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第五章 第三話


「ふっふっふっふっふ」


 俺はスキップしながら廊下を走っていた。

 口約束とは言え、宇宙のエントロピーを凌駕しそうな契約を取り付けたのだ。

 浮かれたくもなる。


 ──Dだっ!

 ──しかも、生っ!


 今ならば、例え刺客だろうがテロリストだろうが魔法使いだろうが超能力者だろうが、この右拳でその幻想ごと殴り飛ばせそうな気がする。

 檜菜先輩の話では、刺客とやらはもうこの学校に紛れ込んでいるらしいから、生徒か教師のどちらかだろう。

 すると、かなりの確率で女性なんだが……個人的に女性はあまり殴りたくない。


 ──だが、全てはDの為だ。


 ……多少の犠牲は止むを得まい。

 しかし、普通ならば紛れ込んでいる刺客を捜すなんて、普通ならばとんでもなく難しい作業になるだろう。

 例えこの学校の全校生徒が少なくとも、教師を含めると四〇名はいるんだ。

 推理小説では一〇名程度の登場人物しかいないというのに、名探偵と呼ばれる人たちが犠牲者を数名出してからようやく犯人を突き止めている。

 眠るポーズが有名な探偵なんて行く先々が死屍累々で、死神扱いされている始末である。


 ──ソレを考えると、屏風の中の虎を捕まえよって言うくらい、無理難題にも等しい要求だよな。


 ……だが、俺にとってはそんなの、一度見た推理小説よりも簡単な謎解きだった。

 何せ、俺にはおっぱい様という最強の仲間がついている。

 彼女の精神感応能力(テレパシー)ならば、刺客を発見するくらい簡単に違いない。

 そうすれば……


「ふっふっふっふっふっふっふ」


 俺は湧き上がる笑いを堪えきれずに、ニヤニヤしながら廊下をスキップしていた。

 時間的に、次の時間は超能力の時間である。

 着替えてから……直接、おっぱい様に尋ねてみるとしよう。




「……お断りします」


 俺の顔を見るなり、おっぱい様はそう申された。

 ……まだ何も言ってないというのに、だ。

 周囲にいる奈美ちゃんを始めとした二組の面々はキョトンとした顔でこちらを見ている。

 それくらい、おっぱい様の声は硬く、強張っていたのだ。


 ──何故だっ?


 と、俺が演説をしている公国の総帥っぽく尋ねようとした、その瞬間。


「幾ら聞かれても、私の胸囲、カップサイズは言えませんから」


 と、おっぱい様は宣言された。


 ──あれ?


 俺がその回答に疑問を覚える前に、周囲の女子生徒が笑い出す。

 ……そりゃ、そうだ。

 あの一件以来、足フェチであるという誤解は解け、俺は『エロ魔人』なんて有り難くない二つ名を頂いている訳だし。

 その二つ名に異議を申し立てたいのは山々なのだけど……俺が一青少年として異性の性象徴に惹かれているのも事実だった。

 それをエロスと呼ぶならその汚名は受けなければならない。


 ──己自身が不利になっても正直に生きるのが、この俺の生き方なのだから。


 とは言え……こうして笑いものになるのはあまり良い気分の筈もなく。

 あまりにも居心地悪くなった俺は、とっとと体育館を抜け出すことにした。


「佐藤君、サボりは……!」


 マネキン教師が何か叫んでいたが、そんなのは無視する。

 何しろ、さっき感じた違和感が頭の片隅に残っている内に、その正体を突き止めなければならないのだから。




「……カップサイズ?」


 俺は屋上に舞い戻って空を見ながら、呟いた。

 俺の呟きに答える相手はいない。

 既に車椅子上のDは影も形もなく、俺は屋上に一人きりだったのだ。


「……どういうことだ?」


 ──俺の思考を読み違えたのだろうか?


 それとも……まさか、彼女の『精神感応能力』が偽りだったとでも?

