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【完結済】π>Ψ ~おっぱいは正義~  作者: 馬頭鬼
第二部 ~序列編~ 終章
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第二部 ~序列編~ 終章



 ……と言うか。


「……どうすりゃ良いんだ、これ?」


 政府関係者一同が立ち去った後、俺は周囲を見渡して呟く。

 さっきから俺へと突き刺さるような視線が痛い。

 ……何しろ、今この場にいる男子は俺一人なのだ。

 気付けば我に返ったらしき一年A組の数人が体育館から外へ……恐らくは舞斗の眠るだろう保健室へと足を運んでいる様子だったが。

 それ以外の、二十名ほどの女子が俺を一心に見つめているのだ。

 ……居心地悪いコト、この上ない。


「……だから、言ったのに」


 そんな俺に声をかけてきたのは、G級の素晴らしいおっぱい様こと、この『夢の島高等学校』で唯一のESP能力者(エスパー)でもある『精神感応(テレパス)』の数寄屋奈々その人だった。


「……あの時、力を使えば……

 残り全ての人生を、超能力者たちのために捧げることになる、って」


 そう言い残して体育館を去って行く数寄屋奈々の背中を見つめながら、俺は再び思考を封じられ、固まってしまっていた。

 ……そう。

 確かにあの時、俺は彼女の諫言を全て無視し、力に飛びついた。

 この学園を、いや、みんなを助けようと……いや、こうして並ぶおっぱいのために。


 ──それが正しい道だと信じたからこそ。


 ……だけど。

 この状況を決して望んでいた訳じゃない。

 日本男子として、ただ一人、おっぱいの大きな女性を妻として、二つの大きな乳房を愛でながら慎ましく暮らす、そんな人生こそが俺の望みだった筈なのに。


 ──どこで、俺の人生は狂ったんだ?


 答えは出ない。

 ……出る筈もない。

 俺はただ立ち尽くし、周囲の少女たちも現状を理解出来ないのかただ呆然と立ち尽くしたまま……

 一体、どれだけの時間が経っただろうか。


「えっと、その、何だ。

 そういうことだから、よろしく、な」


 この面子の中で一番早く我に返ったのだろう。

 頬どころか顔、首筋までもを真っ赤に染めた『不可視の腕(インビジブル・ハンズ)』こと繪菜先輩は、立ち尽くしたままの俺に顔を向けることもなくそう告げると……車椅子とは思えない速度で体育館から走り去って行ってしまう。


「あっと。

 その、まぁ、そういうことになったから、ま、繪菜ちゃん共々、仲良くするってことで」


 『剣の舞(ソードダンサー)』という名の凶悪極まりない能力を持つ舞奈先輩はちょっと腫れたままの頬を軽くさすりながらそう告げると……車椅子の友人を追いかけて走り去って行く。

 「共々、仲良く」というその言葉に、彼女がどこまでの意図を込めたかは分からないものの……下手に考えると思考回路がショート寸前になりそうだから、俺は考えるのを止めた。


「ナイスファイト。

 流石だな、佐藤……

 また素手でやり合おうっ!」


「ヤマトダマシイ、見せて貰いマシタ

 今日は格好良かったデスよっ!

 私のステディなりたいなら、言って下さい、ね」


 そんな体育会系な台詞を吐いて俺の肩を引っ叩いたのが『剛腕(ザ・マイティ)』の羽杷先輩で、親指を上に突き出しウィンクを飛ばしてきたのが『幻痛(ファントム・べイン)』のステラ先輩だった。


「顔、真っ赤デスよ?」


「あ~、うっせっ!」


 去って行く羽杷先輩は顔を真っ赤にしているらしく、ステラ先輩にからかわれていたが……もしかして、あの「素手でやり合う」ってのは何かの隠語だったのだろうか?


