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第三章 第七話



「覚悟は良いか?」


 昨夜のドタバタの所為で大した策も練れないままに、俺はこうして体育館で舞斗と対峙していた。

 ……まさか超能力の授業が一時間目で、おまけに授業中にコイツが乱入してくるとは。

 完全に計算違いだった。

 おまけに昨夜に冷水を浴びた所為か、身体が酷く重い。

 下手したら風邪を引いたのかもしれない。

 舞斗の方は顎に真っ青な痣が残っているものの、ダメージは感じられず、元気なものである。

 ……女の子と見紛うばかりの外見とは異なり、タフなヤツだ。


「昨日みたいなことがないよう、最初から全力でいかせてもらうぞ?」


 俺の不調に気付くこともなく舞斗はそう宣言する。

 と同時に超能力を発現させたのだろう。

 あり得ない光景ながら……鉄で出来た西洋モノの剣が、何もない虚空から突如として四本も生えてきた。

 俺がその光景に目を見開いていると……舞斗は俺の驚愕など気にした様子もなく、その内の一本を握り構える。

 その構えは如何にも素人という有様だったが……それでも剣を持った相手に素手で立ち向かうなんてただの愚行でしかない。


 ──素手対素手の戦いが、わずか一〇秒で素手対剣士に変わるのかよ。


 そんな洒落にならない事態に、ようやく俺は超能力者のヤバさを実感させられていた。

 いや、そればかりか、舞斗が手に取らなかった残りの三本も、まるで意思を持つかのようにこちらにその切っ先を向けたまま、中空を浮かんでやがる。


「……四刀流って訳か」


 その常識ではありえない異様な光景に、俺は冷や汗をかきながら呟いていた。

 幾度となく修羅場をくぐったらしい曾爺さんの教えにも、流石にこんな状況は存在していなかった。


 ──さて、どうする?


 多対一の場合のセオリーとしては、まずは機先を制して連携を崩すことだ。

 ……つまり、この場合は先制攻撃で舞斗のヤツが冷静に能力を使いこなす隙を与えないように……

 俺が覚悟を決めた、その時だった。


「あの、少し待ってください!」


 男同士の戦いに横やりを入れてきたのは奈美ちゃんだった。

 まだ制服のままで……一時間目が始まる前に何処かに急いだらしく、着替える暇もなかったようだ。

 その手にしているのは、いつもの杖じゃなくて……日本刀?


「あの、これ、使ってください。

 父が、その、護身用にと持たせてくれたのです」


 そう言ってサングラス少女は、俺に刀を手渡す。

 武器を手にする俺を見ても、流石の舞斗でさえ何も言わない。

 ……そりゃそうだ。

 こっちは丸腰で、舞斗は四本も剣を持っているのだかから。


「あ、ありがとう」


「あの、絶対に死なないで下さい」


 俺の礼に顔を赤らめると、奈美ちゃんはそう言ってクラスメイトたちに混ざっていった。

 奈美ちゃんに感謝しつつ、柄から鞘まで真っ黒なその刀を抜いてみる。


 ──うわ、マジで真剣かよ。


 しかも名刀っぽい貫禄が漂っている。

 ただ……素晴らしい刀であっても銘刀ではないのだろう。

 その刀身は何故か黒く塗られている上に無銘で、刃紋すらありゃしない。

 ……確か、人斬り包丁ってんじゃないか、これ? 


 ──奈美ちゃんって何者だ、一体?


 思わず奈美ちゃんの方を見る俺。だけど……両手を組んで俺の無事を祈っている奈美ちゃんを見て、俺の疑問はその一瞬で解消した。

 ……こりゃ、負けられない。

 いや、最低でも死ぬわけにはいかなくなった。


「覚悟は決まったか? 色男」


 相変わらずの時代劇口調で舞斗が笑う。

 自分が優位にあると確信しているいやらしい表情だ。

 右顎に大きな痣があるのが哀愁を誘うが……それでもムカつくな、この顔。


 ──おっと、冷静になれ。


 真剣を前にした場合は素手の喧嘩とは違う。

 冷静さが全てを決める。

 曾祖父が教えてくれた通り……切っ先三寸斬り込まれただけで人間は死ぬんだから。

 俺は一つ深呼吸をすると……鞘を床に置いて、刀を正眼に構える。

 俺が曽祖父に習った古武術は柔術・剣術・徒手空拳と多岐に渡っているのが特徴だったから、剣術も少しは齧っている。

 尤も、習得途中で曽祖父が亡くなったから、剣術では奥義なんて使えないが。


「へっ! 行くぜ!」


 舞斗が吼えると同時に、左右から剣が飛んでくる。


 ──遅い!


