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【完結済】π>Ψ ~おっぱいは正義~  作者: 馬頭鬼
第一部 ~入学編 ~ 終章
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終章



 屋上の決闘から十日余りが経過した。

 あの盛大な告白以降、俺は一週間ほど教室内でハブられていたけど……今では普通に話せるようになっている。

 ただ、まぁ、しばらくの間、奈美ちゃんは俺が近づくなり顔を赤くして逃げるし、亜由美は延々と膨れっ面のままだし、三人娘はギャーギャー騒ぐし、話せるのがおっぱい様こと奈々一人だけという状況だったから、あの頃はかなり苦労したもんだ。

 それでも、過ぎ去ってしまえばそれもまた青春時代の一ページってヤツだろう。

 のど元過ぎれば……って話かもしれないが、まぁ、もう過ぎたことはどうでも良い。

 要は……俺の記憶に新たな黒歴史がまた一ページってな話である。

 そして、今。

 二組は超能力の授業中だった。


「よっしゃ〜〜〜っ!

 三〇キロで十五分!」


 体育館に亜由美の叫びが響き渡った。

 素直に喜んでいるのは良いんだけど……


「持ち上げるだけじゃなくて、動き回らないと意味ないぞ?」


「はいはい。分かってるって」


 今や超能力の授業は決闘推奨形式ではなくて、もっと実践的になっている。

 亜由美のやっているのは、災害時の救助訓練。

 彼女の空中歩行能力で、災害時に負傷者をヘリまで運搬する訓練だ。

 ……現状ではヘリは災害発生箇所には直接降りられない場合が多い。

 だからこそ中山間地ではヘリポートの整備が推奨されている。

 ……だが、夜間飛行は危険が伴うためヘリはあまり飛べないし、災害発生時にはヘリポートまでの道が通れるかどうかも分からない。

 街中なんて、電線がいたるところにあってまともに離着陸も出来ない有様なのだ。

 そういう現状があるからこそ、『空中のヘリまで直接人間を搬送できる』彼女の能力は、災害救助に役立つと俺がレポートしたのだが……あっさりと授業に取り入れられたのには驚いた。

 そんな背景もあり、今、亜由美がやっているのが、人型の人形をかかえて空中を歩く訓練である。

 まだ三〇キロが限界だから、まだまだ使い物にならないが、百キロの荷物を運べるようになれば、災害救助や支援物資運搬などでかなり役立つことになるに違いない。

 ……それが本当に可能かどうかはまだ分からないけれど、やってみる価値はあると学校側は判断してくれたってことだろう。


「師匠。うちのはこうなんか?」


 亜由美を押しのけるようにして、今度は羽子が尋ねてくる。

 彼女の能力は風を作る……のではなく、実は『気体を操る』ことだった。

 今、彼女は目の前で、発炎筒から上がる煙を閉じ込めている。

 彼女の能力を上手く使えば、火災発生時の煙による犠牲者を減らすことが出来るし、テロ発生時には毒ガス対策も行える。

 悪臭から身を守るために生まれた能力だ。

 臭いを発生させる化学物質も、人体を害する化学物質も、要は同じことだと思ってレポートをまとめたのだが……見事にその通りだった訳だ。


 ──逆を言えば、この能力、恐ろしいことにも使えるんだよな。


 彼女の能力の使い方を考えている最中に思いついた【最悪の虐殺方法】を、俺は頭を振ることで脳裏から追い出す。

 超能力が平和利用できるなら、それに越したことはないのだから。


「私は、これでよろしいんでしょうか?」


 次に俺に向けられたのは雫の声だった。

 彼女の能力は水分『生成』。

 無から水を作り出すという、質量保存の法則を覆す凄まじい能力である。

 だからこそ、PSY指数の割には彼女の技は威力が伴っておらず、彼女自身もすぐにスタミナを切らしてへばっていた訳らしい。

 今、彼女は単純に水を作り出す限界量を伸ばす訓練を続けている。

 災害時に水が必要なのは言うに及ばないし、単純だからこそ多岐多様の利用価値が期待できる。

 もしかしたら、砂漠の緑化なんかにも使えるかも。


 ──彼女の能力も使い方次第では洒落にならないんよな。


 もし人体の、肺の中に水を発生させることが出来たのなら?