「ったく。私もそろそろお暇するわ。

 さっきの戦い見ていたら、あんたの人形を作りたくなってきたし……」


 そんな今一つ嬉しくない言葉を吐いて去って行ったのは『人形操作マリオネット・マスター』遠音麻里先輩で。


「もっと動けよ。

 お前には……そうだな。

 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉そして何よりも早さが足りないっ!」


 凄まじい早口でそう告げていったのは『加速(アクセル・タイム)』の土岐雀先輩だった。


 ──考えてみれば、彼女と話したのはこれが初めてだったような……


 今まで知らなかったものの……ああいう早口キャラだったとは。

 一発の相討ちのカウンターの所為で、一瞬で序列戦を終えてしまったのが悔やまれるほど、凄まじく器用に言葉を羅列させている。

 ……その意味は兎も角、これからも同じ学び舎で暮らすのだ。

 いずれ、あの早口を色々と聞くこともあるだろう。


「ふふ。

 こうなった以上、一生の面倒を見て貰うわ。

 ……覚悟しておいて」


 そんな重苦しい言葉を投げかけて行ったのは『超荷重(グラビティ・エラー)』の御守風香先輩で。


「あの、私、いつでもデートとか、大丈夫ですからっ!」


 そう言って可愛くお辞儀をして去って行ったのは小学生と見紛うばかりの布施円佳先輩だった。

 御守先輩のアレな発言は兎も角、先輩の『円盾(ラウンド・シールド)』には絶体絶命の一撃を救って貰った恩がある。

 気付けば俺は、彼女の小さな背中に軽く頭を下げていた。


「さて、と。

 アンタ、強かったよ、マジで。

 本気で、惚れちゃいそうなくらいに、ね。

 また、ヤりたいもんだね」


 俺の顔面にハイキックを突きつけ……ピンクの下着が思いっきり見えるのに頓着すらしていない『跳躍強化(ガゼル・フット)』の芦屋颯は、好戦的にそう笑い。


「また、野球、しましょう。

 今度は能力ありの本気で……ね」


 『軌跡誘導(ホーミング・スロー)』の間宮法理も笑みを浮かべながらそう告げる。


「なかなか、貴方の苦痛に耐える姿は美しかったですわ、佐藤さん。

 いずれ、私の前でも見せて下さいね」


 そんな危険なことを呟いたのは『鋼鉄変化アイアン・シェイプ』の芳賀徹子で……まぁ、返答のしようがない。


「さて、と。

 保健室でも行くかな?」


「ま、クラスメイトだからなぁ。」


「そうですわね。他の方々に睨まれない程度に、ね」


 A組で残っていたのはあの三人だけらしい。

 他の六人は……俺にこうして一言かけるよりも、級友である舞斗のお見舞いを優先したらしい。


 ──ま、あっちはあっちで大変そうだけどな。


 俺はボロボロの身体で女子に囲まれているだろう舞斗のヤツを想像する。

 『念動力(サイコキネシス)』の遠野彩子、『睡眠誘導(ラリホー)』の古森合歓、『針千本(ハリセンボン)』の針木沙帆、『火炎球(ファイアーボール)』の穂邑珠子、『衝撃咆哮(バウンド・ボイス)』の澤香蘇音。

 どれもこれも癖のある少女たちで、アイツの未来も俺と同じく前途多難の一言なのだろう。

 その弟子擬きの苦労を偲び、俺は心の中で両手を合わせていた。


「……私としては、別にそういうのに興味はありません。

 ですが、まぁ、そういうのもアリではないでしょうか?

 その、今はまだ、〆切が迫っていますので」


 そう告げて俺の前を去って行ったのは委員長こと乾操だった。

 興味がないと言いつつ、俺の手の甲と手のひらを軽く触れさせていった辺り、彼女も何か思うところがあるのだろう。


「……ボクは、子供とかは、まだいいかなぁ。

 ま、気分次第だけどねっ!」


「私は~、まぁ~、状況次第ってことで~」


 『光発生(ライト)』の能力者であり気分屋でもある吉良光は明るく、『布操作(リボンダンサー)』の由布結は穏やかな声で……それぞれ俺に言葉を残し、笑顔で去って行く。

 この二人は能力を貸してもらうなど、色々と世話になっていて……今度何か礼をしなきゃならないだろう。


「……紅〇コレダー」


 と、二人の同級生を見守る俺に稲本雷香はそう告げると、視線を合わせることもなく立ち去って行く。

 ご丁寧に、俺の身体に軽く電撃を流す悪戯を兼ねて、だ。


 ──つーか、稲本雷香、何を言いたいんだ?


 相変わらずコミュニケーションの取りづらいヤツである。

 『電磁衝撃(エレキショック)』という名の能力を持つ彼女は、俺の所属する一年B組の中で最も理解し合えない相手と言える。

 尤も、俺自身、まだまだ未熟で……女心というものを未だに理解出来ない訳ではあるが……

 女心と秋の空とはよく言ったものだ。


「あ~、師匠。

 アタシはまぁ、そういうのは、その……」


「えっと、まずは清い交際から始めるべきだと思うのですけれど……」


「……Bまでなら」


 顔を真っ赤にしつつ躊躇っているのが羽子、殆どない胸の前で指を突き合わせてボソボソと何かを呟いているのが雫。

 そして意外と大胆な言葉をさり気なく放ったのがレキのヤツである。


「ちょ、レキ、おま、それ……」


「幾らなんでもはしたないですわっ!」


「……早い者勝ち」


 結局、俺と視線を合わせられなかったのか、それともこの微妙な空気を嫌ったのか……羽子・雫・レキの三人は三人で喧嘩しつつ俺の前から去って行った。


 ──結局、何が言いたかったのやら。


 ……まぁ、何となくは分かるんだけど、分かりたくないと言うか……俺が望んでいたおっぱいの楽園が築けたのは良いものの、思っている以上に色々と重くなってきたと言うか……。


