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第四章 第三話


 誰一人として話しかけて来ることもなく、ただ敵意混じりの視線ばかりが向けられる、体感時間が三倍にも感じられるような、ホームルームに数学、国語を何とかやり過ごし。

 続く超能力の時間。


「今日は、PSY指数の再計測をます。」


 マネキン先生はそんなことを言い出した。

 どうやら、月の最初と中日はPSY指数を測るらしい。


 ──ま、超能力の軍事利用を目的とする学校なら、商品の状態を確かめるのは当然か。


 一年B組が連れ立って保健室に向かう。

 その道中は会話も少なく……やっぱり少し空気が悪い。

 俺は少しだけ舌打ちしたい気分で、保健室までの廊下を歩いていた。

 マネキンの後ろを歩いているのは委員長。その後ろにPSY能力者グループ。そして、最後の列に俺と奈美ちゃん、揺れるおっぱい様というPSY指数がゼロだったグループが続く。

 亜由美は両グループの真ん中くらいを歩いていた。

 何度もこちらを振り返って……多分、俺たちへと話しかけようとしているみたいだけど……どうやらこの両グループの温度差みたいなものの狭間で、右往左往しているらしい。


 ──あ、目が合った。


 俺は首を振って彼女に自制を促す。

 亜由美はPSY能力者(サイキッカー)なんだ。

 しかも、別にグループ差に変な感情を抱いている訳でもない。

 そんな彼女を、こんな無益な争いに巻き込む必要もないだろう。


「ドキドキしますね」


 そんな中、周囲の空気を全く気にしてない様子で奈美ちゃんが俺に笑いかけてくる。

 そんな奈美ちゃんに、俺は思わず苦笑を返す。

 つーか、普通人(ノーマル)の俺なんて、どうせゼロって分かっているのだから……ドキドキする訳もないんだが。


「……音無さんが気にしているのは、体重」


「……ああ!」


 こっそりと背後からそう教えてくれたのは、おっぱい様だった。

 そこで俺は改めて気付く。


 ──そう言えば、今回は身長体重も測るんだったっけ?