 ……陸上で溺死する兵士たちの出来上がりである。

 超能力を用いての人体への直接影響は、同じ超能力者同士ならばPSY指数次第では抵抗できるらしい。

 だが、超能力というものは普通人(ノーマル)ではほぼ防げないことが分かっている以上……彼女も虐殺兵器となり得るポテンシャルを秘めているのだ。


「こっちも、見て」


 雫との話が終わるや否や、体育館の入り口から顔を出したのはレキのヤツだ。

 彼女は今グラウンドにトンネルを掘っているから、体育館内での訓練は出来ない。

 何しろ、彼女の能力は土砂に運動エネルギーを与えて動かすという能力だ。

 速度の調整よりも、『範囲の調整』の方が遥かに自由になると知ったのは最近だった。

 ……つまり、石を飛ばすという彼女の超能力はあくまで悪い使用例に過ぎなかった訳だ。

 彼女の能力は土砂災害や地震時の救助活動・復旧活動に使えるだろう。

 尤も、人命救助だけにしておかないと、土建屋に命を狙われる可能性もあるが。


 ──人為的に土石流を発生させられる彼女の能力は、使い方を間違えれば大量虐殺を招きかねないんだがな。


 某黒い騎士団ではないものの、彼女の能力は前もって準備させしていたならば、軍隊一個師団を一瞬で壊滅させられる。

 超能力者を本気で軍事利用したならば、本当に近代戦術を全て塗り替えられてしまうほど、彼女たちは恐ろしい兵器となり得る存在だった。


「なぁ、雫の能力って砂糖水作れないかな?

 ジュース作って売ったら億万長者じゃん?」


「レキの能力も、農家として使えば長者生活間違いありませんわね」


「……羽子の能力を使って、ビニールに女子更衣室の匂いを閉じ込める。

 女子高生の匂いとして売り出せばぼろ儲け……」


 まぁ、当の本人である三人娘たちは依然としてアホなままだったが。


 ──前に向きに超能力を工夫しているから、良いとしたものかな?


 世界の軍事バランスを変えるほどの能力で、小遣いを稼ぐ程度の使い方しか思いつかない辺り、小市民というかアホというか。


「しかし、佐藤さんもこんなの、よく思いつきましたね」


 俺への相談が一段落ついたのを見たのだろう。

 委員長がそう話しかけて来る。

 そんな彼女の乾燥能力は洪水被害時の復旧に役立つし、熱や空気や日光に触れることもなく水分だけを飛ばす超能力は、科学系の研究室では何かの役に立つに違いない、と思っている。

