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第三章 第三話


 この『夢の島高等学校』では、放課後の体育館は開放されていた。

 それもこれも、超能力の実技のためという名目だ。

 超能力というのは腕や脚と似た感じで、使えば使うほど鍛えられていくという前例があり、学校側は超能力の行使を推奨していた。


 ──勿論、使えば使うほどと言っても、筋力みたいに鍛えてもこれ以上増強しないピークもある、か。


 まぁ、その辺は統計が取れてないので明確な数値は未だに取れていないらしい。

 そんな感じのことを、今日の授業中、マネキンの教師が不気味な動きで語っていた記憶がある。


 ──テストに出すとか聞いたけど、まだ明確に把握できていないことを教えてどうするというんだか。


 そして、俺は今……その解放されている体育館に、制服姿のままで突っ立っていた。

 俺の前には三人の少女たちの姿があった。

 彼女達もまた、着替えもせず制服姿のままである。


「今日こそ、師匠を超えてみせるわ!」


 恥ずかしげもなくそう叫んだのは、扇羽子。

 一枚五〇円の俺予約票を手に持っていた。

 恐らく、数寄屋奈々から買い取ったのだろう……まぁ、原価は俺の放課後の時間と一枚何円以下のルールリーフの八分の一だけだから、上手く買わされたというべきか。

 残った二人……雨野雫と石井レキも彼女と同じようにルーズリーフの切れ端に手書きで描かれた粗雑なチケットを手に持ち、鼻息荒く俺との戦いを待ち望んでいるらしい。


 ──しかし、師匠扱いするのは止してくれ。

 ──俺は超能力者じゃなく、ただの一般人なんだからさ。


「えっと。決闘する場合……」


「分かっています、罰ゲームですわね」


 俺の言葉に雫が神妙に頷く。

 そんな彼女の手の中には……安っぽいデジカメがあった。

 ……通信販売で買ったのだろう。


「……これのデータ、あげる」


 石井レキがそう言って、少しだけ頬を赤らめる。

 ……一体、何のデータが入っているのだろう?

 俺はちょっとだけ嫌な予感を覚え、受け取ったデジカメに向けて胡乱げな視線を向けた。

 その視線に気付いたのだろう。


「師匠が足フェチっちゅー情報が入ったかんな!」


「私達の生足が下着チラリくらいまでデータとして揃ってありますわ!」


「……これで文句ない、筈」


 三人の少女は揃って顔を赤くして叫んでいた。

 威勢が良いというよりは、照れ隠しっぽい雰囲気で。

 ……レキだけは呟くくらいの声量だけど。


 ──しかし、それ、デマやがな。


 どうやら亜由美のヤツをギブアップさせるのに足関節ばかり決めていた所為で、そう誤解されているらしい。

 かといってこの三人組……A、AA、B程度の少女の前で真実を語るのも少しばかり忍びない。


 ──しかし、恥じらいもろく知らないようなこの三人組が赤くなるような写真なんて、どうやって撮ったんだ? 


 ……っと。

 そんな事を考えていたら、三人とも体勢を整えたらしい。

 と言っても、スカートの下に体操服の短パン穿いただけではあるが。

 

 ──つーか、お前ら。

 ──更衣室まで行くのが面倒だからって、幾らなんでも俺の目の前で穿くなよ。


 幾ら平原そのものであまり興味が持てない彼女たちとは言え……流石に目の毒だ。

 恥じらいという概念をどう説くかを思案している間に、三人の間では順番が決まったらしい。


「まず、私からや!」


 そう叫んだのは扇羽子だった。

 彼女はいきなり腰を落とすと……


「せいっ!」


 下手くそなフォームで正拳突きをしてきた。

 ただし、距離は三メートル以上離れている。


「───っ?」



 だけど、その瞬間、俺の背筋を何かが走り抜けていた。

 殺気を感じたと言うか、ただの勘と言うかも知れないが。

 その予感に従い、俺は咄嗟にガードを固める。

 次の瞬間、俺の両腕に凄まじい重量を持った衝撃が走り、俺のガードはあっさりと破られていた。

 もしアレが直撃したら……自分と同じ体格の人間に思いっきりぶん殴られたくらいのダメージを喰らっていただろう。

 ……直感に従って正解だった。



「へへっ。師匠の言う『威力の集中』してみたわ!

