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第三章 第五話


 突然乱入してきた形になった稲本雷香の声にギャラリー連中はざわめきを隠せない。


「嘘……三連戦?」


「おいおい! いいのか、アレっ?」


「和人が受けるなら……多分」


 ──ざわめきの中でも舞斗と亜由美の声が一番耳に入って来やがるな。


 そう内心で呟いた俺は……身体の調子を確かめてみる。


 ──亜由美から喰らったダメージは、もう抜けている。

 ──疲労は、身体がちと重いくらい、か。


 ……なら、戦えないことはない。

 そう判断した俺は一つ頷くと覚悟を決める。

 稲本雷香は電撃の能力の使い手。

 彼女はコミュニケーションを取るのが非常に難しい相手で、未だに数度しか話したこともないが……。

 亜由美みたく格闘技の心得がある訳でも、三馬鹿娘みたく超能力を有効活用することに熱心な訳でもない。

 つまりは戦闘のアドバンテージはこちら側にあるということだ。


「ったく、クラスメイトの面倒くらいちゃんと見んかい」


「そうですわ、どうして私たちがこんなこと……」


「……思い」


 視界の隅で、未だに疲れ切って動けない由布結の身体を羽子・雫・レキの三人が場外へと運び出していた。

 それを一通り見届けたところで、俺は両腕を胸の高さに上げて、いつもの構えを取る。


「ああ、授業時間がまた短くなって……

 では、序列二十三位争奪戦、始めっ!」


 マネキン教師の嘆きが、俺の気合を一瞬だけ萎えさせるが、勝負が始まるには始まったのだ。

 俺は気を取り直して眼前の小柄な少女をさっさと無力化しようと上体を前へと傾け……


「──っ?」


 そこで、止まる。

 俺の眼前で稲本雷香が右手をこちらに差し出して……握手を求めていたからだ。


 ──試合前の、挨拶か?