 彼女も少しは気にしているのだろうか。

 ……声がちょっと硬い気がする。

 尤も、俺はあんまり身長体重なんて気にしたことがないから分からないんだが……従姉妹たちを見る限り、女性にとっては死活問題らしい。

 身体の重みなんかで一喜一憂すること自体、全く理解出来ないが……まぁ、武術でも重過ぎると身体のキレが悪くなるし、軽くなり過ぎると一撃の重みがなくなってしまう。


 ──そういう女性ならではの勝負ごとが、体重にはあるのかもしれないな。


 そんな無駄なことを考えていたら、俺たちはすぐに保健室にたどり着いていた。

 マネキン教師に続いて保健室に入るB組生徒一同。

 前に入った時は緊張していて気にしてなかったけど……中学校の保健室と違って、消毒液の匂いよりも、パソコン室みたいな機械類の匂いが漂う部屋である。


「はい、では測定しますから」


 マネキン教師の指示により、白衣を着た保険医っぽい人間が前と同じく変なシールを手に迫ってくる。

 最初に測るのは、委員長か。

 PSY指数二四〇。

 ……多いのか、少ないのかすら分からないが、彼女が喜んでいるのを見ると、入学式の時よりは上がっているらしい。

 続いて羽子、雫、レキと続く。

 二二〇、五八〇、四二〇か。

 一番能力が戦闘向けではない雫の数値が一番高く、どうやら戦闘能力とPSY指数ってのは比例する訳じゃなさそうだった。

 ……しかし、あの保険医、出席番号順に並ばせもせず、ただ来た順番で測ってやがる。


 ──やる気、ねぇなぁ。


 ……と言うか。

 ここまできて根本的な疑問が俺の脳裏に浮かんで来た。


「PSY指数って、結局、何なんだ?」


 俺は、右隣で暇しているおっぱい様に向かってその疑問を素直に尋ねてみた。

 彼女はチラッとこちらに目を向けてから、言葉を捜すようにして答える。


「……えっと。本人の意思による世界への影響度を数値化したもの……で分かる?」


 おっぱい様の上部から放たれた声は、非常に歯切れが悪かった。


「……あの保険医の脳内は専門的な言葉ばかり。

 その、説明が難しい」


 その説明で俺は納得する。

 確かに専門家ってのはそういうところがあるものだ。

 曽祖父の武術の教えも、専門的な言葉や概念を押し付けてきてさっぱり分からない時もあったし。

 勿論、俺がまだ幼かった所為もあるだろうけど。


「……つまり、どういう意味なんだ?」


PSY能力者(サイキッカー)は、気合で世界を動かすってことですよ。

 その気合で世界を動す力を数字で表したものがPSY指数……ってこの前の授業で言ってました」


 奈美ちゃんがそう説明してくれる。

 ……実に、分かり易い。

 と言うか、俺が授業を聞いていなかったのが悪いんだけど。


「で、私達ESP能力者(エスパー)は、普通人より多く世界を知り得る能力者ってことです」


 ……あ、なるほど。

 他人の思考とか、目を使わずに外側の世界を知るとか、か。

 つまり、自分の外側に干渉するのがPSY能力者,世界の情報を自分の内側に取り込むのがESP能力者ってな分類か。


「……だから、その外側への圧力を調べるのがあの機械」


 おっぱい様が突き出た先では、まだPSY指数測定をやっていた。

 由布結が一三〇、吉良光が一一〇、稲本雷香が二二〇か。


「中空亜由美、七九〇!」


 その数値が読み上げられた途端、保健室中にため息が響き渡る。

 ……亜由美のヤツのPSY指数は、他の連中とは桁違いだった。

 いや、実際のところ桁数は同じだけど、頭一つ飛びぬけている。

 恐らく、他のPSY能力者からしてみれば、ため息しか出ないほど『格上』ということなのだろう。


 ──しかし、こうしてみればPSY指数ってのも理解出来るな。


 その数値が大きいほど、『やらかす』超能力が大規模ということなのだろう。

 亜由美の数値が高いのは、ごく自然に重力に逆らい続けられるからだろう。

 ダムの放水を間近で見たら分かるが、重力ってものは凄まじい力である。

 それに逆らい続けている訳だから……PSY指数が高いのも頷ける。


「音無奈美、ゼロ!」


 俺が感心している間にも、奈美ちゃんの計測が終わったらしい。

 やはりこの装置ではESP能力者を計測できないらしく、彼女は相変わらずPSY指数がゼロだった。

 それでも笑顔でこちらを振り返っている辺り、PSY指数には別段こだわりがないのだろう。


「……あれ?」


 それを見た途端、俺の中でふとした疑問が湧く。


「数奇屋奈々、ゼロ!」


 だけど、その疑問も保健室に響いた声にかき消される。

 やはりESP能力者だから仕方ないのだろう。

 

 ──胸囲はこの中で一番凄いんだけどな。


 どうやら超能力とバストサイズは比例しないようだった。


 ──亜由美を見る限り反比例だけど、奈美ちゃんもゼロだしな〜。


「次、貴方だけですよ、佐藤和人」


 っと。

 要らぬことを考えていたら保健室の先生に滅茶苦茶睨まれていた。

 俺は仕方なく計測器の前に立ち……ため息を軽く吐く。

 何しろ、ここ暫くの騒動の所為か、周囲の視線が思いっきり痛い。

 俺に向けて敵意の視線を向けてきているのはPSY能力者達。

 好奇の視線は亜由美と奈美ちゃん。

 おっぱい様は相変わらず重力に反して突き出ている。

 そんな周囲の視線に晒されながら、俺はふと思いつく。

 ……世界を気合で動かそうとするのが、PSY能力だと聞いた。


 ──だったら、ちょっと試してみるか。


 俺はそう心の中で気合を入れると、全身全霊を込め見えない二つの腕を思い描きながら、人類に与えられた知恵の実と言わんばかりに俺を惹きつけてやまない、あの突き出た二つの禁断の果実を、その見えない手で撫で触れ揉み掴もうと、まるで蜻蛉の構えから二の太刀を不要とするほどの、必殺必中外せば即ち死と言わんが如く、裂帛の気合を込めて……


