだけに留める。

 しかし、委員長も笑みを浮かべているとは言え、その顔には大きなクマが出来ていて……疲労の色が濃いことを知らしてくれる。

 ……いや、それは彼女ばかりではなく、恐らくこの俺も同じだろう。


「では、私はトーン作業の続きがありますから」


「……つか、れたぁ~~~っ」


 彼女の部屋からようやく解放された俺は軽く肩を回すと、ため息と共に思わずそう叫んでいた。

 何しろ、彼女が出してきた序列戦の条件は、これまた特殊なもので。


 ──明日の朝までの根気比べ。


 という過酷極まりない条件だった。

 いや、まぁ、風呂場での熱湯勝負とか大食い競争とかならまだ耐えられただろう。

 ……だけど。


 ──ベタ塗りなんて、もう二度と御免だ。


 ……そう。

 彼女の出してきた条件は、今描いているという同人誌の手伝いだった。

 しかも、内容が内容である。


 ──何故この俺が、何故おっぱい星人を自他ともに認めるこの俺が……野郎と野郎が抱き合いキスするような同人誌の墨入れをしなきゃならないのだろう?


 その上、ベタ塗りを行う場所は、主に髪の毛と黒塗り……野郎同士が引っ付いている場所や顔を突き合わせているアップのシーンと、公序良俗に反するブツがアップのシーンとか、そういう場所が主であり……

 付け加えるならば、委員長の画力は素人に毛が生えたレベルではあるが、何がナニかを判別する程度の画力は存在していた。

 その挙句に、主人公(ヒーロー)と言うよりヒロインの少年はマイトというショタ系美少年で、どっかで見たような面影があった。

 ……しかしながら。

 そのマイトを攻めたてる役であるカーズという敵役の剣士は、あくまで柱から復活した究極生命体をモチーフにしている筈で、この俺……佐藤和人という存在とは何の関係もないと思いたい。


 ──いや、思わないと正気を保てない。


 ……本当に無関係の筈である。

 乾燥(シリカゲル)という超能力を持つ彼女がベタ塗りなんぞに素人の俺を呼び寄せたのは……あくまで手が足りないからであって、姿かたちや仕草などの細部の特徴を確認するために呼び寄せたのではない、と信じている。

 兎に角、その拷問にも等しい作業は延々と何時間も続けられ、俺の精神力と体力・気力を根こそぎ奪っていた。

 そういう理由で……今の俺は精神崩壊寸前だった。

 朝日は思いっきり眩しく、連戦に次ぐ連戦で肉体疲労が残っていたところへ徹夜の慣れないデスクワーク。

 既に肉体も精神も限界値をあっさりと下回り、俺はふらつく身体を気力だけで動かしながら、何とか委員長の部屋から自室へと身体を運ぶ。


「お、師匠。今日はどうするつもりなん?」


「私たちは全員が他のクラスと戦うことになりますので、予定を合わせようかと思案中なのですけれど」


「……一緒に、どう?」


「あ~」


 三人娘の挨拶代りの提案にも俺はそんな適当な言葉しか返せない。

 ただ、彼女たちの胸を一瞥し、あるかないかもろくに分からないその胸にため息を一つ吐いてさっさと視線を外すと、俺は呆けた表情のまま彼女たちの隣を素通りして抜ける。

 実際のところ、今の俺は頭の片隅にぼんやりと霞がかかっているかのように思考が冴えないばかりか、足取りも肩も全身も凄まじく重く、鼓動が打つたびに目の奥が痛む有様だった。

 完璧に睡眠不足を示すそれらの症状は、俺から思考能力を完全に奪ってしまっていて、どうも気力が入らない。

 ……有り体に言ってしまえば、貧乳を相手する余裕なんか残っていなかったのだ。


「何や、アレ?」


「おかしな薬でもやった後、でしょうか?」


「……委員長と、何か」


 背後からそんな声も聞こえてきたが、その言葉が何を意味しているかを考えることすら億劫だった俺は、無視して足を前へと進める。


「ああ、やっと帰ってきた」


「何をしていらっしゃたのですか?

 昨夜は部屋に戻らなかったようですけれど」


 少し歩いたところでそう声をかけてきたのは、相変わらず中空に浮かんだままの亜由美と、杖を突いて目を閉じたままの奈美ちゃんだった。

 亜由美のヤツは丸一日経った今でも顔に絆創膏を貼っていて、未だにダメージが抜け切ってないようである。

 それに何か長い棒を持っているような……まぁ、どうでも良いか。


「……いや、委員長と、ちょっとな」


 彼女たちの問いに対し、嘘を吐く余裕すらない俺は、事実をありのままに返していた。

 返しつつも、無意識の内に視線を二人にも向け……メンタルとタイムの部屋もかくやと言わんばかりに何もないそのAAサイズに、どうしようもないため息を吐く。

 はっきり言って時間の無駄である。


「ちょ、委員長の部屋って何があったのよ?」


「和人さん、私もその辺りをちょっと詳しく……」


 何やら聞きたそうな声を上げている二人を完璧に無視したまま、俺はエレベーターの入り口まで歩き、背後を振り返ることもなくスイッチを押す。

 基本的に利用者も多くないエレベーターはすぐに到着を鳴らし、ドアが開いた。


「お?」


「あら?」


 どうやら珍しくエレベーターの利用者……陸奥繪菜先輩と鶴来舞奈先輩とかち合ってしまったらしい。


 ──いや、どちらかと言うと珍しいのは階段を使うのも面倒でエレベーターを利用しようとした俺の方だろう。


「どうした……随分憔悴しきった顔をしているぞ?

