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第三章 第五話


「よくも騙してくれたな!」


 寮に辿りついたときには、もう全てが終わっていたらしい。

 そう叫びながら俺の胸倉を掴んできたのは、目を真っ赤に晴らした鶴来舞斗だったのだから、ほぼ間違いないだろう。

 周囲はかなり荒れ果てていて、応接室のソファーや壁は見事にボロボロになっていた。


 ──あの傷は……


 ソファーや壁を切り裂いているその傷を見た途端、俺は思わず眉をしかめていた。

 俺はあれを……曾祖父との稽古でトラウマになるまで見せられたことがある。


 ──刀傷かよ。


 どうやら、舞斗の能力は刀剣を扱う類の能力らしい。

 そして、こちらを睨んでいるのは無傷の委員長だった。

 ……いや、違う。

 俺を睨んでいるんじゃなくて、舞斗を睨んでいるのだろう。


 ──っと、それだけじゃない。


 俺が周囲を見回すと羽子・雫・レキ、奈美ちゃんに亜由美までいやがる。

 ……いや、一組っぽい女子も五名ほどいるな。


 ──おぉぉっ!


 ふと周囲を窺ってすぐに気付いたが……あの柱の裏側から突き出ているのは、国士無双のおっぱい様だった。

 そうやって顔と身体を隠しても……俺にはすぐに分かる。

 分かってしまう。


 ──あの超絶なる突起物は、柱程度じゃ隠せませんって。


 内心でおっぱい様こと精神感応者(テレパス)にそう突っ込みつつ。

 周囲を見渡した結果、どうやら一年生ほぼ半数がこの決闘騒ぎを野次馬していたらしい。

 ……寮生活している所為か、みんな暇を持て余しているのだろう。

 そうして周囲を窺う俺に向けて、真っ赤な目をした舞斗は俺の胸倉を掴んだまま、唾を飛ばし続けていた。


「お陰で居間がこんな有様だ!

 全て俺の所為にされた!」


「……いや、それはお前がやったんだろ?」


 思わず発してしまった俺の突っ込みに、その場に居合わせた野次馬一同が揃って頷いている。

 多分、目を閉じて超能力を発動し……周りが見えない不安から超能力で暴れまわり……手ごたえがなく周囲が気になって、目を開けたところに一撃喰らって敗北って感じだろう。

 俺がそう考えたところで、視界の縁でおっぱい様が頷いてくれた。

 ……どうやらそれで間違いないらしい。


「いや、これは貴様の所為だ!

 貴様のふざけたアドバイスの所為だ!」


 悲痛な舞斗の叫びに俺は思わず視線を虚空へと逃がしていた。

 ……そう。

 確かにふざけたアドバイスだった。

 それは素直に認める。

 だけど、あのジョーク半分で言ったアドバイスを聞いた途端、それ以上の会話もなしに走り出したのは誰だったか。


 ──って、言っても聞かないだろうな〜。


 彼はどうやら頭に血が上り切っているらしい。

 眉を吊り上げ、目を赤く腫らし、顔を真っ赤にして睨み付ける女顔の少年ってのは、相変わらず迫力の欠片もなく。

 どっちかと言うと、少女に告白をされているような気分になってくる。


 ──って、ちょっと待て!


 俺は突如浮かんだヤバい思想を、首を振って脳内から振り払う。

 俺はノーマルだ。

 おっぱいが好きでおっぱいを愛しているおっぱいのために生きていると言っても過言ではないおっぱい星人だ。

 乳もない男の娘なんて、射程外にもほどがある。


 ──委員長の妙な癖、伝染性の病気じゃないだろうな?


 ほら、腐った林檎が一つあると、箱の中の林檎は全部腐っているって言うし。


「つまり、この惨状はお前が悪い!」


 っと、ちょっと新たに生まれつつあった性癖の芽生えと戦っていたら、舞斗の話を聞き逃していた。

 ……えっと?


「決闘だ! 俺とお前で勝負する!

