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第三章 第一話


「ったく。師匠も見てくれてないなんていけずやな。

 このあたしの大金星をさ~」


「あ~、はいはい」


 翌日の朝、量の食堂にて。

 羽子の自慢話を適当に聞き流しつつ、俺は白米を漬物と一緒に口へと運んでいた。

 実際のところ、昨日の三時限目休み時間、昼休み中、放課後、夕食中、風呂上り、寝る前、そして今と七回も聞かされればいい加減に飽きてくる。


「空気の幕でゴーグルを作って委員長の能力を防いだんや。

 あの必殺技さえ防いでしまえば、委員長なんてそう怖くないからな!」


 その自慢話もこれで七回目……いい加減、もう耳蛸である。

 それ以外にも委員長を一撃で昏倒させた必殺技があるらしいが、そちらは羽子曰く企業秘密らしい。


「ま、これであたしも序列二十一やからな。

 ……もうちょいと頑張らんと平均点ならんし」


 と豆腐に醤油をかけながら羽子が偉そうに語っているものの……


 ──実のところ、委員長はあまり序列にこだわってる様子もないんだよな。


 俺は羽子の自慢話を聞き流しながら、視線を敗者である委員長に向けてみる。

 味噌汁にご飯をぶち込んで一気に飲み込むという、食事時間短縮のための不健康極まりない食事をしている彼女は、顔全体で「寝不足」と宣伝しているような、美容も健康もそっちのけの酷い顔をしていた。

 ……締切というのが近いらしく、まともに寝ていないらしい。

 あの風呂場の我慢比べが尾を引いているとのことで、昨晩寮全体に響き渡るような声で「今までのページ、全てやり直しだわ~」とか叫んでいた。

 ……正直、何をどうするつもりなのかはあまり知りたくないが。

 そんな委員長はそのあだ名の通り成績はかなり良く、序列よりも同人誌とやらの完成させる方に熱が入っているようだった。

 尤も、その所為で何もかもを犠牲にしている感はあるが。


「で、亜由美も勝ったって?」


「そうそう。序列九位だったA組の芦屋颯って女の子。

 すっごく足が速くて、蹴りが鋭いったら!」


 俺の隣の席で、亜由美も少し興奮気味に叫んでいた。

 そう叫ぶ亜由美の両手両足には湿布が何枚も貼られていて……彼女の相手らしきA組の少女も凄まじい使い手らしい。


「もう、ホントにあの時、フランケンシュタイナーが決まらなかったら、絶対に負けてたと思う」


 そう言いながらもちょっと自信ありげに語っている彼女を見ると、その決闘に居合わせてない俺でも楽しくなってきてしまう。

 そんな彼女は真っ赤になるまで苺ジャムを塗りたくったパンを大口で口に運んでいた。

 その所為か口のまわりが真っ赤になっていて……序列一桁に打ち勝つ戦闘力の割には、彼女はお子様っぽいところが残っているらしい。


 ──AAのサイズ相応と言えばそうなんだけど。


 俺はその不毛の荒野をふと見下ろし、その惨状をあまりにも不憫に思った俺は、憐みの視線を亜由美に向ける。


「ん? これは名誉の負傷だからね。

 別にそんなに気遣って貰う必要ないって」


 幸いにして亜由美のヤツは俺の同情の視線を好意的に捉えたらしい。


「……あ、ああ、そう、だな」


 俺は首を振って彼女から視線を逸らす。


「……私は、二年相手だった。

 ものすごく戦いづらい先輩だった」


 逸らした視線の先にいたレキは、自分の話を求められていると勘違いしたらしく、そう語り始めた。


「そうそう。布施さんって言って、楯を具現化する能力者でな」


「なかなか厄介な能力でしたのよ?