 尤も、人体が水分で出来ていることに違いはないので、彼女の能力が凶器であることに変わりはなく。


 ──要は使いようってことなんだよな。

 ──武術も、武器も、科学も、超能力でさえも。


 ちなみに、由布結の能力は布を操る能力。吉良光の能力は光を操る能力。どちらも未だに有効な活用法は見出せていない。

 結の能力を救急救命に、光の能力を夜間救助作業の支援に使うくらいである。

 ……その辺りはまだ宿題ってことで。

 稲本雷香の能力はAEDや、活電位を使った医療行為に適しているということで、彼女は今も医学本を読んでいる。

 どうやら鶴来舞奈先輩を一度助けたことが、超能力を医療に用いることへのきっかけになったらしい。

 ……相変わらず、クラスから浮いているが、それでも最近は何とかコミュニケーションを取れるようになってきた。

 ま、俺が書いたのはそういう類のレポートである。

 超能力というのは自分自身を守るために現れる能力だからこそ、似た境遇の人間を助けることも出来るという内容だった。

 尤も、誤字脱字だらけだった俺のレポートは檜菜先輩によって清書され(先輩の能力はタイピングも出来るらしい)、そして内容を教師達に認められ……

 だからこそ、今日もこの学校は存続し続けている。


「あの、隣のクラスの能力者も、適性を考えて欲しいんですって」


「……学年主任の仕事だろう、それは」


 背後から近づいてきた奈美ちゃんに、俺は思わず愚痴る。

一度は決闘した所為でギクシャクしていた彼女とも、最近ではようやく普通に話せるようになってきた。

 ちなみに、彼女への指令は解除されたらしい。

 雇い主が収賄容疑で逮捕されたとか。


 ──もしかしたら檜菜先輩の爺さんが手を回したのかもしれないな。


 俺は奈美ちゃんのスレンダー極まりない胸部にチラッと目をやりつつも、そう内心で呟いていた。

 お蔭で彼女は俺があの時庇ったお蔭か、未だにこうして『夢の島高等学校』の生徒として学生生活を送っていた。

 妙な家業をやっている実家には何故か戻らず、任務とやらもしばらくはこなす必要がないらしい。

 前に聞いたものの、はぐらかすばかりでその理由は教えてくれなかった。

 何やら「跡取りを作ることも実家のための仕事」とかって亜由美と話しているのをチラッと聞いたが……嫌な予感がしたのでそれについては追求しないことにしてある。


「……あのレポート、評判良かったから仕方ないでしょう?」


 そう背後から語りかけてきたのは、数寄屋奈々だった。

 振り返ろうとした俺は、周囲の殺気に固まる。


 ──あの時、俺の性的嗜好を思いっきりばらしちまったから、ま、しょうがないか。


 最近、背後で二つ自己主張をなされている筈の、国宝にも匹敵する素晴らしきおっぱい様をこの目で閲覧しようとすると、周囲から殺気が放たれるのだ。

 ……いや、俺は自他共に認めるおっぱい星人である。

 そんな殺気くらいは無視してこの目に素晴らしき光景を焼き付けるつもりだったんだけど、眼福の度に物理的制裁ばかりか超能力による制裁まで課される毎日だ。

 そうやって何度も何度も痛い目を経験させられると、流石の俺でも殺気を浴びた時点で自制する。


 ──くそ、これがないなら、こんな学校に来る意味なんてないのに!


「……あれは、たまたま、だ」


 御神体を拝めないまま、俺は背後の奈々に向かって言葉を返す。

 謙遜でもなんでもない。まさに事実の一言を。


「……報酬に釣られて?」


 クスっと聞こえてくる笑い声。

 くそ。内心読まれているから、下手な誤魔化しも照れ隠しも通用しない。


「まさに、和人さんの超能力って(アッシュ)ですね」


 奈美ちゃんも笑いながら呟く。


 ──いや、それ、超能力じゃないし。


 どちらかというと、性欲というか馬の前の人参というか……欲望の力ってヤツだ。

 ……でも、それは誰だって持っている力だと思う。

 好きな異性の前で頑張ろうとか、お金がかかっているから頑張ろうとか。

 目標があれば思っている以上の力が出せる。

それは普通の人間だと、誰だって持ち合わせている力である。

 武術を熟練した人間の動きというものは、常人からすれば魔法や超能力と変わりないほど信じがたいものだと言うし。

 ……いや、武術だけでなく、一芸に秀でた人間の動き全てが魔法と大差ないものだろう。

 もしかしたら、超能力もその類と変わりないかもしれない。

 少なくとも、必要と思ったからこそ身に付き、そしてその習得に訓練が必要なところまでは、達人の技と全く変わりないのだから。


「……で、報酬は貰えたの?」


「いや、何か色々延期されてるんだよな、くそ〜」


 ……そう。

 アレだけ頑張ったのに、報酬の檜菜先輩の生乳は色んな理由をつけて断られているのだ。

 個人的には先輩を全力で押し倒してでも実行に移したいのだが、先輩の背後には恐ろしい般若様がいらっしゃる。

 ……阿修羅の方が近いかな?

 最近は六本目の剣を使えるようになったとか。

 俺の答えを聞いて何故か、体育館中に安堵のようなため息が広がっていた。


 ──お前ら、そんなに俺が生乳揉むのが悔しいか。

 ──悔しいならもっと乳を大きくしてから出直してきやがれ。


 と、先日心の中にしまっていた叫びをつい口に出したら、搾乳タイプの豊乳マシンが通販で数個送られてきたとか聞いた。

 流石に誰と誰が使っているかまでは知らないが。

 ちなみに、大きくなった傾向がある人間は未だにいないかったりするが。


 ──あれ、本当に効果あるのだろうか?


