第1章 Ⅱ幕 発電所
「大変!もう皆バスに乗り込んでるだわよっ!」
見ると学院の前に止まった大型バスに最後のクラスメイトであろう人影が乗り込んでいく所だった。
「これってもしかして置いていかれて自力で来なさいパターンじゃないだわね!」
「それはまずい、そんなめんどくさい事はごめんだ! お願いだからもう少しだけまって下さいっ!」
ここで魔法が使えたらなぁ……などとクレンはぼんやりと考えながらスピードを上げる。
その時隣で走っていたカイルが大声で叫びだした。
「待てぇぇぇぇぇい! そこのバスぅぅぅ! 避難民を置いて行くのかぁぁぁぁぁ」
「うっさい! んな事言ったって待ってくれるわけないだわさっ! それに誰が避難民だわさ!」
その隣で大声で突っ込みを入れるレミ。
だがカイルが放った叫びのおかげで教官がこちらに気付き、なんとか無事にバスに乗り込む事が出来た。
教官のいつものありがたいお説教もおまけで付いてきた事は言うまでもないが。
「どうだね? ヒーローの一声と言うものはいつでも赤信号なのだよっ」
よくわからない持論を得意げな顔をしてクラスメイトに喋るカイルを横目にクレンは自分の座席に座り母さんの朝ご飯【おかずを全部パンで挟んでみたのよ】を頬張りながら目的地へとゆられて行った。
「!」
朝食を頬張りながらクレンは声も無く驚いていた。
(――大変だ……今日のパン美味しい……)
噛み締める度に口を満たす奇跡的なマリアージュ――
しっかりと焼かれたチキンからは肉汁が溢れだしシャキシャキのレタスとトマト、甘じょっぱく味付けされたスクランブルエッグ、ほどよく塩加減が効いたフライドポテトと薄くカットされたオレンジ、このオレンジが主張しすぎずうまい具合に味にアクセントを与えている。
口の中で食材達のハーモニーを堪能し、満腹になったクレンはバスの揺れに合わせてだんだんと眠りに落ちて行ったのだった。
『どうか……彼を止めて……世界が……時が……』
「えっ!?」
バスに揺られながらクレンは自分の声で飛び起きた。
周りのクラスメイト達はいきなり大声をあげたクレンを呆然と見つめていたのだった。
「ごめん……なさい」
(――恥ずかしくて破裂しそう……)
クレンが顔を赤くして下を向いていると前の座席からレミが覗き込みながらクレンに話しかけてきた。
「どうしたのだわよクレン、よだれ垂らしながら寝てると思ったらいきなり変な声出しちゃって」
「よっ!よだれっ!? あ、いやそうじゃ無くて、あのさ、今何時かな??」
「今はまだ午前9時過ぎだわよ。もうすぐで発電所に着くから起きていたら?」
「うん、そうするよ、アハハハ」
何を寝ぼけているのかと言いたそうに席へと戻るレミを気にしつつ、クレンは聞こえてきた声の事を考えていた。
(――あの声、夢でボクだった声……世界? 時? 何のこっちゃね? 彼を止めてって誰だよグランツとか言うゲス野郎??)
「って言うか何で今! しかもボクがっ!」
(――しまった、声が出ていた……しかもさっきより大きい声が……あぁ皆の目線が痛い……誰か助けてえぇ……)
「クレン、君はさっきから何で奇声をあげているんだい? 悩みでもあるのかい? それとも……あまりに寝すぎて疲れているのかい?」
クレンを見ようともせずに言い放ったカイルの無慈悲な一言がバス中の笑いを誘う。
(――カイルのやつぅ……いつか仕返ししてやるからなぁっ!)
その時バスが止まった、どうやら目的地に着いたようだ。
王都ハイマートに属するアルトゥール火力発電所。
小高い山のふもとに位置するこの発電所、山から発掘された遺跡を何故か発電所として機能させている一風変わった所だ。
周囲には何も無い平野が続き、外観は荘厳な古代神殿といった出で立ちだが建物の周りにフェンスやら駐車場やらがあるせいでそんな雰囲気はぶち壊しになっていたのだが。
しかし……
ここがクレンの人生を大きく変える場所になるなど思ってもいなかった。