 負けた方がこの部屋を片付ける!」


 次の瞬間、舞斗が叫んだその言葉を聞いた俺は、流石に呆れて声が出ない。

 周囲のギャラリーも同じだった。

 ……いや、違った。

 見慣れない顔の……一組の女子達は諦めたように苦笑している。


 ──こんなヤツだってこの一週間でよく分かっているのだろう。


 あ、もう一人。

 おっぱい様だけは何かを認めたくないように首を左右に振っている。

 多分あの様子だと、舞斗のヤツの思考を覗いてみて……その無軌道さを理解したくないのだと思われる。


「さぁ、始めるぞ!」


 彼の超絶なる思考では、いつの間にか決闘に応じることになっているらしい。

 俺の眼前で、少年は右手を俺に向かって突き出そうとしていた。

 能力を発動しようとしているのだろう。

 ……けど、こんな惨状を作り出すようなPSY能力者とまともに決闘なんてやってられない。

 ただでさえ勝ったときのメリットなんざ何もないのだ。

 それに曾祖父によって修行中に作られたトラウマが、大声で叫んでいる。


 ──『刃物怖い』『刃物怖い』『刃物怖い』。


 ……と。

 だから、少しだけ策を練ってみた。


「あ」


 そう言って、右側の食堂入り口の方を向く。

 まるで先生が入ってきたかのように、少しだけバツの悪い顔をして。


「ん?」


 俺の演技力も捨てたものではないらしい。

 舞斗は能力発動を一瞬忘れてそちらを向いていた。

 いや、周囲のギャラリー全員がそちらを向いた。

 ……尤も、俺の思考を読めるおっぱい様だけだは笑いを堪えるような顔をしているけど。


 ──あと、奈美ちゃんにも効果なかったな、これ。


 けど、舞斗には問題なく効いている。

 ……なら、それで十分だった。

 俺は、舞斗の死角側である左拳を斜め上に突き上げるようにして、突き出す。


 ──スマッシュ。


 ボクシング漫画で覚えた必殺パンチの一つ。

 実は『よそ見』もその一つだった。

 とは言え、流石にデンプシーロールを使いこなすことは出来ず、ただ腰を痛めただけだった黒歴史があるが……まぁ、これくらいなら何とか。

 漫画で覚えたとは言え、スマッシュはボクサーでも反応し辛いと言われる一撃だ。

 余所見をしている素人が避けられる筈もない。

 PSY能力者といっても反応速度は常人と変わらない……というのを、俺はこの一週間の決闘で学んでいる。


「──っ!」


 効果は絶大だった。

 俺の拳は舞斗が何か反応するよりも早くヤツの顎先を捉え。

 渾身のスマッシュを喰らった舞斗は叫び声さえ上げられずに壁際まで吹っ飛び、そのまま崩れ落ち……後はもうピクリとも動きやしない。


「やるね〜。和人!」


 そう言って笑顔で口笛を吹いたのは亜由美だった。

 他の連中は……微妙な表情をしている。

 ま、流石に手段と言い威力と言い……


「……ちと、やりすぎたかな?」


 吹っ飛んで白目を剥いたままの舞斗を見つめ、俺は少しだけ反省をしていた。

 「虚を突く」というのは武術の基本だから、アレが卑怯とは思わない。

 けど……周囲のギャラリー的にはあまり良い決闘じゃなかったらしい。


「……いや、十分でしょう」


 と、反省している俺にフォロー入れてくれたのは委員長だった。

 少しだけ微笑みながら、こちらに寄ってくる。

 手にしているのは……女子の制服と、箒にエプロン?


「あとは、キッチリ掃除させますから」


 その時の委員長は、素晴らしい笑顔をしていた。

 彼女はこれ以上ないというほど、晴れやかな笑顔でそう言ってのけた。

 ……その笑みが自分に向けられたなら、一瞬で恋に落ちても仕方ないと思えるほどの。

 彼女が笑みを向けている対象が気絶した舞斗のヤツで、そしてその笑みを浮かべた理由になっている彼女の趣味が、劇場版ナウ〇カの早すぎた巨神兵なんかじゃなければ、だが。

 ただ、その笑顔を見て、少しだけ舞斗のヤツに同情してやる。

 だけど……庇ってやる義理もなければ筋合いもない。


 ──と言うか、巻き込まれても困る。


 委員長の笑みに腰が引けた俺は、さっさとその場を離れていた。

 実際、下手にあの場に残っていたら、俺まで女子の制服を着せられる羽目になりかねない。


「……大丈夫。和人は委員長の趣味じゃない」


 居間から離れる時、俺にそう話しかけてきたのはおっぱい様だった。

 久しぶりに至近距離で見下ろしたその絶景は相変わらず凄い。

 人体から突き出た器官が、ここまで見事に重力に反発して、しかもその弾力を失っていないのが明らかに分かるという、その矛盾が素晴らしい。


「……人の忠告、聞いた?」


 至近距離にあった至高の芸術に魅せられた俺を正気に戻したのは、その二つの芸術の上に乗っかっている顔から放たれた、そんな声だった。


 ──っと。はい。正気に返りました。

 ──委員長の趣味の話ですね。


 しかし、おっぱい様からそう保障されても……委員長の趣味は俺には今ひとつ理解できないのだ。

 である以上、君子危うきに近寄らず。

 ……下手に関わらないに限る。


「……ふん」


 自分の言葉を流されたからだろうか?

 おっぱい様の機嫌があまり良くないらしい。

 ひょっとしたら眉間にしわとか寄ってるんじゃないだろうか?


 ……俺の視線が二つの膨らみにばかり向けられている所為で、彼女の顔に目がいかないから分からないけど。


 結局、会話はそれで打ち切られ、おっぱい様は去って行く。

 仕方なく俺は芸術鑑賞を諦め、自室に戻ることにした。

 喧嘩の雰囲気に脅えたのか、奈美ちゃんは話しかけてこなかったし、羽子・雫・レキの三人娘も、何故かこちらに向かうのを躊躇っている。


 何故か彼女たちの顔は赤く……春先に季節外れの風邪の流行が始まっているのかもしれなかった。


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