 自分自身で使ったことなんてないから分からないけど。

 効果があってくれたなら、俺の残る二年と十ヶ月ほどの学生生活が薔薇色とまでは言わないけれど、彩が増えてくれるに違いない。

 俺は天上でこちらを眺めているかもしれない神様に向かって、何となく手を合わせてみた。


「それより、明後日の中間テスト、大丈夫なんですか?」


 そんな、俺の祈りをぶち壊す問いを投げかけてきた奈美ちゃんを、俺はつい睨み付けてしまう。

 ……忘れていたことを思い出させやがる。

 尤も、彼女を幾ら睨んだところで意味はないから、ただの八つ当たりでしかないんだけれど。


「……芳しくはない、なぁ」


 俺はそう答えると一つ大きなため息を吐いていた。

 ちなみに、この『夢の島高等学校』では機密のために学生を退学は出来ないものの、留年はあるらしい。

 ……新設校故に、未だに留年者が出たことはないけれど、派手にサボったり、テストの成績があまりにも悪いと、下級生と机を並べることになるだろう。

 と、この前、マネキン先生に脅されたこともあるほど……俺は結構ヤバかったりする。

 ……出席日数も、テストの方も。

 今のクラスメイトでさえこのサイズなんだ。


 ──下級生……つまり年下はもっと小さいに決まっている。


 そんなのは嫌だ。

 背後のおっぱい様みたいな奇跡に、そうそう出会えるとも思えない。


「あの、テストで良い成績取ったなら、私で良ければ、あの、胸を……」


 奈美ちゃんは真っ赤になりながらそう言ってくれる。

 俺のやる気を出さそうとしてくれているのだろうけど……その残念な体型じゃ揉む肉もありゃしないんです、はい。


「……だって」


 俺が脳内で呟いた愚痴を、精神感応者(テレパス)であるおっぱい様は親切にも翻訳して伝えて下さる。


「ぐふっ!」


 その所為で、俺の脇腹に奈美ちゃんの杖が付き立てられ、俺は思わず蹲っていた。

 流石に毒針はないけれど、筋肉のない脇腹を上手く狙って突かれたその一撃は……

……息が出来ないほどに、痛い!


「わ、私だって少しは……聞いてますか? 佐藤さん?」


「……いい薬よ」


 顔を真っ赤にして怒っている奈美ちゃんと、蹲った俺を自業自得とばかりに冷たく見下ろすおっぱい様。

 ……というか、アレ以降、この二人の仲が良いのが驚きだった。

 一応、脅迫者と被脅迫者だろうに。


 ──共通の敵でも出来たのだろうか?


 歴史上よく見かける、魏の大侵略を前に蜀と呉が手を組んだように、共通の敵を前に彼女たちの間で赤壁な関係が築き上げられたのかもしれない。

 そんなことを考えていると、チャイムが体育館に鳴り響いていた。

 どうやら今日の昼の授業はこれで終わりらしい。


 ──あ、そう言えば。


 チャイムを聞いた奈美ちゃんが体育館を去っていくのを眺めながら、蹲ったままの俺は、頭上でその存在を誇っている二重惑星に向かって話しかける。


「なぁ。入学式の時、どうして能力をばらしたんだ?

 奈美ちゃんがそういう任務中だったなら、脅されるって分かっていた筈だろ?」


 これが最後の疑問だった。

 だけど、おっぱい様は尋ねた俺に笑いかけ。


「奈美ちゃんの心の声を聞く前についばらしてしまっただけ。

 あの時、彼女の任務についてはまだ知らなかった」


 とだけ呟いて俺から離れていく。


「……いや、だから何故ばらしたんだよ?」


 俺はその背中を見ながら、そう尋ねる。


 ──ちっ。せめてこちらを向いてくれれば、その揺れ弾む様を眺められるのに。


「……誰かさんが何処かばかり見ていたから、胸のサイズだけじゃなくて、私はこんな人間なんだって教えたかったのよ」


 と、何処か拗ねたような声を残すと、奈々は走って体育館を去っていった。


「……なんだ、そりゃ」


 確かに、俺は彼女のおっぱいばかり見ていて、彼女の人格を見ていなかった気はする。


 ──それがそもそも問題を難解にした原因ってことだろうか?


 いや、確かに「相手の人格を認めない」という意味では、人種差別も民族差別も部落差別も男女差別も家柄の差別も学歴差別も、PSY能力者(サイキッカー)ESP能力者(エスパー)普通人(ノーマル)とを差別することも……そして乳で女性を差別することも、同等に下らない、似たようなものってことだな。

 そう考えた俺は、ちょっとだけ反省する。

 これからは女性をおっぱい以外でも判断するように……善処しよう。


 ──うん、多分、きっと。


 ……けど、あの凄いボリューム・あの素晴らしい弾力、あの美しい曲線を見たら、絶対に誰でもこうなるって。


 ──俺は確かにおっぱい星人だろうけど、成人男子なら間違いなく……


 っと。心の中で言い訳をしていても仕方ない。

 ……腹も減ってきた。

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 嫌々ながらでも、テストに備えなければ。




「もうこんな学校は嫌だ〜〜〜!」


 中間テスト当日。

 そんな俺の叫びは静まり返った教室に響き渡っていた。

 そして俺がテスト中にも関わらず、思わず叫びを上げた原因は……俺の机の上に鎮座していらっしゃる超能力のテスト用紙、だった。


「和人〜、黙ってテストくらい受けなよ」


「やかましいっ!

