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第三章 第二話


 勉学の時間というのは偉大である。

 何しろ、たったの一週間で……超能力の使えない俺をもってして、この「超能力」の授業を待ち遠しく思わせるのだから。

 他の授業があまりにも面白くないってのがその要因なのだが。

 ちなみに「相対的に」じゃなくて楽しくさせてくれる原因は、今現在、俺の目の前で跳ねている。


「……こっち、見るな」


 息も絶え絶えで揺れ弾み踊り跳ねているおっぱい様を拝みながら、俺はその至近距離を逆向きで走っていた。

 ちなみに奈美ちゃんはその少しだけ後方。

 ヨタヨタと妙に不器用に……そんな走り方は余計に疲れるんじゃないかって体勢のまま走り続けている。

 授業中でもその杖を手放そうとしないのは……超能力によって周囲を理解出来ていても目が見えないから、なのだろう。


「なんで、私達が、こんな……」


「……こんな、無意味なっ」


 奈美ちゃんもおっぱい様も、二人ともこの授業には懐疑的だ。

 何しろESP能力者ってことでランニングばかりやらされている挙句、二人とも運動が苦手なのだ。

 ……嫌うのも当然かもしれない。

 だけど、俺はこの授業が好きでたまらない。

 このたわみ弾み踊る絶景から一秒たりとも目を離さないために、こうやって後ろを向いて走りながら、体育館の床に描かれたトラックを走っているのだから。


「器用な、もの、ですね」


 奈美ちゃんが俺の走り方をそんな風に褒める。

 実際、ちょっとだけ難しい上に、トラックの形を覚えていないと壁に後頭部を殴られてしまう。

 だけど、俺はこの走り方を止めない。

 ……いや、止める訳にはいかないのだ。

 何しろ、こうしないと目の前で揺れ弾むおっぱい様の御姿を拝めないのだから。

 とは言え、そう正直に言う訳にもいかず……


「ま、女子の速度に合わせているから……

 ちょっとしたハンデってとこか」


 奈美ちゃんにはそんな一応言い訳してみる。


「……何が、ハンデ、よ」


 眼前で揺れ弾み跳ねたわむおっぱい様は、どうやら俺のこの走り方をお気に召さない御様子だった。

 まぁ、正直なところ、俺はさっきから心の中で延々と『海原と雄々しき山の如く至高の景色を解説している』訳で……その心の声をはっきりと聞かれている訳だから、彼女が俺の走り方を気に入る訳がないってのは理解できる。

 けど体力的な問題で、その弾む二つの宝玉を隠す余裕もないらしい。

 だからこそ、俺はこの授業が大好きなのだ。


 ──走る疲労?


 そんなもの、この絶景の前には塵芥に等しい。

 気分的には……雪山の頂上から絶景を見るために、とんでもなく険しい山を重装備で登る登山者みたいな感じである。

 何故そんな苦労してまで登るのか。


 ──それはそこに山があるからだ。


「……ばか」


 あ、偉大なる二つの名峰の土地所有者様から馬鹿にされてしまった。

 ま、周囲の女子からしてみればこの走り方は、俺が体力を自慢しているように思えたらしく……ここ数日、クラスメイト達が次々と俺に喧嘩を売ってきている。

 だけど、当然の如く、俺はその全てに勝利していた。


 ──アイツら相手じゃ、負けようがないんだよなぁ。


 風を飛ばす能力、水を飛ばす能力、石ころを飛ばす能力、ちょっとだけ光る能力、痺れる程度の電気を発する能力、リボンを自在に動かす能力、空を飛ぶ能力と、はっきり言って俺の在籍する一年B組には、大した超能力者が存在していなかったのだ。

 と言うか、超能力の授業中、幾度かの戦闘を経て、『おっぱい鑑賞』の邪魔をされた俺の恐ろしさを彼女たちには思い知らせ過ぎたようで……もう超能力の授業中は誰も喧嘩売ってこない有様である。