 もしくは、周期によって読めない日があるとか。

 ほら、超能力とか魔法とかが使えなくなる「女の子の日」があるらしいし……

 かといって、それを確認する訳にもいかないだろう。


 ──いや、確かめる方法がない訳じゃない。


 血の匂いや痕跡は色々な形で残るものだ。

 そういう痕跡が残りそうな箇所をじっくりと調べれば、彼女が『そういう状況』かどうかくらいは調べられる筈である。

 ……ただ、もし『その確認行為』がバレた場合、この学校は今以上に居心地が悪くなるのは明白で、少しばかりリスクが大き過ぎるだろう。

 俺自身も、そっちの道を突き進むような変質者にはなりたくない。


「だ〜〜〜〜!」


 折角の生乳が一瞬でご破算になったような気がして、俺は頭を掻き毟る。

 ……某和製の名探偵っぽく。

 頭は毎日ちゃんと洗っているから、あんなにフケは飛ばないけど。

 実際、精神感応を持つ奈々のヤツが、Dなんかにうつつを抜かしている俺の内心を読んで、わざとはぐらかしたという可能性もあるんだけど。


「考えても仕方ない、か」


 ──取りあえず刺客問題は保留にする、か。


 数分間悩んで俺が出せた答えはソレだった。

 何せ、「名探偵が数人の犠牲を出してようやく発見できるレベル」の難題なのだ。

 しかも俺は『犠牲者を出さずに』という前提付きで解決しなければならない。

 普通の高校生の知性しかない俺に、そんな難しい問題が解ける筈もない。


「じゃ、まずもう一つの、超能力者の軍事活用の方を考えるか」


 繪菜先輩は反対派が二つあると言っていた。

 強引に叩き潰そうとしている方は刺客が誰か分からないと話にならない。

 ……しかも現在は犠牲者がいない。

 つまりノーヒントの状況であり、どっから取りかかって良いやら分からないのが現状である。

 だが、学校の費用対効果を上げる方は……もう少しだけ何とかなりそうだ。

 ……要は、超能力者が軍事的に役に立つと認められれば良いのだ。

 俺は、脳内でどういう方向性で話を持っていけば分かり易いかを考えつつ、目を閉じる。四月中旬の陽気に太陽の光がプラスされ……


「……へくしゅっ!」


 結局、思考の袋小路で迷い続けた俺が、自分のくしゃみで目が覚めた時。

 ……既に空は真っ暗で、周囲はもう冷たかった。




「お、サボり魔」


「やかましい」


 食堂に着いた俺を出迎えたのは亜由美の軽口だった。

 俺は肩を竦めながら軽口を返す。

 ……だから、軽口を叩いた後で「喋っちゃダメだったっけ、しまったな」みたいな表情は止めてくれ。


 ──お前には性格的にそういうのは向いてないから、さ。


 結局、亜由美にそっぽを向かれてしまった俺は、仕方なく食堂を見渡してみる。

 ……だけど、生憎と数寄屋奈々の姿は食堂の何処にも見当たらなかった。

 それはつまり、俺と喋ってくれそうな相手はいないってことなので、俺はカウンターで料理を受け取ると……仕方なく一人で席に座る。

 ちなみに今日はC定食を選んだ。

 エビチリに卵スープ。ご飯の盛りは適当に。

 あまり深く考えずに口の中に詰め込む。

 何しろ、生のDがかかっているのだ。料理の優先順位はそれほど高くない。


 ──考えろ、超能力者を軍事的に有効に使用する方法を。


 学者や教師連中が既に考えつくしているかもしれない。

 多分、脳内を刺激して超能力を増強するみたいな技術もあるんじゃないだろうか?

 ドーピングみたいな……ほら、強化人間とかエクステンデッドとか言うアレだ。

 だけど、そういうのじゃなくて、もっと、こう……コロンブスの卵的な……軽く叩くだけで卵が立ち上がるみたいな、発想の転換が……


「だから、そんなんばかりやないって言うてるやろ?」


「けれど、貴女のは子供っぽいのばかりだったじゃないですか?」


「雫も黒ばかりで、変」


 周囲では羽子・雫・レキの三人娘がなにやら騒いでいる。

 そして、何となくその話が下着の話らしいと直感した俺は、ガールズトークを盗み聞きする後ろめたさから、余所を向いて意識を逸らす。


「ほら、エビチリ二つとそのエビフライを交換でどう?」


「……ダメ、体積的に三つは欲しい」


「卵スープとコンソメスープを等価交換しましょ?」


 三馬鹿の近くに座っていた亜由美は、その隣で食事中の光・結の二人を相手におかずの交換レートで揉めているようだ。


 ──気楽で良いな、あいつらは。


 ……俺なんてこうやって食事中ですら脳みそをフル回転させているってのに。

 俺はため息を一つ吐くと最後のエビを口の中に放り込む。

 正直、味は悪くないけれど、あまり辛くない。

 そして、量が少ない。


 ──圧倒的に女子生徒が多い所為か、量も刺激が足りないんだよな、この食堂。


 っと。食堂中心部にあるテレビが目に入った。

 そこでは委員長を始めとする数人の知性派少女達がニュースを見ているようだ。

 ……まだ学生だと言うのに、ニュースなんか見て面白いのだろうか?