 俺は舞斗の放った剣の速度に、逆に驚きを隠せなかった。

 剣道の授業で素人が放った突きみたいな速度で、脅威にも感じない。

 あっさりと刀で二本とも打ち落とす。

 ……刃を使えば欠けるから鎬を絡めるようにして、軌道を変えて打ち払うと表現するのが正しいだろうか。

 落ちた剣は、体育館の床に刺さって動かなくなる。


「くっ! てめっ!」


 それが予想外だったのか。

 舞斗が手にした一本で斬りかかってくるが、小柄なコイツらしく振りは遅いし剣の重さに振られている。

 ……その上、刃筋もあってない。

 はっきり言って……素人が棒切れを振り回しているようなものだ。

 あっさりと俺はその間合いを見切り、一歩だけ下がって簡単に避ける。

 その間にもう一本の剣が宙を舞って、俺に襲い掛かってきて……


「甘い!」


 そんなに速くもない剣の軌道を見切るのは難しくなかった。

 柄に手を伸ばして、あっさりと掴み取ってしまう。


 ──下策丸出しの戦法だな。


 俺は思わず肩を竦めていた。

 せっかくの超能力だってのに、戦力の小出しという愚の極みを犯してやがる。

 もしかして、一度に二本くらいしか操れないのだろうか。

 ただ、それなら最初に四本出す意味もない。


 ──つまり、ただハッタリをかましていただけか。


 確かに四刀流なんて見たら、刃物に慣れてないヤツは絶対にビビるから、ハッタリも十分有効だろう。

 何の役に立つか分からない、口に咥えた三本目の刀みたいな感じに。

 まぁ、早い話が、舞斗ってPSY能力者はあまり強くないらしい。


 ──これで一組最強ってんだからな〜。


 『夢の島高等学校』の程度も知れたものだ。軍事利用するって話は、結局、まだ研究段階止まりってことかもしれない。

 兎も角、これで俺が二刀流。

 舞斗は剣一つになった。


「く、くそ……」


 武器の数で負けただけで、舞斗のヤツは顔を真っ青にしていた。

 ……けど、武器の多さが強さじゃない。

 訓練もしていない二刀流なんてやるだけ無駄ってことくらい、俺は熟知していた。

 モンスターを狩るゲームに影響されて乱舞ごっことかやれば分かると思うが、目が回り身体が剣の重量に振り回され、ただ危ないだけである。

 だからこそ俺は、受け止めた舞斗の剣を抜けて宙を舞わないよう、思いっきり体育館の床に突き刺す。


「へっ。武士道か?

 お前は勝ちを捨てたぜ?」


 刃物の数が互角になった途端、何故か舞斗のヤツは強気になってそんなことをほざき始めていた。

 しかし……コイツはいい加減、『武器の数=強さ』って方程式が成り立たないってこと、未だに分からないのだろうか?

 流石に同時に三本や四本の武器が迫ってくると捌くのは非常に難しいんだが……どう見てもコイツは操り切れてないっぽいし。


「喰らいやがれ!」


 舞斗は吼えながら、何故か剣を飛ばすこともなく、直接斬りかかってきた。

 しかも素人剣術丸出しで……上段打ち下ろしの軌道も間合いもタイミングも丸わかりである。

 サイドステップ一つで俺はその軌道から身体を逸らす。


「くっ! ちょこまかと!」


 横薙ぎ、袈裟斬り、横薙ぎ、逆袈裟。

 どうやら舞斗のヤツは、剣を振り回してくる以外の戦術を持たないらしい。

 俺はコイツの手から不意に剣が飛んで来るのを警戒し、正眼の構えを崩していなかったが、どうやら杞憂だったようだ。

 ……しかも、最初に出した四本以外に新しい剣を呼び出すのは出来ないと見える。

 最小限の動きで回避し続けた俺と、思いっきり空振りを繰り返した舞斗。

 しかも武術で鍛えている俺と、超能力に頼り切りで剣術には素人の舞斗。

 もう完全に大勢は決したと言える。

 一分も経たない内に、舞斗の息は乱れ、肩が上下を始める。


「お〜い。そろそろやめないか?」


「ふ、ふざけるな!」


 俺の親切は舞斗の叫びにかき消された。

 よほど腹に据えかねたのだろう。

 思いっきり大振りで……って、握りが甘い!

