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第三章 第四話


「あ〜そりゃ、鶴来君だね」


 夕食後。

 俺の部屋に来た亜由美に体育館の話をしてみると、すぐに答えを返してきた。

 人懐っこいコイツは、一組の方にもちょくちょく顔を出しているから、色々と情報通になっているのを期待したのだが……

 その能力値の高さから、向こうの超能力の時間に出席したこともある亜由美に聞いたのはどうやら当たりだったらしい。


「っと、今日も対戦やろ」


 そういって亜由美のヤツは俺へとコントローラーを放ってくる。

 彼女がこうして俺の部屋を訪れるのは、格ゲーの対戦相手が欲しいからである。

 周りが女子ばっかりだから、男兄弟の中で育った亜由美には「遊ぶにはちょっと物足りない相手ばかり」ということなのだろう。

 部屋も俺の『真下』だから、空中を歩ける亜由美には立地的にも近く、適度に散らかったこの『男の部屋』は彼女にとって居心地の良い部屋らしい。

 ……って、その辺りの事情は分かるんだが……Tシャツのみの格好で男の部屋、来るなよ。


 ──ダブルAじゃなきゃ、襲ってるぞ?


 二人して床に座り込んでゲームをやっている上に、コイツは胡坐かいているから見事にパンツが丸見えな訳で。

 ちなみに、今日はスポーティな感じの、縁取りの黒い薄いグレーのヤツだった。

 ただ、パンツが見えても欠片も色気を感じないのは、やはり亜由美のヤツはダブルAで、しかも今後の発育も期待できそうにないからだろう。

 ……つまり、俺の本能は『コレ』を「女の子」とは見做していないらしい。


「つるぎ?」


「うん、鶴来舞斗。一組のホープらしいよ?

 一年生で最強とか言われている」


 ……そんなヤツがどうして二組に来るのやら。

 疑問に思った俺は、この会話が続いている内に聞いてみることにした。


「多分、一年生で最強を決めたいんじゃないかな?」


 んな少年漫画なノリ……と、俺は笑い飛ばそうとして、黙る。

 目の前にその典型がいるし、戦闘力に特化した能力者の場合、その能力に依存して戦いを好むヤツがいるのは普通のことだろう。

 武術の世界にも、礼儀を学び忘れて戦闘力に特化したヤツは、社会的価値よりも強さばかりを求めるような社会不適合者が出るらしい。

 そう考えると、超能力で似たようなヤツが出てもおかしくはない。

 丁度、目の前でKOを決めた俺のキャラが「何処かに強いヤツはいないのか!」ってな勝ち名乗りを上げている。

 ……う〜ん。

 紹介はしたんだけど……そんなヤツだったら、委員長の能力で一方的に蹴散らされても、満足してくれないような……


「くそ〜! もう一回!」


 俺の思考は、亜由美の再挑戦にかき消された。

 ……気合入れないと、コイツは強いんだよな、意外と。




 夜が明けて次の日。

 またしても遅刻ギリギリで教室に行った俺を出迎えてくれたのは、妙に静まり返った教室だった。


「……うわ、本当に来やがったのか」


 静まり返った室内を見回してみると……昨日見かけた顔があった。

 どうやら静まり返っている理由は昨日の少年が訪れたから、らしい。

 鶴来舞斗、だったか。


「挑戦、ですか?」


 どうやら彼は本当に委員長に向けて喧嘩を売っているらしい。

 ……身の程知らずもいいところである。

 俺はその少年の行く末を案じ、静かに心の中で手を合わせ、南無阿弥陀仏と唱えてみた。


「あの、バツゲームはどうしますか?」


「……バツゲームだと?」


 委員長の言葉に舞斗は首を傾げていた。

 ……アレはこの教室ルールで、分からないのも無理はない。


「うちのクラスでは、勝った人間は負けた人間にバツゲームを課すことが出来るシステムなんです」


 そう舞斗に向けて告げた奈美ちゃんは、誰にも分け隔てなく……外敵に対しても親切な女の子だった。

 他のクラスから喧嘩を売ってきたヤツにまでこうして丁寧に説明してあげている。

 正直、その気立ての良さは本当に嫁にもらいたいくらいである。

 ……バストサイズさえああでなければ。


「へっ! 必要ないなっ!