 序列戦程度、お前ならそう苦労もしないだろう?」


 繪菜先輩は俺の顔色を見るや否やそう尋ねてきた。


「いえ、ですから繪菜ちゃん。

 こんな男、この程度でしかないのですよ。

 あまり過度な期待は……」


「いや、しかしもう賽は投げてしまった訳だからな」


 そして何やら二人で話し合っている。

 が、今の俺にはそんなこと、もうどうでも良かった。

 はっきり言って、今の俺は……砂漠の中でオアシスをようやく見つけた枯死寸前の旅人の気分だったのだ。

 そんな干物同然の旅人がオアシスを見つけたら、どうなるか?

 答えは簡単で……『例え蜃気楼だという可能性があったとしても、残された全体力を振り絞ってオアシスへと一直線に突き進む』である。

 聞き終わったCDをケースに戻すくらい当然のその行為を、俺も行った。


「おおおぉぉぉぱあぁぁぁぁあああああぃいいいいいぃいぃぃぃ!」


 叫び声を上げながら、一心不乱にその二つのDサイズの膨らみへと。


「は、いっ?」


 繪菜先輩の『不可視の腕(インビジブル・ハンズ)』は、俺の特攻に何ら反応を示さなかった。

 そして、御目付役の筈の舞奈先輩さえも。

 恐らく、俺の行動が突拍子もなく、更には予想だにしなかった行動で反応出来なかったのだろうけれど。

 一直線に放たれた俺のタックルは、いや、その俺の顔面は狙い違わず繪菜先輩のバストへと、二つの膨らみの間へと突き刺さる。

 いや、挟まれると言うのが正しいのか。

 少し硬めのブラの感触と、そして俺の顔を押し返す柔らかく暖かい感触を感じた俺は、身体の奥底から湧き上がる感動と安らぎと達成感によって腹の底から、いや、魂の奥底から叫びを上げる。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「ちょ、どうしたんだ、おいっ?」


「こら、そんなこと私でさえしたことないのに……

 って、え?

 ……貴方、まさか、泣いてる?」


 戸惑いを隠せない舞奈先輩のその声に気付けば、確かに俺は涙を流していた。


 ──仕方ない、だろう?


 本当に拷問だったのだ、アレは。

 塗っても塗っても野郎の面ばかり、膨らみの欠片もない胸板ばかり、自分のモノ以外なんか見たいとすら思わない『男性の象徴』と、自分のですら見たくない部分とか、そういう絵を徹夜で延々と見せられ……

 失敗する度に目を乾かされる拷問を受け、ベタ塗りが終わっても修正液を使っても委員長が超能力で乾かすものだから休む暇すら与えられず……

 妖精さんが世界の中心種族になった世界に暮らす人類ほどに、俺は衰退し切っていたのだ。


「どどど、どうしましょう、繪菜ちゃん?」


「どうもこうも……まぁ、悪い気はしないんだが」


 ひと晩中泣いて泣いて泣いて~って感じの俺の慟哭を感じ取ったのか、舞奈先輩は刃物で邪魔することもなく、繪菜先輩も見えない腕で俺を引き剥がすこともなく。

 俺は沼という名の高額レートパチンコ台から玉が吐き出された時の如く、法悦・垂涎なんて形容詞もつきそうな圧倒的至福の温もりに包まれたまま、その時間を過ごしていた。

 とは言え、そんな時間が長く続く訳もなく。


「あんたって人は~~っ!」


 どっかの主人公を追いやられた悲劇のパイロットみたいな叫びを上げて、亜由美のヤツが突っ込んで来た所為で、俺のボーナスステージは終わりを告げた。

 しかも亜由美のヤツが放ったのは無防備な俺の脇腹へ、全体重を乗せたドロップキックである。

 全身全霊をもってDの温もりを享受していた俺に、その一撃が耐えられる訳もなく。

 俺はその横やりによって至福のおっぱい天国から、全身包帯の剣豪曰く「修羅が血で血を争う現世」という名の地獄へと戻される。

 そして、既に限界寸前だった俺の身体は、おっぱいのお蔭で発生していた脳内麻薬が切れた途端、最高のタイミングでカウンターを貰ったボクサーのように直下に力なく崩れ落ち。


 ……俺の意識も同じように闇の中へと吸い込まれていったのだった。


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