 ──これからも、色々と苦労しそうなんだよなぁ。


 そうして誰もが去った体育館で一人俺は大きくため息を吐いて……


「ですが、これは佐藤さんが勝ち取った結果でもあります」


「うぉぉおっ?」


 突如耳元で囁かれた声に驚きの悲鳴を上げていた。

 慌てて振り返れば黒い杖を突いた奈美ちゃんが幽鬼の如く立っていた。


 ──おっぱいがないから、気付かなかった。


 アレだけの大人数、あれだけ大量のおっぱいに囲まれていたのだ。

 ……AAしかない彼女の存在を忘れていても、まぁ、罰は当たらないだろう。


「ただ、楽園の平和はただそこに存在するというものではありません。

 維持するのにも労を要することでしょう」


「……つまり?」


 真剣極まりない奈美ちゃんの声に、俺は気付けば唾を飲み込んでいた。

 ……彼女の声色に、次なる戦いが迫っているのを予期した故に。

 だけど。


「つまり、いつまでも誰にも手を出さないと……また今日みたいな戦いが訪れることになりますよ、佐藤さん?」


 彼女はそんなことを口にしてきたのだ。


「あ、え、その……」


「幸い、私には、そして我が家には跡継ぎを産み育てる覚悟は出来ております。

 いつでも私の部屋に忍んでおいで下さいませ」


 戸惑う俺に向けて、奈美ちゃんはそんな言葉を重ねてくる。


 ──えっと。


 俺はその意味を理解出来ない。

 ……いや、理解したくないのが正しいのかもしれない。

 今まで色々と助けてくれた彼女の行動が、まさか……その、そういう感情に基づいていたなんて、今の今まで気付いてなかったのだから。


 ──鈍感というなかれ。


 誰からも疎まれるような、闇色の中学時代を過ごした人間なら、他人の好意に疎くなって当然なのだ。

 くら○みのくもが出て来て全てをは○うほうで吹き飛ばしてくれと祈りたくなるのが、本当の闇色の時代というヤツだ。

 ……名ばかりのDARKNESSな生活とは本当にほど遠い。

 だから、俺はその事実に硬直を隠せない。


「では、そういうことで。

 でも私と佐藤さんなら……強い子が生まれると思いますよ?」


 そう告げて奈美ちゃんは去って行く。

 何と言うか……アレが暗殺一家の価値観なのだろう。

 自分の子供にも強さを求める、サラブレッド的血縁を突き詰めた結果として……奈美ちゃんのような存在が作り上げられたに違いない。


 ──その内、新たな血族とか生まれそうだな。


 俺は世界で最も悪意に特化した子供が生まれてくる未来を想像してしまっていた。

 そして、その子供に倒される絵が酷く鮮明に浮かんでしまった俺は……軽く嘆息する。


「……やっと、終わったぁ」


 そのため息が……戦いが終わって気を緩めたのがいけなかったのだろうか?

 もしかしたら、級友たちがいなくなってしまい、虚勢を張る必要が無くなった所為かもしれない。


 ──お、おぉぉ?