 ……どや?」


 その羽子の言葉と、未だに痺れ続けている両腕に、俺は素直に驚いていた。

 確かに三日くらい前に蹴散らした時、せっかく五〇円も出してくれたんだからとアドバイスっぽくそんなこと言った記憶はあるが……

 三日前には扇風機だった一撃がドラ〇もんの空気銃くらいの威力になってやがる。

 ……だけど。


「次、行くで!」


「……まだ、甘い」


 俺は呟きつつ、首を傾けるだけで避ける。

 素人空手の真似事だから、モーションが大きくて来るタイミングが見え見えである。

 その上、空気の塊が飛んで来る軌道も拳から一直線と、読みやすいことこの上ない。


「当たれっ! 当たれって!」


 どうやら彼女が出来るのはコレだけらしい。

 苛立ったようにそう叫びながらも、同じ攻撃をただただ繰り返してくる。

 俺はその風の塊をサイドステップやダッキングで回避しつつ近づくと……


「……くっ!」


「遅い」


 距離を詰められた羽子が逃げようとして重心を後ろへ傾けた、その動作を利用して俺は彼女を軽めに投げる。


「ぽにょっ!」


 床に叩きつけられた羽子は、どこかの崖の上の海生生物の名前みたいな音を出した。


「こういう時、風を使ってダメージ緩和くらい出来るようになれよな」


「りょ、了解」


 投げられたダメージで動けなくなったまま、羽子は軍人っぽい敬礼をしていた。

 ただ、帝国陸軍にいたらしき曾祖父から教わった陸軍式の敬礼でもなければ、海軍式の敬礼でもないそれは、ただの物真似の域を出ていなかったが。


「次は私ですわね」


 友人が戦闘不能に陥った姿を目の当たりにしたというのに、雨野雫は優雅に微笑み、余裕の態度を崩さない。

 ……よほど自信があると見える。


 ──確か前回……彼女には命中精度を上げろと言った、ような。


 三日前の対戦を思い出し、俺は少しだけ警戒を強めていた。

 羽子の一撃の威力が格段に上がっていた以上、雫も同じようにレベルアップをしていると考えた方が良いだろう。

 ……雑魚と侮っていては怪我をしかねない。

 世の中にはたったの三か月で大魔王を倒した勇者一行もいるくらいなのだから。


「これが、私の新技ですわっ!」


 雫はそう叫ぶと右手のひらを突き出していた。

 その手の先に……水の塊が集まり、ドンドンドンドン大きくなっていく。


 ──もしかして、でかけりゃ当たるって話か?


 とは言え、それにしても溜めが長過ぎる。

 そしてその溜めの間は、あまりにも隙だらけだった。

 ……かと言って技の途中で潰すような、ヒーローの変身途中に攻撃を仕掛けるのと同等の礼儀知らずな行動だろう。


 ──一応俺は、超能力の師匠、らしいからなぁ。


 そんな事情もあって、俺は隙だらけの雫への攻撃を控え、ただその膨らんでいく水の塊を眺めていた。

 ……そうして一分くらい経った頃。


「……いきますわよぉっ!」


 水の塊がようやくこちら目掛けて飛んできた!


「おっと」


 雫が必死に溜めたその大きな水の塊は、あまりにも速度が遅い。

 俺は大きく横に跳ぶことで射線上から身体をずらし、その大きな水弾をあっさりと躱す。

 無駄に濡れるのも馬鹿馬鹿しい。

 ……そう思っていたが、飛んで来る最中に空気抵抗によって水弾は周囲に飛沫を散らしていたらしい。

 流石にその意図しない散弾を全て回避することなんて出来る訳もなく、俺はその飛沫を少し浴びてしまう。


「うわっちゃ!」


 その瞬間、俺は思わず叫びを上げていた。

 この水は熱く、まるで……というか、水じゃなくてお湯になっている。

 五十℃くらいの、ちと熱めの風呂って温度で火傷をすることはないものの……


 ──これは、当たると『痛い』な。


 俺は気合を入れ直すと、腰を落として回避重視の構えを取る。

 野球の内野手みたいな構えである。

 左右どちらへも反応できる、古武術ではなく現代スポーツの姿勢だった。


「っと?」


 腰を低く構えたのは良いものの、待てど暮らせど次弾が来ない。

 ふと疑問に思って注意を向けると、そこには肩で息をしている雫の姿があった。

 授業でマラソンを終えた直後の女子みたく、大げさなほど疲れ切った彼女は……どうやらさっきの一撃で全てを使い果たしてしまったらしい。


「きょ、今日はこのくらいにしてあげますわ!」


 それでも、精一杯虚勢張っているが……もう戦闘を続けることは出来ないだろう。

 肩すかしを喰らった俺はため息を一つ吐くと、脅えている雫にゆっくりと近づき……


「みにゃ!」


 軽く投げてやる。

 少しは痛い思いして貰わないと、熱い思いをした俺の気が済まない。


「温度変えられるなら、冷たくして凍らせたらどうだ?

 恐らく、殺傷力はそっちの方が高いぞ?」


 俺の言葉に雫の反応はなかった。

 ……軽く投げただけなのに完全に目を回してやがる。

 

 ──雫の雰囲気はお嬢様っぽいし……ひょっとして衝撃に弱いのだろうか?


