第1章 Ⅰ幕 歪みの始まり
「……レン……クレン……クレン!」
甲高い声が響く。
「いつまで寝ているの! 今日は学院で火力発電所の社会科見学に行く日でしょう!」
肩まである金髪を耳にかける仕草をしながら同じ金色の瞳をした気の強そうな女性が未だ惰眠を貪るクレンを揺さぶりながら言った。
「あぁ、そうだったっけ……もう起きるよ、起きるからそんなに揺らさないでぇ……」
クレンは未だ醒めぬ頭を現実に引き戻しながらベッドから起き上がり、寝ぐせでボサボサの胸までありそうな緩いウェーブがかった金髪をかきむしる。
「早く朝ご飯食べてでるのよ、母さんは先に仕事にいくからね?」
クレンは慌ただしく部屋から出て行く母親の姿を寝ぼけた目で追う。
「しかしなんだってあんな夢を見たんだろ。やけに現実味があったなぁ……ボクだった人、死んじゃったのかな……最後なんか言ってたけど結局全部聞き終わるまえに起こされちゃったしなぁ」
などとのんびり考えているとふと壁にかけられた時計が目に入った。
時計の針は午前六時を指している。
本来ならもう家を出ていなければいけない時間だった。
「大変だ! 急がないとまた遅刻しちゃうよ!」
急いでベッドから飛び降りて身支度を整える。
(ボクは比較的夢を見る事が多い、誰かに追われる夢から学院での出来事のフラッシュバック的な夢まで、けれど今日の夢みたいなやけに現実的な……ここまで鮮明に記憶に残る夢というのはそうそうあるものじゃないよね……)
それだけにクレンの頭の中は夢の事でいっぱいになっていた。
ものの数分で身支度を終えたクレンは急いでリビングへと向かった。
母が用意してくれた朝食――と言ってもいつも時間ギリギリに起きるクレンに合う食事は無いものかと、考えた苦肉の策【おかずを全部パンで挟んでみたのよ】なので味もへったくれも無い、時として全ての具材が奇跡的なマリアージュを起こす事もあるがそんな時は決まって良くない事が勃発したりする。
そしてクレンが間に合わない事を見越してか、丁寧にラップで包まれている朝食を無造作にバッグへ放り込み、
「行ってきます」
誰もいない家に挨拶を済ませ走り出したのだった。
(あのゲス野郎、グランツだっけか。あの男の大剣から紫の炎が噴き出した現象。あれは……魔法なのかな……)
今は誰も使う事が出来ないとされる魔法、大昔には魔法を使って様々な恩恵を得ていたという話はあったが所詮おとぎ話、信じている人など殆どいない。
それはクレンも例外では無かった。
現実で起こり得ない事など夢や妄想でしかないと思っていた。
夢が無い。
クレンは周りによく言われるが夢が無いわけではなかった。
(ファンタジー系のおとぎ話は好きだし漫画だって読む。やりたい事だって沢山ある。ただ現実と夢物語を混同してないってだけ、いや寝るときに見る夢は大事なんだ、頭の中を整理しているから夢を見るのだから!)
そんな事を考えながら、朝日に照らされ黄金色に輝く髪を揺らして走るクレンだったが彼女は朝が弱く意思も弱い、その事相乗効果により見事に遅刻皆勤を更新していた。
「おはよぉう! 今日も遅刻同盟結成だわね!」
後ろからハスキーな明るい声が聞こえてきた。
「やぁクレン! 遅刻と言うなかれ、ヒーローは遅れて登場するものだろう? だから俺は常に皆の後ろを行くのさっ!」
同じく後ろから人を小馬鹿にしたような男の声。
「おはようレミ! ボクは遅れたくて遅刻してるんじゃないよぅ!」
「いつもクレンはそうやって言うけれど実は君も俺と同じヒーローとして遅れた登場を日頃から意識しているのだろうっ!」
「黙れよカイル。ボクはヒーローとか良いとこ取りをするような卑怯なヤツは嫌いなんだ。 それにさ、普通は皆の上を行く~とかじゃないの?」
学院への道を全速力で走りながらクレン、レミ、カイルはいつもと同じような会話を交わしていた。
レミとカイル、そしてクレンを含めて3人は家が近い事もあって幼馴染のような間柄なのだが揃いも揃って朝が弱い。
(よく息が切れないもんだ、自分で自分を褒めてあげたいですっ! って感じ、まぁほぼ毎日こんな事をしていれば嫌でも体力は付くよね……)