 どうせ俺が勝つに決まっているからな!」


 奈美ちゃんの返事を聞いた鶴来舞斗という少年は、堂々とそう吠える。

 ……どうやら、負けることなんて欠片も考えていないらしい。

 その様子を見た委員長は、少しだけ暗く笑って……


「なら、今日一日、女装して貰います」


 と、のたまった。


「へっ。なら俺が勝てば、あんたには男装してもらおうか!」


 委員長の無理難題に、舞斗はそんな条件を返していた。

 が、どうやら自分が負けるとは欠片も思ってないらしく、全然バツゲームになってない。


 ──もしかしたらコイツ、良いヤツかも、な。


 俺だったら彼女のブラを貰うくらい……いや、やっぱりB程度じゃあまり欲しいとは思わないか。


「では、勝負は?」


「勿論、いますぐだ!」


 舞斗はそう叫ぶと、左右の手のひらを中空に突き出し……


「目がぁ! 目がぁあああああああああ!」


 何かをする前に天空の城の王になられた。


 ──だから言ったのに。

 ──彼女には勝てないって。


 俺は思わず憐れな少年に哀悼の祈りを向けていた。

 突然の闖入者は二組の生徒全員が見守る中、顔を押さえて暫くの間のた打ち回っていた。

 机や椅子をなぎ倒し、女顔の美少年が顔を押さえて床で暴れまわる。

 ……しかし、かなりシュールな光景だよな、これ。


「お、お、覚えてろよ!」


 激痛がようやく治まったのだろう。

 舞斗少年はようやく立ち上がったと思うと、そう捨て台詞を残し、泣きながら出て行ってしまう。

 悔しくて泣いているのか、眼球の水分が足りなくなったために自動的に涙が出ているのか、その区別はちょっとつかなかったが……


「……あ、バツゲームは?」


 委員長がポツリと漏らしたその一言に、俺はゾッとする。

 あそこまで徹底的に叩きのめしておいて、まだトドメを刺そうというらしい。

 委員長は、真面目そうな外見とは裏腹に、焼けた鉄板の上で裸足の子供を踊らすような、残虐非道な性格をしているようだった。


「……違う、彼女の趣味」


 と、俺の背後で戦いを見守っていたおっぱい様が、俺の内心に突っ込みを入れてきた。


「……趣味?」


「……うん。BL系。しかもショタ。

 美少年を泣きながら女装させるのがツボ」


 精神感応者(テレパス)の口から、恐らくは委員長にとってトップシークレット級の情報漏えいを聞かされ、俺は思わず絶句していた。


 ──そっちは分からん。と言うか、分かりたくもない。


 つーか、彼女は……真面目な外見と態度に似合わず、意外にディープな趣味をしているらしい。

 俺自身には自覚なんてないものの、どうやら俺の趣味も人様からはちょっと変な目で見られることが多く……あまり他人の趣味をどうこう言うつもりはない。

 ……が、彼女の趣味まで深いとちょっと理解できない。

 ドSよりはもうちょいと付き合い易い趣味ではあるだろうけれど、理解する気もしたいとも思わないのが難点である。


「あら、どうましたか?

 授業、始めますよ?」


 結局。そう言ってマネキンが教室に入ってきたところで、その話は打ち切られ。

 俺はそれから始まった難解な物理の授業と、隣の机の上でたわみ歪み弾む二つの乳房を見守るのに夢中になってしまい、その日の放課後まで鶴来舞斗なる人物の存在はすっかり忘れていたのだが。