 何で、超能力のテストが『筆記試験』なんだよ!」


 亜由美の窘めるような声に、俺は腹の底からの怒鳴り声を返す。


 ──いや、ふざけているにもほどがあるだろう?


 亜由美が中古のゲームショップで見つけてきた古いゲームソフト……超能力開発とかって名目のゲームじゃあるまいし。


 ──ボタン押すだけで超能力が開発されると思っているのに等しいぞ、この問題。


「これだからお偉いさんの考える学習指導要領ってのはっ!」


 俺は机に座ったまま、文部省の役人……もしくはこの『夢の島高等学校』の学習指導要領を決めた何処かのアホに向かって叫びを上げていた。

 ちなみに……ランニングくらいで何とかなると思っていたから、俺は超能力のテストについては無勉強だったのだ。


 ──そんな状態で、テストを解ける訳もない。


 だから開始して五秒後にこうして叫びを上げていた訳である。


「佐藤くん、黙ってテスト、受けましょう?」


 マネキンの教師が困ったような声で諭してくる。


 ──が、そんなの聞いてられるか!


「……留年。今以下。Aカップばかり」


 そのまま椅子を蹴り、教室を出ようとする俺に向かって放たれたのは、俺の急所を知り尽くしているおっぱい様のお言葉だった。


 ──うぐ。


 人の弱点を完璧に当ててきやがった。

 ……内心を読める相手ってこれだから……


「くそっ! やりゃ良いんだろう、やりゃ!」


 そう捨て台詞を吐きながら、俺は椅子に座り直す。

 哀しいけど、俺の性癖は一日二日で矯正出来るような代物ではないのだ。

 最近、努力をしてはいる。

 ……亜由美のパンツを凝視してみたり、三馬鹿の脚線美とやらを眺めてみたり。


 ──残念ながら、さっぱり何も感じられないが。


 そういう俺の事情を知った上で、未だにシャツ一つで俺の部屋に飛び込んでくる亜由美や、ミニスカやショートパンツで人の部屋に飛び込んでくる三馬鹿たちも、かなり良い根性をしているよな。


「……やっぱり、この学校は好きになれない?」


 大声を叫んだお蔭か、少しだけ落ち着きを取り戻してテストに向かい始めた俺に向けて、隣の席のおっぱい様は静かにそう尋ねてきた。


「……ああ」


 その問いに、俺は素直に頷く。

 外出は出来ない。

 生徒・教師共に超能力を使うような非常識な連中ばかり。

 携帯電話も使えない。

 寮生活じゃ、左右の部屋どちらからでも俺の動向が丸分かり。

 買い物は通販と売店しかなく、プライバシーなんて欠片もない。

 勉強は訳分からんし、超能力の授業なんてふざけたものまでありやがる。

 ……本当に、この夢の島高等学校なんて大嫌いだ。

 幾ら外で迫害されている連中を保護するための施設だからという事情があったとしても、その内部で生きる 俺にとって、そんな設立理由なんて自然(□ギア)系能力者を前にした海軍一兵卒程度の価値しか感じられない。

 ……だけど。

 クラス中を見渡す。俺の叫びにこちらを向いている顔・顔・顔。

 PSY能力者、ESP能力者、普通人。

 全員が違うけど、それぞれが似たような顔で同じようなことを思っている。

 彼女達が、俺のクラスメイトだからこそ……


「……だけど、みんなと進級はしたい、な」


「……ふふ。だったら、頑張ろう」


 くそ。上手く説得された気がする。


 ──けど、ま、これも悪くない。


 テストが嫌なんて、別にこの学校じゃなくても同じな訳だし。

 俺は嫌々ながらも一つ気合を入れると、テスト用紙に向かい始めた。

 頭上にいるかもしれない神様相手に、「このテストを解けるような超能力を目覚めさせて下さい」なんて内心祈りながら。

 勿論、そう簡単に超能力なんて目覚める訳もなく、テストはさっぱり分からなかった訳なんだけど……

 赤点はギリギリ免れる点数だった、と思う。

 いや、思いたい。

 ……多分、いや、きっと。




 空は見事な五月晴れで、この『夢の島高等学校』は今日も平和だった。


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