 と、ニュースでは海外で起こった地震に対しての、自衛隊派遣の是非についてとか語っている。


 ──ったく面倒くさいことを。


 人助けに費用対効果とか面倒なことを持ち込んでも……


「これだ!」


 それに気付いた瞬間、俺は立ち上がり思いっきり叫んでいた。


 ──そうか。


 災害救助なんかが目的なら、費用対効果をそれほど考える必要もない。

 人命ってのはお金に代えがたいと道徳で散々言われている。

 実際、人命救助の機械が多少高額であっても、そして費用対効果に少しばかり難があったとしても……それを惜しむ声は表に出しづらいだろう。


 ──人気商売の政治家なんかは、特に。


 それに、日本の自衛隊も武器弾薬などを装備している割には、あちこちで災害救助ばっかりやってるイメージがある。

 軍事目的のPSY能力者が人命救助を行うってのは、そう的外れな考え方ではなさそうだった。


 ──だったら、その方向で……


 そうして、一度思考の糸口を掴んだ俺の脳みそは高速で回転をし続ける。

 そして、次々にアイディアが浮かんでくる。

 ただ、そのアイディアを具体的に形にするには……超能力の焦点を合わせた使い方を考える必要があった。


 ──基本的に超能力ってのは、生きるために……自分を助けるために生まれた力だから……


 そこまで考えた俺は、目的を捜すために顔を上げる。

 周囲に居た女生徒全員は突然立ち上がって叫んだ俺の方を怪訝そうな目で見つめていた。

 それらの視線はまるで、突然「エウレカッ!」と叫びながら全裸で街の中を走り回ったアレキメデスに向けられただろう視線であり。


 ──確かに、傍から見たら意味不明で不気味かもしれない。


 正直な話、普段ならばかなり居心地の悪い状況だったのだろうが、今の俺は生Dへの情熱が最優先だ。

 残されたご飯を卵スープで口の中に一気に流し込むと、俺は片付けなければいけない食器も放置して二組の連中がたむろしている席に向かう。


「えっと、何?」


「ちょ、ちょい待て、今、あんたとは……」


 そこに座っていた六人……羽子・雫・レキ・亜由美・光・結は何かを抗議しようとしていたようだが、無視して座る。


「あの、出来れば、離れて……」


「あっちへ……」


「……真面目な話だ」


 俺を拒否しようとした彼女たちの抗議を片手を上げることで全て遮ると、一切の前置きなしで俺はそう告げていた。

 恐らく今の俺は、これまでの人生で一番真剣な顔をしていたのだろう。

 雰囲気に呑まれたように、六人全員が黙り込む。

 ……そう。

 俺はこの上なく真剣だった。

 正直な話、正真正銘の真剣を向けられた舞斗との決闘の最中よりも、遥かに真剣な顔をしているという自覚がある。


「お前らの、超能力が目覚めたきっかけを教えてくれ」


 それだけを言って素直に頭を下げる俺。

 普段ならプライドが邪魔するそんなことでさえ……今の俺にとっては全く苦にならなかった。

 ……何しろ、生のDがかかっている。


「わ、分かったから頭上げてや」


「あ、うん。教えますから」


 真正面から向き合えば、彼女たちも三週間は共に過ごしたクラスメイトである。

 こちらが真摯な態度を取るならば、分かり合えない筈もない。

 その場にいた超能力者全員が、欠片も躊躇うことなく頷いてくれた。


「えっと。ボクは家出した時に、崖から落ちて……気付いたら飛べてた」


 軽い口調で平然と身の上話を語ったのは亜由美のヤツだった。

 ……語っている内容は重いのに、口調が無茶苦茶軽くて全然深刻にならない。


「ちなみに家出した理由は、兄さんが床に投げ捨てたエロ本が気持ち悪かったから、なんだけどさ〜」


 ──うん。家出の理由も軽いな、コイツ。


 ……人生の深刻さってのは、体重に比例するのだろうか?

