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第一章 第一話

 サブリミナル効果というのをご存知だろうか?


 もうそれほど目新しい言葉でもなくなってきているから、知らない人間から数えた方が速いと思う。

 テレビなんかで数分間に一コマ、意識できないくらいの短時間に何かメッセージを混ぜ込んで放映することで、何らかのメッセージが深層心理に刻み込むという代物である。

 ……効果があるかどうか、それは未だに実証されていないことになっている。

 なっているのだが、テレビなんかでは禁止しているとかって話も聞くし、実際の効果はあるらしい。

ジョン=C監督は、黒いサングラスをかけるとそれを見破る設定の、素晴らしい映画を作り上げていたものだ。

 ……何故こんな話をするかと言うと、俺が入ることになった『夢の島高等学校』はCMにサブリミナル効果を導入するによって入学者の選抜を行っていた、らしい、からである。

 何故「らしい」としか表現できないのかと言うと、俺に対してはその『サブリミナル効果』とやらが全く効果を発揮しなかったからだったが。

 だからこそ俺はこの奇妙な学校に通う羽目になり、常に嘘を吐き続ける生活を強いられることになる。

 ……そのことに俺が気付いたのは、全ての手続きを終えていざ高校生活の初日である入学式の席のことだった。



 ……そのCMは酷い出来だった。

 高校生くらいの顔・スタイル共に可愛い系アイドルがブレザーの制服、しかも思いっきりミニスカートで歌って踊る女の子バージョンと、イケメン男子がカッターシャツの胸元を大きく開けてセクシー感たっぷりに歌い踊る男の子バージョンの二つが放映されていた。

 ただ、どちらのバージョンも可愛い&イケメンのみを起用した弊害か、歌があまりにも下手過ぎる所為で逆にテレビに注目してしまうレベルで。

 踊りはかなり激しく……俺は野郎版には目を通してもなかったが、そのCMは可愛い系アイドルのミニスカート付近につい目が行ってしまうような構成だった。

 ……教育機関の宣伝とは思えないCMである。

 だが、まだ設立二年目の新設校らしいので試行錯誤は仕方ないのかもしれない。

 それに一応、歌の合間に学校の写真や宣伝を混ぜ込んではいる。

 混ぜ込んではいるのだが、CMラストにアイドルが呟く台詞「俺(私)だったら、こんなゴミの上にあるこんな学校嫌だけどな(ね)」という一言で全てが台無しである。

 確かにゴミ捨て場埋立地の上に立つ学校なのは事実だが、幾らなんでも宣伝でその発言はないだろう……というのが一般の意見だった。

 中学時代に色々とやらかした俺にしてみれば、母校からかなり離れている上に、クラスメイトが誰も志望しないこの高校は希望通りだったし。

 何よりも、このアイドルを使ってまで『正直な感想』を言わせる、その無茶苦茶な校風が気に入ってしまったのだ。

 だからこそ、CMを見た翌日には乗り気でない教師を説得してこの学校の資料を取り寄せ、軽薄な学校だろうという両親と従姉妹たちの反対を振り切り、寝る間も惜しんで猛勉強をした上で受験に臨んだのだった。

 その努力の所為か故に、俺は一学年二百名の定員を競争率コンマ一倍という超難関を潜り抜けて……この『夢の島高等学校』に入学を果たしたのだ。

 コンマ一倍という倍率の末、無条件合格だったと聞いた時には、受験勉強の時間を返してくれと大声で叫んでしまったくらいだが。


 しかし、そんな俺の嘆きなどまだ序章に過ぎず。

 俺の本当の受難は、入学式の翌日から始まったのである。




 そして始まる、俺の高校生活の初日。

しかも入学式最初のスケジュールである、校長先生の挨拶が全ての始まりだった。


「この学校は超能力者を育成する学校ですっ!」


 頭頂部に鮮やかなバーコードを飾り付けている校長が、入学式に体育館の壇上で開口一番にそう言い放ちやがったのだ。


「……は?」


 その言葉が耳に入った瞬間、俺はまず自分の耳と、そして自分の正気を疑った。

 ……だってそうだろう?

 入学式直後の自己紹介で後ろの席の女生徒が「普通の人間には云々」ならまだ分かる。理解不能な同級生が居る程度で済むのだから。

 だけどさ。

 入学式の壇上で、しかも学校で一番の権力者である校長先生が全校生徒(二年生八名、一年生二十名の全校生徒二十八名)プラス生徒と同数ほどの教師を前でそんなことを宣言するなんて……

……一体、誰が想像する?