 何を考えているのかさっぱり分からないヤツの割に、意外と律儀なんだな~などと思いつつも、俺は彼女の差し出した握手に応える。

 その瞬間、だった。


「ぐふがぁっ?」


 俺の身体中を激痛と衝撃が走る。

 一度味わったことがあるが……これは、電撃だ。


 ──稲本雷香の超能力、電磁衝撃(エレキショック)の痛み。


「て、めぇっ」


 俺は激痛の中、必死に雷香の右手を振り払うと、その場に膝を突く。

 ダメージはかなり大きく、身体の自由が効かない。


「和人?」


「兄貴はどうしたんすかね?」


 ……ギャラリーは、気付いていない。

 実際の話、電撃によるダメージってのはアニメや漫画みたく放電する必要などないし、骨が透けて見えるなんてこともない。

 それに、空気中に放電するほどの電圧がなくても、電流を1アンペア流すだけで人間はあっさりと死に至るのだ。

 付け加えるならば、流れている電流は……目に見える訳もない。


 ──だから、今の不意打ちは誰も気付かない。


 ……気付いていない。


「あの、佐藤君。動けますか?」


「ちく、しょうがぁっ!」


 だけど。 

 この程度では俺も負けを認める訳にはいかない。

 マネキン教師の問いかけに俺は渾身の力で立ち上がると、未だに痺れの取れない身体を鞭打って眼前の少女に起死回生を賭けた渾身の一撃を……


「あぁあ?」


 そんな俺はまた停止を余儀なくされる。

 何しろ、稲本雷香はまたしても右手を突出し……握手を求めていたのだから。


「くっ」


 俺は構わずにがら空きの胴へと右回し蹴りを叩き込もうとして……止まる。


「えええええ~~?」


 ギャラリーの視線が気になったからだ。

 当然のことながら、握手を求めている相手を無碍に蹴り飛ばそうとしている俺に向けられる視線は、好意的な訳もなく。


 ──ああ、そりゃそうだろう。


 実際はどうあれ、稲本雷香は小柄で可愛い女の子である。

 何を考えているか分からず、とっつきが悪いのは間違いないが、それでも女の子には違いない。

 ……例え握手を不意打ちに使うような相手でも、だ。

 だから。

 ああ、だから。


 ──俺は、この握手を、無視できない。


「ふふふっ」


 雷香が笑うが、俺ももう覚悟を決めた。

 彼女の小さく柔らかな手を取り、仲良しとばかりに上下に振る。


「ぎゃんっ!」


 その刹那、再び身体中を電撃が襲い、俺の口からはどっかの次世代機競争に敗れたMSみたいな悲鳴がつい漏れていた。

 ……が、今度は覚悟が違う。

 俺は痺れて崩れ落ちそうな身体に喝を入れると、彼女の右手をそのまま引き寄せようと力を込めて……


「っ!」


 あっさりと電撃に腕を弾かれる。

 次は投げてやろうと肩を掴む。

 が、やはり電撃を喰らい、身体が反射的に跳ねてしまう所為で、投げ技を繰り出せない。


「あれ、兄貴は一体何をやってるんすか?」


「多分、攻撃を喰らっている、んだと……」


 ……確かに外野から見れば、アホな一人踊りをしているように見えるのだろうけれど。

 舞斗と亜由美が呑気な声を上げる中、俺は歯噛みしていた。


 ──ヤバい、な、こりゃ。


 身体の感覚が鈍ってきた挙句、痺れて力加減が効かないのも問題ではあるが、それよりも一つ大きな問題があって……


 ──攻撃の、手段がない。


 投げようとしても無駄。

 関節技を使おうとしても無駄。

 と言うよりも、ただ触れるだけでこちらはダメージを被ってしまう以上、技なんて一切通用しないだろう。


 ──かと言って打撃技は……


 稲本雷香が女の子である以上、あまり天下一武士ケルナグールなんてことはしたくない訳で……見栄えも非常に悪いし。


 ──となると、取れる手段は……


 俺は頭の中で使える技を検索し、すぐに結論を出す。

 そして……


「これならっ!」


 まず最初に俺は、彼女の顔面に向けてまっすぐ手のひらを伸ばす。


「っ?」


 勿論、ただのフェイントであり、意味はない。

 ただ、視界が遮られるのと、意識を上に集中させる効果はあり……素人相手にその効果は絶大だった。

 その直後に俺は彼女の足へ、右足小指と薬指との間に向けて、足親指を軽く素早く突き立てていた。


 ──臨泣。


 ここを踏みつけられると脳髄が痺れるような激痛が走る。

 以前奈美ちゃんに喰らった経験のある俺は、その激痛を嫌と言うほど思い知っている。


「~~~~っ?」


 効果は絶大だった。

 雷香は激痛に能力を使うことも忘れて硬直している。

 その次は彼女の腕を掴み、電撃による抵抗がないのを確認した上で、彼女の肘の内側……尺沢というツボを押し込む。


「────っ!」


 今度も俺の攻撃はかなり効果的だった。

 他人を痺れさせることに慣れている筈の雷香は、どうやら自分が痺れることには慣れてないらしく、ツボを押された激痛に完全に忘我の有様だった。


「今ならっ!」


 その隙を逃さず、俺は次の技に入る。

 硬直したままの彼女の背後へと回ると、そのまま抱きつくように首に手を回す。


「あれはっ?」


 亜由美の解説が終わる前に、雷香の身体は力を失って直下に崩れ落ちる。


 ──裸絞め。


 虚を突いて完全に技が決まった状況に、雷香は超能力を使う暇すらなかったらしい。

 尤も、完全に決まった裸絞めってヤツはそれこそ超握力によって血管を絞り、皮膚を破裂させる技でも使わないと抜けられないような強力な代物である。

 加えるならば……もし電流を流されたところで、意味がない技を選んだつもりだった。

 ……手のひらというものは電気を流されると『握り絞めてしまう』ことは良く知られている。

 電流フェンスによって感電死する事故は、フェンスを握った手のひらが電流によってフェンスを握り絞めてしまい、離れることが出来ないまま感電を続け、死に至るのである。

 つまり、稲本雷香が幾ら電気を流したところで……俺の両手は彼女の襟首を余計に握りしめていただろう。 

 尤も、格闘技もやってない女子高生に、完全に決まった裸締めを外すなんて真似が出来る訳もなく……それどころか抵抗することすら出来やしなかった訳だけど。


「……さて、と」


 何度も電撃を喰らったことで限界寸前だった俺は、失神した雷香の身体をゆっくりと横たえさせると、何とか立ち上がる。


「勝者、佐藤、和人君。

 って、稲本さん、生きてますよね?」


「いや、落としただけだし」


 物騒なことを言うマネキン教師に軽く突っ込みを入れると、俺はふらふらとギャラリーの方へと足を運び……


「あの、佐藤さん?」


「……委員長」


 そんな俺を待っていたのは委員長だった。

 無能力者には最強を誇る彼女は軽く笑みを浮かべると……


「放課後は私との序列戦、お願いしますね」


 そう、静かに告げたのだった。


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