「おい! 佐藤和人!」


 放課後。

 今日は由布結の挑戦を退けたところで、俺に怒鳴りつける声がした。

 さっき撃退した由布結は、自分の操作するリボンに絡まって身動き一つ取れない状態だ。

 スカートが思いっきりまくれあがって、フリル一杯のパンツが丸見えになっている。

 が、それよりも注目すべきはリボンに絡まって寄せて上がったCサイズだろう。

 と、今までの俺ならば視線はそこに釘付けになり、あまつさえ愛の告白までしてしまったかもしれない。

 が……その寄せて上げられたCサイズがTNT爆弾とするならば、あの数奇屋奈々の持つ胸部のミサイルは熱核兵器くらいに規模が違う。

 流石に間近でアレを見続けた所為か、Cくらいなら耐性がついてしまったらしい。

 中学時代よりも遥かに短い時間で正気に戻った俺は、声のした方……体育館入り口の方を向き、そこに立っていた少年の方に問いかける。


「お、鶴来舞斗。何の用だ?」


「何なんだよ、アイツは!」


 少年は俺の質問を無視して、いきなり怒鳴りつけてきやがった。

 女っぽい顔立ちに似合わず気の短いヤツらしい。


「何って? 委員長だけど?」


「そうじゃない、あの能力は何だって言っているんだ!」


 面倒くさくなってとぼけようとした俺の声は、舞斗の怒鳴り声によってあっさりとかき消される。

 ふざけるとかとぼけるとか、そういうのが通じそうな空気じゃないらしい。

 俺はため息を一つ吐くと、正直に答えることにする。


「能力名は乾燥能力シリカゲル

 水分を大気へ逃すことが出来る能力だ。

 ちなみに実家は高温多湿で日当たりの悪い場所で、洗濯物が乾かなくて困って……」


「対抗手段はっ?」


 どうやらこの鶴来舞斗という少年は、人の話を聞かない性格らしい。

 そして、思考が戦闘に直結している、少年漫画っぽい脳みそをしているようだった

 ……しかも直情的。

 悪いヤツじゃなさそうなんだが、絡まれると迷惑極まりない。


「超能力のアドバイザーやっているんだろう?

 対抗手段の一つも分からないのか?」


 古武術を修め、礼儀と忍耐を曾祖父から学んだ俺だったが、一方的にどやしつけられた挙句に無能呼ばわりされると……流石にイラッときてしまう。

 ……大きく深呼吸をすることで、コイツの顔面に右正拳を叩きこみたい衝動を落ち着かせる。

 二度ほど深呼吸したお蔭か、俺はようやく冷静さを取り戻していた。

 ただ、冷静に考えても……別のクラスの、しかも礼儀すら知らないコイツ相手に教えてやる義理はない。

 だけど、教えないと俺が無能みたいに思われるという、この二律背反。

 ただ対処法を教えるにしても、素直に教えるのも癪だし……


「……目を閉じて戦えば問題ないな」


 そう考えた俺は、取りあえず一番簡単に実行できて、最も突っ込みどころ満載の答えを……


「そうか! 恩に着る!」


 俺の『適当な』アドバイスに納得したらしく、舞斗少年はそう礼を言うと俺たちの帰る方角……寮のある方へと一目散に走り去って行った。


 ──まさか、寮へ直接決闘しに行った訳でも……


「……それこそ、冗談だよな?」


 幾らなんでも、彼はそこまで馬鹿じゃないだろう。

 ……そう。

 あれほど直情的な少年でも……流石に目を閉じて戦うほど馬鹿じゃない筈だ。


「ま、結末くらい見届けてやるか」


 俺の下らないアドバイスで、舞斗が酷い目に遭おうが構わないが……流石に何もしないのは目覚めが悪い。

 そう思った俺は、寮に向けて走り出す。


「……それより、ほどいて〜」


 背後からそんな声がしたような気がしたので、慌てて振り返り……俺にプレゼントされるが如く横たわるCの芸術が目に入る。

 リボンをほどく最中に、ちょっとばかりCカップに触れるようなことがあっても、それは事故に違いない。

 ソレが視界に入った瞬間、俺の脳裏に舞い降りたそんな悪魔の囁きに、俺の理性は一瞬で崩壊していた。

 俺は目の前に用意された神の送りしプレゼントに跳びかかる。

 尤も、流石の俺も数寄屋奈々の持つ『あの至玉』のお蔭で、偶然触れる以上のことをするつもりはなかった。


 ──が、しかし。


 これだけ複雑に絡まっていたら、接触事故くらい何度も何度も何度も何度も起こってもしかたないだろう。


 ──舞斗の結末がどうなったのか、リアルタイムで見るには間に合いそうにないな。


 俺は内心でそう呟くと、『事故』が発生することを期待しながらという、変な人助けを開始したのだった。


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