第1章 Ⅶ幕 イーグニス
『ではまず私の自己紹介をさせていただきます。私はイーグニス王国20代目国王クラウス・シュテイレが、娘イデアリーベ・シュテイレと申します。あの時はお見苦しいものをお見せしてしまい誠に申し訳ございません。この場を借りて謝罪させて頂きます』
(――王様の娘? て事は王女様だったのか……それでこの話し方なんだね。でもイーグニスなんて名前聞いた事ないんだけど……)
クレンは一人考え込んでいた。
『それでは本題に入らせて頂きますがよろしいでしょうか?』
先ほどまでやかましく質問攻めをしていたクレンが黙り込んでしまっていた為かイデアリーベは確認の言葉を投げかける。
「あ、あぁごめん。はい、続きをお願いします」
クレンは再び話を促しイデアリーベの声に集中する。
『なぜ貴女様と特定出来たのか、というお言葉でしたね。それについては魔力と魂、そして血系の関係にあります』
「……はイ?」
唐突に飛び出したぶっとんだ話にクレンは思わず素っ頓狂な声が出てしまっていた。
それもそうだ、夢だと思っていた事が現実と交差し始め、理解が追いつかない所にさらに魔力だなんだのおとぎ話の世界の話になって来たのだから。
「ちょっ、ちょっと待ってください! イーグニス王国って何です?! そんな国ボク聞いた事無いし学院でも習った事無いですよ!? それに魔力だの血系だの魂だのイデアリーデさんが何を言っているのかわからないよ……」
混乱する頭でなるべく近い答えを導こうとするが無駄だった。
『イーグニスはイーグニスです。聖なる炎龍と人なる英雄が共に築きあげた聖なる王国です。ご存じないのですか?』
くどいようだがそんな国聞いた事が無い。
もしかしたらどこぞの辺境国家なのかとも思ったがそれでも名前くらいは知れ渡っているはずだとクレンは思った。
(――それに龍だなんて……)
龍と言うのは想像上の生物だとされている。
文献によると大きさは丘より高く山より低いとされている、中には山を越える大きさの龍も描かれていた。
そういった大きな龍は特別な存在として崇められたりする、とも。
クレンが文献のイラストで見た印象はただ翼が生えていて巨大なトカゲ、その程度でしかなかった。
「今の時代にイーグニスなんて国は存在していないんですけど……」
『さようでございますか……。ならばご存じないのも当然かと思われます。あの、差し支えなければ貴女様のお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?』
「えぇっ! ずいぶんあっさり諦めるんですね?! イデアリーベさんの故郷じゃないんですか?」
クレンは驚いた、イデアリーベは本当にあっさりと自分の国が無い事を認めてしまったのだから。
『存在しないと言われた事をあれこれ詮索した所で結果は同じ、ならば現実を受け入れてしまったほうが話は早いと言うものではございませんか? それに……私はこれでも諦めは良い方でございましてよ? ふふん』
イデアリーベは誇らしげに言った、そこに実体があるのなら胸を張り腰に手を当て誇っているようだった。
「いや、ふふんとか言われても……。まぁイデアリーベさんがそう言うならいいんでしょうけど。ボクはクレン。クレン・サフィールです、よろしくお願いします」
『ありがとうございます。それではクレン・サフィール様、説明を続けさせていただきます』
(――うぅん……フルネームで呼ばれるとなんかな……)
「クレンで良いですよー、フルネームだと長いでしょ?」
いいかげん疲れてきたのでクレンは思い切って敬語を止めた。
『さようですか、ならば私の事はイデアとお呼び下さいませ』
心なしかイデアの声も嬉しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
クレンがそんな事を考えているとまるでそれを見透かしたかの様にイデアは続けた。
『よかった、やっと心を許していただけたのですね? このままクレン様と壁があり続けたらどうしようかと思案していた所でございます。ありがとうございます』
別にクレンは壁などなかったのだが。
イデアには拒絶されてしまうのではないかと心配していたようだ。
「元から壁なんてないよー。むしろ今は誰もボクの事覚えて無いみたいだからさ、イデアちゃんがいてくれてなんだか安心出来るよ」
これは本音だった、イデアの存在が何を意味するのかは分からなかったがクレンの存在を覚えていてくれた人がいたのだ、これほど嬉しい事は無いだろう。