「……はぁっ?」


 勿論、想像もしていなかった俺は絶句して、声を上げることすら思いつかなかった。

 何よりこの学校は男子より女子の数の方が圧倒的に多いらしく……この校長の壮絶なるネタ発言を共に笑おうという相手すら、俺の周囲にはいなかったのだ。

 いや、バイオレンスなジャックも真っ青の、暴力一色に染められた中学時代の俺は、そうして笑い合う友人なんて一人もいなかったんだけどさ。


「近年、我が国を取り巻く状況は、東日本大震災の影響により……」


 と、校長の話はさっきの発言へのフォローすらなしに続いていったが、俺の耳には入ってこなかった。

 「超能力者云々」の一言ですっかり度肝を抜かれてしまっていたからだ。

 そして、もう一つ驚くべきことがあった。

 それは、周囲で並んでいる女生徒や教師達、その誰一人として校長の言葉を笑ったり馬鹿にしたりしていないということだ。

 普通、あんな話を聞かされたら、周囲から野次が飛ぶものだ。

 少なくとも、街頭で度胸試し以外に理由が考えられないような、下手くそなバンドの演奏よりも突っ込みどころ満載の一言だったのだし。

 

──いや、あの道行く人たちの冷たい目がね、辛いんだよ、ホント。

 

野次もけっこうきついし……。

 だってさ。まさかバツゲーム兼度胸試しのクジでボーカル引き当てるなんて思わないじゃないか。

 ……俺、歌下手だってのに。


 ──まだ俺に友人がいた頃の、中学二年生の黒歴史である。


 俺が昔の、アクシズと共に大気圏に突っ込ませたいレベルの、忌々しき記憶を脳裏に浮かべてしまった、その時だった。


「……クス」


 校長のだみ声に混じって幽かな笑い声。

 振り返ってみると、一人の女生徒と目が合った。

その顔立ちは……


 ──いや、正直に言おう。

 

その時の俺は……彼女の顔なんてろくに見てなかった。

 何しろ、振り向いた次の瞬間に顔の少し下……即ち、三つのサイズのBのヤツが目に入ってしまったのだから。

 それが、凄まじかったんだ。

心の底から、魂の底から、DNAの螺旋がドリルで天を突くほどに、本気で、マジで、マジカルを通り越してぽか~んってほどに。

 冗談抜きでグラビアアイドルなんて目じゃないほどのサイズである。

形は……パッと見では綺麗で、もう他の何も見えないレベルだったのだ。


「──っ!」


 と、その素晴らしきお宝をジックリと眺め終え、ようやく我に返った瞬間、俺はその女の子に思いっきり睨まれていることに気付く。

 流石に女性の性的特徴をかなり長い間、凝視するのはまずかったかもしれないと、俺は少しだけ反省しながら彼女から目を逸らす。

 けど、普通は目を奪われるだろう。

……少なくとも健全な男子なら。

 そんな訳で、俺はすぐに超能力云々という話の衝撃も忘れてしまい、これからの薔薇色の高校生活を想像して悦に入っていて……校長の話なんてもうどうでも良いと思っていた。

 だけど、すぐに聞き捨てならない言葉が耳に入ってきて、俺の注意は校長の話へと引っ張られる。


「皆様がこの学校に入ることを決心されたのは、あのCMを見た所為だと思います。

 実はあのコマーシャルには、政府公認でサブリミナル効果が組み込まれているのです。

 それは、自らの存在を隠そうとしている超能力者をこの学校に来るように誘導するものでした」


「……なん、だと?」


 俺は思わず某死神漫画の主人公みたく呟いていた。

 だって、俺は普通の人間である。

 生まれてこの方、超能力を使った記憶はないし、電柱の下で幽霊を見つけるような霊感だってありゃしない。

 不幸に気付くような第六感もなきゃ、青銅の聖闘衣を着込んで戦うようなセブンセンシズにも目覚めてもいない。

 曾祖父に叩き込まれた所為でちょっと武術を覚えているだけの、普通の人間なのだ。


「実のところ、超能力の発現は高校生以下の思春期に多く見られることから、高校生入学がタイミング的にはちょうど良いのです」


 そんな俺を放ったまま、校長の話は続いていた。


「つけ加えれば……あのミニスカートの踊りも、スカートに注目させることによりサブリミナル効果の影響を強めるための必要なもので……そして、あの軽薄なCM構成も、超能力者以外の生徒の場合は、親がこんな学校に行かせたがらないようにするための苦肉の策だった訳です。

 また、アイドル目当てで来る連中をも排除するように、CMの最後、学校に否定的な内容を言わせており……」


 校長がそう告げた瞬間。


 ──俺の中で、この学校への愛想が尽きた。


 あの「正直すぎる」発言すら、ただのサブリミナル効果を強めるための演出だったと判明した時点で、俺がこの『夢の島高等学校』に入る理由は一つもなく。

 そこから後の校長の話は……正直、よく覚えていない。

 いや、もうこの学校を去ることを考え始めた所為で、聞こうとも思わなかったのが正しいかった。

 ただ、校長自身が周囲に立っている教師たちに言い訳するような感じで、この学校に赴任したくなかった訳ではないというのを、延々と話し続けていて。

 そんな情けない校長の態度も、俺の苛立ちに拍車をかける。


「何なんだよ、ここは……」


 とは言え、入ってすぐに転校というのも色々と面倒と思い直した俺が、最後の救いを求めるように教師たちの方へと視線を向け。

 数合わせのつもりなのか、座っている教師たちの間にマネキンが座っているのを発見してしまった時。


 ──ダメだ、この学校。

 ──早く何とかしないと。


 と、俺は入学初日にして転校を決意したのだった。


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