第3章 Ⅸ幕 記憶
「どうして……?どうしてなの? だってあの時ボクの事覚えて無かったじゃないか……」
クレンは溢れ出る涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら問いかけた。
「いやぁ……それはだね」
カイルは少し困った顔をしていた。
「貴方は……そんなまさか……」
イデアがそんな訳は無いと言いたげにカイルに近付いた。
「あぁ貴女がイデアリーベ王女様でございますか。ご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございません。未熟者ゆえ失礼な立ち居振る舞いをする事をお許しくださいませ」
カイルはイデアの前に跪くとうやうやしく口上を述べた。
「よいのです、面を上げて下さいまし。しかし何故カイル様が私の名を?」
クレンはあっけに取られていた。
普通の人間であるならばイデアの存在は幽霊として映るのだろうと思っていたからだ。
それにカイルのこの態度、なぜイデアの経歴と名前を知っているのだ。
「俺の名前を知っていると言う事はクレンが話していたのですね?」
カイルは跪いたままイデアに問いかけた。
「はい。とてもよい方だったと伺っておりますわ」
イデアがにこやかな顔をしながら横目でこちらを見る。
「ならもう堅苦しい挨拶は無しでいいかな、これから宜しくっ」
途端にいつもの調子に戻ったカイルを呆然と見つめていた。
「おやクレン何だい? その間抜け面は、こんな挨拶ぐらいヒーローとしてのたしなみさっ、いい加減その口を閉じたらどうだい」
カイルに言われてクレンは自分の口が半開きのまま固まっている事に気付いた。
「そしてこれまでの経緯はこの俺が説明するとしようか」
我に返ったクレンがカイルに質問を投げかけようとした時だった。
カイルの口から違う男の声がした。
いつものような人を小馬鹿にしたような喋り方ではなかった。
力強く、そして渋い声。
頼りがいのある、そんな声だった。
「その声はフォーゴ!? やはり貴方でしたか、カイルから漏れ出る魔力が貴方と似ていたのでもしや、とは思いましたが」
今度はイデアが涙を浮かべていた。
「あぁ、その通りだよ。今はこいつの体を借りて話しているんだがあまり喋っている時間は無いので手短に話そう」
そう言ってフォーゴはこれまでのいきさつを語り始めた。
「俺はあの時グランツに確かに殺られちまった。だが俺の意識はなぜかはっきりしていた、そう……イデアが両断されるその瞬間までな。そしてイデアが切られた瞬間意識が歪んだんだ、正確に言えば世界が歪んだと言う方が正しいのかもな。グランツや周りの景色がひしゃげたのさ、その景色がブラックアウトしたと思ったら俺はこいつの中で目覚めたんだよ」
フォーゴはそこで一度言葉を切りクレンを見つめながら続けた。
「んでそこの嬢ちゃんがこいつと話しているのが見えた。最初はこいつ言う事信じ無くてなぁ、説得するのに時間がかかっちまった。やっとこさ話を信じてもらえて建物の外に出たらちょうど嬢ちゃんがぶつぶつ言ってるのが見えてな。カイルが声をかけようと近付いたら逃げちまった、後を追ってみたんだが……なんとびっくりイデアの魔力を感じたじゃないか。そして今に至るって所かな」
一気にまくし立てたフォーゴはふん、と鼻を鳴らしこちらを見た。
「そうなのかぁ……あの時誰かが近づいてくる音はカイルだったんだね。て言うか大事な所の説明が丸々すっぽ抜けているような気がするんだけど」
「ん?何がだ?」
さっぱりわからないと肩をすくめてカイルが言う。
いや、今はフォーゴだったか、ややこしい事この上ない。
「ひとつ質問があるのですが宜しいでしょうか」
イデアが進み出る。
「お、いいぜ。なんでも聞いてくれ」
満面の笑みで答えるフォーゴ。
「歪みとはどういった物でしょう?」
イデアが神妙な顔をしてフォーゴに尋ねる。
「歪みは歪みだ、それ以上の事は俺にはわからねぇよ」
きっぱりと言い切るフォーゴ。
「それも多分時空震なのですー」
クレンがげんなりしているとアウラが答えた。
「こちらの時代で時空に歪みが出来ているなら他の時代にも歪みが発生しているのは当然の事なのですよー時間は一続きですのでー」
「なんだ? このちっこいの」
フォーゴは突如クレンの髪の中から出てきたアウラを指で弾く。
「あ痛たー! 初めまして、アウラと言いますですよ」
弾かれてくるくる飛ばされた後、ペコリと挨拶するアウラ。
「この妖精は私がクレンの為に生み出した物です、そして私は訳あって幽体として具現化する事が出来たのです」
イデアがアウラと自分の体の説明をする。
「実体化出来てよかったじゃねぇか。俺は多分もうすぐ消えちまうがな」
さらりとショッキングな事を言いだすフォーゴ。
「な、何故です!? せっかく一緒になれたのになぜ消えるのです!」
イデアが悲痛な声で叫ぶ。
「わからん、勘だ」
自信満々にフォーゴは言い切った。
それを聞いてクレンとイデアは思わず力が抜ける。
(この人は意外と脳味噌が筋肉なんじゃないだろうか)