 気付いた時には俺の身体はゆっくりと傾いでいて、もうどうしようもない状況だった。

 倒れたままの俺に出来たのはただ一つ……身体を横に倒し、大の字で床へと寝転ぶことだけだった。


「まぁ、洒落にならない相手だったからなぁ」


 今日だけで体力・気力・集中力、そして技と、限界を何度超えたことか……

 あの三連戦を思い出すだけで身体のあちこちが痛くなってきた。

 ……いや、実際に痛いのだ。

 マイクの鋼鉄の皮膚に叩き付けた掌底の所為だろう、手のひらの付け根辺りがジンジンと鈍く痛み続けているし。

 リチャードにあちこち切り裂かれた傷は、戦いのアドレナリンで血は止まったものの、傷が塞がっている訳でもなく、チリチリと引き攣れたように痛むし。

 ダムドに殴られた頬は見事に腫れ、爆裂を喰らった肋骨は軋み、鉢巻きを支点に強引な投げを敢行した所為で手首は擦傷。

 ふらつく身体を強引に起こした所為か足首も痛いし、最後の無理な投げで腰を痛めたようだし……


 ──満身創痍、だな。


 さっきまで恰好をつけて立っていられたのが不思議なくらいである。

 その事実に俺は軽く笑うと、それでもあの化け物たちに勝った自分が少しだけ誇らしく……天井に視線を向ける。

 そこには……見慣れた細い脚と、白地に水色のストライプ模様があった。

 トントントンと空中を蹴りながらゆっくりと降りてくる姿は、この『夢の島高等学校』に通い始めてから延々と見慣れたもので……

 その右手に棍を持っているのは……もしかしたら俺が負けた場合、会場に乱入することで全てを有耶無耶にする。

 そんなことを企んでいたのかもしれない。


「やっぱり無理してたんじゃないかっ!

 だから反対だったんだよ、ボクはっ!」


 その細い足の持ち主……『空中歩行(エア・ウォーク)』の中空亜由美は、床に足がついた途端、そう怒鳴り散らす。

 全身疲労の所為で耳すら塞げない俺は、その甲高い叫びに顔をしかめて耐えることしか出来なかった。


「大体さ、先輩たちも無茶苦茶だよ。

 幾ら和人が強いって言っても、人間なんだってことが分かってないよねっ!」


 耳元で少女の甲高い怒鳴り声が響くのは……はっきり言って、軽い拷問だった。

 俺は降参の合図に手を軽く振ると、身体中から力を抜いて床に身体を全て任せる。

 正直……もう限界だった。

 ただでさえボロボロで、一人静かにゆっくりと休もうと思っていたところなのだ。

 もう亜由美の……AAの相手をする気力なんて残っていやしない。


「だ、大丈夫っ?

 きゅ、救急車? 保健室? 霊柩車っ?」


「……悪い。

 部屋まで、肩、貸してくれ」


 慌てる余り無茶苦茶なことを言っている亜由美に、俺はそう一言だけを告げる。

 その言葉を聞いた亜由美は、その酷く薄い自分の胸をドンと叩くと……


「そういうことだったら、ボクの能力にお任せだねっ!」


 自信満々にそう告げる。

 それと同時に、俺の身体がふわりと……頭の後ろ、肩、背中、腰、太股、両手両足と幾つもの小さな塊に持ち上げられたのだ。

 ……いや、正しく表現するならば、見えないその塊に触れた部分が、重さをなくして浮き上がることで身体全体を浮き上がらせられている感覚か?


 ──これが、『空中歩行(エア・ウォーク)』の感覚、か。


 自分の身体が重力の軛から解き放たれて浮かび上がる感覚は意外と心地よく……俺は緊張していた身体からふっと力を抜く。


「じゃ、まっすぐ和人の部屋に向かうよ?

 ま、このくらいの距離だったら、平気平気っ!」


 亜由美の気軽なその声と同時に、俺の身体はゆっくりと運ばれていく。


 ──世間的にはコレ、御姫様抱っこというような気が……


 その事実に思い当たった時、俺はちょっとだけ恥ずかしくなっていた。


 ──だけど。


 倒れ込んだ姿なんて情けないところはもう見せているし、この『夢の島高等学校』に入って出来た、一番の友人なのだ。


「へっへっへ。

 喧嘩は良いんだけど、傷つくのは反対なんだよ、ボクとしては。

 つまり、仲良く喧嘩しようってこと」


 だから……まぁ、このくらい、良いだろう。

 亜由美のヤツが某ネズミとネコの関係のような、無茶苦茶な台詞を言っている気もするが……まぁ、それも含めてコイツなのだから。


「あちち。

 そろそろ暑くなってきたなぁ」


 体育館の天井近くの窓から外へと連れ出された俺は、彼女の声に釣られて空へと視線を向ける。

 そこには夏の訪れを予感させるような、高く透き通るような一面の青色が広がっていた。


 ──いつか、この能力も借りてみたい、な。


 その天に一歩だけでも近づいた感覚に、俺はそんなことを思いつつ、ゆっくりと目を閉じる。

 太陽の暖かさと、風の涼しさが丁度心地良く……

 俺の意識はゆっくりと夢の世界へと誘われていくのであった。



 まぁ、そんなこんなで色々あったものの、俺は、いや、俺たちは何とかその困難を潜り抜けることが出来たのだった。

 恐らく、この『夢の島高等学校』は騒がしくて無茶苦茶で混沌としていて……明日も明後日もその次も、やっぱり色々あるだろうけれど……

 それでも俺たちだったら……まぁ、何とかなるに違いないのだ。


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