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第二章 第四話


「行くぜっ!」


 合図と同時に飛び出したのは、当然のことながら俺だった。

 何しろ、数寄屋奈々という少女は格闘技能を持ち合わせていない。


 ──である以上、この一撃を防ぐことなど出来ないだろう!


 俺はその確信と共に、右腕をまっすぐ一直線に、最大速度かつ最大の配慮を持ってその左の膨らみへと……


 ──ガツンっ!


「っつっ?」


 伸ばしたその腕を、狙い澄ましたかのように右手の靴下で払われる。

 小石入りの靴下を喰らった右腕には、痺れたような衝撃が走る。


「これしきのことでっ!」


 だが、感情に任せ『動』の気を発動している状態の俺は怯まない。

 もう片方の腕……左手がまだっ!


 ──ガンっ!


 叫びながら突き出そうとした俺の左手は、彼女が左手に隠し持っていたらしいもう一つの靴下によって叩き落される。

 今度のは人差し指と中指を強打された所為か、痺れが肘まで響く。

 ……下手したら、これ、突き指くらいは……


「それでもっ!」


 だけど、ネジの飛んだ今の俺には、痛みすら感じやしない。

 もう一度叫びで気合を入れると、少し痺れの残ったままの右手を突き出そうと……


 ──ゴツンっ!


 次に飛んできたのは先ほど喰らったばかりの右手の靴下だった。

 こうなることを予測して俺に一撃を喰らわせた後、既に振りかぶっていたらしい。

 全ての動作で揺れ弾む二つの至宝にばかり目が向いていた俺は、彼女が振りかぶったその予備動作すら見えていなかった。


「~~~っ」


 手首辺りを払われたその一撃によって、右手の感覚がかなり鈍くなる。


「だとしてもっ!」


 例え両腕が使えなかったとしても、怯んでなんかいられない。

 何処かの異種格闘トーナメントの決勝戦で発動した某圓明流奥義「玄武」も、両腕をへし折られた状態で発動していた。


 ──ならば、俺もっ!


 俺は内心でそう叫びながら、残された顔面を彼女の谷間に向けて直線で突出し……


「……馬鹿」


 ──ゴンっ!


 完全に狙い澄まされた一撃を側頭部に喰らい、俺の意識は一瞬だけだが完全に吹っ飛んでいた。


「……つっ」


 こめかみに鈍器でぶん殴られたような痛みが……いや、痛みよりも、衝撃がキツい。

 恐らく、軽量級のボクサーにフックを喰らったらこういう感じなのだろう。

 視界が揺れ意識がまとまらず手先と膝から下の感覚が鈍い。


 ──これは、ヤバい、ぞ。


 殴打や刺突、斬撃など直接肉体にダメージを与える以外の、脳に衝撃を与える類のダメージに俺は戸惑いを隠せない。

 正直、俺は……こういうダメージはあまり喰らった記憶がないのだ。

 そんな状態でも、追撃に振るわれた横薙ぎの一撃をダッキングして避けられたのは……身体が勝手に動いたお蔭……曾祖父による訓練の賜物だった。

 慌ててふらつく足でブラックジャックの射程外へと後退した俺は、右足を軽く床へと打ちつけて感触を確かめる。


「凄いっ! 数寄屋さんって何か、習っていたの?」


 さっきのやり取りを見てそう外野から尋ねたのは亜由美だった。

 空手を嗜み格闘技好きの彼女にしてみれば、そういう……誰が何故強いというのは興味津々なのだろう。


「……別に。

 これくらい、動きを読めば、容易い」


 亜由美の問いに対する彼女の答えはそんな簡単なものだった。

 そこで俺はようやくおっぱい様が、いや、数寄屋奈々という少女が精神感応者(テレパス)だったことを思い出す。


「……まさか、忘れてたの?」


 いや、まぁ、実際のところ……はい、忘れてました。


 ──如何にあの二つの双峰へと手を伸ばすか以外、何も頭の中になかったもので。


 だが、そのお蔭で俺は冷静を取り戻していた。


(頭に血が上った状態じゃ、技は生きぬ。

 常に平静を心がけるのじゃ、和之進!)


(だから、曾祖父ちゃん。俺、和人だぜ?)