 尤も……クラスメイト達に言わせれば、「授業中の俺は手加減しないから危険」ってことになっているらしいのだが。

 俺はあくまで『至高の宝玉鑑賞』の邪魔をするヤツに手加減出来ないだけなんだけど、それを正直に言うのは流石に愚行だろう。

 ついでに言えば、Bサイズの委員長が俺の態度を「授業を真面目に受けている」という風に捉えてくれているのはありがたい。


 ──彼女が本気で怒ってきたら、俺如きでは抵抗も出来ないからな。


 ……っと。

 そういや、一人だけ懲りずに授業中に喧嘩を売ってくるヤツがいた。

 視界の縁に「ソレ」が映り込んだのを見た刹那、俺は慌てて上体を屈ませる。


「~~~っ!

 っ、あぶねっ!」


「───ちぃ!

 惜しい!」


 横合いから音も立てずに回し蹴りを放ってきたのは中空亜由美のヤツだった。

 相変わらず空中殺法が冴えている。

 と言うか、相手をする度に錬度が上がってきている。

 ……そろそろ回避するのもきつくなってきた。


 ──どうせなら後頭部を蹴ってくれないかな?


 そうすれば事故ってことで、俺の眼前に揺れ弾む『あの桃源郷』に顔を押し込むことが出来るのだが。

 ラッキースケベは事故であり、罪にならない。

 そうでなければ東大志望の浪人生は一巻時点で軽犯罪法違反により逮捕されているだろうし、ダークネスなトラブルに巻き込まれる主人公は明らかに強制猥褻でとっくに退学になっているだろう。


「どこ見てるんだよ!」


 ……と。

 絶景に目を向けている場合じゃなかった。

 決闘中に余所見をするという態度は、挑んできた亜由美を怒らせる必要十分条件だったらしい。

 空中に浮かんだままの亜由美が放ったサマーソルトを、俺はスウェーバックによって紙一重で回避する。

 次に放たれた、自由落下直後の足払いは臑で受け止める。

 硬い男の臑を蹴ったことで僅かに怯んだ亜由美の足を、俺は手で掴むと……そのまま巻き込むことで、床に転がす。


「いだだだだだだだだだだ!」


 そして、取った足を絡めて四つの字固め。

 最近、亜由美のお陰でプロレス技への造詣が深くなってきている。

 何しろ、亜由美のヤツ、人の部屋にプロレス技の解説本とかを置いていくのだ。

 その手の話題を語る相手が俺しかいないのは理解できるのだが……そのツケ全てが自分に返ってきているのを理解しているのかしていないのか。


「ギブっ! ギブっ!

 あいたたたたたっっ!」


「……ったく」


 足関節を極められたことで、亜由美はあっさりと数秒でそんな悲鳴を上げていた。

 ま、俺も楽しみを邪魔された恨みから、ちと強めに技をかけた訳で、関節技の痛みに慣れていない少女が耐えられないのは当然の話だった。

 本来ならば、足首を逆さまに捻ることでへし折るのが曾祖父の教えではあるんだが……こんな授業中のお遊びでそこまでするつもりもない俺は、こういうプロレス技をかけて遊んでいる、という訳である。


「くそぅ、この脚フェチのSめ!」


「はっはっは。酷い言いがかりだ」


 亜由美の言いがかりも、俺は何処吹く風で笑い飛ばす。

 実際、Sってのは兎も角……脚フェチってのは言いがかり以外の何でもない。

 大体、毎度毎度、脚を極める技ばかりになるのは、亜由美の攻撃パターンが足技に特化しているのが悪いだけである。

 確かに体重差考えたら、手技で俺にダメージ与えられるとは思ないから仕方ないかもしれないが……それでもワンパターンな攻撃しか来ないと分かっている以上、慣れてくればガードするのもキャッチするのも容易になる。


「くっ! もう一本っ!」


 亜由美は全く懲りずにその場で跳ね上がると、また俺の方へ突進してきた。


「二本目は……」


「分かってる!