「佐藤和人、ゼロ!」


 全身全霊をかけた、俺のおっぱいへの気迫は何の意味もなかったらしく、そんな無慈悲な言葉が保健室中に響き渡る。


 ──やっぱ即席じゃ無理か。


 俺はちょっとだけガッカリしながら、内心でため息を吐いていた。

 ちなみに……俺の内心がだだ漏れだったおっぱい様は、竦めた彼女の肩と一緒に揺れていらっしゃる。

 いや、そこまで呆れなくても……俺の中で一番気合の入るシチュエーションを考えただけなんだから。


「あはは、仲間ですね」


「……まぁな」


 笑顔で微笑んでくる奈美ちゃんに向けて、複雑な表情で返事を返す俺。

 実際、別に超能力が欲しい訳じゃないんだけど、さ。

 それでも、この空気の中であと三年間マイナス一週間を過ごすくらいなら、超能力の一つや二つ、手にしたい気分ではある。


「……やっぱり、ゼロ」


「じゃあ、本当に?」


「……普通人(ノーマル)?」


 俺の出したPSY指数に周囲がざわめく。

と言うか、声を出しているのはいつもやかましいアホ三人娘だった。

 あまり関係がなかった由布結、吉良光の二人もあまり好意的でない視線を俺に向けてきている。

 ……稲本雷香は相変わらず何を考えているかさっぱり分からなかったが。

 チリチリと首の後ろに感じるような、敵意に近い視線に加え、胃の中身まで重くするような、どんよりとした空気。

 そんな空気が保健室中に漂っていた。


 ──これは、一悶着あるな。


 俺が唾を飲み込んで騒動を覚悟した、その時だった。


「頼もう!」


「ちょ、檜菜ちゃん、授業中ですから、少し静かに……」


 突如、そんな叫びと共に二人の女生徒が保健室に入ってきた。

 一人は長髪のAサイズ。

 身長高めの、ほっそりとしたモデル体型っぽい。

 もうちょいとサイズが大きければ見栄えが良いだろうという少女。

 少し気弱そうな笑顔が特徴的だ。


 ──あれ? 彼女……どこかで見たような。


 だけど、その疑問はすぐに消える。

 何故ならば、もう一人の少女の姿があまりにも印象的だったからだ。

 顔は気が強そうな感じ。

 スタイルは結構良くて……突き出したその二つの膨らみは、間違いなくDはあるだろう。

 だけど、彼女が印象的なのはソレじゃない。


 ──みんなと同じ制服姿をした彼女には、手が、足が、なかった。


 そのスカートから覗く二本の脚双方に包帯が巻かれていて見えないものの……膝から下がないのは一目瞭然で。

 その上、腕も同じく肘辺りからその先の袖がぶらぶらしているのだ。

 繪菜と呼ばれた彼女は、その身体を車椅子に乗せている。

 そして、背後に立つ長髪の少女がその車椅子を押していた。


「なぁ、貴様が一年の佐藤とやらか?」


 車椅子の少女は、両腕両足がないというのに酷く好戦的な笑みで俺に話しかけてくる。


「だから、檜菜ちゃん、もう少し品位を考えて……」


「あ〜、うるさいな、黙ってろよ、鶴来」


 ……鶴来?


「でだ。こいつの弟を叩きのめしたらしいじゃないか」


「ああ、舞斗の姉の、舞奈と申します。

 弟がお世話になったようで」


 えっと……話しぶりを聞く限り上級生だろうか。

 舞奈という名の先輩は深々とお辞儀をしてきたので、俺も何となく頭を下げる。

 車椅子の少女の口の悪さとは対照的に、舞奈先輩は非常に上品なお姉さんという様子だった。

 ……鶴来という姓を聞かされてみると、舞斗のヤツに雰囲気がよく似ている。

 さっきの既視感はその所為だったのだろう。


「しかもPSY能力者を一方的に叩きのめしたんだって?

 ……なかなかヤルじゃないか、なぁ?」


 車椅子の少女の好戦的な声に、俺は思わずため息を吐いていた。

 

 ──やっぱその件か。


 一方的に弱い者をぶん殴ったという後ろめたさのあった俺は、彼女の剣幕に少しだけ怯む。

 ……だけど、その俺の様子を見た舞奈さんは、俺を咎める訳でもなくただ優雅に微笑んでいた。


「いえ、良いんですよ。

 弟には良い薬になったようですし。

 ……あの子は甘やかし過ぎた所為か、ちょっとヤンチャで」


 ──ヤンチャて。


 人を斬り殺そうとした舞斗の行動を「ヤンチャ」の一言で済ました舞奈という先輩を、俺はまじまじと見つめてしまう。

 もしかして、この舞奈って先輩……口調や物腰とは打って変わってかなり常識から外れたお方なのではないだろうか?


「かっかっか。PSY能力者ってのはこんなもんだよ、佐藤」


 ──っ! ……この口ぶり、視線……


 俺はチラッと精神感応能力者の方に視線を飛ばす。

 おっぱい様は頷いた。

 つまり……この先輩は俺が『普通人(ノーマル)』だと知っている。

 ……いや、確信を持っているということか。

 さっきの俺の反応だけで、そこまで読んだとなると……この先輩、頭悪そうな口調の割には……かなり頭良いんじゃないか?


「んでだ。ちょっとお前に尋ねたいことがあったんだ」


 檜菜先輩がにこやかだったのはここまでだった。

 いや、表情は変わってない。

 少し乱雑で凶暴な雰囲気はあるが、笑顔を浮かべたままだった。

 ただ、急に空気が変わったのが分かる。

 彼女の視線に触れるだけで、俺の首筋の毛がチリチリと逆立っているのが分かる。


 ──殺気だ。


 ……しかも、特上の。

 車椅子に座ったままの少女相手に、俺は知らず知らずの内に両手を上げて構えていた。

 いや、構えを取らされていた。

 それはつまり、俺の本能が目の前の……手も足もない車椅子の少女を『危険な存在』だと訴えていたのだ。


「……体育館まで、来てくれるよな?」


 ニヤリといった笑顔の檜菜先輩。

 正直、断りたい気持ちでいっぱいだったが、腕を上げて臨戦態勢を取ってしまった今の俺にはその言葉に抗う術はない。

 そんな俺に軽く微笑んだ舞奈さんが、檜菜先輩の車椅子を押す。

 ……向かう先は体育館だろう。

 俺は、覚悟を決めるとその後ろを歩いていく。


 背後からは、何故か保健室にいた二組の全員がついて来ていた。


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