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第一章 第二話

 入学式を終えて体育館を出た俺たち一年生二〇名は、学年主任とかいう「お局様」ってな印象の女性教師に引き連れられて教室へと向かった。

 入学式の最中で既に転校を決意した俺だったが、式が終わってすぐに言い出すのもアレなので、何となくお局様の後ろをついて歩く。

 雰囲気的に……BGMはドナドナだった。

 転校を決意した俺は、もう友人を作るために話しかけようとも思わなかったし、何よりも並んで歩いている学生たちは、誰一人として口を開きもしない。

 入学したての所為か、周囲のみんなは妙に緊張した様子で……いや、各々が同級生の顔色を窺っているようにも見える。

 それ以前に……一年生に男子が俺ともう一人しかいないのは何故だろう。


 ──入学式でも思ったんだが、男女比率間違ってないか、この学校?


 そうして周囲を見渡している内に、俺たちが歩いている廊下は凄まじく綺麗で、流石に新設校だと感心してしまう。

 ただ一つ残念なのは窓から見える景色が壁ばっかりなことだろうか?

 学校を囲うように建てられた壁が、景観を台無しにしていること、この上ない。


「……ベルリンの壁じゃあるまいし」


 もしくはイスラエル辺りの嘆きの壁か。

 流魂の街を遮る壁でも構わないんだけど。

 ……いや、実際にそれがどんなものかなんて知らないけど。


「あはは。ボクたちを閉じ込める檻だったりしてね」


 俺の呟きを聞いていたのだろう。

 突然、隣を歩く女の子が声をかけてきた。


「……えっと」


 いきなり話しかけられて俺は戸惑う。

 何しろ相手の名前も知らない上に、相手は女子だ。

 黒歴史と表現しても過言ではない、バイオレンス極まりない中学時代終盤を過ごしていた俺は、「女子が話しかけて来る」という異常事態にどう対応して良いかすら出てこなかったのだ。


「あ、ボクは中空亜由美。亜由美で良いよ?」


 幸いにして少女はそういうことを気にしない、人懐っこい性格だったらしい。

 俺の若干引き気味の態度にも構わず、満面の笑みを向けてくれた。


「ああ。俺は佐藤和人……っと」


 俺がそう返事をした瞬間、亜由美は俺の手を躊躇いもなく取り、握手を交わす。

 ……どうやら、第一印象を裏切らない、人懐っこい感じの女の子のようだ。

 しかし、握手の握り方といい、言葉遣いといい……妙にざっくばらんな感じの少女だった。

 外見もパッと見た感じ小柄で凹凸に乏しい残念な身体つきで……可愛いには可愛い娘なんだけど、雑に切った感じのショートカットといい……えっと、何と言うか……中性的な魅力を醸し出している。


 ──目線は俺と同じ高さだから、俺と同じくらいの身長かな?


 と。初対面の少女の身体つきを眺めている場合じゃない。

 さっきの妙に物騒な一言を尋ねないと。


「……閉じ込める?」


「あっはっは、超能力者って社会不適合ってのが多いからね~。

 あちこちで問題起こしたりしてさ」


 『超能力者』という単語がまた出てきて……俺は思わず眉を顰めていた。


「あはは。まさか、そんな……」


 急いでその非常識な単語を否定しようとして、俺は気付いてしまう。

 目の前の少女……亜由美の身体つき……顔もそうだが身体のパーツ一つ一つが小さい。

 ……中学生時代の女子平均と比べて、である。


 ──それが何故、男子の平均身長くらいはある俺と同じ目線の高さになる?


 しかも、さっきから妙な歩き方……歩くと言うより横滑りするような動き方をしている。

 古武術の歩法にそういう体重移動や筋肉の動きを悟らせない極意があるにはあるが、こんな少女が自在にできるほど安っぽい極意な訳もない。

 それよりは彼女の動きはまるでガラス製の十代やパラダイスな銀河を歌うグループっぽく……コロのついている靴を履いているようで。


 ──いや、それもおかしいか。


 今は校舎内で上履きが義務付けられているから……

 その答えは亜由美の足元を見ればすぐに分かった。

 何しろ、彼女の足先は『廊下から十センチほど離れていた』のだ。

 その高さを維持したまま、廊下を滑るように飛んでいる。


「〜〜〜〜っ?」


 心底驚いた時って声が出ないというのは本当らしい。

 俺は、ゴム人間に電気が通用しなかった空島の神様みたいな、とんでもない顔をしていたんじゃないだろうか?


「あはは。ボクはコレが見つかっちゃってさ〜。

 家にも学校にもいられなくなっちゃって……」


 亜由美はそう言いながら頭をかいている。

 照れている……のだろうか。

 正直な話、照れるべき場所はそこじゃないと突っ込みを入れたくなった。

 が、驚きで固まってしまった俺はまだ息すらできず、声が出ない。


「ん? どしたの?」


 そんな俺を怪訝に思ったのか、亜由美は俺の顔を覗き込む。


 ──あ、ちょっと可愛い。


 と、そう思ったところでやっと落ち着いてきた。


「……へぇ。便利そうだな」


 だから、とりあえず平静を装ってそう言ってみた。


「え? あ、うん。

 へへへっ。

 ……でしょっ?」


 俺の言葉がよっぽど意外だったのだろうか?

 亜由美は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに満面の笑顔を浮かべた。

 よほど嬉しかったのか、その場でサマーソルトまで決めてみせる。


 ──見事な一回転だった。


 俺の鍛え上げられた動体視力は、彼女の短いスカートの中にある、白い脚から水色のストライプ模様まできっちりと捉えていた。

 厳しかった祖父の修業の成果は、こんな変な場所で俺の人生を潤していた。

 しかし、この中空亜由美という少女、人懐っこいところと言い、こういう無防備なところと言い……良い友人になれそうな気がする。


「ま、これから三年間、よろしくやろうよ、和人くん」


「え、あ。ああ。

 ……そうだ、な」


 ──なら、もうちょっとくらい、頑張ってみようかな?


 入学式で転校を決意した俺は、たかが彼女の笑みと手のひらの温もりと、そして水色ストライプの小さな布きれで、あっさりと決意を覆されてしまっていた。

 現金と言うなかれ。

 ……友人が一人もいなくなってからの孤高の生き様は、俺の中ではかなり厳しかったのだ。

 友人とは言わないものの、話し相手が欲しくて地元の学校を避けたくらいである。

 そういう意味では、この学校も捨てたものでは……


「ほら、そこ。私語は慎む!」


 なんてことをやっていたらお局様って雰囲気の女教師に怒られた。

 スタイルは……ぶっちゃけて言うとC。

 入学式であの『とんでもないお宝』を拝む前だったら、ちょっと惚れていたかもしれないサイズだった。

 年齢は……三〇代中盤で、尖った眼鏡がきつさに拍車をかけている。

 その上、叱られたらMの人間には堪らないだろう雰囲気を放っていた。


 そして、残念ながら俺はMの気質は一切持ち合わせていない普通の少年で

……幾らCのサイズを誇っていたとしても、上から目線で怒られると、ただ気分が悪くなっただけだった。


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