 専制防御、という信念の持ち主らしく、攻撃してこなかったのが不思議なくらいで」


 羽子と雫のそんな合いの手に、レキはBのバストを自慢げに少し突き出していた。

 しかし、その顔には疲労の色が残っていて、朝食もあまり進んでいない。

 ……どうやらレキも翌日に疲労を深く残すほどの激戦だったらしい。


「……師匠に能力の欠点、教えて貰わなきゃヤバかった」


「確かに、あの最後の一撃は……運が良かったと言うか……」


「けど、要は作戦勝ちって訳やん」


 そう言って三馬鹿娘が姦しく騒ぎ始めるのを俺は横目で眺めつつ、俺はため息を一つ吐くと隣にある二つのG級へと視線を向ける。


「……何?」


「いや、眼福を」


 視線に気付いたのか思考に気付いたのか、サンドイッチ片手に問いかけてきたおっぱい様に対し、俺は素直に内心を答えていた。

 俺みたいに寝起きのパジャマ姿ではなく、既に制服に着替えているその二つの大きな膨らみは、相変わらず重力に逆らい続けていて、生命の神秘を感じさせている。

 ……他の連中は半分以上がパジャマやネグリジェなどだったりするが……AとかAAとか、正直どうだって良い。


「エッチなのはいけないと思います」


 俺の視線に気付いたらしき奈美ちゃんが、茶碗を片手にどこぞの戦闘用アンドロイド兼メイドみたいに俺に苦情を申し立てる。

 彼女は真っ白な着物……襦袢とか言う和服の寝間着を着込んでいて、それがまた似合っている。


 ──これで、AAじゃなきゃとは少しは思うものの……


 まぁ、結局はAAである以上どうでも良い話だった。


「……無理」


 AAには振り返る価値すら見いだせなかった俺は、適当に奈美ちゃんに言葉を返しつつも視線をおっぱい様から外さない。

 と言うか、外せない。


 ──そもそも俺が昨日二連戦をしたのも、これから戦いを続けるのも……この二つの膨らみをあと二年間眺めていたいからって理由だし。


 俺は内心でそう呟きながら、夢うつつに浸りながら至福の眺めで目を潤していた。


「実際、幾つか移動があったみたいやな」


「こうしてみるとPSY指数と強さの関係ってだいぶ開きがあるみたいですね」


「……上位は変わってない」


「ボクも頑張るけど……やっぱ上は厳しそうだね~」


 昨日の内に更新されたらしき学年の序列表を手に、三馬鹿娘に亜由美も混ざって談義を繰り返している。

 食事の手が止まっているのを見ると、かなり会話に身が入っているらしい。


「五位の能力者の、この幻痛(ファントム=べイン)って能力、何だと思う?」


「そんな先のを議論してもしゃーないやん。

 あたしは二十位の……この軌跡誘導(ホーミングスロー)の対策をしないとな」


「私の次の相手は念動力(サイコキネシス)……何か、普通過ぎて怖いですわね」


「……何、この針千本(ハリセンボン)って……」


 俺は姦しく談義を続ける級友たちを一瞥すると、またしても隣のG級へと視線を戻す。


 ──今はまだあんまり関係ないんだよな、それ。


 何しろ俺はPSY指数がゼロの、最下位からのスタートである。

 そして、この学校では基本的にPSY指数が低いほど戦闘の役に立たないと見做され……このB組へと配属されている。

 亜由美と雫が例外的に高めの数値を得ているが、彼女たちは役立たずと見做されたからB組なのであって。

 兎に角、俺の相手はまだしばらくこの級友たちとの戦いが続くのだ。

 今必要なのは戦術や作戦ではなく、体力気力とモチベーションを維持する方だろう。


 ──だから、コレは必要事項。


 そう内心で呟きながらも、俺はその二つの宝玉をおかずにしてご飯を食べていた。

 ……文字通りの意味で。

 内心の声が聞こえたのかおっぱい様の上にある顔がこちらを睨んでくるものの、まぁ、いつものことである。

 そうして朝食が終わり……便所で小用を足した五分後。


「しまったぁぁぁぁああああああああああああああああ!」


 自らの犯した致命的な失敗を悟った俺は、寮中に響き渡るような大声でそう叫んでいた。

 ……その所為だろう。


「ちょ、和人、どうしたっての?」


 二階の窓から突然亜由美のヤツが顔を出したのは。


 ──相変わらずプライバシーの欠片もないヤツだ。


 男の寮生活、しかも二階で寮の外にある通路からは部屋の中が覗けない場所ということもあり、俺には着替える際にもカーテンなんぞ閉めることもなく……窓から顔を突き出した亜由美に思言いっきり室内を覗かれてしまう。