 昼飯の一品っ!」


 そんな賭けを決闘に設定したのは三日前のことだった。

 クラス中が挑んでくるので決闘が面倒くさいと委員長に直訴したら、一年二組内にて『決闘の敗北者はバツゲーム』というルールが出来たのである。

 尤も、超能力の授業中にやらかす決闘は教師が推奨しているみたいだから、『授業中の決闘の場合は二本目以降に罰ゲーム』というルールが出来たのだが。

 そうして、バツゲームという「何をされるか分からない」恐怖に脅え、俺の決闘回数は極端に減ったのだけど……亜由美だけは懲りなかった。

 パンツ丸見えの姿で毎日登校しているようなヤツには、他のクラスメイト達が脅えているらしい羞恥系のバツゲームも効果がなさそうだし。

 そういう訳で、亜由美とは特別に昼飯一品を恒久ルールとする条約を結んである。

 んで、親切な俺はその内容を確認してやった訳だが。

 ……流石の亜由美もまだ忘れていなかった。

 昨日・一昨日・その前と連続でギョーザ・ラーメン・チャーハンと頂いている以上、幾ら亜由美であっても、そのルールを忘れる訳もないらいし。


 ──しかし、亜由美もC定食、好きだよな〜。


 俺がそんなことを考えている間にも、亜由美のヤツは戦闘態勢が整ったらしい。


「今度こそ!」


 気付けば彼女は空に浮きながらもそう吠えていた。

わずか一週間なのに、もう名物になっているようで……二組B組の全員が既に観客モードに入っている。

 疲れ切っていたらしい奈美ちゃんは早々に座り込んでいるし、そこから少し離れたところには体育座りの所為で、太股に形を歪められる、遠くから見てもソレに触れたときの柔らかな感動を感じられそうな、素晴らしきおっぱい様もあった。


「余所見っ!

 するなよっ!」


 俺の視線の先にあったものが気に入らない様子で、亜由美が飛び込んでくる。

 とび蹴り! と思ったら、フォークボールみたく落ち込んで、そこからサマーソルトに移行するという、無茶苦茶なアクロバットだ。


「おっと」


 だけど、慣れたらそれほど脅威ではない。

 大体、亜由美の体重が軽いから蹴り技であってもそれほど脅威にはならないのだ。

 ちなみに彼女が軽いのには理由があって、彼女の能力……空中歩行は凄まじいカロリーを喰うらしい。

 その上、亜由美はこうやって身体を動かしまくる。

 勿論、食事量もかなりのものだが、それでも身体が追いつかないらしい。


 ──だから、こんなに貧相な……


 ……お陰でこんな……貧弱きわまりない身体つきと化しているみたいで、超能力と言っても一長一短だと感じさせられる。

 俺は思わずその平原に向けて憐みの視線を向けていた。


「次っ!」


 サマーソルトを避わしながらも、そのAAの平原を憐む俺に向けて、強引に空中を足場に飛び込んで来た亜由美の、追撃のハイキックが迫る。


「よっ」


 だけど、俺は余裕を持ってその脚をガードしていた。

 亜由美のヤツが無理な体勢でハイキックを放ったその硬直を狙い、折れそうに細い右脚を掴む。


「……ほいっと」


 掴んで動きを封じたまま、その右足首を極めて抵抗を奪いつつも、俺は残された左軸足へと足払いを放つ。


「……つぁっ?」


 バランスを崩した亜由美は、能力の発動すら出来ぬままあっさりと床まで落ちていた。

 背中から落下した衝撃により息を詰まらせた亜由美へと俺は襲い掛かり、掴んだままだった右足を引っ張って、またしても四つの字固めへと移行する。

 ……そもそも、他の足関節技を俺は知らない。

 つーか、足技を主体に戦う亜由美相手だと、この技が一番怪我をさせることもなくギブアップが取りやすいのだ。


「いだだだだだだだだ! ギブっギブっ!」


 またしても極められた脚関節の痛みに亜由美はそんな悲鳴を上げていた。

そしてそれが、今日の勝負の終わりを告げる叫びだった。


 ──今日の報酬は杏仁豆腐、か。


 労力と報酬とを比べると、そう悪くない戦果である。


 ……そんなこんなで、辞めてやるって叫んでいる内心とは裏腹に、何とか俺はこの学校で一週間もの日々を過ごしていたのである。


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