第三章 第六話
「いやぁ、しかし、和人もやるね〜」
晩飯食べて風呂に入ってから。
予習・復習という選択肢のない俺にとって、遊ぶか寝るかという時間帯になった頃。
突然窓から現れ、人のテレビに繋ぎっぱなしのゲームを起動しながら、亜由美はそう呟いた。
相変わらずのTシャツ姿で、しかも胡坐かくからパンツ丸見え。
と言っても、「今日はピンクか」って程度の感想しかないのだが。
コイツの下着なんて……流石にもう見飽きている。
「何がだ?」
俺はそう問い返していた。
亜由美の言葉には主語がなく、何を言っているか本気で俺は分からなかったのだ。
「ほら、今日の舞斗クン。
あっさりと罠にかけていたじゃん」
ゲームのスイッチを入れながら、そう続ける亜由美。
アレは別に罠ってほどのものでもなく……ただの小手先のテクニックというヤツだ。
しかし、また格ゲーか。
俺はシューティングとかレースゲームとかも好きなんだが。
「あのフェイク、見事に決まっていたでしょ?
彼、下で怒り狂ってたから、明日は本気で喧嘩売ってくるかもよ?」
「……うげ」
亜由美に渡されたコントローラーを握りながら、俺は呻く。
俺は平穏無事に過ごしたいだけなのに。
──こりゃ、明日は喧嘩を覚悟しないとダメか。
俺は内心でため息を吐いていた。
どうやら本気で対処法を考えないといけないらしい。
……そうなるとまず必要なのは情報だ。
『彼を知り己を知らば百戦危うからず』。
兵法の基本である。
「アイツの能力は?」
「んっとね。剣を作り出すっぽいよ?
それを三つ四つ、操るみたい」
俺は亜由美の答えに思わず空いた口が塞がらなかった。
──何だよ、その反則みたいな戦闘用の超能力はっ!
流石は一組のホープである。
つーか、亜由美よ。
……俺は冗談抜きでこの情報に命かかっているんだから、対戦をねだるの止してくれ。
「剣の速度は?」
「ん〜。四つも出されたら、ボクじゃ避けるのきついくらいかな?」
コントローラーを握ったまま、中空を眺めるように思い出しつつ、亜由美はそう呟く。
──亜由美の速さで四つが限界……か。
俺は脳内でその映像を思い浮かべてみる。
同時に四本の剣が襲い掛かる画像は、俺のトラウマを再発させるのに必要十分な迫力を誇っていた。
……刃物、怖い。
「ま、舞斗クンも本気で斬りかかりゃしないでしょ?」
気楽に亜由美が呟くが……それは気休めにもならない。
あの馬鹿が本気で怒っていたら、それこそ何をやらかすか分からないのだ。
……何しろアイツ自身が短絡的で直情的な上に、おっぱい様があきれ返るほどに思考回路が読めないヤツなのだ。
──何か、武器を用意した方が良いか?
こうなるんだったら実家から曽祖父の形見の鎖帷子でも持ってくるんだった。
なんて考えていた時だった。
「……あれ? 何そのデジカメ?」
「あ」
……素で忘れていた。
昨日の三人娘を撃破した時に、賭けで巻き上げたんだった。
俺はダブルA〜Bなんて雑魚サイズには欠片も興味ないから、机の上に置きっぱなしですっかり忘れていたのだ。
そのことを亜由美に教えると、ニヤニヤしながら机の上に転がってあったデジカメを手にとって……
「一緒に、見よ?」
なんて、言いやがった。
しかも俺が頷くよりも早く、テレビ下のパソコンと接続し始める始末である。
ピンクの下着に包まれたお尻をこちらに堂々と向けていて……亜由美には本気で羞恥という概念がないらしい。
──お尻を出した子一等賞なんてご褒美はないんだぞ?
「おいおいおいおい。
こら、勝手に触るな……」
「うわ、何するんだよ!
別に減るもんじゃ……」
「……何をやっているの?」
二人で騒いでいた所為だろうか?
いきなりドアが開いたかと思うと、おっぱい様が突然部屋に降臨なされていた。
──いや、違いますよ?