 ……まぁ、見られて困るようなものは何もないんだけど。


「い、いや、大したことじゃないから、ま、その、気にするな」


 ただ、今俺が抱えている問題を彼女に知られるのは……その、やっぱり体裁が悪く、俺はつい誤魔化すようにそう告げていた。


「……ふ~ん。

 ま、困ったことがあるならボクに相談してよね?」


 亜由美のヤツもそこまで気になった訳でもないらしく、すぐにそう告げると地面へと降りて行った。


 ──相変わらず、凄まじい能力だな。

 空中歩行(エア・ウォーク)

 空中を歩くという常識外れの彼女の能力は、相変わらず窃盗・覗き見・盗み聞き、いや、格調高く諜報活動と言うべきか、そういうのでは特に能力を発揮するようだ。

 ……生憎と彼女の性格が直情的且つ短絡的なので、その手の諜報活動とは全く縁がなさそうだけど。


「しかし、だ」


 去って行った亜由美から意識を外すと、俺は再び自分の犯した致命的なミスへと向き直る。

 それは……一人暮らしの野郎なら確実に一度はやらかすだろうミスだった。


「今日、何を穿こう」


 ……そう。


 ──替えの下着がないのだ。


 洗濯物は籠に入れて出せば勝手に洗ってくれる寮生活とは言え、籠に出すのも面倒ってのが男子高校生の日常。

 ここへ持ってきたトランクス五枚、全てが使用済みになっている。

 さっきまで穿いていたトランクスはさっき食事を終えた後に向かった小用で目標を違えてしまい、その、連続使用が困難極りない状況と言うか……


 ──しかし、流石に一度穿いた下着を、二度目は、ちょっとな……


 生憎と俺は、裏返してミカン汁……で満足する某巡査長ほど人生を捨ててはいない。

 つまり……今日これから穿いて行くパンツがない。


「困ったな」


 俺がそう呟きながらしわくちゃの下着を並べ……一番被害の少ないのはどれかを真剣に吟味していた時。


 ──ドンッ!


 突然、壁を叩く音が響き渡り、俺は吃驚して飛び上がる。

 どうやら隣の……数寄屋奈々が壁を叩いたらしい。


「……私の、貸してあげようか?」


「~~~っ!

 やかましいっ!」


 完璧にからかうような奈々のその声に、俺は怒鳴り声で返事を返す。

 幾ら俺が追い詰められているからって、女性用下着を穿くほど落ちぶれてはいない。

 別の目的で欲しがるヤツもいるようだけど、生憎と俺はパンツで喜ぶような性癖の人間ではないのだ。

 頭に被って世直しという手もあるにはあるが……幾ら映画が話題になっているとは言え、あの恰好をして人前に出る自信はないし。

 ……いや、現実逃避をしている場合ではなかった。

 兎に角、このまま穿かないという手もあるにはあるが、薄っぺらいトランクス一枚とは言え、直接ズボンと触れ合うのは落ち着かないだろう。

 かと言って、裏返すのも……


 ──そうだっ!


 その瞬間だった。

 テキーンって感じの効果音と共に、俺の脳裏に名案が閃いたのは。

 その素晴らしい案に……俺は思わずガッツポーズを作っていた。


 ──これなら、問題ないっ!


 そう。

 よくよく考えれば分かることなのだ。

 ……俺が持ってきた下着は、トランクスだけではないということくらい。

 そして。

 この思いつきが今日の序列決定戦で俺を『致命傷』から救ってくれることなるなんて。


 ……この時の俺には全く予想だにしていなかったのだった。


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