前兆2
「ゲスめ……! でも何故です、グランツ・シュトラール! 昔の貴方は弱気を助け皆の剣であり盾であり、イーグニスの誇り高き騎士団長だったではないですか!」
よく通る澄んだ声がグランツを問い詰める。
「昔の話を……、だが死にゆく貴様にこれ以上語る言葉は持ち合わせてはいない、ここで闇の藻屑となるがいい!」
その言葉と同時にグランツの持つ漆黒の大剣から紫の炎が噴き出し、ゆっくりと大剣が振りかぶられ――
ヴァヂュッ!
突如として現れた何かに大剣は弾かれ紫の炎を宿したまま地面へと突き刺さった。
「無駄なあがきを……」
グランツは弾き飛ばされた態勢のまま、静かに首を横に振りながら呟いた。
「おいおい、人の事無視して勝手に話し進めてんじゃねぇよ! まだ俺は死んじゃいないんだぜ!?」
グランツに向かって剣を突き付けながら叫ぶフォーゴ。
「我が仕えしイーグニスの精霊よ、我の力となり、燃え盛る刃にて、立ち塞がりし邪なる者へ裁きを与えよ!【フランメクリンゲ】!」
フォーゴが呪文のような言葉を唱え終わると、いくつかの炎を纏った短剣のような物が浮かび上がった。
それは鬱陶しそうにフォーゴを見るグランツに向かって一直線に突き進む!
「ふん、くだらん。」
グランツが手を軽く振る仕草をした瞬間それは霧散してしまった。
「っち……やっぱこんなんじゃアンタには通用しないか」
「今の貴様は立っているのも精一杯、そんな貴様の放つ術など撫ぜるだけで十分よ。さて、術も通用しない、動く事も出来ない負け犬に唯一出来る事があるのだが……何の事だかわかるかな?」
フォーゴを眼前に捉えニタリと笑いながらグランツは問いかけた。
「何言ってんだよ、俺はまだまだイケるぜ? なんなら……」
フォーゴの言葉が止まる。信じられない、という顔をして……
クレンも一体何が起こったのか理解できなかった。
離れた所にいたグランツが突如フォーゴの前に現れたのだ。
「教えてやろう、答えはこの剣の贄となる事だ」
弾き飛ばされ地面に突き刺さっていたはずの大剣はフォーゴの胸を貫いていた。
即死だろう、フォーゴの目は見開かれたまま虚空を見つめていた。
「次は…………」
グランツはフォーゴの体を貫いていた大剣を無造作に振り抜き、こちらを見る。
「貴様だ…………」
大剣を肩に乗せゆっくりとこちらへ歩いてくるグランツ。
その顔を大剣に纏った炎が照らし、月夜の中にはっきりと表情が浮かび上がる。
グランツは…………笑っていた…………
楽しくて思わず顔がにやけてしまう、そんな笑みだった。
『マジでゲスだなこの男……』
これが現実なら相当むごい光景なのだろうがクレンは目を逸らせなかった。
「仕方ありませんね……ここまでですか……でもその前に、先ほどから私の中にいらっしゃる貴方、どなたかは存じませんがこのままでは貴方の魂まで刈り取られてしまいます。さぁ早く貴方の居るべき場所へと還るのです。貴方に火龍と精霊の加護があらん事を。そしてどうか……」
その言葉を聞き終える事なくクレンの意識は遠のいていった……