コイツとこんなにくっつているのは、他人の写真データを勝手に見ようとするコイツを止めていたんであって、別にイチャイチャしていた訳では……夜の密室でTシャツ一枚パンツ丸出しの女の子を羽交い絞めにしているこの状況で、言い訳出来るとも思えないけど……って、精神感応能力者なら言い訳通じるか。
俺の内心を読み取ったのだろう。
おっぱい様は頷いて下さっていた。
──流石、伊達に素晴らしいバストをしている訳じゃない。
青のパジャマが、凄まじい造形の立体と化しているし。
その様相はまるで空の一部を切り取ったかのよう。
どこまでも奥行深い空という質感を、服の中に閉じ込めたと表現するのに相応しい、有限により無限を表現するという、まさに芸術を体現した光景が俺の眼前にあった。
「あはは。奈々っちも見る?」
「……奈々っちって……」
俺とおっぱい様の間に走った一瞬の緊張を、まるで気にしていないらしく、亜由美はそうあっけらかんと尋ねていた。
本当に亜由美はこういうの、気にしないんだな。
男兄弟とのああいう乱暴なスキンシップが普通の家庭で育ったらしいし……
流石のおっぱい様も絶句している。
と言うか、他人のデジカメデータ……しかも、人の戦利品を勝手にだな。
「ほら、これ」
「うわ、お前、勝手に!」
結局、俺の抗議は役に立たなかったらしい。
急に部屋に降臨なされた天の御使い様の御姿に、一瞬我を失ってしまたのがまずかったのだろう。
俺が躊躇した間に、亜由美のヤツは勝手に写真データを画面に映し出している。
「うわ、えっろ〜」
亜由美が笑いながら画面を指差す。
画面の中では、雫が制服のスカートをたくし上げていて……おぃ、黒かよ。
次の写真は、雫と羽子が絡んでいた。
服も脱げかけで……カメラ目線ってのがちと冷めるけど、下着がチラチラ見えるのが男心を分かっている構成だな。
羽子のヤツは猫のアニメ絵がプリントされたヤツで、変に子供っぽい感じだった。
……しかも、顔が真っ赤。
どうやら、勢いで撮ったけど、恥ずかしくて仕方ないって雰囲気だ。
写っているのが同級生ってのも、この場を盛り上げる様子の一つになっている。
それから、雫の脚線美を主体として、羽子が絡んでいく写真が続く。
どうやら、コレ、撮ったのがレキっぽい。
あまり喋らない少女だと思ったが、こういう才能があったのか。
「うわ、こんなのまで撮らしてる〜!
鬼畜だ〜!」
「……何をやっているのよ……」
気付けば俺の部屋は俺の拷問部屋へと化していた。
……居心地が悪いことこの上ない。
大体、この写真データは別に俺が撮った訳じゃない。
そもそも脚線美を中心にした写真なんて、俺の趣味には欠片もかすっていない。
なのに、隠していたエロ本が従姉妹に見つかった時のような、そして目の前でソレを批評されている時のような、あの居たたまれない雰囲気が〜!
「……そんなこと、あったの?」
しかも要らぬことを考えた所為で、心の中まで読まれる羞恥プレイまでもがセットでついてくる始末である。
通販で売っている高枝切鋏じゃないんだから、要らぬものまで勝手にセットにされても正直困ってしまう。
「え? なになに?」
その挙句、心の中を亜由美にまで解説される始末である。
……しかし、この二人、いつの間に仲良くなったんだろう?
「……昨日、仲良くなったけど?」
「うん。和人の部屋でエロ本探してたら、意気投合してね」
──そんなことまでしてたのか、お前ら。
昨日と言うと……三人組と決闘していた頃だろうか。
放課後になってすぐの出来事で、しかも俺の予定が入っていたことは二人とも知っている。
……まさに、計画的犯行で、情状酌量の余地なんてない。
尤も、この寮に入って色々あったから、エロ本なんて買う暇すらなかったのだ。
捜したところで出てくる筈もないんだが。
「……ええ、ですから、そのことを伝えるために、部屋に上がらせてもらいました」
なるほど。それなら納得出来る。
この無神経パンツ丸出し女相手に礼儀を教えるおっぱい様という構図な訳だ。
やっぱバストサイズと品性は比例するらしい。
──だから、うちの従姉妹連中はあんなに礼儀知らずでガサツなんだよ。
一番上の従姉、もう二十歳だってのに、B止まりだからな〜。
「うわ、コレも凄っ!」
はしゃぐような亜由美の叫びに、俺は視線を画面に戻す。
写真を送るにつれ、肌色の面積が多くなり……あ、レキが剥かれてる剥かれてる。