 しかも、その「えっちなのはいけないと思います」みたいな、当てつけたような視線を俺に向けないで欲しい。

 確かに男性の性癖ってのは少女には受け入れ難いのかもしれない。

 ただ、亜由美の体型は俺のストライクゾーンからは非常に離れていて、彼女に対してセクハラをする可能性はほぼゼロなのだから。。

 言うならば、すっぽ抜けてバッターボックス手前でワンバウンドしたフォークボールみたいな感じだろうか。

 ……バットを振る気にもならない。


「ん〜、ウチは家の近くに牧場があったんやけど。

 風が吹いたら、そこから匂いが漂ってくるんよ。

 んで、こっちに風来るなって毎日毎日呪っていたら、知らん内にな」


 ……今度は内容そのものが軽い。


 ──羽子、お前も名前の通り、軽い人生送ってないか?


「私はインフルエンザにかかった時でしたわ。

 四〇度を超える熱にうなされて「水が欲しい水が欲しい」って思っていたら、冬だと言うのにベッドが水びたしでして。

 お陰で熱が舞い上がりましたが」


 ……雫の内容は俺でも頷ける超能力発動の理由だった。

 だけど、落語を話している訳じゃないから、別にオチは要らないだろう。


「……実家の蔵で埋蔵金の地図、手に入れた。

 山を掘っていたら、能力、目覚めた」


 ──レキ。即物的すぎるぞ、お前。


 というか、埋蔵金はどうなったのだろう?

 亜由美も好奇心丸出しの表情だが、レキは語る気がないらしく既に口を閉じていた。

 まぁ、実際、埋蔵金なんかが見つかっていたのなら、この三人娘たちの性格上、口やかましく自慢しているハズで。

 ……つまり、恐らくは空振りだったのだろう。


「ん〜。私は七歳の頃、蔵に閉じ込められた時からかな?

 あの頃は悪戯しまくって、毎日のように怒られていたから」


 そう言ったのは吉良光だった。

 今まであんまり話す機会はなかったけれど、確かに悪戯っぽい目の光はある。


「悪戯ってどんなん?」


「男の子のパンツ奪ったりとか。

 その子、街中でモロ出しのまま泣き喚いたからさ〜。

 噂になった所為で相手の親が怒鳴り込んできちゃって……」


 亜由美の質問に、吉良光は照れ笑いをしながらそう答える。

 ……というか、その会話の流れで何故俺の下半身に目が向くのだろう? 


「で、その男の子、どうなったの?」


「ん〜。引きこもっちゃってアニメばっかり見てるって聞いたけど……」


 光の話を聞いた俺は、その男の子には思いっきり同情してしまっていた。

 幼い頃のトラウマで、女がダメになったというお決まりのコースらしい。

 彼が現実の女性に絶望して二次元に逃避しても、多分、誰も責めないだろう。


「私は昔〜、新体操していたからさ〜。

 リボンの演技が下手で下手で〜、何とかして上手くなりたいと思っていたら〜、こんなことが出来るようになったのよね〜」


 そう言ったのは由布結だ。


 ──しかし、そのぽっちゃりした体型でか?


 周囲を見ると、不可思議なものを見る目をしていたのは俺だけじゃなかった。

 この席にいる全員が同じ顔をしている。


「いや、体操やめてから運動量減ってね〜。

 んで〜、食事量はそのままだったから、ちょっと太っちゃったけどさ〜」


 居心地悪そうにそのぽっちゃりした身体を揺らしながら結が笑う。


 ──いや、まぁ、バストサイズが増えるのは俺としては大歓迎なんだが。


 尤も、バストサイズを見た目以上に栄えさせる体型ってのはやっぱりあると思うし、そういう方が俺も好きだけど。

 光は闇の中にあってこそ輝くとか、そういう感じ。

 ちなみに、証拠とか言って、身体の柔らかさを実演してもらった。

 立ったまま片足抱きかかえるヤツ。


 ──おお、Cサイズのバストが脚に押され、その柔らかさを見せつけてくれている!


