第3章 ⅩⅦ幕 コンタクト
クレンが振り向くとそこに居たのはやはりミルメコレオだった。
「くそ……こいつが来るならあんな大技使うんじゃなかったぜ」
ギリッとフォーゴが歯を噛み締める。
カサリ……
ミルメコレオがゆっくりとこちらへ近づいてきた。
一歩ずつ、カサリ、カサリとこちらの出方を窺う様に。
「相変わらず気持ち悪いなぁ……」
じりじりと間合いを詰めてくるミルメコレオを見ながらクレンは呟いた。
相手が一歩近づいては一歩後退し、ミルメコレオとの距離を保つクレンとフォーゴ。
イデアとアウラは心配そうに二人を見つめている。
ミルメコレオは静かに進んで来ていた。
雄たけびをあげるでも無く、唸る事もせずただゆっくりと距離を詰めようとして来ていた。
「何なんだこいつ……もの凄ぇ殺気を放ってるくせに何で襲って来ない……」
フォーゴは斬りかかるか迷っていた。
ここで全力で戦うかそれとも逃げる事を選ぶか。
例えミルメコレオを倒せたとしてもまた違う魔物に襲われる危険もある。
その時に逃げ切れるかと言えば答えは“無理”だ。
フォーゴが決断しかねているとミルメコレオはスッとオルトロスの死骸に顔を近付けた。
クンクンと鼻を鳴らし、少しの間が空いた。
次の瞬間、ミルメコレオが大きく口を開きオルトロスを貪り始めたのだ。
「えぇっ!? と、共食い?」
バキッ、ゴキゴキ、とオルトロスだったモノを骨ごと食べ進めるミルメコレオからクレンは目が離せなかった。
目を離せばその隙に自分もあのように食べられてしまうのでは、と思い全身の血の気が引いた。
「うぷっ……」
胃液が込み上げてくる。
口の中が酸っぱい臭いで満たされ気を抜いたらこの場で吐きそうだった。
イデアやフォーゴもミルメコレオから目が離せないで固まっていた。
やがてオルトロスだったモノ全てを喰らい尽くすと再びこちらに視線を戻した。
クレン達はいつ襲われてもいいようにそれぞれが身構える。
だが……
ミルメコレオはそれ以上近付いては来なかった。
口の周りを血で濡らしたまま、威圧するようなプレッシャーを放ちながらただそこに立っていた。
やがてミルメコレオは大きなあくびをしてクルリと踵を返しカサリカサリとその場を離れ始めたのだ。
(どういう……つもりなの……?)
クレンが動けずにいるとフォーゴがポンと肩を叩いた。
「どうやら俺達には興味が無いらしいな、まるで品定めをするような目だった。あいつは一体何なんだろうな」
「ミルメコレオはオルトロスよりも上位の魔物です。殺す気があるなら最初に遭遇した時点ですぐに襲いかかればよかった、けれどそうしなかった、まるで……まるで私達がミノタウロスを攻撃するのを待っていたかのようでした」
「でもボク達がミノタウロスを攻撃したら襲ってきたよ?」
話しながらも三人はゆっくりと去って行くミルメコレオから目を離せないでいた。
「それもおかしいのですわ。背後から奇襲しようとしていたとしてもあの時は私とクレン、そしてアウラしかいないのです。奇襲をかけるような相手ではありませんし……あやつのスピードなら一瞬で私達を屠る事も出来ましょう」
イデアがそこまで話した時、ミルメコレオが歩みを止め首だけこちらに振り向く。
ガォウ、と短く吠えまた歩きだした。
顔を見合わせるクレンとフォーゴ。
イデアだけがゆっくりと歩くミルメコレオを見続けていた。
「……付いて来い……?」
イデアがポツリと呟いた。
「イデア今何て……?」
「まさか……冗談だろう!?」
イデアの呟きを聞いた二人はそれぞれ驚きの声をあげた。
「いえ……あの魔物の学説を思い出しましたので少しそう思っただけなのですが……」
そう言いながらイデアはミルメコレオの進む方向に歩みだしていた。
ふと見るとミルメコレオは完全にこちらへ向き直っていた。
「あいつの学説って?」
イデアに釣られるようにクレンも問いかけながら歩き出していた。
「前半身が獅子、後半身が蟻。獅子は肉食ですが蟻は雑食です。肉だけ食べていては蟻の体は死んでしまう。半身が死ねば自ずと獅子にも死が訪れる。学者達はその性質に人間の心を投影したのです」
「そんな話があるのかい、こっちは戦場で命かけてるってのに学者共は暇人だねぇ」
嫌味ったらしく呟くとフォーゴも歩き始めたのだった。
「人間の不安定さ、二律背反的な感情がいつも渦巻いている心。そしていずれは滅びゆく運命なのだ、と……」
「それってボク達も滅びるっていう事……?」
ピタリと足を止めイデアを見るクレン。
「そうではありません、滅びと言うのは必ず訪れる。そして滅びを引き起こすのは人間だ、と言いたいのでしょう」
「その話を聞いてもあいつが俺たちに付いて来いと言っているようには全く感じないんだがな、俺がおかしいのか? 嬢ちゃんはどう思うよ」
歩みを進めながらクレンへ意見を求めるフォーゴ。
「ボクは……分からないよ。魔物なんて初めてなんだし……でもイデアの話では人間に友好な魔物もいるって話だし……」
自信なさげにクレンが答える。
「申し訳ありません……ですが私にはそう思えて仕方ないのです……」
イデアが俯きながら歩みを進める。
そんな会話を交わしているとミルメコレオの前に着いた。
目と鼻の先に、オルトロスの血で濡らした牙と丸太のような太い獅子の前足と爪があった。
今襲われたら確実に殺される、そう思いながら三人は体を強張らせていた。