写真撮っている内に調子の乗った発言をしでかしたのか、被写体に反撃されたらしい。
撮影時にデジカメをオート設定にしているらしく、三人娘が無茶苦茶に絡んでいる様子が分かる。
レキの下着はチェック柄で、やはりあまり色気がない。
とは言え、三人娘がふざけている様子は……百合っぽさよりも素人の行き過ぎた投稿写真っぽくて、その辺りに若干のエロスはあった。
──う〜ん。でも、レキでさえBだし。
だから、亜由美よ。
写真を一枚一枚表示させる度に、俺の反応を窺うように、いちいちこっちを見ないでくれ、頼むから。
その視線の所為で、女の子の前でエロ写真鑑賞というただでさえ悪い居心地が、最悪になっている。
「……そういえば、お前達、こういうの、平気なのか?」
ふと俺は気になって尋ねてみた。
前の学校では、ちょっとお色気トラブルが多いと評判のエッチぃ漫画を見ていただけで、男子と女子の戦争にまで発展しかけた記憶がある。
女の子はこの手の、苦手だったという記憶が……
「あ〜。ボクん家は兄さんがな〜」
そう呟く亜由美は、遠くを見つめるなんて似合わない真似をしていた。
「中学生時代にはそれで喧嘩して、何度も家出したし……もう慣れたかな?」
人に歴史ありというか。
悩みなんて無さそうなこの無神経女にも、それなりに色々あったんだな〜って分かる、そんな表情だった。
「……私も、男性のこういうの、慣れた」
「へ? 彼氏、いたの?」
何気ない亜由美の一言を聞いた途端、俺の背筋には冷たいものが走っていた。
──もしかして、あの芸術品に触れた、そんな冒涜的な行動を行ったヤツがいるのか?
──もし、そんなクズがいたとしたら……本気で抹殺を企てねばっ!
だけど、亜由美の質問に笑顔でおっぱい様は首を横へと振っていた。
首の動きに連動して、その二つの膨らみが弾んでいらっしゃる。
──そりゃ、あれだけ他人の思考ばっかり読んでいたら慣れるわな。
俺は全身から噴き出して止まらなかった殺気を鎮める。
尤も、その読まれている他人の思考ってのは、まさに俺が今こうして考えていることも含まれている訳で。
俺の全身から噴き出していた殺意は、一瞬で冷や汗へと変化してしまう。
「……くす」
だから、おっぱい様。
思考を読まれるのはもう慣れたけど、そういう意味ありげな笑みは止めて欲しい。
「それよりもさ〜」
亜由美が何かを言おうとして振り返ったその時だった。
「師匠〜! 新しい技開発したんで……あれ?」
「中空さんと、数奇屋さん?」
「……あ、写真」
……何故このタイミングで来るのだろう?
それほど見事なタイミングで、羽子・雫・レキの三人娘が部屋へとノックもなしに訪れていた。
しかも、俺の部屋のテレビに映っているのは、その三人組のあられもない姿である。
「な、な、なんで!」
「その二人まで見ていますか!」
「返せっ!」
三人娘が顔を真っ赤にして叫んでいた。
……って考えてみれば確かに。そりゃ怒るだろう。
その顔の赤い三連星は、その怒りの矛先を……え? 俺?
「ぶわっち!」
羽子が持っていたのは塩胡椒?
それを風に乗せて俺の顔面に!
「目が〜! 鼻が〜!」
一瞬で視界と呼気を奪われた俺は、目を押さえながら悲鳴をあげる。
幾ら古武術やっていたとしても、目と鼻の粘膜なんざ鍛えられる訳がない。
「冷たっ!」
そんな闇の中、いきなり冷水が顔面にかかる。
恐らくは雫の新たな技だろう。
突如冷や水を浴びせられた俺は、心臓が止まるかと思うほどの衝撃に身体を硬直させてしまう。
「ぐはっ!」
次の瞬間、俺の顔面を硬質な何かが直撃していた。
恐らくはレキの技だろう。
何の備えも覚悟もないままに顔面を強打された俺は、あっさりとバランスを崩して倒れこむ。
……あれ? 何かを掴んだ?
「うわ、何するんだよ! 和人!」
「……離してっ!」
右手には小さな布切れ。左手には大きな布切れの感触。
目がまだ見えないため、何を掴んだかは分からなかった。
「がっ! げふっ!」
だけど、右こめかみにローキック、顔面にヤクザキックが直撃した激痛と衝撃だけは知覚したまま、俺は見事にひっくり返っていた。
──何が何だか分からない。
どこぞのノートに騙された探偵のような言葉が脳裏に一瞬浮かぶものの、数度の衝撃によって俺の脳に刻まれたダメージは深刻だった。
「うわ、中空、お前、まだなん?」
「う、うう、うるさい!」
結局、そんな声を最後に、俺の意識は闇に飲み込まれて行ったのだった。