 ただ、制服のままそういう恰好をするものだから、フリルに包まれたピンクの下着が丸見えで……うん、正直な話、俺にとって突き上げられた脚にたわむCの方が大事であり、下着なんてどうでも良くて、そのピンクの布きれなんざろくに見てなかったけど。


「んで、和人、それがどうしたん?」


 全員話し終わった途端、亜由美が尋ねてくる。

 他の面々も知りたいって表情を隠そうともしていない。


「あ〜。まだちょっと詳しくは……

 でも、能力強化の指針にはなる、筈」


 報酬を独占するつもりだった俺は、全部を正直に話すつもりもなかったので、端的にそこだけ話す。

 いや、まぁ、独占と言っても、彼女たちがその報酬を欲しがるとは思えない。

 だけど……彼女たちに手柄を奪われてしまい、生のDを取り逃がすことはあるかもしれないだろう。


 ──報酬が報酬だけに、慎重にならざるを得ないのだ、俺は。


「ふむ、反省したようだね、和人」


「反省に私たちの能力について真面目に考えてくれるんですね〜」


「そやな。そこまで反省しているなら、許してやらないこともないわ」


「そうですね。もう良いんじゃないでしょうか?」


「……許す」


 俺の言葉にみんなはそう言いながら頷いてくれる。

 みんな、何故か妙に喜んでいるみたいだった。


 ──ただ、俺の思っている能力強化と、お前らが望む能力強化は恐らく方向性が違うんだけど?


 尤も、それを正直に教えると、またしてもシカトされそうなんで口にはしないが。

 何もかも全てを真正直に話せば良いんじゃないってくらい、流石の俺も中学生時代の暗黒時代で十分すぎるほど学んでいた。


「じゃ、俺、調べ物があるから」


 俺は変な追及をされない内に、そんな言い訳を吐いてこの場を去ることにする。


「お、勉強なんてする気かいな?」


「そんな似合わないこと、テスト前でも十分じゃないのですか?」


「あ〜。今日サボったから、ちょっとな……」


 下手に俺の部屋に闖入されて思考の邪魔をされるのは真っ平御免だった俺は、勉強という言い訳を突き通して、クラスメイトのみんなの追求を遮っていた。


「え〜。ボクとの対戦は〜」


「今日は調べ物で忙しいから、また、今度な。

 頼むから邪魔しないでくれよ?」


 よく押しかけてくる亜由美は一番不満そうな声を上げたものの、俺は念には念を押して釘を刺しておく。


 ──まぁ、嘘を言っている訳じゃないんだよな。


 動機はどうあれ、これから調べるものの内容が何であれ、その調べ物が超能力と関わっている以上、この『夢の島高等学校』では勉強と扱われても問題ない筈だから。


 ──つーか、思い返してみれば俺、今日、授業一時間も受けてないな。


 ただ、この世には学校の勉学よりも遥かに大事なものがあるのだ。

 たまにはこういうのも仕方ないだろう。

 ……そう。

 生乳とか生乳とか生乳とか、俺にはそういう大事なものがある。


「しょうがないな。うん。おやすみ」


 立ち上がった俺に挨拶する亜由美はちょっとだけまだ不満そうな声だったが、納得はしてくれたらしい。

 それから口々におやすみの挨拶が飛んでくる。

 それらに片手を上げて、俺は早足で部屋に戻る。


「ちょ、ちょい! 食器、片付けや……」


 背後から羽子の叫びが聞こえた気がしたが、それを無視して俺は食堂を出ていた。

 今の俺の脳みその回転数は珍しく凄いのだ。

 普段から勉強なんざ縁遠い俺だから、次にスイッチが入るのはいつになるやら分からない。


 ──である以上、このテンションを切らさない内に、何とかしないと。


 逸る気持ちに引き摺られるように、俺の歩幅が少しずつ大きくなる。

 足を踏み出すピッチが少しずつ早くなる。

 歩きは早歩きに、早歩きは駆け足に、そしてダッシュに。

 走る俺の手のひらは、丁度、Dを掴んだときのサイズになっている。

 ……暖かさ、弾力、曲線、全てが未だに記憶にあるから、その手触りを脳内で反芻させるくらいは簡単だ。


「なっまっちっちっ。なっまっちっち」


 歌いながら部屋に走る俺。


 ──周囲の視線?

 ──知るか、そんなの。


「おい〜〜〜〜っ!」


「何あれ、檜菜ちゃん?」


 途中で車椅子の少女とすれ違った気がしたが、俺は全く気にならなかった。

 部屋に飛び込む。テレビについているパソコンを起動。

 ……取りあえず、思いついたことを文章にする作業から始めよう。

 最終的にはしっかりとした形でのレポートを目指すにしても、レポートを書くなんてさっぱり経験がない俺なのだ。


 まずは形なんて二の次にして、さっき閃いた案だけでも形にしておかないと……


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