 数年前、師匠である曾祖父からそんなことを教えられていたっけな。

 今はもう亡き師の教えを思い出した俺は……息を吸い、勢いよく一度吐き出すと。


「よしっ!」


 気合を入れ直す。

 そもそも俺の格闘スタイルは冷静に相手の攻撃を捌いて防御を固め、相手の隙を狙うという防御型である。

 某史上最強の弟子風に言えば確実に『静』のスタイルなのだ。

 正直、さっきまでみたく、頭に血が上った状態で遮二無二に攻めるような、そういうのは向いていない。


「さて、と」


 冷静さを取り戻した俺は、少しずつおっぱい様へと距離を縮めていく。

 何があっても対応できるように両腕を身体の前へ構えたまま、慎重に一歩ずつ一歩ずつ。


 ──その瞬間、だった。


「んっ」


「~~~っ?」


 おっぱい様が突然、意味もなく真上へ跳んだのだ。

 格闘ゲームで言えば、その場小ジャンプというヤツだ。


 ──勿論、格闘技にそんな技がある筈もない。


 だが、俺にとってそれは完全に『死技』だった。

 揺れ弾むその二つの膨らみに、吸い込まれるように顔を突き出した俺は、見事に左からの大振りの靴下を喰らう。

 一応、ガードは成功したが……いや!


「まだだっ!」


 ──このガードをしたその腕を掴んで崩せば、あとは幾らでも……


 そう俺が手を伸ばした、その瞬間だった。


「──っ」


 一瞬で俺は『そのこと』に気付き、慌てて掴もうとしたその手を戻すと、バッと後ろへとバックダッシュして距離を取る。


 ──なんて恐ろしいことを考えるのだ、このおっぱい様はっ!


 俺は内心で叫ぶと、知らず知らずの内に流れていた冷や汗を拭う。


「何やってんだ! 和人~~~っ!」


「さっきの、掴めてたやないかっ!」


 外野から野次が入る。

 ……が、そうじゃない。

 彼女としては、これで良いのだ。


「……多分、出来なかったのです」


「何で? 和人は触れば勝ちなんでしょ……あっ!」


 奈美ちゃんの声に亜由美が首を傾げ……その途中でようやくG級おっぱい様の、いや、数寄屋奈々という少女の企みに気付いたようだった。


「もし指一本でも触れば、この戦いは……和人さんの勝ちなのです」


「だけど、師匠には別の目的がある」


「つまり、ただ勝っても仕方ない訳ですね」


「……馬鹿」


 そう。

 そうなのだ。


 ──触れれば勝てる。

 ──だけど、勝ってしまえば俺はもう彼女に触れることが出来ない。


 つまり、俺は掴み技も崩し技も使うことが出来ず……精神感応という完璧な読みを突破して彼女に触れなければならないのだ。


 ──すると、使える技は……


 考えれば考えるほど、俺の持ち技のほとんどが使用不能だと分かる。

 ……彼女の空振りを誘おうにも、こうして待たれている状況ではそれも望めない。

 彼女は、数寄屋奈々という策士は、こうなることを見越して、一見自らを不利に陥れるような『触れれば自分の負け』というルールを提案したのだ。


 ──全ては……格闘技能を持つこの俺に、格闘技能を使わせないためにっ!


「ふふっ」


「……くっ」


 俺の焦りを見透かしたかのように二つのおっぱい様は上の乗っかっている顔の笑いに連動するかのように微妙に揺れておられる。

 ……そう。

 あの二つの膨らみが、その揺れ弾みたわむあの姿が、俺から心理的余裕を奪うのだ。

 その度に痛打を喰らってしまい、いい加減ダメージがキツい。


 ──だったら、俺が取れる手は……


「……え?」


 右手を腰だめに構え腰を落とした俺に、おっぱい様は戸惑いの声を上げていた。


 ──正拳突きをただ狙う。


 ただそれだけの構えであり、読み合いや探り合いで優位に立っていた彼女が戸惑うのも無理はないだろう。

 ……だけど。


 ──もう計算もクソもないッッ。


 俺は心の中で叫んでいた。

 ……そう。

 読み合い探り合い駆け引きなんかでこの精神感応者に勝てる筈がない。

 だから……俺は、全てを肉体に委ねる。


 ──俺と共にこの数年間、今日この瞬間まで、おっぱいを求め続ける俺につきてきた、おまえを信じる。


 ただ、それだけを覚悟し、俺は拳を握る。

 ただ肉体が望むままに、精神が欲求めるままに、俺はただ右手をまっすぐに突き出す、それだけの構えを取っていた。

 ……そんな俺の構えをどう思ったのだろう。

 おっぱい様は軽く微笑むと両手から靴下二つを足元へと取り落とし。


「……まいった」


 ──は?


 あっさりとそう宣言してくれやがった。


「ちょ、ちょっと、何よそれ!」


 呆然と身体も思考も固まったままの俺に代わり、亜由美が大声で抗議する。

 実際、ギャラリーとしても拍子抜け以外の何もでもない展開だろう。

 ……セルなゲームでいきなり主人公が降参宣言したような状況なのだから。


「幾らなんでもそんなのっ!

 幾らなんでもあり得ないじゃないっ!」


「……だって、ああして覚悟決められたら、勝てる訳ないもの。

 私は、所詮素人なんだから」


 眉を吊り上げた凄まじい剣幕の、しかも唾をまき散らしながらの亜由美の抗議を聞いても、おっぱい様は平然とした態度を崩さず堂々とそう告げる。


 ──くっ!