 俺の危惧通り、舞斗の剣はその細い手からすっぽ抜けたかと思うと、ギャラリーの方へ飛んでいって……


「危ない!」


 その軌道の先に居るのは……おっぱい様?

 慌ててその場を離れようとするおっぱい様だけど、精神感応能力で読めないような、こういうアクシデントには弱いようで、避ける動きが鈍い。

 剣は、そのまま直線で、その胸目掛けて……


「……ったたた」


「だ、大丈夫ですか?」


「……かすっただけ。それよりっ!」


 奈々のそんな慌てたような、何かを危惧するような声が聞こえていたけど、俺はもう聞いていない。


 ──あの胸を傷つけた。


 いや、それ以前にこんな馬鹿相手に親切心を出した俺が間違っていた。

 流石に刀は床に置く。

 ……コレがあれば、間違いなく目の前の馬鹿を殺すから。


「ふ、ふん。鈍くさいからいけないんだよ、ゼロ能力者が」


 舞斗はおっぱい様を傷つけたことを悔いるでもなく、そう吐き捨てる。

 と同時に飛んで行った剣が彼の手元へと戻ってくる。

 どうやら剣を呼び戻すことは出来たらしく、その剣を構えて俺を睨み付けていた。

 ……だけど、コイツが武器を持っていようがいまいが、もうどうでも良かった。

 何故ならば、さっきの一言で、俺は完全に頭に血が上っていたからだ。

 正直、刀を手放すのが早くて助かった。


 ──流石に人殺しはまずいからな。


 だけど、俺の理性はそこまでだった。

 カッと目の前が赤くなっているし、頭の芯が燃えるように熱い。

 背中から腹にかけて、無意味に力が入っているのが理解出来る。

 曾祖父に習ったから、コレが良くない怒りだと知っている。


 ──だけど、もう止められない。


 俺は激情に任せたまま、古武術も何もなく飛び込むと目の前の馬鹿を殴りつけていた。

 ……抵抗?

 剣で斬りつけられたものの、素人剣術なんざ怖くもない。

 軽く持ち手を払うだけで、この馬鹿は武器を失った。

 と言うか、そもそも、こんな素人剣士相手に無手でも負けるような鍛え方はしていない。


「てめぇはっ!」


 俺は背中から脳までを焼きつくすような激情に駆られるまま、馬鹿の顔面を殴る。


「男同士の喧嘩にっ!」


 怒鳴りながら殴る。


「刃物や、超能力みたいなっ!」

 

 叫びながら殴る。


「んな卑怯なもんをっ!」


 吼えながら殴る。


「使ってんじゃねぇっ!」


 トドメとばかりに、蹴る。


「ひっゆ、ゆる、ゆるし」


 とか、そんな声が聞こえた気がしたが、知るか。

 怒りに任せて戦意を喪失して倒れていた馬鹿の胸倉を掴み上げ、殴る。

 舞斗の体操服が思いっきり破けた音がするが、注意を払う余裕もない。


「男同士の喧嘩は、素手が基本だろうがっ!」


「和人! もういい加減に!」


 激情に任せて何かを叫んでいた俺の背後に、何か飛びついてきて邪魔をする。

 ……うるさい。力任せに振り払う。


「師匠! やめい!

 って、こりゃあかん。行くぞ、みんな!」


 その掛け声をきっかけに……風が飛んでくる。石が当たる。リボンが巻きつく。冷水がかかる。

 だけど、意にも介さず、目の前の標的を殴り、蹴る。

 舞斗にとって幸いだったのは、俺が正気を失っていたことだろう。

 武術も何もかもが消え失せ、ただ殴る、ただ蹴るだけだったのだ。

 ……急所を狙うとか、そういう発想も湧かない。

 本当に、ただ、激情に任せて暴れ回っただけだった。

 怒りの熱か、本当に熱があったのかは分からないが、自分が何を叫んだのかさえ、覚えていない。

 ただ、身体中の熱に突き動かされるまま、目の前の馬鹿を殴っただけだった。




 そうして、亜由美の渾身の踵落しで俺が正気に返った時。

 周囲にあったのは、一様に脅えたようなクラスメイト達と。

 ボロボロになり、蹲って泣いて詫び続ける舞斗の姿だったのだ。


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