「……次は、私」


 最後に残った石井レキは相変わらず無表情のまま、そう呟くと俺へと歩み寄ってきた。

 友人二人が戦果を上げることもなく倒れたというのに、全く表情を変えない彼女も、やはり自分の能力に自信があるのだろう。


 ──さて、彼女は何をやらかすかな?


 レキの成長をちょっとだけ期待しながら、俺は攻撃をしかけることなく待ちの体勢を取っていた。

 それに、彼女たち三人娘の中でも、レキの能力は元々殺傷力が一番高い。

 ……上手く工夫されているなら、ちょいと気合を入れないとダメかもしれない。

 ちなみに、彼女に対して先日忠告したのは、確か……『速度アップ』と『命中アップ』を目指せというものだった。

 確かにその両立は難しいが、上手く成長させれば彼女の能力は「人を殺せるレベル」になり得る。

 プロ野球投手が全力で放り投げた拳大の石なんて、直撃したら常人は簡単に死ねるレベルだから、それは別に過剰な表現でも何でもない。


「……行く!」


 そう言ってレキは左右の手を突き出し、同時に石ころが二つ飛んでくる!

 が、それでもその石の塊はあまり早くもない。

 しかもたったの二つである。

 それらの軌道を見切った俺は、身体を傾けるだけであっさりと避ける。


「これで、終わりか?」


「……まだ」


 拍子抜けした俺の前で、左右の手を握るレキ。

 その動きに釣られるように……


「っと!」


 二つの石ころが突如何もないところで曲がってきた!

 弧を描くようにして、左右から同時に襲い掛かってくる。

 ……だけど、遅い。


「よっ! はっ!」


 その曲がってきた二つの石ころを、俺は軌道を見切って簡単に受け止める。

 どうやら俺が掴んでもまだ動かせるらしく、手の中で小鳥を捕まえたように、その二つの石ころは逃げ出そうと暴れていた。

 だけど、生憎とその逃げる力は俺の握力を超えるほどじゃないらしい。

 ……すぐに力尽きたかのように大人しくなってしまう。


「……優しくして」


 二つの投石を受け止められたことで、もう観念したのだろう。

 レキは、両手を上げながら観念した表情でそう呟く。


「あほ」


 俺はそれだけ呟くと、両手の石ころを手から離し……言葉どおりちょっと優しめに床に放り投げてやった。


「もっと速度がないと、威力も命中も期待できんぞ?」


「……分かった」


 俺の忠告にそう応えるレキ。

 これで三人とも撃破したから、後は帰るだけ……

 そう思って何となく戦利品のデジカメを手にした俺が踵を返した時だった。


「はっはっは。その程度か、二組の連中は!」


 そんな笑い声が背後から聞こえてきた。

 この学校では珍しい『男の声』に俺は思わず振り返る。

 振り向いた先には、一人の少年が立っていた。

 その少年の身長は俺の鼻くらい。

 男子とは思えないほど小柄で女顔をした、美少年と言っても過言ではない顔立ちの少年だった。

 ……と言うか、むしろ男子であることを疑うレベルである。

 実際、さっきの声も口調の割には妙に甲高く、少年っぽい女の子と言われたら間違いなくそう信じ込んでいたと思う。

 ただこの少年が着ている制服は男子用の、俺と同じ制服だから、『彼』が俺以外のもう一人の男子なんだろうけれど。

 タイミングが合わないのか風呂や便所では見かけなかったし、寮生活でも見かけた覚えがないのだが……


 ──これは、すれ違っても気付かなかったかも、な。


 あまりにも中性的なその少年の姿に、俺は思わず内心でそう呟いていた。


「所詮は、役立たずの二組ってことか?」


 そんな俺の内心を知る由もなく、少年は慢心に満ちた笑みを浮かべていた。

 が、その小柄な体格に女顔も相まって、小学生低学年くらいのお子様が一生懸命威張っているようで、腹が立ちもしない。


「そういうんだったら、うちの委員長に喧嘩売ってみろよ」


 ……相手するのも疲れそうだな。

 直感的に相手したくもないタイプだと判断した俺は、リスクを回避するためにそう言ってやる。


「ふん。侮辱に怒りもせず女に縋るか。

 所詮はゼロ能力者だな!」


 俺の言葉を軟弱と取ったのだろう。

 少年は偉そうに吼える。

 だけど、やっぱり外見が外見で、小型のスピッツに吼えられている程度の感覚しかない。


「ふん。ま、良い。

 二組の委員長の能力、明日拝見させてもらおう」


 何故か時代劇っぽい語り方をすると、彼は言いたいことを言い終わったのか、さっさと体育館を立ち去って行った。

 

 ──何しに来たんだ、アイツ。


 俺は思わずそう呟いていたが、すぐに頭を切り替えると、倒れたままの三人を放置して体育館を出る。

 何しろ……もう放課後もそれなりの時間になっている。

 寮に帰れば、ポチャポチャお風呂とほかほかごはんが待っているのだ。


 ……人間って良いなと実感する瞬間である。


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