 その声に俺は返す言葉も持たない。

 ……何しろ彼女は負けを認めているのだから。

 そしてそれは……俺の野望が崩壊したことを意味していた。

 そう。

 さっきまでは触れても『試合中の事故』で済んだのだ。

 だけど……ここからあの国宝に指一本で触れてしまえば、それはただの『痴漢』になる。

 あの至高の双峰を無理に触れて汚すなんて、我が国の国宝を盗んで行くのに等しく……それは死罪に相当するほどの重罪である。


「え? ギブアップでよろしいのですね?

 では、序列第二十六位戦の勝者は和人君ということで」


 おっぱい様のギブアップ宣言に、マネキン先生はそう告げ、序列戦が終わりを告げる。

 ……序列戦には確かに勝った。

 だが、しかし……この勝負には……。


「幾らなんでもそりゃないんじゃない?」


「しかも、一方的にギブアップするなんて」


「……非道」


 三馬鹿娘が言うとおり、こんな結末に俺も納得できる訳もなく……

 せめて一太刀は浴びせたかった……いや、せめて軽く触れるくらいはしたかったと拳を握りしめたところで。


「……分かった?

 勝てば良いってのは、こういうこと。

 ……名声も勝利の余韻も、負けた側にさえも何も残さないのよ」


 級友のブーイングや俺の悔しそうな顔に構うこともなく、まるで俺に説教するかのようにおっぱい様はそう告げる。

 考えてみれば、彼女は……数寄屋奈々は先の戦闘で俺の勝ち方が気に入らなくて決闘を言い出したんだったか。


 ──ああ、こうして味わうと、よく分かる。


 俺は、序列戦には確かに勝った。


 ──だけど……俺は勝負には負けたのだ。


 目的を果たすのが戦いの本当の意味である以上……あの双峰に手が届かなかった俺は敗者で、俺に説教をするという目的を果たした彼女はやはり勝者と言える。

 ……そして。

 こういう負け方をした俺が納得できずにくすぶっていることも、恐らくは彼女の計算の内なのだろう。

 自分の評価を捨てて序列も捨てて、自分の胸に触れられるリスクを背負ってまでも、俺に反省をさせたかったというのは、逆を言えば名誉なこと、なのだろうか?

 まぁ、おっぱい様の場合……PSY指数がゼロという、この学校のシステムでは計れないESP能力の持ち主であり、その上超能力の試験は優秀だから、序列なんかに全く興味はないのだろうけれど。


「じゃ……保健室で湿布貰ってくる。

 ……たたた」


 どうやら靴下を全力で振り回した所為で腕を痛めたらしく、おっぱい様は手首をさすりながら体育館を出ていく。

 逆を言えば、彼女がそうまでしても、俺に反省を促したということは……俺がよっぽど酷かったということである。

 去って行く数寄屋奈々の背中を見つめながら、俺はため息を一つ吐いて軽く反省をする。


 ──これからは勝ち方にもちょっと注意することにしよう。


 ……絶対に負けられない戦い以外では、ああいうのは控えるように。

 数寄屋奈々はそう伝えたかったのだろうから。


「さて、授業に戻ろうと思いますが……他に誰か序列戦を行いますか?」


 俺の二連戦を目の当たりにしたことで、B組の面々の、目の色が文字通り変わっていることに気付いたのだろう。

 マネキン教師は彼女たちの背中を押すかのように尋ねかけていた。

 どうやら……誰も彼もが身体の疼きを持て余すかのように、初めて触れる序列戦という玩具で遊びたがっているらしい。


 ──いや、もしかしたら。


 彼女たちは今日まで秘さなければならなかった超能力という力を、思いっきり使えるこの機会を楽しみにしていたのかもしれない。


「……ああ。アタシもやりたいと思ってたんよ。

 ええやろ、委員長?」


「はい、構いませんけれど」


 そう言いだしたのは序列二十二位の羽子で、二十一位の委員長も快諾し。

 二人は体育館のど真ん中で対峙していた。


「悪い、ちょっと休む」


 俺は隣で観戦モードに入っていた亜由美にそう一声かけ、二人の決闘が始まろうとしていたところから少し離れる。

 そして、そのまま体育館の壁際に座り込み、息を一つ吐く。


「……疲れた、な」


 肉体的な疲労やダメージより、一対一で対峙して決闘するということそのものが精神的な疲労を蓄積させるらしい。

 たった二度戦っただけでコレである。

 そして……俺はまだ二十五人も勝ち進んで行かなければならないのだ。


 ──前途多難、だな。


 俺はそう内心で一つため息を吐くと、気を抜いた瞬間ずしりとのしかかってきた疲労感にあっさりと屈し……

 そのまま目を閉じて眠りへと落ちて行ったのだった。


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